科学的手法
科学的手法とは、ある事物や現象を説明するにあたり、考えられる様々な仮説から、再現性を持つ実験や観測を行い、その結果に矛盾しない説明を選びだすプロセスの事である。 科学的説明には、用いた実験方法や測定方法が公開され、第三者に検証される事が重要である。 また、実験や測定には、ある程度の精度がある事が望ましいとされる。
科学と非科学の境界設定
何が科学で何が科学でないのか、数世紀におよぶ議論は混沌としていたが、20世紀前半の科学哲学者カール・ポパーが反証可能性の概念を提示し、それを条件とすることで理論が科学(彼が考える狭義の科学)に属するかそうでないかを線引きできることを示してみせた。混沌とした議論に悩まされ続けていた科学者らの中には反証可能性の概念や反証主義をひとつの解決策として歓迎する人が多かった。現在でも、これを科学と疑似科学とを区分する基準として採用する人は多い [37]。
(ただし、ポパー流の視点に基づけば、「光の速度は不変である」という仮説をおくことは、観察によって反証することが可能なので、科学たりうる。一方、ジークムント・フロイトの精神分析学やカール・マルクスのマルクス経済学は、観察によって反証するすべを持たないので、これら科学とは呼べないことになる。)
こうしたポパーの科学観に対しては1960年代から批判が加えられるようになった。その代表は科学史家トーマス・クーンのパラダイム論である。パラダイム論によれば、観察は、データを受動的に知覚するだけの行為ではなく、パラダイムすなわち特定の見方・考え方に基づいて事象を能動的に意味付ける行為である。従って、パラダイムそのものは個別の観察によって反証されるのではなく、別のパラダイムの登場によって「パラダイムシフト」の形で覆される。
また、科学に属する諸学問は科学的であるが、科学そのものは科学的ではなく一種の思想であるとする意見もある。
なお、論理実証主義をベースにし、「検証できないものは科学ではない」と考える科学者も未だに少なくないが、これには論理実証主義それ自体の検証が非常に困難であることをはじめ、数多くの理論的困難に出会い頓挫するため、これを境界の根拠にするのは難しい。
具体的な科学の適用論
科学の根本的な原理については一部の著名な科学者や科学哲学者らによって活発な議論が行なわれたわけだが、科学の具体的な方法論・手法・記述法などについては、各分野の科学がその対象の性質に応じてふさわしいものを発達させてきた。
物理学や無機化学は、対象の無機的・機械的なレベルでの振る舞いに限定して着目し、実験で同一の現象が再現されることを重視しており、その記述は、一般法則や全称命題が中心である。 天文学や考古学など、実験や冒険による実証が困難な領域においては、十分な観察と分類にもとづき学問を成立させており、これらの学問も科学的な知見として尊重されている。
近代の経済学者たちは、経済学を、ただの蓋然的言説ではなく科学的なものとしようと試みてきた[38]。
生体によって引き起こされる現象を扱う医学、薬学、心理学や、人々の巨大な社会集団を扱う経済学、社会学は、考察対象とする生体や社会そのものが根本的に複雑性や複合性を内包している。これらにおいては個体差が重要な要素となったり、対象が情報を記憶することで内部状態を変化させてゆくものがあり、現象の再現性を問うこと自体が困難である場合が多い。そのため、物理学や無機化学におけるような手法に加え、統計論的な手法やその他の手法も適用されている。
現代における科学的方法に関する一つの指針としては、全米科学振興協会による「すべてのアメリカ人の科学」がある。
科学は過去の知見を元に未来を予測する性向を強く持つ(自然の斉一性)。このため予測が「科学的」といえども、絶対的な確信は危険である。論理の前提とすべき命題の不知、確率的現象やカオスの存在により、しばしば裏切られるからである(バタフライ効果、カオス理論、複雑系などをそれぞれ参照)。
自然科学、数学、応用科学
19世紀後半以降、science という語は狭義において「自然科学」の意味で用いられるようになった。今日では、多くの局面において「科学」と言えば暗黙裡に「自然科学」を指していることも多い。自然科学は、自然の成り立ちやあり方を理解し、説明・記述しようとする学問の総称である。物理学、化学、生物学などの理学と呼ばれる分野と、医学、農学、工学などの応用科学と呼ばれる分野とを含んでいる。なお、今日では便宜上、19世紀以前の自然哲学の諸研究も、自然科学の一部として分類し扱っている。
