October 09, 2005
「鎖」評。
初出:ErogameScape「鎖」 2005年10月09日19時29分15秒
今にして思えば、バーベキューで以下のような遣り取りがあった。
“恭介「お前、実はいい奴だったんだな」
恵 「恭介・・・あの・・・」
微妙にけなしているような言い回しにも、恵は反応しない。
肉とは無関係に、俺に何か言いたそうな様子だ。
岸田「ちょっと厨房に行ってきます。そろそろデザートの頃合いでしょう」
そこへ岸田が甲板に出てくる。何だ、いたのか。”
―――ファーストプレイでは流しがちだけど、唐突に登場する岸田といい、無言の恵といい、変な遣り取りと感じた人は多いと思う。次の展開を考えれば、何が“デザート”だったのか、恵が何を言おうとしていたかが分かるが、結果的には、この時が恵が“助けを求める”最後のチャンスだったと言える。もし、しばらく二人にしておけば、別の展開があり得たかも知れないが、その機会はちはやによって潰されている。ついでに言えば、友則はバーベキューに(恭介が確認していない)10分ほどしか出てきていないのだから、立証する岸田が犯人となった時にアリバイは消滅する。であれば、最低でも恭介が犯人と限定できる証拠はなく、岸田たちが、接着剤を流しこむ時間や、罠を打ち合わせする時間、恭介を犯人に仕立てる時間を考えても、恭介を閉じこめた数十分が、後に致命的な打撃となってヒロイン達に降りかかったのが分かる。この点は、誰一人として恭介を信じなかったヒロイン達の自業自得と言うしかない。
この物語の推理要素は意外と容易いものだ。だが、この作品のサスペンスとしての要素は、アリバイとかテクニックにあるのではない。閉鎖空間にある人間不信をこれでもかこれでもかと煽った点にある。例えば―――だ。冒頭で恭介は閉じこめられるのだが、もし、恭介が出なかったらという仮定はどうだろうか?―――岸田にとって目撃者を殺すことは絶対であるならば、わざわざ“犯人”を残す必要はない。単に恭介を犯人にすることで、ヒロイン達の恭介への不信を煽り、互いが協力できないようにしているだけだ。これは後に拳銃を巡って友則と恵がやっていることでもあるが、ヒロイン達、特に可憐と明乃は面白いように岸田の思い通りに踊っている。
だが、事件が起こる前段階のあの状況をよく考えれば、実は恭介が閉じこめられたウィンチルームこそ、もっとも安全だったことに気付く。友則が寝返っている以上、恭介は邪魔者以外の何者でもない。即、殺されてもおかしくなかっただろう。つまり、犯人にされることそのものが、岸田の行動開始までの彼の安全をも保証しているのである。この計画を誰が立案したのか分からないが、おそらく、恵はその“付加価値”にさえ気付いていた。岸田を殺せるのは、自分か恭介のみ。他は物語中の場面でも、全くもって役に立っていない。たぶん“恭介を最後まで生き残らせる”という点に、一番心を砕いたのは、誰よりも恵だったはずだ。
その恵はどうして恭介にこだわったのだろうか。
“人は悩みがある時、こだわりを脱ぎ捨てたい時、大きな存在の中に自分を置きたくなる。自分を無意味にしたくなる。不思議なものだ。果たして、今の恵もそうなのか。絹糸のように細い恵の髪が風に舞い散る。かき上げる手つき。胸の鼓動が一拍リズムを外す。「楽しかった」恵は眩しがるような微笑みで、遙かな過去を思い返すようについ先ほどのことを口にする。
「不思議ね。何だかんだ言って恭介の周りにはみんな集まってくる」
「まるでみんなのお父さんみたい」
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「ちはやちゃんが言ってたわ。恭介は家族とそれ以外の線引きがはっきりしてるって」
「他人には冷たいけど、心を許した相手にとっては誰よりも頼りになるんだって」
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「家族は・・・大切にしないとな」”
言うなれば、恵だけではなく、ちはや、可憐、珠美が、恭介に好意を抱く理由はここにある。後に「わたしの半身」とまで言い放つ恵、同じく「一番大切なもの」と言い切るちはや、「私の居場所になって」と涙を零した可憐、極限の状況下で「また一緒に映画を見に行こう」と抱き締める珠美。弱さは強さに通じ、少女の開き直りは、時に屈強な害悪すら凌駕する。恵が指摘しているように、恭介は誰にでも心を開く少年では無かったようだ。それでも恭介が、あれほどヒロインからも友人からも疑われ、時には見捨てられながらも、最後まで抵抗を諦めない理由もまた、この理由故である。
“一つになりたい”“一緒にいたい”“近くにいたい”“二人だけでいたい”・・・その想いを叶えるためには、恵は真相を葬り去った上で生き残らなければならず、ちはやは事件そのものを僥倖とした。可憐は恭介が心と体を奪ってくれるというプロセスが大事であり、珠美は旧家から自分と姉を救い出してくれる可能性を恭介に望む。この物語は、一見、実に自分勝手な行動を起こすヒロイン達のように見えるが、その考えの根本となる部分では、ライターである枕流氏は、劇中の数々の台詞から理解できるように仕上げている。彼女らは自分の指針に立って動いているだけであって、悪く言えば、それが利己的に見えると言うことに過ぎない。
