October 30, 2015

さらば、『はねだし屋』! こんにちわ、『会津喜多方ラーメン蔵』!! 3

はねだし屋
誠に残念ながら、(悔し)涙とともに、『はねだし屋』と決別の日が来た…w
このところの混み様は異常でもある。
全て今週起きた事実だが、27日火曜日に行ったときは、中京方面のバスが停まっていて、小団体が突入していた。しかし、流石に旅慣れた人達のようで、食事の時間も早く、長居されることもなかったので、待ち時間15分程度で蕎麦にありつけた。
最悪だったのは昨日29日。
このところ中高年のお客さんが増えてきている傾向にあったが、この日も天気が良く、絶好の蕎麦日和だったのか、中高年のお客様の列がすごい。そして困ったことにこの方々、チケットを買うときもまごまご、そして食べ終わるのも遅い。なかなか席が空かない。
ようやく2名のお客さんが席を立ち、『なんとか座れるかな?』と思ったのも束の間、列の後ろから突進してきたババア、いやいや、中高年の御婦人方がこの席に突進、『席取ったわよ〜〜っ!!』とお仲間に号令。
敢え無く、アタシは外で食べるハメに…

今日も今日とて、13時に行ったが、はねだし品は売り切れ。
アタシの職場(長野市三才)は周りに飲食店が全く無く、ようやく砂漠の中のオアシスのように出現したのが、この『はねだし屋』だったのに、すっかりそのサラリーマンの最大の楽しみのひとつでもあるその昼食場所を奪われてしまった感がする。
まあ、アタシに所有権のある店という訳でもないので、潔くあきらめ、また砂漠を流浪する民となろう…。

天網恢恢疎にして漏らさず

会津喜多方ラーメン蔵風林火山風林火山 ¥790
てな訳で、今日は18号線アップルライン沿いの『会津喜多方ラーメン蔵』
『風林火山』(¥790)を。
チェーン店の割には美味しいと最近思っている今日この頃です。

会津喜多方ラーメン蔵・あっぷるらいん店
長野市穂保651−1
kitakatakura.naganoblog.jp
026-295-0525
May 21, 2015

ありがとう歌志内、ありがとうオフクロ、ありがとう友、ありがとう仲間!

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北海道歌志内市の実家に来て早2週間余り経った。
実は、ボロボロだった。

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もともと3年前に脳梗塞を患い、『無理をするな!』と医者に宣告されていたにも関わらず、今年3月には凡そ30時間労働と言う過酷な日々を経て、血圧は上がる、鬱も発症する、そして極めつきが脳動脈瘤。
長野の病院へ入院するという選択肢もあったが、どうせ会社から仕事に関する連絡が相次いだり、見舞客にも対応せざるをえなかったりと予想できたため、いっそのこと実家(北海道)へ長期帰省し、体と心を休めようと決断した。
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正解だった。
兄弟のいない身なので、親父が死んだ今、オフクロしか身内はいない。
滝上町
オフクロには負担をかけることになったが、でも、久々に、熟睡できる毎日だった。

辻君、長野君
心の許せる友や仲間にも恵まれた。

やはり『俺の根っこはこの街なんだ』と痛感した。

歌志内市に来てから、ほぼ毎日、肌寒い天候だったが、心身ともに暖かく解された日々だった。



みんな、都会で行き詰ったら、歌志内市へおいで。
何もない街だけど、とんでもない田舎だけど、童心に帰り、生まれてきた幸せをかんじることができるから。

炙ったイカ
で、ロマン座で、夕暮れまで、くだらねぇ〜話に身も心も委ねたら良いよ。

いつでも受け入れてくれるし、いつでもリ・スタートがきれるから。


本当に、歌志内、ありがとう!!

t6・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

多分、近々、また炙りものもって帰るから!(笑)
May 20, 2015

紋別1泊2日

滝上町滝上町
2週間余り世話になったオフクロを連れて、感謝の意と傘寿のお祝いも兼ねて、紋別市まで行ってきた。
齢80となる母だが、私が体調を崩して来たということで、気丈に、朝・昼・晩の3食の用意や、洗濯など、せっせと立ち働いてくれた。
本当に感謝している。

