「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」。ドイツを統一した鉄血宰相ビスマルクの言葉とされています。
愚かな人間は、自分自身で失敗を経験するまで何もわかろうとしない、賢い人は、ひとの経験の集積である歴史から教訓を学び取るから失敗をしないですむ、という意味に解釈されています。

だから君たち、しっかり(歴史を)勉強するんだよ、と子どもに言い放って悦にいっておれば話は早いのですが、よくよく考えてみればいろいろ疑問のわいてくる言葉ではある。


私は愚者か賢者か

私は、先人の知恵としての「ことわざ」や「故事成語」が大好きです。
歳をとればとるほど、何か困ったことや悩み事があるたびに、該当する「ことわざ」が頭に浮かんできて、昔のひとは偉いなとつくづく感心することがよくあります。
いわば「ことわざ」「故事成語」という「歴史」に学ぶ派ではあるけれど、自分が失敗して初めてことわざの正しさが実感できるという意味では、「経験」しないとわからない、愚者でもあるわけです。


「百年に一度の経済危機」

去年の末から、さかんに「百年に一度の経済危機である」と言われています。
私は、聞き始めの最初から、どうも胡散臭い言い方だなと思っていました。

100年という時間軸を設定しているあたり、だから「歴史に学べ」という匂いが背後にあります。経済危機といえば、誰でも思いうかべるのが1929年の世界恐慌です。それから80年たっているわけだから、百年に一度と言えないこともないけれど、では世界恐慌のさらに百年前に世界恐慌に匹敵するだけの経済危機があったかというと、そんなものはありません。太陽の黒点周期ではあるまいし、100年ごとに1回、経済危機が襲ってくるという歴史はないわけです。

「百年に一度」ということで、歴史に責任を背負わせて、この不景気は、政府の責任でも、企業の責任でも、アメリカの責任でもないんだよ、不可抗力だよと、責任逃れの口上に使われているような気がして仕方がありません。

「歴史に学ぶ」どころか、大失敗をしておきながら誰も失敗の責任をとろうとしていないわけで、「経験にも学ばない」、これでは、今までエリートと言われてきた人たちは、愚者以下だということになってしまいます。

ビスマルクの言葉というのも嘘(?)

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉そのものが、どうやら出所の曖昧な、つくりものめいた言葉であり、ビスマルクの言葉の中に該当するものはないという人もいます。
愚者、賢者と他人を小ばかにしたような言い回しからすると、明治の似非インテリの造語であるという説が当たっているような気もしてきます。

「失敗は成功の母」(=経験に学べ)なることわざが存在するのは、失敗した人を慰めるとともに、いくら経験(失敗)しても懲りない人が多いことの証拠でもありましょう。

「経験に学ぶ人は少ない、ましてや歴史に学ぶ人など稀である」が、人間の実相ではないでしょうか。



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