「世の中は・・・あなたが見たいものばかりじゃないのよ」
そのメッセージは、間接的にプレイヤーにも投げかけられている言葉。Leafというメーカーは「WHITE ALBUM(1998,Leaf)」「天使のいない12月(2003,Leaf)」で見せるように、萌え至上主義を決して全肯定はしない。彼らが描こうとする“可愛らしさ”には必ず裏付けとしての人間臭さ、汚さがある。それが「ToHeart」シリーズのように善良面が出るか、今作のように暗黒面が出るかの差があるだけでしかない。元々、岸田の陵辱ビデオがどのように撒かれていたかを示すのがチャットエンドの意義(誰が岸田なのかは、スレを読んでいけば分かる)なのだが、そのスレから分かるように、この作品には“プレイヤーが望む作品を作らなければならない”制作者側の皮肉に満ちた台詞が次々に吐かれていく。「天使のいない12月」にも、そんな側面が存在したが、こちらの方がどちらかと言えば直接的だ。特に「今回のPC移植、エロなしだと買わねー」というくだりは、流石に「ToHeart2」のPC移植での18禁化と重ねて苦笑してしまう。しかし、そのイメージを崩してでも、制作陣がやりたかったのは、そういった萌えゲーにありがちな“自分の意志の無い”ヒロイン像の否定だろう。―――その象徴が、明乃である。
明乃はここまで故意的に記述しなかったが、そのキャラクター像は、パッケージや販促的には、メインヒロインのような位置付けにある。その割には、恭介の立場からも見ても特殊な立ち位置にいたはずなのに、どうにも物語中では告白の場面も、それを見せる素振りも無く、さらに恵からは蔑まれ、ちはやからは憎まれて、ついでに犯人であるはずの岸田から「出来損ない」とまで言われてしまうという変な扱われ方をしているヒロインとなっている。そのくせ、恭介とのまともな和姦は存在しない。その意味で言えば、制作者の皮肉が最も反映されたヒロインかもしれない。そのヒロイン・・・・・・なぜ、明乃の扱いはこんな酷いのだろうか?
この物語は“三番目の犠牲者”が誰になるかで、物語が分岐する。つまり、明乃が犠牲になるかどうかが「月の扉」と「夜の扉」と分岐点になるのだが、双方のルートを突破して「真実の扉」までたどり着けた人は、この物語全体を“支配”していたヒロインが恵であったことに気付くと同時に、明乃というキャラクターが、元来役に立たないこの作品のヒロイン陣の中でも、突出して“何にもしない”ヒロインであったことにも頷いてもらえるだろうと思う。
恭介を弁護しかしないちはや、犯されるルートではパニックを起こすだけ、自分のルートではやる気はあるんだが良い結果が出ない可憐、一番頑張るのだが、如何せん身体能力が追いついていかない珠美と、まだ彼女らは自分の意志で行動した節があるのに対して、明乃は“何一つ”自分の意志で決めていない。最初の分岐もそうである。「夜の扉」で彼女は助かるが、それは恭介に引きずられたからであって、別に信用したというのではない。だから、恭介の制止にも関わらず、「月の扉」では恵に助言を求めようとして罠に自分から飛び込んでいく。「月の扉」で岸田と恭介の二者択一を迫られた珠美が、恭介を選んだ決断に比べるとその割り切りの無さが、あまりに歯痒い。彼女は自分で判断しないのである。それは恋愛感情に置き換えてもそうだった。極限の状況下で行動を起こした恵と可憐、兄に迫ったちはや、人間的に強さを発揮した珠美に比べると、彼女は自分が助かるシナリオですら恭介とは遂に結ばれていない。そのエンドで―――
明乃「あたしのってことで・・・いいよね?」
明乃「ずっと黙ってるから・・・さ」
恵 「・・・・・・」
明乃「・・・・・・」
恵 「・・・・・・」
恵 「ええ・・・」
恵 「好きにするといいわ」
明乃エンドは、唯一の全員生存エンドだが“その後”明乃が日本にたどり着けたかどうか。
明乃という人物像は、要は「空気が読めない」ヒロインとして形作られ、実は最も利己的、自己中心的キャラクターとして作られている。彼女は彼女自身の努力無しに、恭介を得た。恭介自身はどうだろうか。このシナリオの流れから考えて、自分の好きな相手を決して明確にしているわけではない。彼女がいう「わたしの」というのは、自分だけがアプローチする権利があるという主張に他ならない。―――恵が、缶だかコップだかを握りつぶすほどの怒りを持つのは、それはそうだろう―――何気なく言った自分の言葉を覚えていて、本当に三階分の高さから旗を掲げて突き刺すといった行動を引き起こし、自分を助け出した少年を―――ヒーローと呼び、自分と同じように手を汚してくれた人をどうして諦められようか。なのに、明乃は「わたしの」と決めつけようとする。そんな自分勝手な女を認められるものだろうか?