まずは芝桜の最盛期、滝上町に寄る。
昔来た時よりも、かなり規模が大きくなっている。
で、紋別市へ。
この紋別市は学生時代の4年間お世話になった街。そして、その学生時代にバイトをさせていただいたお店のオーナーが、お店をたたみ、ホテルの料理長をされているとのことで、今回、紋別行を決意した。
多分、こうした機会は今後訪れないかもしれない。

昔はJR名寄本線が通り、まずまずオホーツク海沿岸では漁業と水産加工業で賑わっていたが、JR線も廃止となり、また通っていた大学も、札幌へ移転したりで、明らかに衰退してきていた。

道都大学
大学の正門の跡。
構内も自由に入ることができ、また校舎も入ることはできなかったが、外見上は全て昔のままだった。
実にもったいない話である。
何か他に跡地利用はできないのだろうか?
残念である。

紋別プリンスホテル
宿泊は紋別プリンスホテル。
一見、ビジネスホテル風だが、露天風呂付き温泉大浴場が有り、レストランで夕食も摂れ、ビジネスとリゾート、ふたつの機能を持ち合わせている。
温泉が良かった。アルカリ性のツルツルとした泉質で、実に肌に良いことが実感できる。

カニ鍋みぞれ酒
夕飯に、期待していたカニ鍋が出た。そしてみぞれ酒と言う、瓶からデカンタに移し撹拌すると、みぞれ状になるのです。美味し!

紋別の朝紋別港−巨大なカニの爪のモニュメント
翌朝、5時を過ぎると、既に朝日が昇り、そのまぶしさで目が覚めた。
朝風呂の前に1時間余り、港周辺を散歩。
紋別名物の、ズワイガニの爪が海から突き出てるモニュメントも見てきた。

愛山渓ドライブイン日本一ラーメンのおいしいまち 上川町
復路、国道39号線を経由。
層雲峡を抜け、昼食場所を探したが、目ぼしい所は、休業か、時間が遅かったので閉店してしまっていた。
ようやく14時過ぎに上川町の『愛山渓(あいざんけい)ドライブイン』へたどり着く。
『日本一ラーメンのおいしいまち 上川町』の幟旗が気になった。
私が食べたのが、『岩のりラーメン』、オフクロはこの地域の名物きのこがふんだんに入った『きのこラーメン』。
正直、店構えからしてもあまり期待していなかったが、、、、、、、
意外や意外、美味しい!
日本一とは眉唾っぽいが、しかしレベルは高いと断言できる。
看板に惑わされず、店構えに怯むことなく、まずは実食してみる! と言う確信を得た!

May 18, 2015

金滴酒粕ラーメン

ピンネシリ
久々の全天青空。
北海道に来てから、ず〜っとうすら寒い日々だったが、ようやくこの滞在終盤に来て春の陽気を満喫できた。
さて、ではまた新十津川に行って、“噂の”酒粕ラーメンをもう一度食してみよう。と、一路、新十津川へ。
途中、中空知住民の象徴となる山、ピンネシリの柔らかい山容も拝め、快適に愛車エッセは疾走する。
途中2ヶ所ほど、スピード測定もやっていたが、想定の範囲内。
窓を全開にし、新十津川温泉ホテルグリーンパークに着いた。

新十津川温泉ホテルグリーンパーク
風呂(温泉)が良い!
茶褐色のツルツルの湯。十勝川温泉のモール温泉に近い。
湯っくり、じっくり入った。
体重も北海道に来てから、凡そ4kgの減。血圧も安定し、だいたい170オーバーが普通だったのが、今ではアベレージ120前後。
それで調子に乗ったわけではないが、脱・炭水化物(糖質)の制限を破り、この日、噂の酒粕ラーメンを昼食にした。
新十津川町地元の醸造元『金滴酒造』の酒粕を使っての、『酒粕ラーメン』。
金滴酒粕ラーメン金滴酒粕ラーメン
わざわざこれを食べるために、遠くからリピーターが来るというのも頷ける。
見た目よりくどくなく、あっさりとした酒粕の風味と、良い後味が残る。
海鮮を入れてのチャンポンも美味しそう。
また味噌仕立てなので、冷やしつけ麺にしても、麺にスープが良く絡みそうだ。
辻料理長渾身の逸品である。
金滴酒粕ラーメン新十津川ホテルグリーンパーク
3月に泊まった時にも感じたが、ここは基本宿泊代が大人1泊2食付@¥8,000(税別)。
かなりのコスパである。
風呂良し、料理良し、眺め良し、値段も格安。
周囲はグリーンパークと言う公園内にもあるので、周りの田園風景を眺めながらの散策もオススメである。
北海道に来たときは、毎回来てみたい。

