2021年01月16日

安産子育て産泰神社

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 せっかく帰国したのに、
 緊急事態宣言で会いに行くわけにもいかない。
 せめて、というわけで産泰神社。
 お守りを送ることにした。

archaeoring at 19:12|PermalinkComments(0)民俗 | 祭祀と遺跡

2021年01月13日

今日のみちばた

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 今日は妙義・荒船の向こうに八ヶ岳まで見えた。

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2021年01月12日

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いよいよご臨終かも。。。
反応しなくなっちゃった。
資料のスナップ、道ばた写真、毎日のように撮り続けて、かれこれ8年かな。
薄くて、小さくて、接写できて、画質もそこそこ良くて、割と安かった。
良いカメラだ。
ところが、スマホのカメラが進化してきた余波を受けてか、TXシリーズは生産完了。
2年前にファインダーにひびが入ってしまったので、後継機を探していたのだけれど、
気に入ったのがなくて、使い続けてきた。
ポケットには入らないけれど、ミラーレスが散歩のお供になりそうだ。

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2021年01月11日

史跡金山城跡ガイダンス施設企画展「郷土の麺食文化」

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太田行の本命
史跡金山城跡ガイダンス施設の企画展「郷土の麺食文化」
パネル展示なのだけれど、オキリコミ-ホウトウ系麺食が要領よくまとめられている。
パンフレット裏の呼称分布図が秀逸。
ホウトウ系の中に、群馬中西部にかぎってオキリコミ系の名称があるのがよくわかる。
記録選択に当たっても論議があったけれど、
県域の特徴を表す名称としてオキリコミを採用したのは間違いではなかったね。

この頃、展示会は、早く行くに限る。
いつ開催中止になっちゃうかわからない。
2月7日(日)まで(月曜休館)
https://www.city.ota.gunma.jp/005gyosei/0170-009kyoiku-bunka/01news/2020-1225-1619-132.html



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今日のみちばた 生品神社 反町薬師

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 ちょと寄り道 生品神社

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 回り道して反町薬師。
 館の堀がきれいにめぐる。
 冬枯れの蓮。のんびり浮かぶ鴨に近づいたら、一瞬で逃げられた。
 手水場には蓋がされていて、パイプから頼りなく滴る水で清め。

archaeoring at 21:06|PermalinkComments(0)遺跡の保存と活用 

2021年01月10日

今日の道ばた どんど焼き準備と神社跡

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 コロナのせいで、例年お世話になる地区のどんど焼きは中止。
 お飾りは隣の地区にお願いすることになった。
 作り方が微妙に違うみたいだな。

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 熊野神社の鳥居があって、秋葉様と衣笠様と庚申様と青面金剛その他石塔や石宮があって。
 神社はどこにあったのだろう?

archaeoring at 20:43|PermalinkComments(0)民俗 

2021年01月08日

冬将軍

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 榛名山

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 赤城山

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 子持山と小野子山。
 榛東でも、朝6時にマイナス6度だった。
 この冬一番の寒さ。
 このあたりでも、ほんのちょっと北に行けば雪だね。


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2021年01月07日

白井宿と白井城

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 八重桜で人気の白井宿。
 鯉沢バイパスを掘っていたころには、まだこんなにきれいに整備されていなかった。
 桜の芽はまだ固いね。

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 白井城も久しぶり。
 タラノキの畑があったので、ここでも冬芽を撮ってみた。


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2021年01月06日

今日のみちばた

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 今年初めてのBコース。
 坂道には滑り止めの砂が準備されている。
 使う機会がないと良いな。
 道ばたで目立つのは彼岸花の葉。
 聖酒造で新酒を手に入れたH津さんに追い抜かれた。


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2021年01月05日

今日のみちばた

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 今年初めてのお昼散歩。

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2021年01月01日

お雑煮in新作合鹿椀

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あけましておめでとうございます!