この背景として、第1に、自然科学においては科学的方法を適用しやすい点があげられる。ただし、科学的方法が適用可能なのは自然科学のみとは限らない。また、一般的には数学は自然科学の一分野として認識されることが多いが、現代の数学は公理を前提とした演繹手続きとして定式化されており、実験や観察を伴わないことから、科学には含まれないとする見方もある。
第2に、産業革命以降、自然科学の一部が技術と結びついた点があげられる。歴史的には、科学は自然の探求として科学者によって担われ、技術は生活の利便を向上させるものとして職人階層によって担われてきた。しかし産業革命以降、自然科学の知識と手法を応用することで、技術は科学技術へと進化し、工業生産性の向上、公衆衛生水準の向上、そして軍事上の優位など、社会に対して巨大な実用的利益をもたらした。同時に、技術進歩のニーズによって科学研究も大いに刺激を受けた。
第一次世界大戦と第二次世界大戦では、科学者は国家によって動員され、化学兵器や核兵器の開発によって戦争の帰趨に影響を与えた。戦後、科学技術政策は国家政策においても重要な要素として取り込まれている。また科学技術の一層の進歩により、科学は社会から遊離した純粋な知的営為として位置づけることは困難となっている。
現代科学の諸問題
この節は中立的な観点に基づく疑問が提出されているか、議論中です。そのため偏った観点から記事が構成されているおそれがあります。議論はノートの「現代科学の問題について」節を参照してください。(2010年7月) |
科学の肥大化
池田清彦によれば、18世紀ごろまでは、科学はアマチュアによって行われており、「科学者」という職業はなかった、と言われている。19世紀の終わりから20世紀にかけて、大学に科学系の学部が設置された。 19世紀になると、フランスのエコール・ポリテクニークに代表されるように、科学技術教育の制度化が一部で行われるようになったが、まだ科学は基本的には一部の(大学の専門教育制度を経ていない)天才的な者(ベンツ、デュポン、エジソンなど)によって担われていた。 だが、20世紀になると、軍事力強化、富国強兵などを目指す国家は国策として、科学技術の興隆に力を入れ、それにより若者が高等教育機関に吸い寄せられ、養成機関を経て科学者や技術者になる者ができる制度ができた(科学の制度化)。それにより科学の探究が職業化するという現象が起き(科学の職業化)、同時に科学に「天才の科学」から「凡人の科学」への転換が起きたという。 つまり、科学をあくまで「身すぎ世すぎ」(生活費を稼ぐこと)のための道具とする人々が出現することになった。科学に必要な興味が無くなっても、才能が枯渇しても、そもそも才能が足りなくても、おいそれとは研究をやめるわけにはいかないというような人々が出現したのである[39]。
20世紀を通して成長した科学は、技術と一体化し、エレクトロニクス、情報通信技術、生命科学技術などの分野でそのメリットが認められ、拡大の一途をたどってきた。それにともない、科学研究に投入される資金の額は増加の一途をたどってきた。科学コミュニティのメンバーの数がみるみる増大し、各メンバーが使う資金や各メンバーの人件費の総額も加速度的に大きくなってきたのである。だが、その結果、社会・国民が供給可能な資金・資源には限界があることは直視せざるを得ないようになっている。科学研究を行うということは資源や資本の使用が伴うが、現代の科学が使っている資源・資本の量はすでに社会が供給できるものの限界に迫りつつある [40]。
池田清彦は「科学は資金面に関しては、社会の寄生虫のようなもの」と表現している[41]。 また、「現代科学は、自己増殖という欲望をもつ生命体に似ている。ひとたび科学のある専門分野が巨大化の道をたどり始めると、これを止めるのは容易ではない。(科学が巨大化すると)そこにつぎ込まれるカネが膨大になるわけだから、それで食ってる奴が大勢でてくる。関係者にとってみれば、巨大科学がつぶれるかどうかは死活問題であるから、さらなる巨大化のために、あらゆる努力を惜しまないことになる」とも述べている [42]。
また、「巨大科学は、なんだか日本の公共工事に似ている」とも述べている。かつてはそれなりの経済効果があったが、最近では意味がないものが多く、借金だけが累積するという最悪の構造になっている。(土木事業の例だと)もうかるのはゼネコンとそれに癒着した政治家だけであり、国と地方自治体の借金は膨大になっており、国民が税金を徴収される形でそれを払わなければならない状態であり、「大多数の国民にとってメリットよりデメリットの方がはるかに大きい」と述べている。一度、制度として作られたものを変化させることは、いかなる制度であっても容易ではなく、「公共事業が大変なお荷物になったのと同じように、巨大科学もまた、やっかいなお荷物にならない保証はない」と述べられている [43]。
