2017年03月23日

小学校の卒業式

今日は、我が子たちが通う小学校の卒業式

うちは長男が中一で
昨年卒業だったので、
子ども3人&私がそろう卒業式は
去年で終わり・・・と思ってたんですが、
今年も
副会長として卒業式参列の私に、
長男が7年生代表で参列。
下二人が在校生でいたので、
結局今年もそろい踏みでした。(笑)

・・・ところで。
7年生代表挨拶なるものを、
するわけですが、
聞いていて、へー立派な挨拶するもんだ。
と思ったら。
あとから、聞いたら
あの文は、全て中学教諭が書いて、
それを読まされることになっているそうだ。
自分で書くことは許されないみたい。

・・・またか。

昨年秀峰筑波の学校発表会だ なんて
北条でやりましたが、
あの発表のとき、
うちは3人のうち上二人は、
学年の代表として北条へ行きました。
(・・・この代表っていうのもね、
本来全員でやるべきことだし、 
残された子供たちが 自習させられてたことも
私的には、かなり納得できない。)
それぞれの学年が
いろいろな発表を企画していると聞き、
大したもんだと思った。・・・ら、
その発表の内容は、
教員が作ったものだった。
それを子供たちは覚えさせられて、
発表させられてたわけでした。

・・・自分たちで作ったものだから
発表する意味があるのに。
作り上げる過程もとても大事なのに。
発表会のときの、
保護者の”ウケ”狙いで、
整ったものを出せばいい という安易な考え。

本来保護者が見たいのは、
子どもたちが作った、
子どもたちの発表だと思うんですけど・・・。


夏休みの宿題を、
保護者がやってあげちゃってはだめ!というなら、
こういう発表の機会に、
教員が作ってあげて、
子どもに読ませるだけ は、
だめじゃないの??と思う。


・・・なんてことを考えた本日。


にしても やっぱり
少人数小学校はいいよなぁ・・・・
この暖かい雰囲気、
地域と保護者が見守る中の、
アットホームな卒業式、
良かったなぁ・・・。

自分が公立のマンモス校だったから、
(同級生は、200人いたから、
全く記憶にない人がほとんどだわ。)
この一人ひとりが主役になれる
少人数は、素敵だな。と思う。



 

araarayouko at 19:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日常 | 育児

2017年03月22日

罪と罰

整理をしていたら、出てきた。

ドストエフスキーの
罪と罰
と、
カラマーゾフの兄弟

昔読もうとして
でも
全然面白くなくて半分いやいや読んだもの

今読むと、
かなり深い話だったのだなぁと
思ったりする。

罪と罰。
特別な存在である天才は
独自の正義を理由に何をしても許される 
一つの悪事は、百の善行によって償われる
なんて思いこんだけど、
実際罪を犯したら
何より自らの内なる罪悪感が 誰よりも
何よりも罰を与える。 
罪を犯した後に罰が来るのではない
罪と罰はセットである。てな?

カラマーゾフの兄弟は、
ただの恋愛ぐちぐちゃ話かと思いきや
宗教、死、国家と協会、
貧困とか身分制度、格差
そして、一般民衆の愚かさ 
家族関係 めっちゃくちゃ深淵なテーマを含む
話だったわけだ・・・・。

しかし、これ、
今なら理解できるけど、
学生時代じゃ理解できないよなー。


 

araarayouko at 21:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

茨城の古民家状況=地域の人の意識感覚

先日、古民家シンポジウムがあった

古民家にまつわる話をいろいろ聞いた
(まぁ私もパネリストで
話はしたけど。)

そのときに、
筑波大の先生山本さんの講演に、ふーむ と思う内容があった
「茨城、特に 筑波地区には、
とても状態のいい古民家が多数存在していた 
過去の調査で、それがわかっていた。
その後の調査が行われていなかったので、調査をしたところ
失われてしまった古民家が多数あった。」

その理由は?