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2020年12月30日

年越し蕎麦

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archaeoring at 14:00|PermalinkComments(0)今食 

2020年12月28日

八ッ場ダム地域の天明泥流下畑調査 9

東宮遺跡の考察では(23)、上郷岡原遺跡の畑面における大麻痕跡を評価しつつも、「天明三年八月 吾妻郡大柏木村畑方作秋作小前書上帳」(以下「書上帳」)を引いて、「最も多く栽培されていたのは粟・稗・蕎麦であり、麻は6%であり全体から見ると極めて少ない」、また、「食料を確保するために畑の大部分では、粟・稗・蕎麦が大々的に植えられていた」として、麻畑説を批判した。「書上帳」は天明浅間噴火に際して「焼砂泥灰等」が降って、秋作の畑作物が枯損したことを記す。天明3年9月に名主の久右衛門以下が連名で作成した文書で、個別農家の生産規模を知る資料として高く評価されている文書である。奥書には、大柏木村の畑58町5畝23歩が被災し、このうちに、麻畑4町1反3畝18歩が含まれると記されている。大麻作にとって、最も打撃の大きな天災は降雹であるそうだが、灰や軽石の降下も同様かそれ以上の災害をもたらしたのであろう。とはいえ、ここに記された大柏木村の麻畑は、僅か4町歩。さほど広いものではない。被災畑の5割近く、28町4反余を占めたのは、主食用の粟を作っていた畑であった。「吾妻郡村誌」には、大柏木村の産物として、大麻2500貫の記載がある。明治初期、大柏木村は、吾妻麻の本場三島村の6321貫に次ぐ生産高を持つ、一大麻産地となるのである。にもかかわらず、天明三年の大柏木村には、さほど大きな麻畑はないことになる。「書上帳」は、良質の大麻産地としてイメージされる吾妻地域においても、当然ながら主食穀物生産を担うる耕地のほうが、より広く拓かれていたことを示している。さらに、石川原遺跡に引きつけて言えば、明治期以降のこととは言え、大柏木村や長野原地域の大麻は、三島の麻に比すれば「木の皮」にも等しいものとおとしめられている。また「吾妻郡村誌」によれば、現長野原町域の各村の麻生産量はさほど大きなものではなく、石川原遺跡の属する川原湯村に至っては、産物としての麻の記載すらないのである。これらのことから逆照射すれば、三島麻の本場にある上郷岡原遺跡に広大な麻畑があったとしても、これを以て石川原遺跡の天明泥流下畑を、ただちに大麻畑とすることはできない。麻殻や大麻種子、あるいは麻引金の出土が示すように、石川原遺跡はじめ長野原地区の泥流下畑でも、大麻は確かに栽培されていたであろう。しかし、それは泥流下の主要な景観をなすような存在ではないと見たほうが良い。

2020年12月27日

八ッ場ダム地域の天明泥流下畑調査 8

しかし、大麻畑であることの根拠は、実はそれほど明確に示されたものではない。上郷岡の原遺跡では袈1面10号畑5号円形平坦面からアサ種子片が出土したこと及び「畑一面には、最大長約1.8mの植物遺体が検出され、岩島麻保存会の丸橋幸一氏により、大麻であることが確認された。」ことを根拠としている。
 大麻種子の出土は当地で大麻が栽培されていたことを示すと見て良いが、その畑が大麻の圃場であったか否かは、確定できない。筆者も天明泥流下畑の図、写真を見ていただいた何人かの大麻栽培関係者から、「大麻畑に間違いない」との感想をいただいているのだが、これも「印象」が述べられたにとどまる。
 「根切り」「葉切り」の痕跡や「畑一面」に広がる植物痕跡については、それと認識できる記録の作成に成功していない。こうした植物痕跡は微弱なもの、発掘時には明瞭ながら、急速に劣化してしまうものが多く、的確な記録化の方法が見いだせていない。同種調査の経験者としては、発掘時の担当者による印象を尊重したいが、それと認識できるような客観的な記録がない点には注意しなくてはならない。大麻畑としての説明は十分になされたわけではなかった。


archaeoring at 23:30|PermalinkComments(0)八ツ場地区の話題 | 田と畠

2020年12月26日

今日の読書 境界の日本史 地域性の違いはどう生まれたか

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 現役時代に大変にお世話になった
 文化庁文化財第2課(当時は記念物課埋蔵文化財部門)の調査官お二人。
 旧石器の森先さんと、古代道路の近江さんというイメージがあるから、
 意外な組み合わせだな、とおもったのだけれど、読後は納得。
 第一部「境界の形成」は考古学入門としても、とても良い感じ。

