2025年01月
2025年01月25日
特に書く事がないので本題です。
ようやく2022年に入りました。毎年のことながら、冬場は雪の為に行動が制限されてしまうので、今回も一気に3月まで飛びました。
この頃は相方が忙しい事と、コロナで宿が安かった事もあって一人旅ばかりしていました。
まずは今回は近場の静岡へ行きました。

前日、仕事が終わった足でそのまま鈍行電車に乗り込み、夜遅くに掛川辺りで一泊、翌日朝からレンタカーを借りてまずは掛川付近の廃屋へ行きました。

ここは工場だか倉庫跡みたいです。ちなみにこの付近は川釣りをする場所がありました。ただ、平日の朝早くだからか人の気配はゼロでした。

奥には廃屋を発見。結構ガタガタです。

内部は草木が成長して、かなりの年月が経っている様子です。

これはアレですね。はだしのゲンでガラス屋のおっさんから譲り受けた軍艦ですね。わしの船は早く走るかのう。

壁には当時の物と思われるメモ書きみたいなのが残されていました。

カレンダーは1999年でした。想像していたよりも最近な感じです。

鍵盤を押すとカエルが口を開けて音を出す懐かしいおもちゃがありました。

一番最初の部屋だけ風化しそうな廃れ具合でしたが、奥の方は色々残留物がしっかり残っています。神棚も残っています。

なかなかに時代を感じる車の広告です。親戚の車がこんな感じでした。

懐かしいテレビや椅子が置いてありました。あまり広い廃屋ではなかったですが、昭和を感じさせる良い廃屋でした。

あと、ここを探索している間、外から花火の音なのか銃声みたいな音が聞こえてきたのがちょっと怖かったです。それと、3月なのにこの日は凄く暑かったです。2月下旬以降って正直、もう春ですよね。

写真の数が中途半端だったので、この日観光した場所を。これは日本一の大天狗っていうモニュメント?です。車で走っている最中に、なんだこれって感じで立ち寄りました。

こういう良く分からんモニュメントみたいなのは大好きです。北海道でもいきなり怪獣みたいなデカさの熊のモニュメントが出てきたりして思わず立ち寄ったりしたし。

天狗の面の横にあるお店らしきもの。ずっといっスだと思ってました。ちなみにこの時はコロナの影響かやっていませんでした。

天狗以外にも記念館みたいなのがあったので見てみます。ここは無料施設だからか、コロナ関係なく入る事が出来ました。

白井鐵造記念館というところらしいです。

当時のポスター。たまに廃墟とかで糞古いポスターとか見ると、保護してあげたらこういうところで資料として残るんじゃないかなと思ったりしますが、面倒なので結局やっていません。
一先ず今回はこれで終了。今回の旅は小旅行なので、ガチ目の廃墟には行っていません。
ようやく2022年に入りました。毎年のことながら、冬場は雪の為に行動が制限されてしまうので、今回も一気に3月まで飛びました。
この頃は相方が忙しい事と、コロナで宿が安かった事もあって一人旅ばかりしていました。
まずは今回は近場の静岡へ行きました。

前日、仕事が終わった足でそのまま鈍行電車に乗り込み、夜遅くに掛川辺りで一泊、翌日朝からレンタカーを借りてまずは掛川付近の廃屋へ行きました。

ここは工場だか倉庫跡みたいです。ちなみにこの付近は川釣りをする場所がありました。ただ、平日の朝早くだからか人の気配はゼロでした。

奥には廃屋を発見。結構ガタガタです。

内部は草木が成長して、かなりの年月が経っている様子です。

これはアレですね。はだしのゲンでガラス屋のおっさんから譲り受けた軍艦ですね。わしの船は早く走るかのう。

壁には当時の物と思われるメモ書きみたいなのが残されていました。

カレンダーは1999年でした。想像していたよりも最近な感じです。

鍵盤を押すとカエルが口を開けて音を出す懐かしいおもちゃがありました。

一番最初の部屋だけ風化しそうな廃れ具合でしたが、奥の方は色々残留物がしっかり残っています。神棚も残っています。

なかなかに時代を感じる車の広告です。親戚の車がこんな感じでした。

懐かしいテレビや椅子が置いてありました。あまり広い廃屋ではなかったですが、昭和を感じさせる良い廃屋でした。

あと、ここを探索している間、外から花火の音なのか銃声みたいな音が聞こえてきたのがちょっと怖かったです。それと、3月なのにこの日は凄く暑かったです。2月下旬以降って正直、もう春ですよね。

