2005年07月30日

グリーン楽器

隔日、つまり一日おきというのは無理があった・・・。
世の中の現実を少しは知っているアダルトしては、
『目標は低く、成果は高く』といくべきだろう。
かといって、あまり自分を甘やかすのもよくないので、
”3日に一回日記”くらいが適当かもしれない。

さて、今日の話題は野外コンサートについてである。
今日はPMFピクニックコンサートのランスルーを行った。
芸術の森の野外ステージで行なわれた。
野外コンサートは札響は20年以上前から「グリーンコンサート」
として毎年数回行っている。
そのうち札響の自主公演にあたるグリーンコンサートは
知事公館の庭での一回。あとは売りのコンサートである。

PMFピクニックはPMF主催のコンサートであり、
これも当然ながら売りのコンサートである。
指揮者、ソリスト、曲目などの企画は全てPMF側が行う。

さて、野外コンサートで演奏者泣かせなのが、主に楽器の問題である。
特に弦楽器は、湿度に極端に弱い。
高すぎる湿度や低すぎる湿度に楽器を置くと、楽器のコンディションが
悪くなるだけでなく、剥がれやひび割れなどの故障・劣化を招く。
弦楽器は当然ながら木でできており、ニカワ(動物の革や骨を溶かし
て作った接着剤)で作られている。
大切に使えば数百年の使用にも耐えるが、使い方を誤るとすぐに壊れる。

野外コンサート会場にて・・・・、
心地よい木漏れ日を浴びながら、時おりほほを撫でるそよ風を受け、
ビールやソフトクリームを片手に、オーケストラが奏でる
優雅な調べに耳を傾ける・・・・。う〜ん、マンダム。

って! 実際はこんな環境めったにありませんって!
ムシムシ暑かったり、夏だというのに寒かったり、
強風が吹いたり、、蚊に刺されたり、直射日光に耐えたり・・。
3〜4年前だったかな・・。今の立派な野外音楽堂が出来る前、
雨の中ピクニックコンサートやって、
途中からどしゃぶりになって、それでもやり続けて、
終いには、テントの天井に溜った雨水がお客さんの頭上に、一気に
ドシャーーーって落ちてきた事があった。

こんな環境に数百万円、あるいは一千万円以上する大切な楽器は
持ち出せないので、みんな野外でも惜しくない安い楽器を使う。
実際はPAが入ってスピーカーからガンガン音を鳴らすので、
上等な楽器は必要ない、ということもある。
札響の楽員たちは野外で使う楽器をグリーンコンサートで使う楽器、
名付けて”グリーン楽器”と呼ぶ。

音楽誌などで「メンテナンスさえちゃんとすれば大丈夫」という
人もごくたまに見かけるが、高温多湿な日本の夏を知らないか、
よほど主催者に気を使っているかのどちらかだろう。

天気を心配し、グリーン楽器で、譜面が風で飛ばされないように、
1ページめくるごとに洗濯ばさみで押さえ、演奏に集中するには
かなりの精神力が必要だ。

そんな野外コンサートだが、2〜3年に一度、本当に気持ちの良い
天気にあたることがある。
こんなときは、いつもお客さんに「ごめんなさい!」って思いなが
ら弾くことが多い野外コンサートなだけに、心から楽しめる。
芝生に敷物を敷いてのんびり演奏を楽しんでいる家族連れなどを
見て、平和を噛み締めることができるのだ。

1年に一度、数年に一度だけ触れるオーケストラ演奏が野外、と
いうのでは問題だが、普段オーケストラを聴いている人が年に一度
野外でオーケストラを楽しんでみるのは悪くない。
そして、野外でオーケストラに興味をもってくれたお客さんが、
演奏会場に足を運ぶようになってくれる事も目的の一つといえる。

蛇足だが、PMFピクニックで可哀想なのはアカデミー生達かな。
彼らは”グリーン楽器”など持っているはずもないので、
大切な楽器を外気にさらしているわけだ。
何とかなるなら何とかしてあげたいものだ・・・。