https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=20900

archaeoring at 23:30|PermalinkComments(0)考古学 | 

2020年12月25日

明るい榛東

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 共産党の榛東村議さんの議会報告。
 トップに小学校所蔵の文化財の公開について。
 それから、長年の懸案だった茅野遺跡の報告書が出来上がりそうなので、
 遺跡の新たな整備、活用を考えよう、と言う提言。
 文化財を応援してくれる議員さんがいるのは心強い!

archaeoring at 20:51|PermalinkComments(0)遺跡の保存と活用 

2020年12月24日

今日のみちばた

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 八丁注連のあった五六橋を渡ると、旧富士見村(前橋市富士見町)になる。
 ふと上を見たら、珍しく低く飛ぶ飛行機。

 

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2020年12月23日

今日のみちばた 梅の芽

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2020年12月22日

今日のみちばた 橘川五六橋の八丁注連

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 いつのも散歩道。
 八丁注連が新しくなっていた。
 塞神三柱大神。
 向こうから来るカープ色の車は、縄文担当Y口さん。

archaeoring at 22:00|PermalinkComments(0)民俗 

2020年12月21日

中川政七商店

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 午後、お休みをとって、高崎へ。
 このごろ、ちょっとした贈り物によく使う、高崎オーパの中川政七商店。
 享保元年創業とか。
 紙袋の押し型の麻の葉模様でもわかるように、
 もともとは麻、奈良晒を商っていたんだそうだ。
 きっと甘楽の麻や吾妻の麻も仕入れていたのだろう。
 

archaeoring at 22:30|PermalinkComments(0)繊維・糸・布 

2020年12月20日

これは見事なエビフライ

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 これは見事な森のエビフライ。
 もう少し早かったら、リス君の食事風景が見られたかもしれない。

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2020年12月19日

今日の読書「びっくり 縄文植物誌」

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archaeoring at 13:24|PermalinkComments(0)植物考古学 

