yk01本日も映画。出勤が回避されたという開放感からなのかどうかは分かりませんが、またしても勢いで2本観てしまう。どちらも内容が良かったからいいんだけども。
ということで、まず1本目は「闇の子供たち」
タイで行われている子供の人身売買、幼児売買春を扱った作品で、その取引客には日本人も含まれるというかなりヘビーな内容の映画です。
正直、観ていて最後まで胃が痛かったです。

こんな非人道的な事は許せない、というのが基本的メッセージの作品ではありますが、そういう単純なお題目を終始唱え続けるだけではないのが、ヘビーな内容をさらに重くしている要素になってます。
たとえ目の前の一人の子供を救っても、システムを崩さない限り別な子供が代わりとして用意されている。
問題を解決するにあたってどちらを優先すればいいのか。
生きたままの状態で摘出された子供の臓器によって、日本の子供の臓器移植手術が行われているという事実を突き止めた主人公たちが、手術を受ける子供の親と会って説得を試みるシーン。
アメリカなどで行われる正規の手術では時間がかかりすぎるため、すでに手段を選んではいられないという親の主張の前に主人公たちはなすすべも無く立ち去るしかない。そこに醜悪な親のエゴがあればある意味まだ救いなんですが(そこに全ての責任を押し付けられるという錯覚が出来る分)、純粋に子を想う親の気持ちがあるだけだったりするんで(周りは見えなくなってはいますが)、ただただやるせなさだけが積み上げられていきます。
かつて虐待を受けていた子供が大人になって逆の立場になっていたりするという負の連鎖もあったりして、限りなく救いのない現実が容赦なく映し出されます。

もう一つ印象的だったのが、宮崎あおい演じる日本人ボランティア。
大学で社会福祉を学んだ彼女はそのままバンコクの福祉センターで働くわけですが、理想論だけで動く彼女に対し、江口洋介演じるもう一人の主人公とその同僚が「自分探しのためにやってきた現実を知らないバカ女」と批判します。
しかし物語終盤、その現実の中身が切り替わったときに、二人のその現実への対応の仕方が逆転するんですよ。
今度は江口洋介の方が現実に翻弄されてしまうと。
各人が持つ現実の認識っていうのは、所詮その人が普段接している範囲が限界だったりする。
自分と異なる環境の現実で生きている人に対して、自分の現実の認識の範囲で安易に批判することのナンセンスさっていうのが、なんとなく分かったような気がしたんですがどうなんでしょうな。

前述のとおり、ただ「可愛そう、こんな事は断固許せない」的な話では終わらない、いろいろと俯瞰的に考える材料を与えてくれるなかなか良い作品だったと思います。観るのにちょっと覚悟がいりますけども。