地域の方の住環境への価値観の変換、
家を継ぐことの形式の変化を挙げられていた。

昔は、
世代交代になると、
高齢の親世代が、同じ敷地の”隠居”と呼ばれる離れに移る。
若い世代に、家(母屋)を譲る形だ。
若い世代が、その家(母屋)とともに、その一族の”家”も継ぐ。
故に、古い家屋も大切に受け継がれてきた。

が、最近は、
世代交代 となると、
若い世代が逃げ出す(苦笑)か、
もしくは、古い家なんかいやだと、
敷地内に新しい家を(今風の)建て、若い世代がそこへ移り住む
(もしくは、地元に帰ってきてほしいという
親心から、親世代が家を建ててあげるという・・・苦笑)
当然古い家は、
高齢の世代が住み続け、
若い世代が住み、経済的にも充実していく年に
家の手入れなどをして継続していく形は
すでにそこにはなく、
家は傷む一方(高齢世代にはそれを直す経済力がなくなる)
高齢世代がいなくなると、空き家に。
そして、放置、そして痛みが進み、そして取り壊し・・・と。

茨城筑波地区の古民家を取り囲む状況は
極めて危機的状況にあると。

…この話を聞いていて
私たちもつくばへ帰ってきて数年で
家をどうするか 悩んだ時期を思い出した。

夫の実家には、義両親、義祖母(ヒィババ)がいて、
私たち夫婦&子どもたちは、
母屋で同居生活を開始。

さて、家をどうするか。
家はその当時、増改築を繰り返して
(住居関連の仕事をしていた私から言わせてもらうと
「超違法建築のおかしな家 (耐震的にも危険でもある)」状態でした。
そして、バカでかい。( ´艸`)
普通の家の2倍はある 建坪で100坪くらいだからかなりだ。

私の地元東京では、
もっとコンパクトに不必要な広さを持たない家の方が
維持費もかからないし、
空調などコスパもいい。
だから、筑波へ来てからのこの家の状況にはかなり驚いた。

ちょうど3人目が生まれたところ、
その当時の家は、そんなに広い家にもかかわらず
収納なし、お風呂場の脱衣所は半畳しかない、
台所がなぜか、土間に出されて
(もともとのキッチンは、家の中にあるけれど、
使えなくしてあった。お米作りの作業のため、
農繁期には、農作業で汚れたまま食事ができるようにと
台所を外に出したらしい・・・・)
妙な増築のせいで、本来家の外にあった
ボイラーがなぜか家の中にあるという・・・・
(排気はできるようになってましたけどね)

…まず選択肢 
1、同居を続けるか 2、別所帯になるか
これが問題。
当時同居して約一年経っていたけれど、
義祖母の介護を私が引き受けていたので、
別の家生活になると不便・・・。
(そもそも筑波へ帰って来た理由は、
夫の実家が、大変。
義母が一人で、農業(お米作り)を頑張っていて、
義祖母は当時は特に大きな体調不良はないものの、かなり高齢、
義父は持病があって、この後、だんだんに弱っていくだろうという状況。
本家長男の夫ですから、
ゆくゆく帰るなら、
完全に要介護状態になってから 帰ったのでは遅い。
(私の持論は、
介護は、その人の価値観や、生活スタイルを
理解していないと到底できない。
ただ面倒を見ればいいのではなくて、
その人の尊厳とか、生き甲斐のようなものを
失わせずに、それをサポートするスタイル、
介護をする側にどっぷり縋り付くのではなく、
できることは自分でやろうとする意欲を失わせずに
最後まで尊厳をもって生きられるようにすること。
と思っているので)
まだ少し元気なうちに、
筑波に帰って、
たぶん近く介護することになるだろう、
ヒィババや、義父の価値観や生活スタイルを
知る必要がある。と考えていたから。

義母は、義父に代わって
一人農業を頑張っていて、
そこにヒィババと義父の介護なんてのを
一人で背負うのは到底無理だと思っていたから。)
だから、まだヒィババが動けるとき、
義父がまだ動けるうちに、と
筑波へ戻ってきた。

