July 28, 2018

7月26日の実習

こんにちは、学部3年の門原です。

前期最後の実習となった26日の実習では、比較宗教学研究室の飯島先生にお越しいただき、文学部の先生方が各々思い出の逸品等を紹介する映像を見せていただきました。
私は今回初めてその映像を見たのですが、書物から民芸品、自由研究に至るまで実に多様な品々が紹介されており、ひとつひとつがとても興味深かったです。いずれの品々にも先生方の歩んできた足跡が見え、この箱崎の地で学ぶ一人の学生として、九大が積み重ねてきた年月の重みに感極まるなどしました。

そして、それを元に今年の展覧会でどの逸品を紹介するかの話し合いを行いました。
展覧会の方向性は、いかなる層の観者を想定するか、実際に展示可能な品か…などを考慮しつつ、いくつかに候補をしぼり、役割分担も決め、今年の展覧会へ向けて舵を切り始めました。

その後、倫理学研究室の横田先生にお越しいただき、先生が逸品として紹介されていた小学生の頃夏休みの自由研究で制作した松下村塾の模型を撮影させていただきました。

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屋根を外して室内も見られる仕様となっており、梁なども再現しているその精巧さに学生一同驚き、見入ってしまいました。ひと夏の自由研究として作った品が先生の研究の出発点ともなっている……というのはとてもすてきな話だと思います。箱崎での学びを締めくくるものとして、よい機会を得られたとしみじみと感じました。

学部3年 門原

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July 25, 2018

暑気払い:福ビル最後のビアガーデン

こんにちは。更新が遅れました。M2のますだです。
先週は一週間、大分大学の田中先生が集中講義にいらっしゃいました。
今日は、その最終日について、日記を書こうを思います。
4日間あるうちの最後二日は、受講生を連れて福岡の街の彫刻巡りをしました。
これは実習班もぜひ出るべきでしたね〜
山崎朝雲の亀山上皇像、竹内久一の日蓮聖人像を見ました。
九大の近くにあるにも関わらず、お恥ずかしながら初めて実見できました。

最終日は、講義後に九産大の美術館にお邪魔しました。

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学芸員の小栗栖さんにギャラリートークをしていただき
パリのモンパルナスをベースに、池袋と福岡のアート地帯を収蔵品で視覚化する
とても面白い展示でした!


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AQAの展覧会にぜひ生かしたいような空間づくりや、ライティングなど
参考になることがたくさんありました。ありがとうございます。

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そしてメインの福ビル屋上での暑気払いです。
福ビルは、57年という長い歴史を持った、福岡市民に愛されたビルだそうで、
我々学生が生まれる以前から、ビアガーデンといったら福ビル!といった
伝統を持っている場所でした。天神の再開発で
知らない歴史が知られぬままに消えて行きそうですね。。
その最後に立ち会えて幸せです。
生演奏もあり、時間制限なしの飲放題!なかなか太っ腹です。
それぞれジンギスカンを焼いて頂きました。

そして恒例の線香花火大会です!
いつも、先生が国産の線香花火を持ってきてくださいます。
最近ではめっきり国産の花火を見なくなりました。
繊細な火薬の調合は、熟練花火師さんたちの職人技で出来ています。
大事にしたい文化だなあと思います。
3年生が可愛かったのでこちらの写真で。

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では、今後の活動についてなども
最後の授業で話し合ってゆきましょう〜
お疲れ様でした!