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願わくばこの新十津川温泉グリーンパーク、露天風呂が開設されれば、まさに完璧!
期待したい!

また、辻料理長より、この酒粕ラーメンのレシピをいただいた。
信州で、トライしたい方がいたら、レシピ、ご進呈致します!
旋風堂さん、遠藤酒造場の酒粕使ってやってみませんか?
武雷庵さん、大信州の酒粕使って『つけ蕎麦』やってみませんか?
May 16, 2015

歌志内大正館

歌志内大正館歌志内大正館

先日、母を連れて『歌志内大正館』へ行ってみた。
本城さんと言う、元・郵便局員の方が個人で収集したコレクションを、年に1回だけ、ゴールデン・ウィーク中に公開しているとのこと。
元・酒屋の蔵を中心に、所狭しとたくさんの収蔵品を展示してある。

歌志内大正館

酒樽−歌志内大正館
昔は、こんな1斗瓶に酒を量り売りしていたらしい。

歌志内大正館古時計−歌志内大正館蓄音機−歌志内大正館
数々の収蔵品を見て、大正から昭和の、いわゆる炭鉱全盛の頃を彷彿とさせる品々の多さに驚いた。
この町で生まれ育った母も、当時を懐かしみ、ちょっと寄って行く、のはずが、2時間近くも見とれてしまった。

茶器(ぐい呑み)−歌志内大正館
『江戸屋』と言えば、記憶が確かなら、当時、この町では有名なお寿司屋ではなかったかと思う。
ウチのような貧乏家族には全く縁が無い高級な寿司店だった。
(当時は、この歌志内市にも、こうした高級寿司店をはじめ、純喫茶や、キャバレーまであった。)
当時、日本国民の平均身長も低かったので、こういう茶器や、お猪口も控えめな大きさであったと推測できる。
蕎麦猪口−蕎麦旬菜こすげ
実は、昨年暮れ、私の誕生日に、長野市にある『蕎麦旬菜こすげ』の大将から、昔、善光寺大門前にある小菅亭で使ってたという蕎麦猪口をいただいた。
見てもお分かりの通り、今の蕎麦猪口よりも、かなり小さい。
今では、蕎麦猪口と言うよりも、むしろ日本酒のぐい呑みにちょうど良い。

※私の持論だが、香りを武器とする日本酒はできるだけ口の広い器で飲むのが美味い。

酒器−歌志内大正館
これも、大正館で展示されていた酒器・徳利。
歌志内市は近隣の炭鉱町に先駆け、早くから鉄道が敷かれ、三井・三菱や住友と言った、いまや日本の経済を牽引するという企業が、我先にと開発を争い、当時の基幹産業へと石炭産業は発展していったわけだが、そういった、“一部上場企業”の接待場所が、この歌志内にもあり、そこで夜毎、饗宴が催されていたらしい。
だから、こういった酒器もみるからに伊万里焼風の高級なものが多い。
画像ではアップしていないが、漆塗りの杯には、三井の桐紋や、住友の井桁紋が金箔で貼られている。

太平洋戦争と言う忌まわしい歴史的過去はあるものの、昭和という時代は、精神的に富んだ時代だったように思う。

愛知時計電機製
愛知時計社製の我が家の柱時計。
昭和32年に両親が結婚した際の贈り物だったらしい。
巻いてみたら、動いた。
ボーンボーンと時も知らせる。
『チックタックチックタック、ボーンボーン♪』
子供の頃、この音を聞きながら生活をした。この音が子守歌にもなっていた。

昭和は遠くになりにけり…

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便器−歌志内大正館
便器も、久谷か????(笑)