PMF野外





PMFピクニックのランスルーをする札響  

Posted by arakihitoshi at 23:58 │ │音楽 

2005年07月28日

スター・ウォーズ靴肇Ε淵について。

今日スター・ウォーズ靴鮓てきた。
オリジナルとういか、エピソード犬封切り当時、
わたしは小学校6年生だった。27年前である。
当時は日本中(たぶん世界中)がスター・ウォーズ一色に染まっていた。
コカコーラのキャップ(当時は瓶だった)の裏に付いている
ルークやレイアやハン・ソロやR2-D2たちを集めたものだ。
学校の掃除の時間には、ほうきの柄をライトセーバーにして、
「コー・パー・コー・パー」言いながらスター・ウォーズごっこに皆が興じた。
熱い時代であった・・。

その後もエピソード后▲┘團宗璽畢困函封切りと同時に皆映画館に走った。
最終回の困封切られた時、わたしはたしか高校2年生になっていた。

それから宇宙(スペース)にも地球(アース)にも長い年月が流れ、
エピソード気公開された。
あまりに期待が大き過ぎたのか、あの熱い時代の感動は蘇らなかった。

そのショックから立ち直れず、兇浪燭箸靴燭海箸、
映画館で見ることなく、最近DVDで見た。
が、靴鷲照修盥發劇場に行くことにした。
夏休みなので混雑が予想される。
朝9:40上映だが、9:00前にはステラプレイスの駐車場に到着。
(午前中の上映は1,800円が1,200円になって安いのだ。)
エレベーターでシネマ・フロンティアのある7階へ・・・

しかし! なんと扉に鍵がかかってる!!
そうか。デパートエリアはまだ営業時間前なのだ。
デパートエリアを通らなければ映画エリアに行けない構造の建物という事に気づく。
「せっかく早起きして来たのに!、欠陥住宅だぞ、こらーー!」
よく見ると、「シネマフロンティアには一度一階に降りてから行って下さい」
と書いてある。

仕方なく走る。
夏休みのガキンチョでごった返す映画館を想像して着いてみると、
スター・ウォーズのやっているNO.8部屋は全然混んでなかった。
そっか、ガキンチョは字幕が読めないから来ないのか。と思う。
そもそもガキンチョはスター・ウォーズなどあまり興味ないのかも。
スター・ウォーズが大人気というのは僕ら世代の奢りかも・・。

その証拠に館内にガキンチョはおらず、40代前後のアダルティーな雰囲気。
自分と同年代の奴らを見ながら、「お前らもコーラのフタ集めたのか、
お前らも掃除の時間にコーパー・コーパーやったんだな・・」と親近感。
しばし映画館に集う同世代のオジサン達の上に、
平等に流れた時間を思い感傷に浸る・・・・。
あの頃小学校だった俺は40男に・・。
あの頃30代前半の若者は定年退職を迎える年に・・。

するとわたしの横の席の20才位のヲタク系女が二人で、
「ヨーダってカワイイけど何気で強いよね(w」などと話している。
「ゴラーー!、お前ら小娘に何が分かるかーーー!!」と、思わずライト・セーバーで
切りつけそうになった・・(コーパー・コーパー)。

で、異様に前置きが長くなったが。
靴郎嚢發北滅鬚い任后
内容は書きませんが、犬妨事に繋がります。完璧です。
気鉢兇鮓て気乗りしてない人も絶対に見ましょう。
後悔しません。

そして家に帰り改めて犬鬘庁孱弔埜たのだが、
繋がる・・・。全てが繋がるんだーーーーー! うおーーーーーっ!
そして、犬離董璽浙覆留藾佞呂垢瓦下手だぞ。
撮り直した靴留藾佞呂垢押湿綣蠅澄 うおーーーーっ!
オーケストラの皆が曲を知って弾いているのが分かる。
これはスター・ウォーズがクラシック音楽の仲間入りをしたということだろう。

さて、話しは変るが、
今日は土用丑の日。
土用丑の日ってそもそも何? と思いググってみると、
太陰暦の春夏秋冬のそれぞれの終わりの17日間を土用というのだそうだ。
その中の丑の日なのだそうだ。
十二支だから17日間に丑の日が二回入る年もあるそうだ。

