7月11日(金曜)がリクルートの最終出社日だった。

新卒で株式会社リクルートに入社してから、2年間4ヶ月間、振り返ると本当にあっという間だった。

振り返れば、リクルートに入社する際、どんな会社なのか知らないまま、 直感で入社を決めてしまい、不安な気持ちでスタートした。とはいえ、
『様々な分野の経営者と仕事ができる』
ことに魅力を感じて入社したリクルートでの経験は、何にも変えられない貴重な体験となった。

入社当初の飛び込みキャンペーンや新規営業電話を毎日100件続けることは、 想像していた業務とかけ離れていたけれど、小学生時代のドラクエのレベル上げ でスライムを倒すことと同様に、何も考えずに何時間もこなし続けることに徹していた。そんな入社後の一年間は、
『考える前に動くことの意義』
を痛感する重要な体験だった。

社会人になってから今に至るまで、通算200人以上の社長と会うことになるが、社長アポでは、経営者が抱える事業成長のための悩みを20代前半の自分に対して真剣に相談してくれることにワクワクして、 時間も終電も気にせずに企画を考えて、発注をいただくことが本当に嬉しかった。

そんな中でも、リクルートの2年4ヶ月で得られた一番の財産はたくさんのお客様との関係性もそうだけれど、
リクルートの社員のメンバーと一緒に仕事ができたこと
だと思う。
先週の送別会の機会やHRで仕事をしていた人たちにも伝えていることだけれど、お世辞ではなく外部の人に対しても堂々と伝えられる位、本当に良い出会いがあった。

上司・先輩・同期・後輩を問わず、良い意味で影響を受け続けることができた。詰められる、誉められる、一緒に戦略を考える、悩む、飲むなど、様々な経験が自分の今後の人生の糧になると思う。
いかにして持続的にモチベーションを高めて行動し続けるか、というテクニックが伝統的に受け継がれている特殊な組織で、少しでもノウハウを構築できたことは、リクルートというビジネススクールに通うためにお金を支払っても良い位、貴重な経験だった。
そして退職後は、入社前からやってみたかった道・・・というわけではなく、 リクルートで営業するなかで、やりたいと思うようになった道に進むことになる。
採用業務の取引をいただいたお客様の関連会社で、
株式会社Uーポスという中古車買取のフランチャイズ本部で社長として働く。
関西圏で約70店舗を保有する買取店で、業界トップはGリバー。Uーポスは関西ではテレビCMが流れていて知名度の高い企業だが、全国的には圧倒的に知名度が低い。
とはいえ、責任のある業務で自分の下した意思決定がマーケットに大きな影響を与えることになるから、重要度も責任も高いことを意識しなければと思っている。

リクルート入社当初、もともと20代では現場の経営者と仕事をすることを通じてナマの経営を体感したいと思っていた。
だけど、社会人2年目になったころ感じ始めたのは、リクルートの営業経験だけでは社長の視点になりきるのは不可能だということ。
社長が採用業務や組織のこと以外にどんなことを考えているのか。
営業戦略、財務戦略、新規事業、後継者・・・人と話をする際どのように感じ取るのか、仕事を終えて家に帰った際、どんなことを考えているのか、
すべての視点を把握した「経営者の視点は、経営サイドで働かない限り、理解し得ない」と思ったし、それを得られないことで悩んだ。

今回転職することになる企業の社長と飲んでいた際、上記の思いを相談した際、先方は、口説き落とせると思ったらしい(後日談)。

3月に先方社長に「社長として来ないか?」と声をかけてもらった時、自分の気持ちは即決でその後、数回一緒に飲んだあと、結果的に4月はじめには承諾した。
リクルートでやり切れていない気持ちがあり後ろめたい気持ちになったし、USCPAの勉強の途中であったものの、それ以上に経営者として働くことに魅力を感じ、決めた。

今後、次の会社でやるべきことは非常に沢山あるのだけれど、以下の2つの考えだけは常に持ち続けていたいと思う。

1…中小企業が日本を創るという志
リクルート人生で最も大きな影響を与えてくれた先輩がいつも言い続けて、自分の行動スタイルに浸透している考え。
日本では優秀な人間ほど大手企業に就職する傾向が強く、社会的評価が高い。東京大学や京都大学の優秀な人間であれば、メガバンクやトヨタ・ソニーなど業界NO1企業に喜んで受け入れてもらえるし、実際に自分の周りでも優秀に見える先輩や同期はみんな名のある企業に進んでいった。
アメリカは違う!!
優秀な人間は、確かに大企業にも就職するけれど、ベンチャー企業や起業を選択する割合は日本に比べて圧倒的に高い。
アメリカ発ベンチャー企業で世界的な企業に成長している企業がどんどん出てくる要因となっている。

日本の就職活動では一般的ではないが、持論として、『大企業で能力を発揮するまで渋滞するよりも、ベンチャー企業で爆走する方が個人的な成長も早いし、マーケットに対する影響を与えることも出来る』と考えるようになった。

現在の日本を創ってきたトヨタも日産もソニーも、みんな50年前には名もなき中小企業だった。
関西で出会った社長たちはたとえ小規模な組織であっても、大企業の人事担当や部長よりも魅力的な人物に写った。
そんな人たちを間近に見る過程で、
・20代若者として世の中に影響を与えるために、
・中小企業を元気にし、関西発、世界にはばたく企業作りをするために、
・21世紀のトヨタや日産を創るために
リクルートの人材ビジネスの意義がある!
と捉えて働くようになった。
入社前には一切意識していなかった考えで、某先輩には本当に感謝している。
ちょうど日本の明治維新を起こした幕末の志士たちは、徳川幕府という超巨大組織が諸悪の根源であると考え、薩摩や長州の若者が立ち上がって、一国の組織を崩壊させるに至った。
当時の薩摩藩、長州藩、土佐藩は今で言う名もなき中小企業であるにもかかわらず、日本全体を動かすことに貢献した。
坂本竜馬や高杉晋作は当時、彼らが一日を休むことで日本の歴史が何十年も遅れてしまうと信じて、活動していた。彼らの強い「志」が歴史を変えた。
つまり志さえあれば、世の中を動かすことができるし、業界を変えることも出来る!!自分は今、竜馬や高杉と同じ境遇にいると思っている。
今後ますます厳しくなる中古車流通業界で手を打たねばならないことが沢山あるなかで、出遅れてしまえば、業界で取り残され、最悪の結果は、債務超過で企業が潰れてしまうことになる。
就任後は、事業を前に進めるために、収益を改善するために、業界変革を起こしていくために、一日でも遅れまいという意識で行動し続けたい。

2…リクルートブランド
2年4ヶ月とはいえ、リクルートを経由して社会に飛び出した。
社内的にはまだまだ経験することがあったのにもったいないと言われることもある。営業で飛びぬけて売れていたわけではない。

ただ、リクルートを出てしまえば、世間的には
「リクルート出身者」という目で見られる。

社内では貢献度が少ないまま、辞めてしまっただけに、今後は、リクルート出身者として恥じない経験をし、人材輩出企業としてのブランドを高められるよう、貢献したいと思っている。

ということで気持ちを心機一転、これから新境地で励みたいと思います。