昨日の『百マス計算でバカになる』の続きです。


ゆとり教育が変質させたもの

私は、ゆとり教育で子どもたちが「馬鹿になった」とは思っていません。今年中3の子たちから下の年齢の子どもたちが、丸々ゆとり世代(小1から今の指導要領で学んできた)です。子どもたちを教えていて、この子たちが昔の子より頭が悪くなったと授業中感じたことは一度もありません。理解力も劣りません。

ただ一つだけ、昔の子どもとは質が変わったなと感じることがあります。
それは、「我慢すること」ができなくなったことです。「耐性」がなくなったと言ってもよい。
小・中学生にとって、「勉強」は、我慢しないといけない、耐えないといけないという要素を含みます。その部分の我慢力、忍耐力が圧倒的に弱くなってきています。

例えば、わからないことが出てきたとき、その説明を懇切丁寧にしてあげようとすると、それを嫌がる子が、ある割合で、出現してきています。わからないことをわかるようになるのが勉強で、そのために塾に来ているはずですが、それを我慢して聞くことができなくなってしまっている子です。
また、1ページを完璧に正解できる子が急に減ってきました。良くできる子でも、1ページの中で必ずどこかで間違いをしてしまいます。わからないから間違えるのであればまだ納得できるのですが、完全に理解している問題だけのページでも、どこかで間違えてしまいます。どこかで気が弛んでしまう、緊張を持続できなくなっているのです。


子どもの変質の原因

私は、こうした我慢力の低下、忍耐力の劣化、1ページのどこかで間違えてしまう習性などの原因は、小学校の間に計算練習、漢字練習をほとんどしなくなったことが原因の一つだと確信しています。
昔の小学生は、毎日結構な量の計算練習、漢字練習を学校でもこなし、宿題でもやらされていました。それを積み重ねることで、自然に耐久力がついていたのです。


ゆとり教育推進派の立脚点

著書『百マス計算でバカになる』での寺脇氏の主張の骨子は、「100マス計算ができても人生では成功しない。アイデア資本主義の時代にこんな教育を強いていては子どもの将来は危ういだけだ。」のようです。
さらに、「平等なんて、くそくらえ」「日本は科学技術立国を目指すな」、寺脇氏の同じ本の目次の一部です。
計算練習や漢字練習で培われるような我慢する力、耐久力などは有害無益だと言っているわけです。

「アイデア資本主義」、ホリエモンがその旗手でした。科学技術立国を捨てて、金融資本主義をめざし、その結果として今私たちの目の前にあるのが、「百年に一度の経済危機」であり、「格差の拡大」です。

竹中平蔵氏が経済政策でやろうとしたのと同じことを、寺脇研氏は文教政策で企てていたわけです。


計算練習・漢字練習は絶対必要

私は、日本が生きのびる道は科学技術立国であるという、今までのこの国の伝統のほうが正しいと思っています。そのためには、計算練習や漢字練習も大切だという立場をとります。

百マス計算が唯一の有効な計算練習だとは思いません。しかし、少なくとも計算練習が大切であるという立脚点に立っており、そのための方策の一つである限り、役に立つものの一つであろうとは思っています。

百マス計算で、バカにはなりません。


次の指導要領

文部科学省は政策を転換し、ゆとり教育を放棄したと言われています。次の指導要領では削られた発展分野が相当復活します。今年から始まった移行措置で、そのための準備が学校でも(塾でも)始まっています。

しかし、習う内容が多くなるだけで、計算練習や漢字練習の復活はありません。

これだと日本の子どもの質の変化は止めようがない。

国の施策は、一番肝心なものを忘れているように思えて仕方がありません。



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