December 12, 2016

もうひとつの

ここのブログをながくほったらかしにしていた。
いかんいかんとおもいながら。

どうしたものかとおもいつつよそにもアカウントをこしらえてはいた。
それもながく放置していた。

そっちをごそごそしていたらデータが簡単にうつせたのでうつした。
みずたまり
こっちで書きたくなったことをかこうとおもう。
もしよろしければ訪れてやってください。
不定期、不精、ですが。  
Posted by arakurenihonkai at 00:58COM(0)徒然
November 22, 2014

小谷奈央さんが歌壇賞に!

iwaiひさしぶりのブログに書くことは。とてもうれしいこと。

みずたまりでいっしょに短歌をやっていて、ここ数年、歌壇賞の受賞に一番近い位置にいた小谷奈央(こだになお)さんがついに2014年第26回歌壇賞を受賞すると決まった!

うれしい報せは少し前にきいていたのだけれど、 オープンにしてよかどうか分からないので黙ってこのときをまっていたわけである。今日11月22日(偶然にも彼女の誕生日らしい)の地元鳥取の日本海新聞に歌壇賞と俳壇賞のことが載っていたということ(共同通信の記事だろうな)なので、一般にオープンと判断した。

高校生3年のときに角川短歌賞の最終候補に残り米川千嘉子さんの1票を受け、そこから10年。鳥取にかえってきて、みずたまりに参加してくれるようになって4・5年。今年は吉川宏志さんと水原紫苑さんが歌壇賞の選者に加わられたことも、たぶん奈央さんの歌にとっては追い風となったことだろう。ひとも時間もちょうどこのときだったのだ。

学生短歌出身でもない、東京でもない、おおきな結社所属でもない、という彼女。いつひからびるかもわからない鳥取の「みずたまり」にいて歌をもとめつづける仲間として、ほんとうにうれしく、誇らしい気持ちだ。おめでとう♪ 

https://www.facebook.com/photo.php?fbid=951744564854958  
Posted by arakurenihonkai at 12:00COM(2)
August 18, 2013

さようなら

さようなら夏が苦手であった。暑さだけではなく、夏になるとどうも気分が沈み苦しくなることが多かった。でも、6年ほど前から夏が来るのがたのしみになっていた。もう夏に苦しんでいたことなど昨日まで忘れていたほど。夏がたのしみで、新年をむかえるように、夏の到来で何事かカウントしはじめるようでもあった。

さようなら。夏。

  
Posted by arakurenihonkai at 09:55COM(0)徒然
August 12, 2013

id

ジョージのところ。door countyにいたころ。ジョージがよく男の料理をつくってくれた。料理の腕はドロシア<ジョージ<ぼく、だとおもうのだが、その頃はジョージの補佐をしていた。ジョージの料理で特に印象に残っているのが、鶏胸肉(たぶん胸だとおもう。しかも冷凍!)のガーリック風味+その肉汁をもちいたリゾット、というのと、ハンバーガーだ。解凍の鶏肉はとにかく臭くて、ガーリックをたっぷりきかせていた。その鶏肉はたしか最初に茹でていた。その茹で汁をつかってリゾットをつくっていた。もうひとつのハンバーガーというのはまさにハンバーガーである。牛ミンチをキロ単位で売っているのでそれを買ってきて、解凍して、こねる。こねたら、庭に置いてあるバーベキューのコンロで焼く。バンズもいっしょにたしかあぶっておいて、あとは挟んでトマトケチャップ。だったとおもう。やはりジョージのハンバーガーもオニオンスライスは入れないのだと思ったことだった。いやしかし、肉をこねる、焼く、というシンプルな豪華ぶりに驚いたのだった。肉には玉葱などがまるでハンバーグのように入れてあるとか、香辛料とうか味付けをもうちょっとするものだと思い込んでいた。でも、ブルームーンバーガーもウィスコンシン大学マディソン校の近くで食べたのも、ニューヨークで食べたのも、肉肉しさが印象的で、やっぱり肉だけであった、シンプルに。むしろ一緒に入れるチーズやベーコンなどがどうであるのかというのに味のおもしろさがある感じだった。

door countyは鳥取のようなところで、自然が豊かで、おだやかだった。高校には本当はIDみたいなものがないと入れないとか、銃を持ち込んでいないかのボディチェックがあるところなどもあるのだが、そこにはなかった。首からつりさげていたかもしれないが、(すくなくともマディソンウエスト高校での名札=IDは残っている。が、サザンドアのはない)たぶんIDを確認する必要がないくらいぼくのようなアジア人はいなかったから日常的には明示していなかったと思う。そこはほぼみな白人だった。一目でぼくを同定できる程の単一性や均質性をもつ集団(人種的には)だったので、ことさらIDを必要としなかったのだろうか。