しかし!
そもそも、今日は丑の日、今日は寅の日、今日は竜の日、、
と数えて過ごしてる人が世の中にいるのか?
燃えるゴミは巳の日、資源ゴミは卯の日、などと決めてる町内会があるのか?
「今日は土用丑の日です」と話しているNHKのアナウンサーは、
土曜じゃなくて土用をきちんと説明できるか?。問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。

アナウンサーと言えば、太陰暦と言えば、
「さて、全国的に真夏日となりましたが、暦の上では今日から秋です」
というニュースでお決まりの枕詞だが、あれを聞いて、
「もうそれはええっちゅーーーねん!」と思っているのはわたしだけではあるまい。
これも今ググったら、
太陰暦の二十四節気っつーので、立秋は8月8日なのだ。
いくらなんでも8月8日に秋はないだろ。

ちなみに、土用丑の日にうなぎを食うというのは、
幕末のウルトラ・インテリゲンチャ平賀源内が、
商売あがったりのあるうなぎ屋に相談され、丑の日にうなぎ、
同じ”う”だから、とトンチを絞った、という説が有力だそうだ。

しかし今となってはうなぎ屋とニュースのアナウンサーの
商売道具でしかない旧暦。と言えそうだ。


今日は時間を超越した二つの話題について考えてみた。

で、スター・ウォーズ靴肇Ε淵の関連は何かって?
もちろん、そんなものはありません。ヽ(´▽`)ノ  
Posted by arakihitoshi at 23:59 │ │雑感 

2005年07月24日

プロの法則

今日、職場の同僚を車で送る途中、
交差点で信号を待つサックスのケースを持ったおじさんを見た。

楽器を持った人は職業柄目に止まる。
「あ、サックス持ったおじさん発見・・」とわたし。
「・・・あれ、プロだな・・」と同僚。
「だよな。俺もそう思った」とわたし。

同僚もわたしもそのおじさんを知っている訳ではない。
雰囲気がプロに見えるのだ。
飾り気のない黒いケース。
楽器をかばう様に歩く無駄のない仕草。
射るような目。葉巻をくゆらし・・・
おっと。これではゴルゴ13ではないか。

ゴルゴはともかく、
おじさんから漂う脱力系オーラはプロ特有のものだ。
既にいろいろなところで書いたが、
今を遡ること20年前、
当時わたしは東京のいわゆる中堅私大で経済学を学ばないかたわら、
アマチュアとしてチェロを弾いていた。
当時はプロの演奏屋さんに憧れていたので、
何事も姿・形から入るわたしは、
彼らの仕草や特徴を随分と研究したものだ。

その当時の研究結果はこうだ。
●プロは持ち運ぶ楽器ケースに無駄なシールを貼らない。
●プロは楽器ケースにマスコットキャラなどをぶら下げない。
●プロは飛行機に乗ったときに付けられる「取り扱い注意」の札を
 いつまでも付けておかない。
●プロは音符や音部記号など音楽に関係するマークの入った小物は持たない。
●プロの道具(楽器・ケースなど)は使い込まれてはいても汚れてない。
●プロは猫背ぎみの人が多い。
●プロはネクタイをしてる人が少ない。していても少し緩めている。
●プロの服は形崩れしていてる事が多いがコ汚くはない。(例外あり)
●プロ(弦楽器)は腕時計や結婚指輪を右手にする。
●プロはあまり笑わない(ように見える)。
●プロは弦やウルフキラーなど消耗品に高価なものは使わない。
●プロは総じてあまり芸術家っぽくない。
などである。

件のサックスおじさんは、思えば上記のほとんどを満たしている。
さらに、「俺は金のために楽器を演奏している」という
軽くダーティーな物憂さをまとえば市井のプロとして完璧である。
おじさんの遠くを見る少し虚ろな目には、はっきりとそれが見てとれた。

現在わたしがハマっているのは、
いかにすれば、プロカメラマンに見えるか。である。
プロカメラマンと言っても芸術的な写真を撮る写真家から、
いわゆる街の写真屋さん、新聞社などの写真部の人、パパラッチな人、
皆プロカメラマンと言える。
そうした中からわたしが目指すのは”写真も撮る記者”。である。
そのために報道関係者の友人に強引に頼み込み、
通し番号付きのプロ用Nikonストラップも
『絶対にネットオークション等に出さない』という条件つきで手に入れた。

