2009年11月22日
古代種子研究会

和田峠を越えて岡谷へ。
路肩には雪の小さな塊が並んでいて、すっかり冬景色。
途中、長和町の黒曜石体験ミュージアムで一休み。



こぢんまりとした勉強会ですが、中沢さん、中山さん、長沢さんから、長野の話、山梨の話、いろいろ聞かせていただいた。
これは本当に面白い。
さすが、本場だなぁ。
マメもレプリカも、たくさん見せていただいた。
中部高地の縄文人が、最高水準の植物利用技術を持っていた事は確かだね。
茅野のアズキ・ダイズもその流れの中にある。
とはいえ、私には縄文の話はできないから、
弥生以後の事が中心になってしまう。
これはこれで、とっても面白いんだが、
縄文に比べると、やっぱりインパクトがない。。。
2009年11月20日
中部古代種子研究会
お誘いをいただきました。
ありがたいです。
第1回中部関東古代種子研究会(仮称)
11月21日(土) 午後1時分から午後4時30分
岡谷市イルフプラザ
http://www.city.okaya.lg.jp/okayasypher/www/info/detail.jsp?id=1267
主旨 中部関東の先史時代を中心に、人の食用植物利用の実態を明らかにする
開場 1時30分
午後1時50分〜2時 開会 会田進あいさつ・中沢主旨説明
午後2時〜2時40分 中沢道彦「土器圧痕からみた縄文農耕論の現状と課題」(仮題)
午後2時40分〜3時20分 中山誠二「縄文時代のアズキ利用について」(仮題)
午後3時20分〜4時 長沢宏昌「縄文時代の植物利用」(仮題)
午後4時〜4時40分 洞口正史「群馬県遺跡出土先史・古代種子について」(仮題)
4時40分〜5時 フリートーク
終了後懇親会
ありがたいです。
第1回中部関東古代種子研究会(仮称)
11月21日(土) 午後1時分から午後4時30分
岡谷市イルフプラザ
http://www.city.okaya.lg.jp/okayasypher/www/info/detail.jsp?id=1267
主旨 中部関東の先史時代を中心に、人の食用植物利用の実態を明らかにする
開場 1時30分
午後1時50分〜2時 開会 会田進あいさつ・中沢主旨説明
午後2時〜2時40分 中沢道彦「土器圧痕からみた縄文農耕論の現状と課題」(仮題)
午後2時40分〜3時20分 中山誠二「縄文時代のアズキ利用について」(仮題)
午後3時20分〜4時 長沢宏昌「縄文時代の植物利用」(仮題)
午後4時〜4時40分 洞口正史「群馬県遺跡出土先史・古代種子について」(仮題)
4時40分〜5時 フリートーク
終了後懇親会
2009年11月19日
今日の読書 日本奥地紀行を読む
2009年11月18日
矢瀬遺跡
2009年11月17日
種実出土遺跡 下芝五反田遺跡
高崎市下芝五反田・下芝萬行遺跡
2008.11.30(高崎市教育委員会2008)
下芝五反田遺跡の1号土器集積からモモ核が出土している。
下芝五反田遺跡では、As-B上の耕作具痕、泥流中の溝、泥流下の畠、道、土器集積など、この地域らしい遺構が見つかっている。
As-B上の耕作具痕は中世の物と想定されている。ごく密集して残されているが、切り合わない。泥流中の溝はおそらく流路痕跡。
FA下では中央の低地を挟んで南北に畠が見つかっている。北側の畠は東南東-西北西方向の走行を示し、南部は北北西-南南東を示す。北部のほうが畝がはっきりしている。南部は畝間の溝が残る状態。北側畠は周囲に土手状の盛り上がりがある。北側畠は畝の端部がはっきりと完結する。この南端を東西に3号道路が走る。1・2号道路は連続するものと思われ、低地部では硬化面が切れて、道路想定線の脇に足跡が多く残され、手に底にいたなどが敷かれていたものと想定されている。なお、この道は南部畠を斜めに切って中央の低地部を横断し、北部畠のに近い方向性を持って調査区外に続く。したがって、2・3号道の使用時点では南部畠には作付けが無かったものと想定される。下芝天神遺跡とかなり似た状況にある。
南北両畠の中間は低地になっている。南部畠からの傾斜部に1号・2号土器集積、北部畠からの傾斜部に3号土器集積がある。
1号は1.5×1mで坏・高坏を主体に25個体以上あり、重なった状態の坏もある。壷、小型甕もある。集積下位及び周辺土壌を水洗選別によりモモ核1個が見つかっている。
