2017年03月04日

ダンガンロンパV3クリアしました。クリアした人の評判が良くなかったのは何となく知っていたんですが、クリアしてちょっと意味は分かりましたが、そこまで低評価でもないです。ある程度メチャクチャなのはダンガンロンパだから仕方ないで良いと思うし、下ネタの嵐については全然問題ないというか普通に面白かったのでむしろ好きでした。ていうか下ネタって主に入間さんだけですよね。何となく低評価入れてるのは女性な気がします。入間さん女性に嫌われそうだし。
逆に王馬くんは女子人気ぶっちぎりっぽいですね。確かに男性キャラではかなりいいキャラだと思う。前回でいう狛枝ポジかな。あいつも人気あったなぁ。かなりサイコだったけど。
個人的にはアンジーさんと入間さんと星くんが好きでした。アンジーさんかわいい。薄い本欲しい。出ないだろうけど。

横須賀山登りまたしてきました。最近廃墟と共に趣味になりつつある山登り。今の趣味がアウトドアなものばかりなのは良いことだと思います。廃墟はあんまり褒められなさそうだけど。
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横須賀の山登りしたつもりが、道に迷って沢みたいなところに出たりしました。サバイバルのサトル少年がアメリカ兵と一緒に川伝いに歩いて行ったのを思い出しました。
そして、その沢で壮大にこけました。先週スキーで強打したケツを再度強打して、その上水浸しです。山登りもなかなかにしてハードなものだなと感じました。
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手書きの案内図。結局4時間くらいで4つくらいの山を登った気がする。
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梅の木があったので、意識の高い写真を撮ろうと思ったけど、あんまり意識高くならなかった。所詮素人の写真なんてこんなものです。
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展望台のボロボロの案内図と一緒に一枚。あまり高い山ではないので見渡しはアレだけど、眼下に海が見えるって言うのはやっぱり良いなと思います。横須賀はヤンキーに襲われたりする糞な街ですが、海があるっていうのだけは良いところだと思います。
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帰り道で発見した廃屋。普通に車ビュンビュンだったのとお友達と一緒だったので断念。まぁ正面開いてなかったからどのみち難しい場所ではあったけど。

今回の廃墟は新潟編ラスト。やっと去年の6月の廃墟が終わりました。ていうかこの時期は廃墟行きまくっていたから遅いのは仕方ないんです。特に6/12には新潟の廃墟を1日7箇所行くという新記録を樹立して、まさに「おかしなことやっとる」状態でしたからね。
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新潟ツアーラストは群馬にある有泉閣という廃墟。到着が夜以降だったのでブレまくってる写真ばかりでした。
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いきなり面白い階段を発見。途中まで綺麗に半分こになってる。勿論登ろうとは思いませんでした。
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内部の倒壊具合はかなりのもの。規模的にも余り大きくない事と、川の近くという立地条件が荒廃に拍車を掛けているのかも。
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ここは中二階みたいなところ。どうやってここに到達したかあんまり憶えてないです。こんな暗い場所をよく歩き回ったなと思います。
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二階へ通じる階段もこの通り。別のところから何とか二階へ登れました。
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二階へ。多分客室か何かだったと思います。こういう部屋が3つくらいしかなかったです。本当に小さい旅館だったんだなと思います。
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2階はこの通り、足元も穴だらけでかなり危険です。
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残留物が一切ないある意味廃墟オブ廃墟な場所でした。

1階2階含めてここまで足元がボコボコな廃墟は久しぶりでした。しかもラクガキとか全然ない事を考えると、自然に劣化したものなんだろうなと考えられます。そういう意味では天然の廃墟です。

危険:★★★★☆ 足元。川沿いなので夏場は虫も多そう
残留:★☆☆☆☆ 一切ない。そこに廃墟があるだけ
規模:★☆☆☆☆ メッチャ狭い
評価:★★☆☆☆ 総合的に見ると若干微妙

とりあえず今日から西国へ行ってきます。金曜日には戻ってくるけど、次回のブログはお休みするかも知れません。

(12:00)

この記事へのコメント

1. Posted by 原 幾三郎   2020年01月05日 20:46
この旅館が出来たのは 1958年。部屋は6つの小部屋と、40畳の大広間。当時は宴会や披露宴などの利用も有り、板前、女中さんもいて栄えていたが、経営者が亡くなり 1984年に廃業。半分残ってる階段は車庫の上の物干し場への階段で別棟。トイレ・洗面所も1階と2階に沢山あった。何も無かった凹地を埋め立てて、山道と同じ高さにして、清流沿いに建てられた閑静な宿だった。
2. Posted by 原 幾三郎   2020年01月05日 20:46
この旅館が出来たのは 1958年。部屋は6つの小部屋と、40畳の大広間。当時は宴会や披露宴などの利用も有り、板前、女中さんもいて栄えていたが、経営者が亡くなり 1984年に廃業。半分残ってる階段は車庫の上の物干し場への階段で別棟。トイレ・洗面所も1階と2階に沢山あった。何も無かった凹地を埋め立てて、山道と同じ高さにして、清流沿いに建てられた閑静な宿だった。
3. Posted by 原 幾三郎   2020年01月05日 22:01
ちなみに 旅館名は、ゆうせんかくと読む。どうも きちんと読める奴がいないみたいだ。
4. Posted by 原 幾三郎   2020年01月06日 00:39
正確な数字が気になり、古い書類を調べたら、廃業は1986年。大広間は 60畳に床の間の広いのが付いてたよ。
5. Posted by 原 幾三郎   2020年01月06日 00:47
正確な数字が気になり 古い書類を調べたら、廃業は 1986年、大広間は床の間抜きで 60畳もあったよ。
6. Posted by 管理人   2020年01月10日 18:33
そんなに大きく感じなかったけど、それなりに大きかったんですね。
川ぺりにあったし、流されたり倒壊して少し無くなった場所もあったんですかね。
7. Posted by 通りすがりの者   2022年09月15日 03:32
原 幾三郎様、貴重な情報ありがとうございます。

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