写真の数が中途半端だったので、この日観光した場所を。これは日本一の大天狗っていうモニュメント?です。車で走っている最中に、なんだこれって感じで立ち寄りました。

こういう良く分からんモニュメントみたいなのは大好きです。北海道でもいきなり怪獣みたいなデカさの熊のモニュメントが出てきたりして思わず立ち寄ったりしたし。

天狗の面の横にあるお店らしきもの。ずっといっスだと思ってました。ちなみにこの時はコロナの影響かやっていませんでした。

天狗以外にも記念館みたいなのがあったので見てみます。ここは無料施設だからか、コロナ関係なく入る事が出来ました。

白井鐵造記念館というところらしいです。

当時のポスター。たまに廃墟とかで糞古いポスターとか見ると、保護してあげたらこういうところで資料として残るんじゃないかなと思ったりしますが、面倒なので結局やっていません。
一先ず今回はこれで終了。今回の旅は小旅行なので、ガチ目の廃墟には行っていません。
(12:00)
2025年01月18日
石打丸山にスキー行ってきました。今回はちゃんと雪が降っていたのでちゃんとスキーできました。
そしてほぼ丸二日滑っていたので、今も体がバキバキに痛いです。
あと、石打丸山で以前行った廃墟に三度目のリベンジをしに行きましたが、今回も雪の壁が凄くて入れませんでした。これは4年前に行った時の写真ですが、これより更に雪が高く盛り上げられていました。色々手段を考えて行こうと思いましたが、正直シャベルで雪かきでもしないと無理なレベルだったので諦めました。雪かきをしないとこんなになるんだなと思いました。

紀伊半島旅行ラストです。今回は廃墟ではないです。高野山へ行ってきました。

丸出しの子供たち。一応今回の旅行の予定に入れていた場所でした。ただ、高野山に行くというだけで具体的にどこを見たいというのはなく、何となくで来てしまいました。

赤いお地蔵。駐車場もいっぱいありましたが、一番建物が多い無料の駐車場に停めて、そこのエリアを適当に歩いて目に付いた物を撮っています。

本当に適当に撮っているだけです。これ以降も調べていないので、高野山っていったいどこが見どころだったのか、今でも分かっていません。

そういや、この頃はコロナ真っ盛りの時期だったので、人は少ないし日本人しか居なかったしで最高でした。

お寺は良く分からなかったのでお墓の方に来ました。多分観光的にはこっちがメインです。

何しろ有名人のお墓がいっぱいあるんです。

ここは豊臣家のお墓みたいです。戦国好きは歩いているだけで知っている名前が出てきて結構楽しいです。

ここは織田信長と筒井順慶のお墓。部下の豊臣家のお墓は結構大々的にアピールされているのに、主家である信長様のお墓は質素でした。

戦国ルートを抜けると、今度は色物が出てきます。ここはヤクルトの墓です。ここで見た中では一番面白かったです。

白蟻の墓もありました。大量に殺してちゃんと供養する辺りちゃんとしています。

ロケットの墓を見て終了。他にも面白いものがありそうでしたが、そろそろ時間がヤバいのでこの辺りにしておきます。いや、本当にこの墓エリアは凄かったです。1円も落としてないけど、かなり楽しめました。

高野山から下っている最中に自由過ぎる犬たちが居ました。車自体少なかったから良いけど、こいつら避ける気ないな。

帰り道の途中で見つけた虹の泉という良く分からん施設があったので、せっかくだから入ってみます。ちなみに有料で500円掛かりました。近くの道の駅でお金を払うと入場券をくれます。

入場口には人も居ないので、別にお金を払わなくても入れそうですが、防犯カメラとかあったりしてもアレなので払いました。実際、途中で何人か中に入ろうとしていましたが、入り口のところに有料って書いてあって引き返していく人がいっぱい居ました。日本人はモラルがちゃんとしていますね。