(益田)


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July 22, 2018

オシップ・ザッキン《恋人たち》について

こんにちは。修士1年の皺です。
西鉄福岡(天神)駅の正面にあるオシップ・ザッキンの《恋人たち》をご紹介します。

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オシップ・ザッキン(Ossip Zadkine, 1890-1967)はロシア帝国(現ベラルーシ)出身の彫刻家です。
ユダヤ系の経済的に豊かな家庭に生まれ育った彼は、1905年に母親の実家のあった北部イギリスの工芸美術学校で英語を学びつつ、造形学を専攻しました。
1909年にはフランスに渡り、ピカソやモディリアーニ、藤田嗣治と知り合います。
彼は、キュビズムや黒人彫刻の影響を受け、原始芸術の様式を取り入れた独自のスタイルを生みました。
また、フランスで知り合った藤田の斡旋もあり、二科会外国会員として二科会に出品をつづけた親日家としても知られています。


さて、この《恋人たち》という彫刻は、向かって右側に男性、左側に女性の姿が、リズミカルな起伏で表現されています。

男性は首をかしげ、腕は胸のあたりにあて、恥じらいやためらいなど、青年の初々しさを感じさせます。
一方、女性は右腕を左腰あたりに、左手を胸のあたりに当てています。
このポーズは何を表しているのでしょうか。男性に語りかけているところや、赤ちゃんを抱いているポーズにも見えます。
私は、ボッティチェリの《ヴィーナス誕生》やマザッチョの《楽園追放》といった絵画にも見られる「恥じらいのヴィーナス」のポーズになぞらえて表現されているように思われました。

また、胴部に骨のような形の空洞があることは、この彫刻の大きな特徴だと言えます。
この空洞は、本来ならそこにあるはずの量塊を意識させる効果や、彫刻の向こう側の空間を取り入れるという効果もあると考えられます。


この作品の台の背面には「この彫刻は宝くじの普及宣伝事業として設置されたものです」と記されており、確かに彫刻の周辺には宝くじの販売所が見えます。

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人通りの多い場所に恋人たちというテーマの彫刻があることは自然に思われますし、彫刻自体、良くも悪くも景色に溶け込んでいるように感じます。

しかしこの作品の金色光沢仕上げは、だいぶ汚れてしまい、作品本来の美しさが損なわれているように思われます。
屋外、しかも人通りの多い場所での設置となると仕方がないことなのでしょうか。
人の行き交う場に設置された彫刻は多くの人の視界に入るかと思いきや、そこではかえって喧騒に紛れてしまうのかもしれません。


[参考]
・『ザッキン展』山梨県立美術館編、読売新聞社、1989年
・ZADKINE Reserch Center(https://www.zadkine.com)最終閲覧日:2018/06/21

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人と場を繋げるアート―ヤノベケンジ《SHIP‘S CAT》について

こんばんは。修士1年の標兇反修靴泙后

櫛田神社から冷泉公園横を抜けて博多座へ向かう土居通り沿い、観光客や地元の人々で常に賑わうこのエリアに、昨年設置されたばかりのパブリックアートがあるのをご存知でしょうか?

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実はこちら、第一線で活躍する現代アーティスト、ヤノベケンジ氏の《SHIP‘S CAT》という作品なのです。
メタリックな輝きを放つ銀色の宇宙服に身を包み、建物のガラスを越えて大きく身を乗り出す、ミステリアスな巨大な白猫の姿に一瞬で目を奪われます。
作品タイトルの《SHIP‘S CAT》は、日本語に訳すと船乗り猫と言います。その名の通り、一説には古代エジプトから大航海時代、20世紀西洋各国の海軍に至るまで、世界中で猫は害獣から船を守り、船乗りたちの心をいやす航海の友として、また、旅の守り神として愛されてきました。
そのような歴史と象徴を併せ持つ《SHIP‘S CAT》は、ヤノベ氏のこの作品においてはどのような存在として表されているのでしょうか。

この作品が生まれたのは、作品が設置されているコミュニティホステル「WeBase 博多」を運営する株式会社レーサムと、ヤノベ氏が教鞭をとる京都造形芸術大学との産学連携プロジェクトがきっかけです。
学生と日々共同で制作する中で、卒業後世界へ羽ばたいていく学生の姿が船乗り猫に重なったとヤノベ氏は述べています。また、作品には旅のフロンティアである若者たちを後押しする出発・希望・誕生のメッセージが込められているとのことです。

