2009年07月30日

モノ⇔ポリ、ミクロ⇔マクロ

最近考えていること。


有機的、植物的な表現を建築化するってどういうことなのかを考えてたりします。

アール・ヌーボーのような直接的な形ではなく
現代的に抽象化された形とは、いったいどんな形なんだろう。


その答えを見つけるためにいろいろ画像を見ていたら
すこし答えが見えてきました。


細胞の写真
※拡大するとグロいので注意
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植物の写真
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伊東豊雄「台中メトロポリタン・オペラ ハウス・プロジェクト」
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SANAA「サーペンタイン・ギャラリー・パヴィリオン 2009」
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ピクチャ 2

まず、この考えの発端は「木の成り立ち」を考えていたことに始まります。

木を分解すると、幹と葉が残る。
葉1枚の光合成で得られる酸素量は微々たるものだけれど、一本の木として見ればある程度の酸素を排出してくれる。
しかし、一本では周りの空気をキレイにしてくれる程度には足りない。
その役割を林や森と呼ばれるほどの本数がいる。

ひとつの森では、地球を助ける働きをするためには足りない。
それには多くの広大な森が必要で・・・

このように考えていけば、自然の成り立ちには「群れる」必要があるのではと思いました。


さらにミニマムな視点で例を挙げると
白血球1つだけでは侵入してきた細菌に殺されてしまうけれど
たくさんの仲間と戦うことで、私たちの体を維持してくれてるわけで・・・

スケールは違っても概念や仕組みは変わらないのではないかと思うのです。




概念の話はこれくらいにして、形の話に戻ると

まず、角張った形が存在してないですね(笑)

そして、SANAAの作品は当てはまるのか怪しいけれど
建築のスケールでも同じような形が反復して群れていることで
有機的に見えてくるのではないかと思ったわけです。



今日はここまで。
文章が結構おかしいですけど許して下さい!

自分なりにもう少し考えてみたいと思います。


画像転載元サイト様
今日の細胞 : Today'sCyto 
・色彩の下



archirin
posted at 18:19

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