職業柄、報道カメラマンの現場に居合わせることが多い。
演奏のかわたわら、彼らをつぶさに観察した結果をご報告しよう。
●プロは必ずしも高いカメラを持たない。
●プロのプロストは黒くなっている。(デジタルは青、アナログは黒)
●プロのカメラは使用感タップリだが、決して汚れてはいない。
●プロは三脚にカメラを付けたまま持ち歩かない。
●プロはストラップのヒモの余った部分を外側に出す。
●プロはカメラを裸で持ち歩かない。(鞄などに入れるがカメラバックではない)
●プロはいわゆるカメラマンベストを着ない。
●プロはメーカーのロゴ入りの小物(帽子・鞄など)は持たない。
●プロはステップアップリングなどでフィルターをケチる。
●プロはレンズキャップなどの小物に純正品を使わないことが多い。
●プロは意外と脇を締めて足をふん張って撮らない。
●プロは一眼レフカメラとコンパクトカメラの兼用を厭わない。
などなど・・・。

これらを満たせばわたしも報道カメラマン?
なにしろ姿・形から入るもので・・・。  
Posted by arakihitoshi at 23:52 │ │音楽 | 演奏旅行

2005年07月22日

女系家族

ビータ中の8日間は本州の暑さと移動の過酷さでホームシックになったが、
一昨日の夜から札幌に帰った私を迎えたものは、
圧倒的な家族の応酬であった。

カミサンには尻に敷かれ、幼い娘たちには腹に乗られ、
まあ、これはいつもの事。慣れている。
今回はその他に、1週間程前からわが家に滞在していたカミサンの両親、
そして、東京や徳島から来て実家に滞在していた母方の叔母たち。

配偶者の親というのは何かと気を使うものだ。
でもまあ、これはいい。幸いカミサンの両親はいたって常識人。
その上旅行好きで、わが家に滞在といっても殆ど家にはおらず、
道内を小旅行して周っている。
嫁姑、婿舅、こうした関係はぎこちなさを乗り越えて強引に家族の
絆を深めて行くものなのだろう。

今回強烈だったのは叔母たちである。
私の母は六人姉妹。母はその3番めである。
祖父と祖母が亡くなってからも、本州の姉妹の誰かが来ると集まる。
そうした機会が年に1〜2回はある。
昨日は六人全員が集まった。六人全員というのは久しぶり。
そしてその配偶者若干名、第2世代のわたしたち若干名、
第3世代の子供たち若干名で、
近所の寿司屋をほぼ借りきった。

私の母の姉妹であるから、50代〜60代の女性たちなわけであるが、
その会話のテンポの速さ、そして何より音量は凄まじい。
どのくらい凄まじいかというと、それはもう


どっどどどどーど


どどーどどど


くらい凄まじい。
目まぐるしく移り変わり、そして結論をみないまま消えていく話題の数々、
これはもう会話というものではなく、
6人がかかりで、それはそれは凄い音圧、圧倒的なデシベルである。

「そうそう、こんな感じだった・・」
と、祖父や祖母が存命だった頃の母の実家の光景を懐かしく思いだしたのであった。

田舎で町医者を営む祖父が、妻とこの6人の娘たちに囲まれ寡黙だったのは、
男で初孫だった私の誕生を誰よりも喜んでくれたという話しは、
今ごろになってよ〜〜く分かりますよ。おじいちゃん!。

そして、女だけの姉妹は羨ましいと思った。
男兄弟は大人になると、兄弟だけで集まり・・、なんて機会も今ひとつ不自然だが、
こういった点、女姉妹はお構い無し。
いくつになっても、集まればすぐに娘時代に戻れるようだ。

思い出からふと我に返ると、いつの間にか私が話題の中心に。
「均が3才の頃○○さんの家の立派なソファーでおしっこをもらしてね〜。」
「均、最近髪の毛薄くなってない? ちゃんとケアしてる?」
祖父の思い出に一時浸る間もなく、
時空を越えた話題が私の頭上を、圧倒的な音量で駆け抜けていたのだった。