陶芸家が35年かけて作った場所らしいです。そういう意味でかなりガチ度を感じます。

この人物が陶芸家なんかと思ったけど、全然関係のない人みたいです。なんなんだろうこれ。

しかもここ一面がこの様子でビッシリメッセージが書かれています。

途中にこんな感じのボスが出てきました。

メッセージの先にゲートがありました。

中に入ると中央部分に出てきます。

こんな感じの壁画が表にも裏にもいっぱいあります。

全体的にはこんな感じで結構広いです。

柱の男がいっぱいいます。

虹の泉という名前の通り、一応泉要素もありました。
グーグルマップを見ると、今はやっていないみたいです。インバウンドになって勝手に入るヤツが増えて管理出来なくなったのかしら。
以上です。次回は静岡へ小旅行です。
そしてほぼ丸二日滑っていたので、今も体がバキバキに痛いです。
あと、石打丸山で以前行った廃墟に三度目のリベンジをしに行きましたが、今回も雪の壁が凄くて入れませんでした。これは4年前に行った時の写真ですが、これより更に雪が高く盛り上げられていました。色々手段を考えて行こうと思いましたが、正直シャベルで雪かきでもしないと無理なレベルだったので諦めました。雪かきをしないとこんなになるんだなと思いました。

紀伊半島旅行ラストです。今回は廃墟ではないです。高野山へ行ってきました。

丸出しの子供たち。一応今回の旅行の予定に入れていた場所でした。ただ、高野山に行くというだけで具体的にどこを見たいというのはなく、何となくで来てしまいました。

赤いお地蔵。駐車場もいっぱいありましたが、一番建物が多い無料の駐車場に停めて、そこのエリアを適当に歩いて目に付いた物を撮っています。

本当に適当に撮っているだけです。これ以降も調べていないので、高野山っていったいどこが見どころだったのか、今でも分かっていません。

そういや、この頃はコロナ真っ盛りの時期だったので、人は少ないし日本人しか居なかったしで最高でした。

お寺は良く分からなかったのでお墓の方に来ました。多分観光的にはこっちがメインです。

何しろ有名人のお墓がいっぱいあるんです。

ここは豊臣家のお墓みたいです。戦国好きは歩いているだけで知っている名前が出てきて結構楽しいです。

ここは織田信長と筒井順慶のお墓。部下の豊臣家のお墓は結構大々的にアピールされているのに、主家である信長様のお墓は質素でした。

戦国ルートを抜けると、今度は色物が出てきます。ここはヤクルトの墓です。ここで見た中では一番面白かったです。

白蟻の墓もありました。大量に殺してちゃんと供養する辺りちゃんとしています。

ロケットの墓を見て終了。他にも面白いものがありそうでしたが、そろそろ時間がヤバいのでこの辺りにしておきます。いや、本当にこの墓エリアは凄かったです。1円も落としてないけど、かなり楽しめました。

高野山から下っている最中に自由過ぎる犬たちが居ました。車自体少なかったから良いけど、こいつら避ける気ないな。

帰り道の途中で見つけた虹の泉という良く分からん施設があったので、せっかくだから入ってみます。ちなみに有料で500円掛かりました。近くの道の駅でお金を払うと入場券をくれます。

入場口には人も居ないので、別にお金を払わなくても入れそうですが、防犯カメラとかあったりしてもアレなので払いました。実際、途中で何人か中に入ろうとしていましたが、入り口のところに有料って書いてあって引き返していく人がいっぱい居ました。日本人はモラルがちゃんとしていますね。

陶芸家が35年かけて作った場所らしいです。そういう意味でかなりガチ度を感じます。

この人物が陶芸家なんかと思ったけど、全然関係のない人みたいです。なんなんだろうこれ。

しかもここ一面がこの様子でビッシリメッセージが書かれています。

途中にこんな感じのボスが出てきました。

メッセージの先にゲートがありました。

中に入ると中央部分に出てきます。

こんな感じの壁画が表にも裏にもいっぱいあります。

全体的にはこんな感じで結構広いです。

柱の男がいっぱいいます。

虹の泉という名前の通り、一応泉要素もありました。
グーグルマップを見ると、今はやっていないみたいです。インバウンドになって勝手に入るヤツが増えて管理出来なくなったのかしら。
以上です。次回は静岡へ小旅行です。
(12:00)
2025年01月11日
来週スキーで楽しみです。年末正月と仕事で、休みの日も大して遠出も出来ずに糞みたいな毎日を過ごしていただけに。
家でやっていた事というと、生成aiでエロい画像を作る事くらいでした。これが面白い、というか、毎日やっていくとうまい絵を出力できるようになってくるのが結構楽しいです。
生成ai用語で呪文というのがあるんですが、この呪文をおぼえるとずっとその呪文を使い続けたりするのがさながらRPGをやっているみたいな気持ちになります。
とりあえず、もう暫くはaiで良いかな。うん。

今回は滅茶苦茶な坂の上にある学校へ。ここはドローンで撮影した学校に至るクネクネ道が有名な廃墟です。

坂の途中にある看板。かなりの年月が経過しています。ちなみに車で目の前まで行こうと思いましたが、勾配があまりにもあり過ぎて車体を擦りそうだったので止めておきました。レンタカーですし。