巨大科学の成果が、(一部の科学関係者にとっての満足を除けば、)普通の人々にとっても、莫大な資金・資源を費やすほどの価値のあるものであるかということは自明ではないとされる。例えば、素粒子の発見などに使うカネがあったら、今この瞬間も苦しんでいるアフリカの難民たちの命を救うべく援助するべきだろう、と普通の人々は考えているかも知れないのであり、巨大科学などに費やしたりせず、「(そもそもは自分のお金であった)税金を返せ」と普通の人は思っているかも知れないのである [44]。
科学者には、"学術雑誌に沢山論文を書いた学者に、地位と報酬を与えるのは当然だ"といった考えが深く染み付いているのだろうが、それはあくまで科学者仲間の内部にしか通用しない理屈であって、科学のパトロン(特別なこととして資金を提供している側)である社会・国民は、それで納得するとは限らないとも指摘されている [45]。
また、「科学」という名のシステムの内部でパイの奪い合いが起きている[46]とされている。
池田清彦は次のように説明する。(税金の名目で)国家(政府)に集められたお金が支出されるとなると、このお金を誰が使うか、誰が自分の懐に入れるか、ということについて競争が起きる。名目上(あるいは建前として)このお金は国民の福祉に使われることになっている。すると、もっともらしいお話が作られなければならないなどと考える者が出てくる。「直接的な市場価値を有さない基礎科学の場合、これはほとんどウソつき競争のようになってくる可能性が高い」と池田清彦は述べている。例えば、発生学の研究者が"自分の研究が将来、ガンの治療や老化の防止に役立つ"と言って、(元は国民が払った税金の)研究資金を得て、研究を行い、後でその研究がガンの治療や老化の防止に全く役立たない、と判明しても、解雇もされないし、咎められない(このような事は民間企業では許されない)。 おまけに、この資金で論文を数篇書けば、科学者仲間では評価が高くなるのだという。だが、このような社会をゴマかすやり方、国民全体を欺くようなやり方が、いつまでも通用するかどうかは明らかではないと池田清彦は述べている [47]。
科学者による不正行為
上述のとごく、社会(国民)が供給できる資金には限りがあり、その資金で雇うことのできる科学者の数、ポストの数は限られている。ところが、科学システムの拡大を指向する科学コミュニティはメンバーを累増させるべく様々な活動を行い、大学は大学院生の数を増やし続けてきた。その結果、科学者になろうと計画し大学院を出た者の多くは容易に職に就くことができず、数年ほどポストドクターとして働くことはできても、その後の未来が不透明な状態になっている。
このような者たちは、“専門家として生き残るためには、何らかの「業績」を示し、それにより評価されることで研究資金を供給されなくてはならない” などと考えることになる。現代の制度化された科学システムは、一度糸口をつかむと、流れに乗ることができるような構造があるが、成果は必ずしも努力に見合うような形で得られるものではない。このような状況で焦りに駆られて、研究におけるデータの偽造やねつ造を行う研究者が、近年目立つようになっている[48]。
研究者が、科学の研究において行うデータの偽造や研究の捏造は「科学における不正行為」と呼ばれている。
諸問題関連項目
関連項目
脚注
- ^ a b c d 佐々木力 1996, p. 23.
- ^ http://www.etymonline.com/index.php?term=science&allowed_in_frame=0
- ^ a b c d e 佐々木力 1996, p. 8.
- ^ 古代ギリシャ当時の「フィロソフィア」は、今日の日本人が「哲学」という語を聞いた時に専ら連想するものとはいささか異なっていたのである。
尚、知的な探求や学術的な探求に「フィロソフィア」の語を用いる伝統は現在に至るまで続いている。現在でも通常、欧州や米国で博士号を取得した時に得られるタイトルは、物理学の博士号を取得した時も含めて英: Doctor of Philosophy(=「Ph.D. 」(英語圏の例)あるいは「D.Phil.」)であり、「フィロソフィア」が各国語に翻訳された語が入ることが一般的である。 - ^ a b c 佐々木力 1996, p. 28.
- ^ a b 佐々木力 1996, p. 4.
- ^ 中世ヨーロッパではscientia naturalis(スキエンティア・ナトゥーラーリス)という表現は一応存在し、「自然に関する知識」のことで「自然哲学」とほぼ同じ意味で用いられていたとはいう。(佐々木力 1996, p. 4)
- ^ a b 佐々木力 1996, p. 5.