そのような文脈を踏まえ、また「パブリックアート」という観点からこの作品について考察してみます。
まず、作品の主題である船乗り猫は、古くから交易で栄える港町として多くの人々を旅に送り出してきた博多という土地柄とも相性が良く、また、この作品が設置されている建物自体も、コミュニティホステルという、まさに世界各地の旅人たちの集う場所のイメージにピッタリです。
一方で、作品は博多という土地で起こった特定の出来事や人物との関係は薄いと言えそうです。

私には、この作品はそのような固定された役割を担うよりもむしろ、大きな物語の枠組みを提供することで、その場で個々人の小さな物語が生まれることを常に促しているように思えます。
というのも、「WeBase 博多」のブログやSNSを確認すると、世界各地から訪れた旅人の方達が《SHIP‘S CAT》と一緒に写っている写真を多く見かけ、この作品がこの場所のシンボルとして、そこで生まれた人々の思い出と結びついていく様子がありありと伺えるのです。これは現代において、パブリックアートがいかにその土地や人々に愛されることが出来るのかという一つの可能性を提示しているような気がします。その道筋を含めて、これからも目が離せない作品だと言えそうです。

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ちなみにこの《SHIP‘S CAT》、夜になるとヘルメットが光るそうです。
夜の博多の街で帰路に就く人々を照らし導く姿も、ぜひとも見てみたいものです。


【参考】
・WeBase博多ホームページ http://we-base.jp/hakata/?lang=ja
・日本経済新聞コラム(地域)「船乗り猫 若者にエール ヤノベケンジさん」
 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO26311690Q8A130C1AA2P00/
・ヤノベケンジ公式ウェブサイト http://www.yanobe.com/
・京都造形芸術大学ウルトラファクトリー「ヤノベケンジSHIP'S CAT & FUTURE CAR PROJECT」
 http://ultrafactory.jp/project/ships_cat_future_car_project.html

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July 20, 2018

パブリックアート紹介の合間に

 U教授の実習も参加4年目になりました、修士一年の竹下です。
このブログに初めて書き込んだときは2年生でしょうか?
記事を遡れば発掘される昔の写真にどきどきしてしまいます。

 さて、今回実習で訪ねたパブリックアートをお題に記事がリレーされていますが、ここで(勝手に)小休憩。昨日まで数日にわたり行われていた集中講義のお話を関連させてすこし。

今回の集中講義は大分大学の田中修二先生による近代日本彫刻史。と、登録上は表記されていますが実際には「「近代」「日本」「彫刻」史」とでも書きたくなるような講義でした。つまり、
  近代とは、日本美術史あるいは日本彫刻史とは、彫刻とは。
  何を指すのか、どうやってそれらの語が形成されていったのか。
たしかな答えが出る問いではありませんがだからこそ議論しつづける価値がある問題ではないでしょうか。

 ここ最近実習では数回にわたってパブリックアートを鑑賞してきました。
そこで鑑賞の軸のひとつとなっていたのも上に挙げたものと同じような問い、美術とは何かということです。
 「パブリック」に置かれたアートは、資金面や安全面への考慮や、誰にでも理解が容易なようにという配慮がなされた結果、時としてこれは美術作品なのか?とおもわず疑問を抱いてしまうような作品が設置されていることがあります。それはあるいはどうしてこの作品を設置したのだろうという疑問のときもあります。
 
 何が美術か、美術とは何か、実習を通して他の参加者のみなさんはどう考えたのでしょう。
どんな意見が出されるのか、本投稿以後の更新もたのしみです。

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写真がひとつもないのも寂しいので自分が担当するはずだった作品を。博多リバレイン内にあるパーミンダーコーの《PlayTime》です。
(田中先生、集中講義どうもお世話になりました。)



竹下花
 

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