2号集積はやや散漫な分布で1.3×0.8mほどの範囲がやや密。坏、高坏がある。重なった坏もある。
3号集積は3×1.3mの広がりで、散漫。重なりはない。坏が少なく、坩、鉢、高坏があり、1・2号とは異なる器種構成。
1号の北西、低地底面近くに、「焚き火をしたかと思われるような」炭化材の集積がある。焼土はないので長時間火を燃した跡ではないとされるが、低地部の黒色土では焼土は形成されないだろう。この炭化材集積に接するように底部が焼成後に穿孔された須恵器の「はそう」が単独で置かれていて、炭化材+「はそう」で一つの遺構となることが想定されている。
土器集積出土の坏は内斜口縁、内湾口縁のみで模倣坏はない。下芝天神で言えばA構造に相当。
このほかにも調査区全体から散漫ながら土器片が出土し、接合によりほぼ完形となるものもあったとされる。「ただし出土状態は畠に鋤き込まれたような状態であり、土器集積とは性格が異なると思われる。なお、1号土器集積の北東と3号土器集積の南東には比較的集中して土器片が出土している範囲があるが、これらも接合しないものが多く、土器集積と同一に扱うことはできないと思われる。」とされるが、タフォノミーを考えると、これももとは土器集積であったかもしれない。竪穴住居や平地住居がないとすれば、形式に現れない程度の時間差で、散在的土器破片→やや集中する土器破片→3号土器集積→2号土器集積→1号土器集積+炭化材集積という土器集積の形成(崩壊)過程が描けるかもしれない。
祭具を伴わないので、積極的に祭祀遺跡として位置づけるには、更に数段の検討が必要となるが、松本の高宮や、四万十川の具同遺跡群的な状況のごく小規模なものが攪乱されてゆく過程が、ここに表現されているのかもしれない。
2008.11.30(高崎市教育委員会2008)
下芝五反田遺跡の1号土器集積からモモ核が出土している。
下芝五反田遺跡では、As-B上の耕作具痕、泥流中の溝、泥流下の畠、道、土器集積など、この地域らしい遺構が見つかっている。
As-B上の耕作具痕は中世の物と想定されている。ごく密集して残されているが、切り合わない。泥流中の溝はおそらく流路痕跡。
FA下では中央の低地を挟んで南北に畠が見つかっている。北側の畠は東南東-西北西方向の走行を示し、南部は北北西-南南東を示す。北部のほうが畝がはっきりしている。南部は畝間の溝が残る状態。北側畠は周囲に土手状の盛り上がりがある。北側畠は畝の端部がはっきりと完結する。この南端を東西に3号道路が走る。1・2号道路は連続するものと思われ、低地部では硬化面が切れて、道路想定線の脇に足跡が多く残され、手に底にいたなどが敷かれていたものと想定されている。なお、この道は南部畠を斜めに切って中央の低地部を横断し、北部畠のに近い方向性を持って調査区外に続く。したがって、2・3号道の使用時点では南部畠には作付けが無かったものと想定される。下芝天神遺跡とかなり似た状況にある。
南北両畠の中間は低地になっている。南部畠からの傾斜部に1号・2号土器集積、北部畠からの傾斜部に3号土器集積がある。
1号は1.5×1mで坏・高坏を主体に25個体以上あり、重なった状態の坏もある。壷、小型甕もある。集積下位及び周辺土壌を水洗選別によりモモ核1個が見つかっている。
2号集積はやや散漫な分布で1.3×0.8mほどの範囲がやや密。坏、高坏がある。重なった坏もある。
3号集積は3×1.3mの広がりで、散漫。重なりはない。坏が少なく、坩、鉢、高坏があり、1・2号とは異なる器種構成。
1号の北西、低地底面近くに、「焚き火をしたかと思われるような」炭化材の集積がある。焼土はないので長時間火を燃した跡ではないとされるが、低地部の黒色土では焼土は形成されないだろう。この炭化材集積に接するように底部が焼成後に穿孔された須恵器の「はそう」が単独で置かれていて、炭化材+「はそう」で一つの遺構となることが想定されている。
土器集積出土の坏は内斜口縁、内湾口縁のみで模倣坏はない。下芝天神で言えばA構造に相当。
