育児

2018年04月28日

先生からの電話

今日、長男の担任から電話が来た

すわっ 
こないだ校長に意見を文書で出したがその件か?? 

・・と思いきや
担任が話始めた・・・

修学旅行初日
TXで東京へ向かう電車の中
生徒たちが座る車両に
脚の不自由な女性が乗り込んできて
(生徒たちはもちろん普通の座席にいたらしいが)
教員は立っていて、
座ってる目の前の生徒に目配せしていたのだが、
生徒たちは
もじもじして誰一人動かず・・・
というときに、
ちょっと離れたところにいた長男が
「この席をどうぞ!」って言って立ち上がり
女性を導いて席に座らせたらしい。
その女性はかなり感激していて、
秋葉原で降りるときも 丁寧にお礼を
行って去っていったらしい。
他の生徒が動けずにいるときに
長男の行動が、
それがあまりに自然にやっていたので
先生は、感動して、
他の生徒たちもかなり感銘を受けた様子だった
とのこと。

・・・・これ、全然普通のことですが(-_-;)
普段子供たちが電車乗るときは
私も含めいつもやってます。 苦笑

(そんな感銘を受けるようなことではなくて
普通にやるべきことだと思うのだけど・・・)

さらに
京都で能の体験のシーンで、
希望者がいない?というときに
先生が (長男が能をやってるのを知っていて)
長男にやったらと振ったら、
「いえ、僕は経験があるけれど、
これは初心者体験と書いてあります、
やったことがない人が優先して受けるべきです」
といったそうな。
”周りをよく見ていて、配慮する素晴らしい行動だと思います”
と先生。
・・・・・ただやりたくなかっただけなような( -д-)ノ
あとで長男に聞いたら
まぁ高梨先生に習っているから、
違う先生のくせみたいなのが入るのがいまいち・・ってこと
だったらしい。( ´艸`)

・・・ま、なんかよくわからないが
褒めちぎられ電話を切られた・・・
普通のことなだけに、
・・・なんか気持ち悪い。苦笑 ちょっと違和感。


・・校長に提出した文書は、
この日本全国的にも前代未聞だっていう
統合劇の後の学校であり、
めっちゃくちゃな広大学区を持つ
超特殊学校にあって、
今まで通り、型通りの対応では、全然アウトなことが多々あるので
一つ一つ指摘しつつ
こうしたらどうですか?っていう案を出す形のもの
それについては 
校長から電話ありGW明けに職員会議で対応を検討する
だそうだ。
…本気でやるかよく見守る。
結果変わらなければ、即抗議。



araarayouko at 08:57|PermalinkComments(0)

2018年02月28日

小学校お別れ会でした

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私自身は、東京出身なので
母校ではありませんが、
我が子たちがお世話になり、
その141年の歴史の中で、
唯一の 女PTA会長に(事故的に)なってしまって

・・・しかもその時期が、
つくば市北部の統廃合関連の始まった
ぐっちゃぐちゃの時代、
おかしい?!と思いながらも、
声をあげることすら許されなかった時代で、
(当初の東学区だけの統合が、
とんでも急に、西も入れちゃえ的な統合に移行した時期)
さらに、
市p連を巻き込んでの
前市長の大失策の
総合運動公園問題の余波を受けた時代、
(この問題、一体どれくらいの人間が、
問題の本筋をきちんと理解できているのか・・・)
すったもんだした挙句、
(この過程で、まじで
つくば市北部の校長たちはどうしてそういう思考回路になれるのか
不思議でたまらなかったが・・・。)
校長たちを頭とする教員たち、行政の意向とは”一致せず”、
子供たち保護者の声により、
閉校は一年遅らせるということに、
いわば、大どんでん返しになった、
(結果として、
それが本気で大正解なのは明白。 
今でさえ準備が万全とは言い難い状態で、
これが、昨年の春だったら・・・と思うと、
(しかもそうなると2度の引っ越しをせざるを得ない状況になってたわけで)
とんでもない状態になっていたといえると思う。)
大きな決断をするまでの
これまたごっちゃごちゃな時代・・・とゆー
最悪で最多忙な時期に、
PTAの本部を3年間・・・(-_-;)
最後は副会長で、
幕が降りることになった

といっても納得できる最後でもなく、
言いたいことは山のようにあるけれど、
まぁ、それは置いといて、

私にとっても
印象深い思い出深い学校になった

この少人数の学校は、本当に素晴らしい学校だったので
本当に本当に惜しい

せめて、地域の人たちのために
子供たちのためになる場所として
生き続けてほしい。

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そして、どーーーーーーしても腹立つので書くけれど
中学校のお別れ会 が、なんとも形だけのものだったかは、
さておき、
小学校では、それぞれ趣向を凝らして、
100年を超える学校が閉校するということに、
それぞれの地区で、沢山の思いがあり、
準備を進め、
できるだけ多くの地域の方、卒業生に、参加してもらおう と
閉校式典の準備をしていた。

にもかかわらず、
筑波東、筑波西 両中学校は、
この日、普通に部活を入れていた。怒
酷い部活は練習試合も入れていた。
・・・東西共に、
ほぼ全員が、つくば市北部の小学校の卒業生だ。
つい最近までお世話になった、
自分たちの母校だ。
それが、閉校になる。
下手したら、もう入れなくなるかもしれない。
そんな母校のお別れ会に、
どうして、教員たちは、(特に校長!)
「今までお世話になった学校と、
6年間ずっと見守りしてくださった地域の皆さんに、
お礼を言ってきなさい」と 
お別れ会に行くように、促すことすらできないのか。
そういう感謝の気持ちを育てるのが教育じゃないのか?