そしてようやくグラウンドに到着。勾配が本当にキツイので登り切ったところで普通に膝が痛くなりました。

更に坂を登ってようやく入り口へ。全景の写真撮り忘れていましたので入り口目の前の写真。

内部。外観は結構綺麗そうでしたが、内部は木造なだけに結構床が落ちていました。

床にあるこういう勉強に役立てそうなのって良いですね。

カシオペヤ座とオリオン座。カシオペア座だと思っていましたが、普通に変換で両方とも出てくるのでどちらも正しい読みみたいです。

ギャグマンガ日和に出てきそうな虎と、奇面組の一堂令。これが分かるだけで年代がバレてしまいます。

ここは理科室ですかね。床の真ん中あたりがヤバいことになっているようで、教室の両端が盛り上がってるように見えます。

こういう発掘物を見ると、学校の後に資料館になっていたのかなと思ったりします。

ここは図書室。比較的綺麗な部屋です。

昔の学校に結構な割合であった乱歩シリーズがあります。

しかしどの教室も壁側が斜めっていますね。

再び廊下へ。ここの「あ」のところから始まるみたいです。途中で床が落ちていますが。

床に感想文みたいな巻物が落ちていました。

しかし、ここは当時の残留物が多数残っていて、これを見ているだけで飽きさせません。

学校内に講堂もあります。当時の学校にしては大きい方だと思います。

お次は二階へ。

地球儀のある教室。いいアクセントになっています。

生徒の作品なんでしょうけど、劣化して呪物みたいになりつつあるお面がありました。

階段の踊り場。至る所に勉強させようとする努力が見えます。

こういった当時の作品も残っているのが嬉しい。

最後に当時の写真。昭和を感じさせてくれます。
危険:★★★☆☆ 床が落ちて教室も斜めになっている学校。2階はまだ大丈夫そう。
残留:★★★★☆ 写真を見返してみると結構残留物は多いように見える。
規模:★★☆☆☆ それなりに大きいと思ったけど、やはり2階建てでそこまでの大きさはない。
評価:★★★☆☆ 通学路の坂の印象が強い学校だったけど、内部も結構楽しい。
家でやっていた事というと、生成aiでエロい画像を作る事くらいでした。これが面白い、というか、毎日やっていくとうまい絵を出力できるようになってくるのが結構楽しいです。
生成ai用語で呪文というのがあるんですが、この呪文をおぼえるとずっとその呪文を使い続けたりするのがさながらRPGをやっているみたいな気持ちになります。
とりあえず、もう暫くはaiで良いかな。うん。

今回は滅茶苦茶な坂の上にある学校へ。ここはドローンで撮影した学校に至るクネクネ道が有名な廃墟です。

坂の途中にある看板。かなりの年月が経過しています。ちなみに車で目の前まで行こうと思いましたが、勾配があまりにもあり過ぎて車体を擦りそうだったので止めておきました。レンタカーですし。

