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2年前に亡くなったアンジェイ・ワイダ監督との想い出。

2年前の今日、アンジェイ・ワイダ監督が9日に亡くなったとの訃報が流れたのでした。
『コルチャック先生』をフォーラムで上映期間中の1992年5月15日に東部公民館で開催した《子どもの権利条約》についてのシンポジウムの際の文字看板は現在「伴淳の会」代表の酒井和昭さんに書いて貰ったものです🖌

アンジェイ・ワイダ監督 アンジェイ・ワイダ監督逝く。
共産主義体制下にあったポーランドで弾圧を受けながらも反骨精神に満ち溢れた映画を撮り続けた巨匠アンジェイ・ワイダ監督が9日亡くなりました。90歳でした。
 1954年、反ナチズムを訴えた若者によるレジスタンス活動を描いた「世代」でデビュー。

「地下水道」(56年)、「灰とダイヤモンド」(58年)と合わせた「抵抗3部作」で、歴史に翻弄されたポーランドの悲哀を追った作品により国際的な評価を得ました。労働英雄として祭り上げられた男の悲劇を描いた「大理アンジェイ・ワイダ監督『コルチャック先生』石の男」(77年)の続編に当たる「鉄の男」(81年)では、80年に始まった自主管理労組「連帯」の抵抗運動を取り上げ、カンヌ国際映画祭でパルムドール賞を受賞。近年も、軍人だった父親も犠牲になったソ連秘密警察によるポーランド人将校虐殺を題材にした「カティンの森」(2007年)、「連帯」を率いた後、国家指導者に上り詰めたワレサ元大統領の半生を追った「ワレサ 連帯の男」(13年)を発表し健在ぶりを示していました。
個人的には、以前勤務していた映画館で1992年5月アンジェイ・ワイダ監督『コルチャック先生』を上映し、上映期間中の5月15日に山形市東部公民館で「コルチャック先生と子供の権利条約」についてシンポジウムを開催。
パネリストに山形大学の政治学 渡辺誠一教授、佐藤欣哉法律事務所の縄田政幸弁護士、そ
「コルチャック先生と子供の権利条約」についてシンポジウム荒井して心療内科医師で紛争地,被災地の子供たちのケア活動をしている桑山紀彦さんをお願いしたのでした(後に批准しましたが、日本は当時子供の権利条約を批准していない数少ない国でした)。

その年10月、当時66歳のアンジェイ・ワイダ監督が来日し、岩波ホール高野悦子さん(故人)が山形市にお連れしてくれたのでした。その際、私がワイダ監督に『コルチャック先生』に如何に感動したかを伝え、「『コルチャック先生』を上映した際“子どもの権利”についてのシンポジウムをしたんです。」と申し上げるとにこやかに感謝の言葉を述べながら両手で私の手を包むように握ってくれたのでした。その時の笑顔と大きな手の温もり、感動は今も忘れません。あの時、随行してきたオジさんが一生懸命にカメラのシャッターを押していたので「写真を送ってください!」と名刺を出してお願いすると返ってきた名刺を見るとその人は東鉄労(後のJR東労組)松崎明委員長で「分かりました!直ぐに送り「コルチャック先生と子供の権利条約」についてシンポジウムますよ。」
あれから24年、写真はまだ届いていません。松崎さんは2010年12月、高野さんは20
「コルチャック先生と子供の権利条約」についてシンポジウム観客13年2月に鬼籍に入ってしまいました。

それでも、ワイダ監督との写真をどなたか送って戴けないでしょうか



アンジェイ・ワイダ監督のご冥福を心よりお祈り申し上げます。



arayuki_cinema at 2018年10月10日 (18:16)
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