制作陣も同じ想いを抱いたらしい。明乃は「月の扉」では最も凄惨な陵辱を受ける。そして、彼女には慰めはあっても、可憐や恵のような睦み合いだけは与えられていないのである。よって、最後の遣り取りは、恵にとっては笑止だっただろう。恩を着せて交換条件とするのは、殺人秘匿を条件とした岸田と同じことだ。明乃は、自分でも分かっていないと思うが、岸田と同じことを“この瞬間”行った。底から這い上がってくるかのような返事の後に「好きにするといいわ」―――と。彼女は明乃を認めていない。勝手にやればいいとしか言っていない。それは肯定ではなく、敵対の意志でもある。我知らず、岸田を同じことをしている明乃にその後何が起こるか―――あまり考えたくはない。ただ、恵は容赦するまい。同じように思いを遂げた、ちはやがそうだったように。
詰まるところ、明乃をメインであるかのように、この物語が偽装しているのは、この恵という存在を隠すためでもあるだろう。パッケージから販促方法、CG閲覧画面のグラフィックまで、常に明乃が前・恵は後に描かれている。本来は、これが逆転していることに、この物語の面白さがあると言える。
“月明かりが照らすあまねく花よ
凛として咲き誇る未踏の世界を開く
月明かりが照らすあまねく花よ
銀の刃のような花びらが闇を切り裂く”
この物語、前述したように、いわゆる和姦が存在するのは、ただ二人。そして、まともなハッピーエンドが存在するのもまた、ただ二人である。違いは「月の扉」が可憐が恭介を許容していく過程を描いているのに対して、「夜の扉」は恵が恭介を“自分と同じ条件になるように当て嵌めていく”過程を描いている点が異なる。同じなのは、可憐と恵が自分の価値を見切っている点だろう。可憐は日常自体が彼女の自由を縛り、恵は現在の非日常が自由を縛っている。可憐はその諦めかけた解放を恭介に見出し、恵は最初からそれを恭介に擬した。この二人にまともなエンドがあるのは、その“岸田を殺す”という暴力によって、罪を背負ってでも受け止めるという覚悟を以て、恭介が示した結果としてある。
ちはやエンドがそうだったように、この物語では、人を殺すこと以上の価値観を以て、ヒロインの価値を見出さなければならない。友則が「犯されていれば、犯していれば、生き残れる」と勘違いしたのも無理はない。まさか、殺人行為こそが、少女の愛を得る唯一の方法であると気付くことが出来るだろうか。
だが、それが理解できるから、恭介は、この物語の主人公にならざるを得ない―――“家族とそれ以外の線引きがはっきりしてる”―――というのは、他人には冷徹と言うことであり、可憐も恵も―――おそらく、珠美も、それぞれのエンドで帰った後には、恭介に狂信に近い恋愛感情を持つことになる。特に恵と可憐は、恭介だけしか見えまい。人の生命よりも自分の方が良いと証明しきれる男が、そうそういるわけがないし、その行き着いた最悪の局面が、ちはやエンドで示唆されているとしても、彼女たちは他の男に見向きもしないだろう。
“逢いたくて でも逢えなくて
もしも貴方が忘れたら
姿変えても 貴方に逢いにいくわ
他の名前呼んでも
逢いたくて でも逢えなくて
もしも願いが叶うなら
助けを求め 震える私を抱いて
構わないよ 愛が無くても”
回想選択画面でヒロインたちと岸田を絡める“鎖”は画面外―――プレイヤーたる恭介に向かって伸びる。つまり、恭介もまた“鎖”の担い手。この物語は、確かに岸田が創り上げた“鎖”に絡め取られた作品だろう。だが、狂信という・・・盲愛という“鎖”はまだ残る―――それはちはやであれ、可憐であれ・・・恵であれ、凄惨な記憶から生まれた以上、血の色を帯びざるを得まい。
それに耐えうる強さを持つ故に、擲った“鎖”は、解けることなく恭介を蝕む。
即ち、“鎖”とはこの舞台だけを指すのではない。彼女たちの盲愛こそ“鎖”なのである。
Leaf歴代作品の中、最小の世界と最短の期間を与えられた物語は、曖昧な正義観やキャラクター性で隠してきたLeafのもう一つの側面を露出させた。劇中の緊迫の薄さや、やや大雑把すぎるフラグの配置、時系列的なねじれ等を例に挙げるまでもなく、実験作であることは誰もが分かっている。しかし、清濁併せ呑む姿勢。これがある限り、Leafはトップメーカーとして地位を崩さないだろうし、反転したときの威力は言うまでもない。「鎖」という物語は、Leaf作品の表現の幅を大いに広げており、それはLeafの作品展開が、まだ拘泥していないという証しとも言い換えられるだろう。
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この作品、褒めようとするどうしてもネタバレになるんですよね〜。