そしてまた私も、ネタが乾きかけた寿司を
寡黙に口に放り込むのであった・・・・。




  
Posted by arakihitoshi at 01:08 │ │雑感 

2005年07月20日

木曾日義村

ビータ最終日。この日記は札幌の自宅で書いている。
今日は長野県木曾日義村で本番だった。
昨日の宿泊地松本からバスで2時間。

いったいどんな秘境かと思いきや、立派なホールがあった。
行ってみてからやっと木曾音楽祭と結びついた(恥)。

今日はあの有名なヴァイオリン制作者の陳昌鉉さんが、
演奏会前の講演のために来ていた。
舞台裏、すぐ近くでご本人を見ることができた。
草薙君にはあまり似てなかった(笑)。

今回の旅行は基本的に音楽教室なので、
毎回指揮者コーナーがあった。
カルメンの間奏曲(いわゆる”チャンチャラ”)をやるのだが、
ただやるのでは(内輪的に)つまらないので、毎回誰か楽員が
お手本を見せる。というのは下野さんのアイディア。
この方法はスリルと変化があってとってもいいと思った。
さすがである。
最終日の今日はあやこお嬢様(リンク「あやこの部屋」参照)だった。

050719あや






上のお写真は、慌てて指揮のお稽古なさっているお嬢様のお姿。
ご立派に札幌交響楽団を指揮なさるお姿に、
当然ながらA木は今日も目頭を熱くいたしました。
(リンク「あやこの部屋」参照)

今日は傑作写真が撮れたのでご披露。
050719三原兄弟






三原兄弟に挟まる3人目の三原兄弟?
さて、だれでしょう・・・。

長いビ〜〜〜タであった。
  
Posted by arakihitoshi at 01:03 │ │演奏旅行 

2005年07月19日

札響・バス移動中

今回の本州ビータは飛行機と新幹線以外はバス移動。
いつもの道内ビータは公共の交通機関の交通費が支給されて、
各自移動するのだが、
今回のビータは特別に移動距離が長く、
交通の便が極端に悪い場所も少なくないことから、
団体バスの移動となった。

たまにあるこうした団体バス移動。
わたしは嫌いではない。
移動に関してはすっかり思考停止した頭で、
車中、読書とノートPCでのDVD鑑賞に浸る。

このビータには、10本の映画を持参した。
今日は伊豆三島から信州松本への移動中、
伊藤美咲主演の「海猫」を見た。
昨日は「海の上のピアニスト」を見た。
「海の・・」は5月のヨーヨー・マリサイタルで、
アンコールにテーマ曲が演奏されたが、
どうにも印象に残らない覚えられない曲である。
昨日見たばかりなのに、旋律を歌えられない。
はたしてこの曲は”いい曲”なのか?。分からん・・。
ヨーヨー・マが弾くくらいだから、いい曲なのかな?
うーん。・・・マンダム。

わたしは邦画好きなので、
「阿修羅のごとく」とか「壬生義士伝」とか
「白い巨塔」の最終回もやっとこのビータで見た。
あのドラマの出演者では亀山看護婦がいい。
あの一見地味っぽいところが私的にはかなりツボにはまっている。

今日のホテルは綺麗でLANも繋ぎ放題。
あ、そういえば!
昨日宿泊した最○と書いたホテル。
なんと無線LANが使い放題だった。
先入観でPCを鞄から出しもしなかったが、
目ざとく見つけた吉岡さんに、今朝勝ち誇ったように、
報告されてしまった。
う〜。くやしい。


紙コップ






今日のホールの中庭で彩bomたちと食事中、
鉄の野外机の溝が測ったように紙コップの底と一致した。
奇跡の様だった。

あ、そうそう。
今日の宿泊地、松本で食べた霜降り馬刺しは最高だった。
当地出身のTb田中氏もご推奨の「万来」という店であった。
メニューにイナゴや蜂やざざむしもあった。(食べなかったけど)  
Posted by arakihitoshi at 01:14 │ │演奏旅行 