このほかにも調査区全体から散漫ながら土器片が出土し、接合によりほぼ完形となるものもあったとされる。「ただし出土状態は畠に鋤き込まれたような状態であり、土器集積とは性格が異なると思われる。なお、1号土器集積の北東と3号土器集積の南東には比較的集中して土器片が出土している範囲があるが、これらも接合しないものが多く、土器集積と同一に扱うことはできないと思われる。」とされるが、タフォノミーを考えると、これももとは土器集積であったかもしれない。竪穴住居や平地住居がないとすれば、形式に現れない程度の時間差で、散在的土器破片→やや集中する土器破片→3号土器集積→2号土器集積→1号土器集積+炭化材集積という土器集積の形成(崩壊)過程が描けるかもしれない。
祭具を伴わないので、積極的に祭祀遺跡として位置づけるには、更に数段の検討が必要となるが、松本の高宮や、四万十川の具同遺跡群的な状況のごく小規模なものが攪乱されてゆく過程が、ここに表現されているのかもしれない。
2009年11月16日
2009年11月15日
2009年11月14日
紅葉
極東先史時代の穀物
極東先史時代の穀物3。重要な論文がたくさんある。
順不同だけど
中沢道彦「縄文土器付着炭化球根類の検討」
小畑弘己「九州縄文時代の堅果類とその利用−東北アジアの古民族植物学的視点より−」
同「古民族植物学から見た縄文時代の栽培植物とその起源」
同「種実資料から見た北東アジアの農耕と食」
同「マメ科種子同定法」
山田悟郎・椿坂恭代「作物種子・農具・畠跡から見たアイヌの農耕」
安承模「韓半島先史古代遺蹟出土作物資料解題」(小畑弘己訳文あり)
甲本眞之「東北アジア先史時代の穀物と農法」
うん、現段階の集大成だね。
しっかり勉強します!
閑話休題
この報告書。表紙はイネとゾウムシ。
すごく迫力のあるコクゾウムシの図。
今月号のBE-PAL「地球を切り取る」には、「マイクロプレゼンス」という方法で撮影-合成されたゾウムシの写真が載っている。
これまたすごいリアルな写真。
BE-PAL (ビーパル) 2009年 12月号 [雑誌]販売元:小学館
発売日:2009-11-10
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元本はこちら。
動く物はわりと苦手な私には縁遠い本ですが。
象虫:マイクロプレゼンス―小檜山賢二写真集著者:小檜山 賢二
販売元:出版芸術社
発売日:2009-08
おすすめ度:
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2009年11月13日
今日の読書
子どもたちに語るヨーロッパ史 (ちくま学芸文庫)著者:ジャック ル・ゴフ
販売元:筑摩書房
発売日:2009-09-09
おすすめ度:
クチコミを見る
熊本から帰ってすぐにKaikenウィークに突入。
メインはウチではないはずなのに、ほとんど主役。
なかなかハードな一週間でした。
バスの中も貴重な睡眠機会で、本を読む元気も時間もなかったのですが、この一冊。
前半は「子どもたちに語るヨーロッパ」、後半は「子どもたちに語る中世」。
前半は通史的な流れを追って、ヨーロッパの形成、意味を俯瞰しています。
後半はQ&A的な書き方で、中世史のいろいろなトピックを取り上げつつ、中世の「感覚」を伝えてくれます。
2009年11月12日
Azuki
2009年11月09日
ポスター
S木さんにお世話になりっぱなしでしたが、なんとか終わりました。「お世話に」といえば、日田市のI田さんにも、またお世話になりました。
前回はN沢さんに便乗した形で、熊本空港から熊大まで、有名な熊本ラーメンの「大黒」経由で乗せてもらいました。
今回はアズキつながり。
双方のポスターにお互いの計測データが載ることになりました。
おまけになんと同じホテルに宿泊。
不思議な縁だねぇ。
ポスターは、以前から調べていた茅野の圧痕についての中間まとめ。
ワークショップで、何人かの方にレプリカを採っていただいた経験を含めて、「貧者のレプリカ法」の普及を図りました。
このレプリカ法、観察に必要なのは、1セット7000円弱のシリコンと、ファーブル程度の簡易型実体顕微鏡、水、面相筆、ブロアーブラシ、紙ナプキンくらいです。
シリコン1セットで、おそらくマメの圧痕300点くらいは採れると思うのですが、これは改めてレポートしましょう。
これで観察すれば、「はずれ」「あたり」がはっきりしているものを、まず抽出することができます。