イタリアのプレリーというところのIDケースをもらった。  
Posted by arakurenihonkai at 23:51COM(0)徒然
August 06, 2013

出穂

ばーどいろいろなことをずいぶんと放置していた。というか、追われている。

先日、ウィスコンシンのなかまにまた会うことができた。6 月には東北の3人。今回は沖縄、岐阜、高松、奈良、京都の計5人。こういうことってあるものなのだなぁとおもう。

今日は黙祷した。

ひさしぶりにゲリラ豪雨のない一日だった。夕方、バードスタジアムの近くの稲があまりにもうつくしいので車をとめて見た。たぶん品種による違いがあるのだろうが、ほぼ出穂していた。出穂のころはまた、河野裕子さんの命日のことをおもう。 

遅れすぎている原稿をしあげなければ。  
Posted by arakurenihonkai at 22:39COM(0)徒然
June 29, 2013

さくらんぼ

さくらんぼ6月もあとすこしだけとなった。本日土曜日の朝。家の周りの草取りをしていたら、山形からさくらんぼがとどいた。すぐにあけてみると、一粒一粒が神々しいばかりのかがやき。みっちぃありがとう!冷蔵庫で冷やし、お昼にはいただいた。酸味と甘味がすばらしいバランス。どんどん食べる。でもまだまだある。というのがまたうれしい♪  
Posted by arakurenihonkai at 15:11COM(0)ウィスコンシン
June 17, 2013

東北の旅

南三陸塔の東北集会が気仙沼であると知って、今年こそは訪れたいとおもった。土日の開催だが、土曜日の昼前に集合場所の一関市にたどり着くのは鳥取からだと至難の業なので4月の中頃にはもう6月14日の金曜日の休みを取った。隣席の同僚がANAの株主優待券があまっていると言ってくれたり、いくつか運のいいことがあったりして、引っ越し後の部屋は片づかないままだが東北へ向かった。

東北と言ってすぐにおもうのは、ぼくのばあいは、(震災とか原発をのぞくと)ひと、なかまのことだ。ウィスコンシンのメンバーが山形に2人、仙台に1人。それから塔の仲間のとくに仲の良いなかま。それから、偶然なのだけど、マディソンウエスト高校に当時留学生としてきていた若人がやはり山形にいる。土日が塔の集まりなので、金曜日になんとかしてウィスコンシンのなかまとマディソンウエストで出会った若人に会いたいとおもって連絡をとった。するとみんな会えるという。それでまず、金曜日は鳥取発8時40分羽田9時55分着の飛行機で東京に向かった。そこから山形新幹線で山形へ行った。予定より随分はやくついたので途中かみのやま温泉駅で降りて、斎藤茂吉記念館へ立ち寄った。涼しいとおもっていたのだがこの日の山形は異常なる暑さ。なんとか記念館を見て回って、扇子で扇ぎながら山形市にたどり着いた。夕方6時には山形駅前のちょっとすてきな居酒屋(焼き鳥)をマディソンウエストで出会ったこうへいくんが予約してくれていて、まずはふたりでスタートした。ほどなく、しょうじぃとみっちぃが合流。こうへいくんはちょうど就職がきまったそのプロセスや留学のことを話してくれた。しっかりした、そして気の利く、とてもすてきな青年にこうへいくんは成長していた。うれしかった。しょうじぃやみっちぃはなんということもなく、8年前にマディソンであるいはシカゴで飲んでいたようになんでもない話をした。午後9時前に名残惜しくもそこを別れ、みっちぃとふたりで仙台行きの高速バスに乗った。知らなかったのだが、仙台と山形はとてもちかく、高速バスがいっぱい出ていて、約1時間(900円)で着いてしまう。着くと、らっしゃーがまっていてくれた。三人で、震災のことやそれ以外のこともなんでもないことをまた語った。とても温かくて、相変わらずで、会えたことをほんとにうれしくおもった。

明けて、仙台から一関へ新幹線で行くと、塔のひとびとが集まっている。震災をおもわずに集まったひとはないだろう。貸し切りバスで気仙沼へいき、梶原さんの実家の早馬(はやま)神社という歴史のある神社へ行った。そこで、宮司さんであり語り部となってもいる梶原さんのお父さんや弟さんの話をきいた。最後には、唐桑地区の海産物と復興祈願の絵馬をいただいた。こちらこそお世話になっているのに、そんなことをおもうと渡されながら泣けてきた。人間というのはひとりではいきていないのだということをおもった。歌会もかるたもとてもよかったが、この梶原さんのご実家のみなさんに出会えたことはぼくにとってほんとうにおおきなことであった。人としてどう生きていくのか。