- ^ 「エピステーモニコス」は「エピステーメー」と同系統の語である。
- ^ アンドレ・ピショ『科学の誕生〈上〉古代オリエント 』、せりか書房、1995年、ISBN 4796701923
- ^ アンドレ・ピショ『科学の誕生〈下〉ソクラテス以前のギリシア 』、せりか書房、1995年、ISBN 479670194X
- ^ 平田寛『図説 科学・技術の歴史―ピラミッドから進化論まで 前約3400年‐1900年頃』、朝倉書店、ISBN 4254102038
- ^ a b c d e 佐々木力 1996, p. 30.
- ^ 都築洋次郎『世界科学・技術史年表』、原書房、ISBN 4562021918
- ^ 世界大百科事典
- ^ 佐々木力 1996, p. 28-29.
- ^ a b c d e f 佐々木力 1996, p. 31.
- ^ 具体的には、トーマス・ホッブズの『物体論』で「幾何学はscientificusであるが、倫理学はscientificusではない。」という表現が見られることである。
- ^ 佐々木力 1996, pp. 5-6.
- ^ ハーバート・バターフィールド著、渡辺正雄訳 『近代科学の誕生』、講談社学術文庫、1978年
- ^ a b c d 佐々木力 1996, p. 93.
- ^ a b c d 三浦於菟 1996, p. 2.
- ^ a b c weil 1999, p. 27.
- ^ (注)デカルトは一方で懐疑論を唱えながらも、他方、その実は素朴実在論で世界を見ており、モノは外からゴツンとぶつからなければ動きに変化はない、というような固定観念にとらわれていた。(その結果、渦動説を唱えた。)デカルト個人の素朴な考え方が西洋の学問の世界で後の時代にまで影響を及ぼすことになった。
- ^ *手島 恵「連載 ものの見方・考え方と看護実践(2) 新しい世界観とは何か?」1998年 [1]
- ^ a b 『21世紀の医学・医療 日本の基礎・臨床医学者100人の提言』日経BP社、1995年
- ^ a b 佐々木力 1996, p. 3.
- ^ a b c 佐々木力 1996, p. 18.
- ^ 佐々木力 『科学論入門』、岩波新書、1996年、ISBN 4004304571
- ^ 佐々木力 1996, pp. 3-4.
- ^ 辻哲夫『日本の科学思想 - その自立への模索』1973年
- ^ 佐々木力 1996, p. 20.
- ^ 佐々木力 1996, p. 15.
- ^ 佐々木力 1996, pp. 14-17.
- ^ a b 佐々木力 1996, p. 17.
- ^ 丸山眞男『日本の思想』1961
- ^ 伊勢田哲治『疑似科学と科学の哲学』、名古屋大学出版会、ISBN 4815804532 など
- ^ 佐々木力 1996, p. 7.
- ^ 池田清彦 2006, pp. 150-152.
- ^ 『科学の社会科シンドローム』p.3-5
- ^ 池田清彦『科学とオカルト』p.182
- ^ 池田清彦 2006, pp. 179-, 「巨大科学の問題点」.
- ^ 池田清彦 2006, p. 181.
- ^ 池田清彦 2006, p. 179.
- ^ 池田清彦『科学とオカルト』p.182「問われる市場価値」
- ^ 石黒武彦 2007, p. 5.
- ^ 池田清彦『科学とオカルト』p.184-p.185
- ^ 石黒武彦 2007, pp. 6-7.
参考文献
- 佐々木力 『科学論入門』 岩波書店、1996年。ISBN 4004304571。
- 池田清彦 『科学はどこまでいくのか』 筑摩書房、2006年。ISBN 978-4480422811。
- 石黒武彦 『科学の社会化シンドローム』 岩波書店、2007年。ISBN 978-4000074711。
- 三浦於菟 『東洋医学を知っていますか』 新潮社、1996年。
- Weil, Andrew 『心身自在』 上野 圭一訳、角川書店、1999年。
- ハーバート・バターフィールド著、渡辺正雄訳 『近代科学の誕生』、講談社学術文庫、1978年
- 石黒武彦『科学の社会化シンドローム』岩波書店、2007年 ISBN 4000074717
- トーマス・サミュエル・クーン著、常石敬一訳 『コペルニクス革命―科学思想史序説』、講談社学術文庫、1989年
- アラン・チャルマーズ著、高田紀代志・佐野正博訳 『科学論の展開―科学と呼ばれているのは何なのか?』、恒星社厚生閣、1985年(新版)
- ジョン・デスモンド・バナール著、鎮目恭夫訳 『歴史における科学』全4巻、みすず書房、1966年
- 村上陽一郎編 『現代科学論の名著』、中公新書、1989年
- ハンス・ライヘンバッハ著、市井三郎訳 『科学哲学の形成』、みすず書房、1985年