「あたり」と「わからない」ものについては、改めてSEMの写真を撮って、さらに観察することになります。
ポイントは、青色シリコン。
白色のシリコンでは、実体顕微鏡ではとても見にくくて、細部の観察ができませんでした。
青色だと,これがとてもよく見えます。
それも、角度を変えて、見たいところが見られるのです。
「電顕より良く見える」との声もあったくらい。
細胞の構造まで見よう、という場合にはやっぱり電顕が必要ですが。
さて、茅野の観察結果。
今のところではアズキとダイズが見つかっています。
アズキはかなり大粒。
現生のアズキ(例の「大納言」)と遜色のない大きさです。
ヤブツルアズキとは、全くレベルの違う大きさ。
栽培化が進んだ状態のアズキと見てよいでしょう。
宮本先生が言われるよううに、「古代国家」を導くような農耕につながる栽培ではありません。
でも、栽培・栽培化という相互関係が縄文時代のさほど遅くない段階で打ち立てられていたことが、アズキとダイズについてはもはや証明済みといって良いでしょう。
こうした植物とヒトとの付き合い方が生み出す社会に、これからの人間に必要なモデルが隠されていんじゃないかと思いますよ。
面白かったのは、日田市のアズキとの対比。
日田のは弥生の炭化種子。
イネやアワ、キビ、どんぐり(おそらくイチイガシ)といった食用の種実が主体の種子群の中に数千粒が入っていたもの。
だから、食用としか考えられないのだけれど、これがまた、小さな可愛いアズキ。
全くヤブツルアズキのサイズ。
アズキのバリエーションなのか、アズキとの「付き合い方」のバリエーションなのか、興味深いですね。
お隣のポスターは、東大の酒井さん、辻先生による、平出遺跡の整備に伴う植生復元についての提案。
茅野公園の、植木屋さんの残り木を集めたような植栽を思い出して、マジに恥ずかしくなってしまった。
この時期の茅野公園、ムラサキシキブ(古墳時代に入ってきた木)がばかに目立つもんねえ。
ポスターに公園の写真を使わなくて良かった!!
2009年11月08日
2009年11月07日
2009年11月06日
羽田空港
出力しようとしたらデータが壊れてたという御粗末。どうにかリカバリーして、ポスター出来上がり。なにしろ初めてのことだから、迷いっぱなし。きっと稚拙さが目立つんだろ〜な〜…。とにかく羽田空港に着きました。もうすぐ出発します。
2009年11月05日
2009年11月03日
高塚の森 紅葉まつり
恒例の「高塚の森 紅葉まつり」。近所にある林業試験場の一般公開日です。
昨日は二十世紀少年のレイトショー。
帰ってからポスターの直しをしたので、かなり遅く&朝早くの作業。
おまけに浅間も赤城も、おまけに榛名まで初冠雪という異常な寒さ。
でも紅葉まつりは遅刻できない。
というのも、キノコの格安直売があるから。今年は大振りで分厚い干しシイタケとシメジをたっぷり購入。
焼きキノコと焼き芋も、いつもの通り美味しい美味しい。
もみじ祭と言いながら、昨晩の嵐のような風のせいだろうか、紅葉はあまりきれいじゃない。果実・種子もあまり目立たず。
去年拾ったヤマナシも今年は見あたらない。
カンレンボクにはおもしろい形の実がたくさん着いていた。
林業試験場、春はツツジの時期に公開される。40種類1000株のツツジが見事なんだ。
今年は今年は5月6日だった。小雨模様だったけれど、見事なツツジがたくさん見られた。
今日も(この寒いのに!)迷い咲きしたツツジがちらほら。
残念だったのは、新型インフルエンザの影響で、榛東北小・南小のブラスバンド公演が中止になってしまったこと。学校閉鎖、学級閉鎖がずいぶんおおいようだ。
もみじ祭会場でも子どもの姿が少ない。
せっかく来てくれた二代目ぐんまちゃんもちょっと手持ちぶさた。
2009年11月01日
種子休眠性
アズキが吸水しにくいことは「豆類の吸水特性」とか「豆類の脱湿・吸湿時における挙動について」で知っていたのだけれど、ヤブツルアズキ、一週間近く水に浸けたあとでも、全く吸水してない、固いまんまのが半数以上ある。
これじゃぁ、とっても調理はできない。
種子の大きさとともに、種子休眠性を失なうってことが、豆類栽培化の特徴だね。
これじゃぁ、とっても調理はできない。
種子の大きさとともに、種子休眠性を失なうってことが、豆類栽培化の特徴だね。