2005年07月17日

ミューザ川崎

今日(7月17日)はミューザ川崎で本番であった。
ビータも5日め。
札幌が恋しい。
本州は暑い。
早く帰りたい。
あと3回寝たら帰れるのだ・・・。

ミューザ川崎は川崎駅前。ホテルから直結している。
このホールは最近、東京交響楽団がフランチャイズ契約しましたね。
羨ましい。
札響も早くそうなりたいものだ。
まあ、ホールとオーケストラのフランチャイズのお話しは、
まりにも根が深いので、別の機会に譲ることにする。

で、ホールに到着。
着いてみたら札幌から事務局のK本さんが来ていた。
あまりの懐かしさに思わず走り寄り、
話しているうちに涙が出そうになった(笑)。
過酷な労働条件の下、札幌を出たのが遠い昔の気がする・・・。

そして、
「昨日の休日どこ行った?」
「ん?、皇居と靖国神社」
「・・・・」
「・・」
という会話が楽員数名となされた事は言うまでもない。
「皇居と靖国のどこがいかんのじゃー!、
貴様それでも○○かーーー!!」
とはもちろん叫びません。

ミューザ川崎は綺麗で立派なホールだった。
舞台裏も広い。
キタラ以外でこんなに広い舞台裏を持つホールを始めて見た。

このホールで面白いのは、舞台がすごーーく低い。
階段3段分しか舞台と客席の段差がない(写真参照)。
奏者と観客の一体感を演出するためだろうか。
客が異様に近くて、これは慣れるのに少し時間がかかったのでは
ないだろうか。
川崎舞台






それから、5階席まである客席が、何というか、
らせん状になってて、要するに、1階席から5階席まで
客席を登っていける。
これは便利と思った。

こうした点や響きも含めて良いホールと思った。
ちなみに、良いホール、悪いホールって言い方よくするが、
弾くほう聴くほう双方の慣れも多分に有り、
数値で必ずしも善し悪しを計れるものでもなし、
キタラだって落成当初は良くない評判も沢山聞いた。
要するに、長年に渡って「良い」と言う人が多いホールが、
良いホールなのだろう。

本番後、新幹線で三島。
「こだま」で熱海の一つ先の駅である。
小さな町なので仕方ないが、最○のホテル。滅入る・・。
名産のうなぎを食って、しこたま飲んで、
ホテルではとにかく寝るだけにしよう。

だから、この日記を書いてるのは18日です。




  
Posted by arakihitoshi at 23:31 │ │演奏旅行 

2005年07月16日

ビータ中の休日(皇居と靖国参拝)

今日(7月16日)は旅行中の休日であった。
札響は本州出身者が多いので東京近郊の人は実家に帰ったり、
大学時代の友人にあったりしたようだ。

わたしは怠け者なのでこういう時に
事前に友人に連絡を取るのがどうも面倒・・。
旅行中の休日は目覚めたときに起きて、
当てもなくぶらつくのが好きなのである。

という訳で、
今回は計画していたわけではなかったのだが、
20代に8年間暮らして一度も訪れた事が無かった
皇居と靖国神社に行くことにした。
これはもう、右翼とか左翼とかそういう事ではなく、
純粋に観光したのである。

宿泊してる川崎のホテルは綺麗で広くて居心地がいい。
ここからJRで東京駅に向かい、
皇居前広場を歩いて二重橋に行った。
札幌で車の生活をしている身にとって、東京はなんと
広いことか。
東京の広さにも東京人の歩く速さにも全く着いていけない
体になってしまった。

で、クタクタになりながら撮った二重橋の写真。
テレビでお馴染みの光景。観光客が沢山写真を撮っていた。
ガイジンさんが多かった。

二重橋







絵葉書みたいでしょ〜。
ちなみに写真趣味の人に「絵葉書みた〜〜い」は褒め言葉ではない。
プロの写真家に対しては禁句中の禁句である。
同じことが、「上手〜〜! CDみた〜い!」と演奏を褒めては
いけない事にも言える(笑)。

