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2008年10月

『ブタがいた教室』 〜「食」「命」「教育」がテーマ〜

2008年10月24日
 議論が苦手な私は、ないモノねだりなのか、ディスカッションの場面がある映画に惹かれる。
 11月1日公開の「ブタがいた教室」は待望のディスカッション・ドラマ。

豚を飼って食べる!?

 新年度が始まり、6年生を担任する新任教師・星は教室に子豚を連れてくる。子どもたちは愛嬌ある子豚にはしゃぐが、「この子豚をクラスで飼い育て、1年後にみんなで食べよう」という星の提案に驚きたじろぐ。
 食べるか否かの結論は先送りし、Pちゃんと名づけた子豚を飼うことに決まる。校庭の片隅に小屋を建て、飼育にあたる子どもたち。一部の保護者の反対も子どもたちの熱意に押し切られる。

ブタがいた教室1食べるか否かで激論

 だが卒業が近づき、結論を出さざるを得ない時期がくる。26人の子どもたちはPちゃんを「食べる」「食べない」で激論を交わす。Pちゃんを可愛いと思い、大好きなのはみんな一緒だ。
 互いに自説を主張していくうちに涙が溢れ出す。それでも双方譲らず、議論は「食べる」「食べない」から「命」そのものへと発展。私は圧倒されつつもスクリーンに引き込まれ、いつの間にか自分の想いを重ね合わせ、一緒に涙していた。
 
大阪であった実話
  
 これは90年に大阪の小学校であった実話で、この模様を追いかけたドキュメンタリー番組が93年にテレビ放映されるや賛否両論を引き起こした。本作のメガホンを執った前田哲監督は番組を観たときから映画化を熱望し、実現にこぎつけた。
 クラスの討論の場面ではカメラ7台で撮影。子どもたちに渡した台本に結末は書いていない。子どもたちの必死の訴えは子役としてではなく、等身大の自分。この場面はまさにドキュメンタリー。「食」「命」「教育」を考えるうえで、これほど説得力のある映画はないのではないか。
 
妻夫木聡が好演

 星先生を演じるのは妻夫木聡。子どもたちとPちやんを見つめる優しくも厳しい眼差しの素晴らしさは、彼自身の内面からにじみ出るものなのだろう。

ブタがいた教室2前田監督、芸工大で教鞭

 命が軽んじられる現在、「想像力」の欠如が甚(はなは)だしい。相手の痛みを自分のものとして感じられるかは想像力で、それを養うのは教育者や映画人(クリエーター)であるわれわれの責任、と前田監督は語る。
 その前田監督が来年4月から東北芸術工科大学に開設される映像学科で
教べんをとる。頼もしい限りだ。

資料提供:やまがたコミュニティ新聞オンライン<荒井幸博のシネマつれづれ>


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『次郎長三国志』 〜大馬鹿者でござんす。〜

2008年10月17日
次郎長三国志5 以前、香取慎吾主演「西遊記」を紹介する際、‘一人のリーダーの下に、個性の違う人間が集まり、目的に向かって旅を続け、艱難辛苦の末に目的を遂げる物語はいつの世も人気が高い。‘といった指摘をしたが、私自身が好きなジャンルなのである。
 この系譜の物語に「桃太郎」「南総里見八犬伝」「オズの魔法使い」「ロード・オブ・ザ・リング」等と一緒に「清水次郎長もの」も挙げていた。その「清水次郎長もの」の代表作「次郎長三国志」が新作として公開された。

満を持しての監督2作目

 監督はマキノ雅彦。これは、俳優・津川雅彦の監督ネーム。彼の母方祖父は、‘日本映画の父’牧野省三、そして叔父が、‘娯楽活劇の名匠’マキノ雅弘であることからのネーミング。本作は2006年「寝ずの番」に続いて、満を持しての監督2作目である。

次郎長三国志は過去にも

 「次郎長三国志」は、マキノ雅弘の代表作シリーズで、東宝で1952年から`54年にかけて9作、東映で`63年から`65年にかけて4作の計13作を世に送り出している。前者は、名作シリーズと呼び声が高く、森の石松を演じた森繁久弥の出世作としても知られている。後者は、清水次郎長役の鶴田浩二がハマリ役で、恋女房お蝶役の佐久間良子始め、松方弘樹、里見浩太郎、山城新伍、藤純子(現・富士純子)等東映の若手スターと大木実、田中春男、近衛重四郎、丹波哲郎らベテランが絶妙にスウィング。

次郎長三国志2いつかは撮らなければならない

 この作品で、津川雅彦は増川仙右衛門、兄の長門裕之は森の石松を好演。マキノ雅弘は、この他にも「次郎長もの」を14本撮っているので、甥の津川にとっては「マキノ姓を名乗るならば、いつかは撮らなければならない」作品だった。

中井貴一と脇を固める豪華俳優陣

 本作で、次郎長を演じたのは中井貴一。落ち着き、凛とした佇まいはまさにハマリ役。今、最も着流しが似合う俳優ではないだろうか。45年前、次郎長を演じた鶴田浩二は、松竹時代、中井の父・佐田啓二、高橋啓二と共に「青春三羽烏」と呼ばれていたのも何かの縁か。お蝶役の鈴木京香も言うことなし。法印大五郎・笹野高史は、今、演じることが楽しくて仕方が無いのではないか。大政・岸辺一徳、小政・北村一輝、大野の鶴吉・木下ほうかは、任せて安心。桶屋の鬼吉・近藤芳正、関東綱五郎・山中聡は大健闘。次郎長のライバル・黒駒の勝蔵には、俳優としても中井のライバル佐藤浩市。その存在感だけでOK。敵役・三馬政の竹内力は、久々に悪役らしい悪役をスクリーンに登場させた。監督の兄・長門裕之はワンシーンながら、役者ヂカラを遺憾なく発揮。

次郎長三国志4温水洋一が石松役

これだけ書くと、非の打ち処のない配役なのだが、次郎長と並ぶ人気キャラクター森の石松役の温水洋一には、いささか不満が残る。この役は、先に挙げた森繁久弥、長門裕之だけでなく、榎本健一、田崎潤、勝新太郎、中村錦之助、フランキー堺、美空ひばり等その時代を代表する活きのいい役者が演じてきた。今だと、香川照之、筧利夫、上川隆也、中村獅童、寺島進あたりが適役。温水は味のある役者ではあるが、その持ち味は対極にあるもの。

次郎長三国志3カタルシスさえ感じる痛快時代劇

本作は、次郎長とお蝶のラブストーリーが主軸で、石松は、重要な位置を占めているわけではないので、映画の面白さを損ねるほどではないが、「もっと面白くできた」という点では残念。とは言っても、泣けて、カタルシスを味わえる久々の痛快娯楽時代活劇であることに変わりは無い。

資料提供:やまがたコミュニティ新聞オンライン<荒井幸博のシネマつれづれ>


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