そしてようやくグラウンドに到着。勾配が本当にキツイので登り切ったところで普通に膝が痛くなりました。

更に坂を登ってようやく入り口へ。全景の写真撮り忘れていましたので入り口目の前の写真。

内部。外観は結構綺麗そうでしたが、内部は木造なだけに結構床が落ちていました。

床にあるこういう勉強に役立てそうなのって良いですね。

カシオペヤ座とオリオン座。カシオペア座だと思っていましたが、普通に変換で両方とも出てくるのでどちらも正しい読みみたいです。

ギャグマンガ日和に出てきそうな虎と、奇面組の一堂令。これが分かるだけで年代がバレてしまいます。

ここは理科室ですかね。床の真ん中あたりがヤバいことになっているようで、教室の両端が盛り上がってるように見えます。

こういう発掘物を見ると、学校の後に資料館になっていたのかなと思ったりします。

ここは図書室。比較的綺麗な部屋です。

昔の学校に結構な割合であった乱歩シリーズがあります。

しかしどの教室も壁側が斜めっていますね。

再び廊下へ。ここの「あ」のところから始まるみたいです。途中で床が落ちていますが。

床に感想文みたいな巻物が落ちていました。

しかし、ここは当時の残留物が多数残っていて、これを見ているだけで飽きさせません。

学校内に講堂もあります。当時の学校にしては大きい方だと思います。

お次は二階へ。

地球儀のある教室。いいアクセントになっています。

生徒の作品なんでしょうけど、劣化して呪物みたいになりつつあるお面がありました。

階段の踊り場。至る所に勉強させようとする努力が見えます。

こういった当時の作品も残っているのが嬉しい。

最後に当時の写真。昭和を感じさせてくれます。
危険:★★★☆☆ 床が落ちて教室も斜めになっている学校。2階はまだ大丈夫そう。
残留:★★★★☆ 写真を見返してみると結構残留物は多いように見える。
規模:★★☆☆☆ それなりに大きいと思ったけど、やはり2階建てでそこまでの大きさはない。
評価:★★★☆☆ 通学路の坂の印象が強い学校だったけど、内部も結構楽しい。
(12:00)
2025年01月04日
あけましておめでとうございます。この日記を書いている時にようやく年末から年始のお仕事が終わりました。仕事自体はそこまで大変ではなかったけど、なんというか世間の浮かれ具合と乖離があり過ぎて切なかったです。
あとなんでか知らんけど、年末年始で背中と肩が痛くなってきたのも結構辛いです。
とりあえず、再来週にスキーに行くので、そこまでに直ってほしいです。

紀伊半島最終日は奈良県の山奥にある野迫川村からスタート。前日、奈良の市街地から2時間くらい掛けて野迫川村の宿へ行ったんですが、クッソ辛かったです。廃墟でもないのに道は悪く、とにかく時間が掛かり過ぎる。結局前日の食事は街でマクドを購入して山を登りながら食べました。対向車は全く来ないので、そういう意味では良かったんですが、とにかく遠い。

野迫川村というと、今では雲海の景勝地としてそれなりに有名になっているみたいですが、当時は何にも知らなかったので、ただ単に周りに廃墟がある、宿が安かったっていう理由だけで選びました。
ちなみに宿もかなりの山奥にあり、滅茶苦茶寒かったです。車も霜が張ってたし。

ちなみに、ここは平維盛という平家の武将が落ちのびた場所らしいです。昔読んだますらおっていう源義経が主役の漫画があったんですが、その漫画ではいつも戦に負けている優男みたいな描かれ方をされていました。まぁ実際水鳥の音にびっくりして退却したりとかしていたんですけど。

ここは平維盛の資料館みたいな場所です。朝早くで誰も居なかったんですが、宿のおじさんが別に好きに見て大丈夫だと思うよと言っていたし、扉も開いていたので見させてもらいました。と言っても、一部屋しかなくてすぐ見終わってしまうようなところでしたが。

平維盛のお墓が小高い丘の上にありました。実際はここで亡くなった訳ではなく、落ちのびたという伝説があるだけなんですが。源義経がモンゴルに行ったとかよりは信憑性ありそうですけど。

ちなみにここの資料館のすぐ横に廃校もありました。と言ってもここは見学できないので外から撮影するだけです。あ、あとこの村、コンビニなんて一切ないので朝飯は抜きです。次回ここに来る時は朝飯持参で来てみたいところです。

前置きが長くなりましたが、今回の廃墟へ向かいます。ここが目的地に定めていたK荘という廃墟なんですが、どうにも綺麗過ぎるし管理されていそうなので、ちょっとやめておこうと思いました。

しかし、その横に都合よくボロボロの廃墟があるではありませんか。今回はこちらを見させて頂きます。先ほどの建物とも関連がありそうな気がしますが、よくは分かりません。

フロント部分。床がかなりヤバいです。ほぼ抜けています。

ここは倉庫なのか、タイヤなどを見ると不法投棄なのか、どのみちもう使用はされていない場所です。

ここは研修室でしょうか。かなりボロボロの廃墟なのに黒板があるだけでそうなんだろうなというのが分かります。

ホテルなのか研修所なのか分かりませんが、お部屋はありました。これを見るだけだと普通に歩けそうですけど、ここもいつ踏み抜くか分からないくらい足元が不安定です。

再びフロントへ戻ってきました。天井も落ちているし、結構危険です。

フロントの横には多分ロビー的な椅子が並んでいます。そしてゲーム筐体もあります。

コックピットみたいなのがあるので体感ゲームというのは分かります。

あと鹿君もいました。なんか山奥の廃墟って鹿君のはく製がある印象。

逆側からも。他にもゲームがありましたが、とにかく床がヤバいのでそこまで辿り着けませんでした。とりあえず二階があるみたいなので登ってみてみます。

2階もお部屋部分があるだけでした。脚立があったり、コウモリの糞が凄かったりしました。

最後は宴会場。ここも床も天井もボロボロです。多分そのうち落ちますねここ。
危険:★★★★☆ 全体的にかなり倒壊気味。宴会場辺りがそのうち無くなると思う。
残留:★★☆☆☆ 一階のフロント付近に多少。あとは不法投棄物。
規模:★★☆☆☆ 2階建ての宿泊施設。倒壊で行けないところも若干あり。
評価:★★☆☆☆ そこまで期待していなかった分、それなりに楽しめた。
あとなんでか知らんけど、年末年始で背中と肩が痛くなってきたのも結構辛いです。
とりあえず、再来週にスキーに行くので、そこまでに直ってほしいです。