で、地下鉄で九段下に向かい靖国神社。
行ってみたら”みたままつり”というお祭りやっていた。
賑やかだった。浴衣のお姉えさんが沢山いた。

そしてとにかく暑い。
立ってるだけで汗が滝のように吹き出してくる。
歩きすぎて足も痛い。
お参りして、博物館も見学した。
戦没者の遺留品など多数あり、気が滅入った。
とにかく戦争はいかん。

下の写真は展示してある零戦の前で軍服のコスプレしてる人。
戦争体験者と思われる老人が語りかけいた。
戦争はいかんけど、あのコスプレはちょっとしてみたいと思った。
零戦







そして、歩きすぎと暑さと遺留品で、
身も心もボロボロに疲れ果ててホテルに戻り、
崩れ落ちるように寝た。
この日記は18日に書いてます。
では。  
Posted by arakihitoshi at 23:03 │ │演奏旅行 | カメラ・パソコン

2005年07月15日

ちょろ弾き

今日は新潟県阿賀野市というところで音楽教室、
その後、新幹線で川崎市のホテルに移動であった。

今日の演奏会はTシャツに白ズボンという
グリーンコンサートスタイル。
ちなみにTシャツは団から支給される。

新潟の体育館に冷房は無く、死ぬほど暑かった
日本で一番暑さに弱いオーケストラにこの演奏旅行は過酷だ。

音楽教室の前に、「事前プログラム」というのをやる。
生徒全員、もしくは吹奏楽部の生徒などを対象に行う。
オーケストラ演奏の1時間ほど前から、
弦楽器・管楽器それぞれ数人の楽員がほぼ輪番制であたる。
楽器の説明をしてチョロッと弾くわけだが、
実はこのチョロ弾き、他は知らないが私はけっこう緊張する。

・音楽教室の楽器紹介でチョロ弾き。
・ワークショップでチョロ弾き。
・テレビやラジオのインフォメーションコーナーなんかでチョロ弾き。
・生徒の楽器を選ぶときに楽器屋さんでチョロ弾き。
・「何か弾いてみてよ」と言われ友達の前でチョロ弾き。

そんな時、コンチェルトの出だしや有名な小品などを弾いて、
ぶっ外したくはないものだ。
これは相当恥ずかしい。

・チョロ弾きは暗譜が多い。
・チョロ弾きは朝一番が多い。

プロだからいつでもどこでも何の曲でも・・、
と思ったら大間違い。
クラシックの演奏屋さんは”譜面があってなんぼ”って
人の方が多いんです。

00720b3b.jpg
ヴァイオリン:川邊さん、コントラバス:助川さんによる
本日の事前プログラム。
マツケンサンバの歌や踊りも飛び出す仕込みバッチリのパフォーマンス
であった。






  
Posted by arakihitoshi at 23:53 │ │音楽 | 演奏旅行

2005年07月14日

セントレア→新潟

2ca42463.jpg今日は話題のセントレア空港から新潟へ飛行機で移動だった。
松坂→セントレア(中部国際空港)→新潟空港→新潟駅付近、
の移動はハードであった。

乗った飛行機はANAだったが、ものすごく小さなプロペラ機。
デザインもANA離れしてて赤くて、すっごく使い込んだ感じの
機体は”花やしき遊園地”の飛行機を連想させた。

楽員30名程がその飛行機で移動したのだが、みんなケータイで
記念写真を撮る姿が印象的であった。
英国公演では、旅行記を写真日記にしてHPにアップして、
随分と珍しがられたものだが、たった数年で時代に追い抜かれた
気がしないでもない。

こう移動日が多いと楽器に触れない日が続く。
昨日は2日ぶりに楽器を弾いた。
久しぶりに楽器を弾くと自分が上手くなった気がする。
酔っぱらって楽器を弾いても自分が上手くなった気がする。
まさか本当に上手くなった訳じゃなくて、細かい音程や音色が
聴き分けられなくなって上手くなった気がしてるのです。
そんな時に、「俺ってけっこう上手いじゃん!」
なんて勘違いして練習しないと、本当に下手くそになっちゃうから
ゆめゆめ気をつけないとね。

明日は新潟近くで演奏会。そして川崎に移動です。



  
Posted by arakihitoshi at 22:21 │ │演奏旅行 
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