2020年12月18日

八ッ場ダム地域の天明泥流下畑調査 7

 その後しばらくの間、長野原地区の発掘調査は、ダム建設により水没する集落が移転するための、代替地にかかわるものを中心に行われていた。このため、天明泥流の及ばないような、比較的高い標高の場所にある遺跡が多く調査された。泥流下の耕地遺構調査は、吾妻渓谷を下った東吾妻町地域で多く行われるようになる。
 東吾妻町上郷岡原遺跡の天明泥流下畑について、総合的に検討を行った楢崎は、地域の歴史的背景を含めて、大麻畑の存在を示した。畑面の観察結果と、大麻栽培にかかわる農作業とを対比して、大麻が生育している状態の畑、収穫に当たっての「根きり」作業、「葉キリ」作業の痕跡の可能性を示す地点、収穫が終わって踏み荒らされた可能性のある畑を抽出して、一部の大麻畑で収穫が開始された直後に泥流が発生した状況を想定した。
 吾妻の大麻は西毛甘楽のそれとともに、質量共に優れた上州の名産品として知られる。東吾妻町岩島地区の麻生産は、群馬県選定保存技術第一号とされていて、現在でも岩島麻保存会によって、大麻栽培が継承されている。発掘された天明泥流下畑の状況は、吾妻地域の大麻が、近世期における商品流通の進展に乗って、当地の社会経済に大きく寄与していたという、文献資料から読み取られる時代性、地域性と、見事に合致するイメージを提供した。
 加えて、畑内の円形平坦面から、最大6100/gにも及ぶイネ植物珪酸体が検出されたことが注目された。これは、同遺跡で調査された天明泥流下水田遺構で検出されたそれを超える密度である。ムギ、キビ族型、ヒエ属も確認されていて、大麻畑でもイネやムギ、雑穀の珪酸体があるのだ、という考え方が可能になった。桜木「大麻製造實驗略記」の「厩肥40駄を平等に地中へ鋤き込むなり」を引いて、厩の敷き藁起源の厩肥を畑にまいたために、穀類の珪酸体が高密度となったという解釈である。さらに、地元での聞き取り調査によって、畑に桶を置いて、その中の肥料を播いたという事例が採取された。これによれば、中棚彊篝廚任澆蕕譴燭茲Δ法∧臣殻牝盂阿侶昌逝領未箍蹴愼胆に差がないことの説明も可能である。肥料は桶の中にあって、直接畑面には接しない。
 大麻畑の発見は、いくつもの諸課題を解決するものであった。この結果、と言って良いのだろうか、西久保(2)・西久保垢諒麒乎罎如◆嵌跡の調査が蓄積し、様々な視点からイネ科作物の他にアサなどの経営作物が予想されたため、最近の発掘調査では植物珪酸体分析は行われていない。」と説かれたように、作物を追求する手法としての自然科学分析利用は、低下することになった。
 現実問題として、大麻は通常の発掘調査時に行われるような、自然科学分析等では検出が難しい。特徴的な植物珪酸体やシュウ酸カルシウムを生成しないし、生産量もイネ科植物に比して格段に少ない。久々戸他の植物珪酸体分析に際して、吾妻麻や養蚕に用いる桑の存在は注意されていて、アサの葉、クワの葉起源の植物珪酸体の可能性が検討された。三島のアササンプルから抽出したアサ珪酸体を比較資料として検出に努めたとされるが、検出されなかった。これは大麻の特性に依るところも大きいとみられ、大麻栽培を積極的に否定する根拠とはできないのだが、麻の珪酸体の検出例はないし、積極的に探る試みも以後行われていない。加えて、茎を繊維料として収穫するという作物としての特性上、開花、結実前に植物体が畑から搬出されるので、圃場内に種実が残される状況は限られる。花粉は2km程の散布域を持つとされるが、畑面で保存される可能性は低い。自然科学分析を行っても、水田遺構からイネの植物珪酸体が得られるような、大麻畑としての確証が得られるわけではない。大麻畑を前提とする以上、分析の意義が認めがたかったのであろう。
 上郷岡原遺跡の発掘調査が、天明泥流下に広がる畑は収穫前の大麻畑であり、これ以上の作物追求は成果求めがたいというイメージを担当者に植え付けたかに見える。


archaeoring at 23:30|PermalinkComments(0)八ツ場地区の話題 | 田と畠

2020年12月17日

今日のみちばた

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2020年12月16日

今日の道ばた 粉砂糖のかかった赤城山

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2020年12月15日

今日のみちばた

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 朝六時の気温がとうとうマイナスになった。
 寒いし、冷たい風が強いし、太陽が低いし。
 散歩がつらい季節になってきた。
 おまけに木の芽の写真っていうのは、草より高い位置にあるものだから
 風にあおられてなかなかピントが合ってくれないし、
 光が強くて、コントラストが無茶苦茶強くなっちゃうし。
 おもったよりだいぶ難しい。

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2020年12月14日

今日の道ばた

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 本格的な寒さがやってきた。
 土曜日の復習をしようと、冬芽を撮ったとたんに、電池が終了。
 デジカメも悴んだかな。

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2020年12月13日

さきたま史跡の博物館令和2年度最新出土品展「地中からのメッセージ」

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 さきたま史跡の博物館の出土品展「地中からのメッセージ」
 今日から2月7日まで。
 今年も面白いものを色々見せていただきました。


 さきたま古墳群が特別史跡になったこともあるのでしょう、
 古墳を活かす、古墳でつながる!文化財活用プロジェクト
 でも、いろいろ面白い取り組みが見られるようです。

archaeoring at 23:30|PermalinkComments(0)遺跡の保存と活用 

2020年12月12日

かみつけの郷博物館 第29回特別展「祈りの器−須恵器からみた古墳時代のぐんま−」

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かみつけの郷博物館 第29回特別展
「祈りの器−須恵器からみた古墳時代のぐんま−」
今日からです。
https://www.city.takasaki.gunma.jp/docs/2020101200022/

archaeoring at 17:21|PermalinkComments(0)