息子の部活は、
練習の参加率で”評価”が決まり、
試合に出れるかに影響するそうで、
息子は、「お別れ会行きたいけど、部活休むと・・・
部活終わったら、ダッシュ行く!」と言っていた。
(実際そうした)

どうでもいい部活練習をわざわざこの日に入れる
その感覚がわからない

ちなみに中学に電話して、この件聞いた
「明日は各小学校のお別れ会が一斉に開催されますよね?
なのに、なぜ、部活を入れるのですか?」と。

すると
「あーすみませんお別れ会っていうものを自分は把握してなくて〜
今日ちょうど各小学校の先生かたがいるんで、
聞いたんですけど、
「別に参加しなくてもいいです」って言われたんでぇ、
他の部活は練習試合も入れてますしぃ」と言われた。

・・・・把握してない?
・・・・小学校の教員が「来なくていい」といった?
・・・・他の部活が試合いれてるから?

悪びれる様子もなく、はぁ?って感じでした。
…話しても無駄だと思い切りました。
ちなみに、同じような電話をかけたお母さんが
何人もいました。(皆さん同じ応対されてご立腹) 

情けない。
普通に考えればすぐわかりそうなものが、
わからない教員たちなんだろうか?



araarayouko at 11:49|PermalinkComments(0)

2018年01月17日

教育が変わる時代へ  

もう、
あちこちで報道されているので
皆さん知ってると思いますが、
(てか、知らない人、教育に関心がない人だよね・・・)
大学センター試験が変わります。

記事参照 ↓
http://www.keinet.ne.jp/dnj/20/20kaisetsu_02.html

記事中の文

新テストの導入にあたっては、「知識・技能」だけでなく、
大学入学段階で求められる「思考力・判断力・表現力」を中心に評価するという考えがベースにあります

これ。

門脇教育長が言う、”社会力”そのもの。

どなたか、門脇さんがお話しの説明会で、
「社会力なんてものを求めて学力落ちたらどうしてくれるんだ」みたいなことを
言ってた人がいましたが、
(それを聞いて、卒倒しそうなばかりに、その人の学の無さを
同じ北部の保護者として、恥ずかしく思いましたが・・・)

つまり、
今までしばらく 続いてしまってきた”詰込み学力”
(要は 覚えりゃいい。知ってりゃいい。問題が解ければいい。
なんで、そうなのか、どうしてその方式を使うのか、
そんなことはどうでもいい。答えが出れば、正解が出せればOK 
という方式) は、今後通用しなくなる というわけです。

この方式で育てられた若者たちは、
”言われたことをやる”ことはできても、
イレギュラーなことが起きたとき、臨機応変に動けません。
相手の気持ちを推し量って動くこともできません。
なにせコミュニケーションが取れません。
いい大学出てて学力はあるはずなのに・・・・って。(笑)
・・・で典型なのが、
こういうタイプ、社会へ出て(もしくはその前に大学で、
広い交友関係の中で泳ぐことができず)
挫折して、実家へ戻り、引きこもり
そのままニート。…典型です。
働かないニート問題は社会問題でもあります。

学力=社会力 ではありません!!!

でも、逆に、社会力がある人は、社会に出てから、
(たとえ、素晴らしい大学を出ていなくても)
大抵、社会人として機能します。
コミュニケーションを取り、社会的にきちんと生きていけます。

というような世情を以てか、
”学力”を測る大学受験時の試験において、
”社会力”の典型である、「思考力・判断力・表現力」
つまり
自ら考える力、 自分で判断する力、そしてそれを表現する力 
が、試されることになるわけです。

すばらしいね。

が、今の保護者世代、教員たち、
典型的な詰込み教育をされている世代の賜物
登校中に、洋服、コートのフードをかぶってはいけない
という教員に、
「なんでダメなのですか?」と聞いたら、
「だめなものはだめだ」「そんなことはわかるだろ」といいまともに説明をしてくれない 
などという教員・・・は、これ、完全にアウトですね。

(ちなみに、保護者としてきちんと聞いてみましたが
納得できる回答はありませんでした。
「決まりですから。」
の一点張り。
こんな教員では、
この後の、「思考力・判断力・表現力」を子供たちに教えるのは無理かと思います。
まずは、教員の教育が必要では??
これは、校長先生レベルにも言えます

いろいろ質問をして、
まともにご自分の考えを
ご自分の言葉でお話しになる校長先生に出会ったことがない
(つくば市では。)
悲しいことですが。

そして保護者も。
自らの頭で考えて、
他人からの情報にのみ影響されず
自分の目で確かめ、自分で情報を収集し、
それを分析、
自分の意思を以て、行動する
そういう保護者であるべき。
意見の伝え合いは 喧嘩ではない
お互いに、意見交換をしてよりよいものへ導くただのステップです。
自分の意見より、
優れた意見が出れば
それに同調していく。
それで全体がよりよくなるのであれば、
自分の意見が消えた
としてもそんなのはどうでもいいこと。
そして、
誰が言った意見かなんて、どうでもいい。
誰が じゃなくて、
どんな意見だったか。が重要。

これを機に
少しは変わればいいんですが。




araarayouko at 12:41|PermalinkComments(0)