そして、家の問題。

が、
建築費を考えると、
新しい家族5人(私たち夫婦&子供たち)用の家を建てた方が
断然安く済む。
土地はある。(笑)
(我が家の土地はかなーり広い。大地主だったとのことで
現在の敷地もかなり広い。
千葉から引っ越ししてきたとき、
敷地内に蔵や倉庫、事務所や、元厩、離れなどが
あったので、引っ越し業者さんに
「一体どの家に運び入れればいいんですか?」と
聞かれたくらい。( ´艸`))
目の前のこと、自分たち世代のことだけを
考えれば、当然敷地内別居、
新築の小さいな家を建てた方が断然楽だった。

が、もし、新しい家を建ててしまったら
母屋はどうなる?
仏壇とかは?
ゆくゆくどうする??
義両親たちを引き取れる部屋を
新しい家に作ったとしても、
このでかい母屋はどうする?
夫の実家は、結局、この母屋な気がする・・・。
結局家を継ぐなら、
この母屋も継ぐべきじゃないか・・・。

・・・で夫とも話をした結果、
家を継いでいくことを選んだ。
母屋を全面完全リフォームした。
(耐震補強、断熱材全面やり直し、
間取り変更、違法建築部分の修正、
介護のための水回りの整備し直し、
介護を想定した間取り、部分的バリアフリー化)
結果、新築の家を建てるより
倍近くの出費になってしまった。
が、現在後悔していない。

結果として新しい快適な家で
ヒィババの介護をして、生活はかなり改善して
きちんと見送ることもできた。
家族全員の状態に目が届くようになった家で、
義両親の食事も管理、
義父は予想外に、体調を維持、
頑張ってまだ動ける状態でいてくれている。

家族が一つ屋根の下にいることで、
常にわいわいと賑やかに過ごしている。

今となってみれば、
現在の新築の家は、
ほぼ集成材の柱で作られて
(耐震的には強度は十分でも
例えば、大雨で水につかると、
無垢は、乾燥させれば生き返るけれど、
集成材はもう二度と戻らない。だめになる。など)
結局、代々次いでいける家にはならない。
一代限りの家になってしまう。
でも、母屋のベースは、築70年部分があり、
基本的な構造は無垢の建材でできていて、
古民家と言える部分が残っていた。
だから、そこは生かして残すべきと考えた。
リフォーム後の現在の母屋は、
これから長期的に維持できるであろう家のままである。
だから、
やっぱりリフォームでよかった。
と心から思う。

なんて、ことを思い出しながら
山本先生の話を聞いていた。

茨城の、筑波地区の環境はとても素敵だ。
東京に住んでいたころには、感じられなかった空気のきれいさ、
夜空の星も(東京じゃ明るすぎで星なんか見えない。苦笑)
広がる田園風景も、
本当はとてもとても魅力的なもので、地域の宝ものだ。
そして、
同じように、茨城に残る古い家屋、門、蔵などは、
京都に匹敵するすばらしさで、
町なみが残る場所は、
関東の一大観光地になれるくらいの価値があると思う。

けど、
私達みたいな選択をする若い世代は
(…若くないけど。( ´艸`))
かなり珍しいみたいだ。


でもなぁ・・・
筑波地区の魅力は、
古民家、蔵、古民家のある街並み、
自然豊かな環境だと思うんですよね。

地元の人が、筑波地区のことを、
「こんなところ」というのを聞いてとても悲しく感じたことがある。
いいえ。筑波地区はすごく魅力的な場所。
なんとか、
踏ん張って、活性してほしい。
それには、 この地域の宝を生かすことが
一番可能性として高いのではないかと常々思う。

・・・でもなぁ
若い世代が安易に新しい長持ちしない家を建てる理由は、
さまざまな要因が複合的に合わさっているので、
一筋縄ではいかないかも。
目の前、表層的な新しさに惹かれること、
自分たちのことだけを優先して考える世代交代、
地域全体のことなんてもちろん、
下手したら自分の親世代の世話のことも
考えない人が結構いたりするからな・・・
(まぁ余裕がないということでもあるんでしょうが・・・)

・・・といろいろ考えさせられる
シンポジウムでした。




araarayouko at 20:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)田舎の恵み | 古民家
livedoor 天気