紀伊半島最終日は奈良県の山奥にある野迫川村からスタート。前日、奈良の市街地から2時間くらい掛けて野迫川村の宿へ行ったんですが、クッソ辛かったです。廃墟でもないのに道は悪く、とにかく時間が掛かり過ぎる。結局前日の食事は街でマクドを購入して山を登りながら食べました。対向車は全く来ないので、そういう意味では良かったんですが、とにかく遠い。

野迫川村というと、今では雲海の景勝地としてそれなりに有名になっているみたいですが、当時は何にも知らなかったので、ただ単に周りに廃墟がある、宿が安かったっていう理由だけで選びました。
ちなみに宿もかなりの山奥にあり、滅茶苦茶寒かったです。車も霜が張ってたし。

ちなみに、ここは平維盛という平家の武将が落ちのびた場所らしいです。昔読んだますらおっていう源義経が主役の漫画があったんですが、その漫画ではいつも戦に負けている優男みたいな描かれ方をされていました。まぁ実際水鳥の音にびっくりして退却したりとかしていたんですけど。

ここは平維盛の資料館みたいな場所です。朝早くで誰も居なかったんですが、宿のおじさんが別に好きに見て大丈夫だと思うよと言っていたし、扉も開いていたので見させてもらいました。と言っても、一部屋しかなくてすぐ見終わってしまうようなところでしたが。

平維盛のお墓が小高い丘の上にありました。実際はここで亡くなった訳ではなく、落ちのびたという伝説があるだけなんですが。源義経がモンゴルに行ったとかよりは信憑性ありそうですけど。

ちなみにここの資料館のすぐ横に廃校もありました。と言ってもここは見学できないので外から撮影するだけです。あ、あとこの村、コンビニなんて一切ないので朝飯は抜きです。次回ここに来る時は朝飯持参で来てみたいところです。

前置きが長くなりましたが、今回の廃墟へ向かいます。ここが目的地に定めていたK荘という廃墟なんですが、どうにも綺麗過ぎるし管理されていそうなので、ちょっとやめておこうと思いました。

しかし、その横に都合よくボロボロの廃墟があるではありませんか。今回はこちらを見させて頂きます。先ほどの建物とも関連がありそうな気がしますが、よくは分かりません。

フロント部分。床がかなりヤバいです。ほぼ抜けています。

ここは倉庫なのか、タイヤなどを見ると不法投棄なのか、どのみちもう使用はされていない場所です。

ここは研修室でしょうか。かなりボロボロの廃墟なのに黒板があるだけでそうなんだろうなというのが分かります。

ホテルなのか研修所なのか分かりませんが、お部屋はありました。これを見るだけだと普通に歩けそうですけど、ここもいつ踏み抜くか分からないくらい足元が不安定です。

再びフロントへ戻ってきました。天井も落ちているし、結構危険です。

フロントの横には多分ロビー的な椅子が並んでいます。そしてゲーム筐体もあります。

コックピットみたいなのがあるので体感ゲームというのは分かります。

あと鹿君もいました。なんか山奥の廃墟って鹿君のはく製がある印象。

逆側からも。他にもゲームがありましたが、とにかく床がヤバいのでそこまで辿り着けませんでした。とりあえず二階があるみたいなので登ってみてみます。

2階もお部屋部分があるだけでした。脚立があったり、コウモリの糞が凄かったりしました。

最後は宴会場。ここも床も天井もボロボロです。多分そのうち落ちますねここ。
危険:★★★★☆ 全体的にかなり倒壊気味。宴会場辺りがそのうち無くなると思う。
残留:★★☆☆☆ 一階のフロント付近に多少。あとは不法投棄物。
規模:★★☆☆☆ 2階建ての宿泊施設。倒壊で行けないところも若干あり。
評価:★★☆☆☆ そこまで期待していなかった分、それなりに楽しめた。
(12:00)