ホテルは海岸の高台にあった。ホテル近くの復興屋台の焼き鳥屋さんにも伺った。翌日は南三陸などに行った。どのように書けばいいのかわからないが、とにかく、ひとりとしてどう生きるべきか、ひとりではなくだれかとみんなとどうすればいいのかなどをおもった。あいたいとおもうひとにあってきた週末だったのだが、やはりまたそうしているうちに、会いたいとおもうひとがうかんできていた。 それから防災対策庁舎の屋上から津波がくるたびにひとりひとりながされていったことをおもった。基礎だけがのこる土地にシロツメクサがたくさん咲いているのが印象的だった。まだ、語り得ない。でもそれをもちつづけようとおもう。 
Posted by arakurenihonkai at 23:27COM(0)ウィスコンシン
June 08, 2013

引っ越し

image探していた期間は長いのだけれど、いざ見つかると、短い間にばたばたときめて処理をすすめないといけない。という具合いにばたばたと引っ越した。アート引越センターのみなさんの働きにただただ感謝するばかり。これから、すこしずつ段ボールをひもといていかねばならない。

前に住んでいたところは、2005年5月からの契約だったので丸8年いたことになる。神戸からかえってきて、倉吉1年、雲山4年、富安5年、そして興南町つぎからであった。6階からの風景ともおわかれした。 
Posted by arakurenihonkai at 22:30COM(0)徒然
May 25, 2013

アマリリス

あまりりす昨夜から絶食していて今朝は採血。検査の結果、ここのところの怱忙とは反対に、すべての値が改善されていた。すばらしい♪これでお盆明けまで気持ちよくすごせる。

その後は、とにかく歌をやらねばならない。書き物も。いつもの勉強場所へ行く。玄関にアマリリスがうつくしく咲いている。昨夜訪れたときにはひとつだけ咲いていたのが、今日は三つ咲いていた。ちょっと恐ろしさがあるような感じもするくらいの花である。

アマリリスといえば、リコーダー。小学校のころやったようなきがする。あの曲のイメイジとこの恐ろしさのある花とはちょっとギャップがある。  
Posted by arakurenihonkai at 20:28COM(0)

6階からの風景

とわいらいとどうにもこうにもぎっちぎちの日々がつづく。計画的に少しずつすすめていたら何でもないのだろうが、いまだにそういうことができていない。とほほ。
そんなわけで、ちいさなちいさな原稿などもずいぶんと締め切りをすぎての提出となった。われながらなさけない。to do listとかcan do listとかつくらないとうごけないのかもしれない。

ここのところは、初任のころ以来の時間外のお宅訪問がかなりつづいている。これという手応えもなくつづけるしかないのかもしれない。きっとぼくたちの仕事はそういうものだろう。今年はノーリアンズブラックも蒔く時機を逸したままだ。

2005年から住んでいるいまのマンションタイプの賃貸とももうすぐ別れることになった。ふとみる景色がこの8年間ずっと(いっときはウィスコンシンにいたが)この6階のベランダや廊下からであったことに改めてはなれていくことのおおきさを思う。
  
Posted by arakurenihonkai at 02:30COM(0)徒然
May 12, 2013

なんでもなくて

目覚めてふと考えることがいちばん重要なことなのだろうか。という疑問をもったひとがいた。
ちょっとしたときにふと思うことがいちばんに思うことなのだとろうか。ということをたずねたひとがいた。
なにかをしているときにふと感じることはただひとりのことなのでやはりひとりだ。ということを言ったひとがいた。

短歌という詩型においては散文や詩や俳句に較べて客観性や相対性がナチュラルに排除されやすいように思う。短歌の作り手は目の前の現実や一瞬の感情をかけがえもなく貴いと思い込みがちで、そのような主観の絶対化が、結果的に天然めいたユーモアに結びつくことも少なくない。(穂村弘「短歌の笑い」『びーぐる』19号2013)

伝達を目的としていない文学のばあいではないシーンを考える。ひとがある感じや感情や思いを伝えるあるいは伝わるばあいはどうだろうか。例えば、その思いや感じ(たいせつにしているとか深くひびいてきたとか)ことが伝わらないと、あるいは、伝えようとしなければ、たいせつなんだから/深くひびいているのだから、その相手に伝えなくても自分のなかだけで完結しさえすればいいという主観の絶対化=傲慢さにおちいるとおもうのだ。笑いではすまされないのは、それが日常言語あるいは、日常性という文脈にあるからだ。主観の絶対化=傲慢=他者の排除ともいえそうだ、あくまでも文学ではなくて日常では、ということだが。 
Posted by arakurenihonkai at 09:20COM(0)徒然
May 03, 2013

階段

かいだん冬の時期と花粉症の時期には外を走ることができず、また堕落した生活をしていたこともあってふとってしまっております。そんなわけで花粉症のうすらいだ4月下旬からジョギング&ウォーキングをふたたびはじめました。まだまだ歩くこと抜けずそのため距離を稼ぐためにいろいろなコースを試してみております。それで、今日は、コースというか市民体育館の前の階段を5往復することも加えてみましたのでした。

鳥取市民体育館といえば、あだち充「タッチ」の最終回で出てくる大切なシーンの大切な場所です。インターハイに出場するみなみがやってきていた鳥取市立体育館に達也が応援にやってきて思いを告げます。その河川敷というかもぼくのコースにはいっております。はい。

川というのは水のなかがれというかまあそういうものだけれど、水のながれが必ずしも川ではないわけで。火というのは東京オリンピックの聖火のように絶やさずに燃え続けさせているのもありますが、一般的には燃料がなくなれば消えるわけであります。 火と水、燃えることと流れること、はなんだか似ている気がします。でも、水は、流れは、すこし違うようにもおもえます。 
Posted by arakurenihonkai at 22:55COM(0)徒然
April 26, 2013

ゲリラ豪雨

雹iPhoneに載せているYahoo!の防災予報が1時30分からの10分の間、210mm/hのゲリラ豪雨の予報をしらせてくれた。同僚たちにしらせつつまっていると予報通りすごい降りになって、雹までばりばり降ってきた。ゲリラ豪雨と雹におどろきつつ、そもそも、こんなピンポイントの予報ができることに驚いたのであった。 
Posted by arakurenihonkai at 23:14COM(0)
April 03, 2013

完全試合未遂と交代

応援している野球選手のひとりにダルビッシュ有がいる。今日、お昼過ぎに完全試合未遂であったことを知った。帰って来てMLBの公式ペイジで彼の投球を見た。すごいことである。MLBは惜しげもなく(ま、そういう商いなのだろうけれど)ダイジェストを見せてくれるのでみていると、現地の解説も回を追うごとに盛り上がっていって、8回が終わったところでは、「we will see it , Darvish comes up for the night after 8 perfect innigs」と興奮していた。

さて、打たれたあとのなのだけれど。ダルビッシュが笑みをうかべて(そりゃ悔しいだろうに)いて、それに内野の選手たちが寄り集まって、きこえないけれど、「気をおとすなよ」など言っているのがまことにすばらしくうつくしい。さらにおどろくことに、あと1アウトで終わるというところを、たった1つのヒットを打たれただけで、ワシントン監督はダルビッシュを交代させた。なんというすばらしいことだと感心した。あそこでひっぱって完投勝ちというのもあり得ただろうけれど。あそこで交代というのはダルビッシュにとってもチームにとってもよく考えてみると、ひと呼吸おくということもふくめて、最高の采配だったのではないだろうか。選手をおもうというのはこういうことなのだ。  
Posted by arakurenihonkai at 23:34COM(0)徒然
March 30, 2013

教科理論研究会in石山

きふじん尊敬でき、信頼できる、仲間との勉強合宿に参加した。夏はいろいろ都合がつかないので、年に1回だけの参加となるのはぼくだけ。ぼくのやっていることをするどく理解・批判してもらえる眼がたくさんある。これぞ信頼と尊敬の関係であるとおもう。

JR石山駅で降りるのは実のところ初めてであった。だから、新快速が停まるのもしらなかった。石山寺へは時間がなくて行けなかったが、瀬田の唐橋のふもとの宿舎で過ごしたのがよかった。瀬田川はボートが盛んに練習していて見ていて、コックスの声をきいていて心地よかった。 

合宿の夜は、外でフレンチをいただいたあと、部屋のみ。これがすごかった!世界のビールが買い込んであり、また参加したみなさんがそれぞれの土地のお酒をもちよってくださっていた(ぼくはせず)。北会津ワイン「白貴婦人」はわかくてフレッシュな食中酒にぴったりの感じだった。明治33年の創業以来、自家製のぶどうをつかってワインをつくてっているということであった。  
Posted by arakurenihonkai at 23:27COM(0)徒然