ある日の授業後、実際におこなわれた会話。

「子どもに合わせた教え方をしないと力はつかないと思うなぁ。基礎がまだ弱い子は武器を持たない軍隊と一緒だから、計算力をつけるなり、まず武器を持たせないといけない。そこそこできるようになった子にはいろいろ解くためのコツを教えるのが有効。ところが一番よくできる子たちに先に小手先のテクニックを教えるとかえってじゃまになる。できるだけ教えないようにして、原理だけを追究させて、それでばっさばっさと問題を解けるようにしないと、かえって足を引っ張ることになる。」

卒塾生の学生講師A(理系)「ぼくもそう思います。高校のとき、いつも数学が100点の奴がいたんですが、授業中、話はろくすっぽ聞かないで、教科書に出てくる公式を証明することに熱中してましたよ。」

(同席していた卒塾生の学生講師(文系)に向かって)「君はその反対やったなあ。」

卒塾生の学生講師B(文系)「ええ、ええ。どうせぼくは数学ができなかったって言いたいのでしょう?公式とは、天から降ってきて無条件に覚えて使うものだと思ってました。だから、試験前の辛かったこと・・・。」

「そのかわり、君は小5で、大阪から東京までJR東海道線の駅の名前を全部言えたがな。」

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教える人間は、まだ自分の領域に達していない人には「教える」ことができますが、自分を超える人には教えることなんかできません。じゃあ、そういう人にはどう勉強させたらいいかっていうと、教える人間よりもっと賢い人の真似をしてもらうしかない。

「学ぶ」は「まねぶ」、習うこととは真似(まね)をすることだとよく言われます。
その伝でいくと、指導者の上をいく弟子には、指導者よりずっと賢い人の真似をしてもらうしか方法はないわけです。

三平方の定理、別名ピタゴラスの定理ですが、どうやってその定理が生まれたのか、どのテキストにも最初にその証明が載っています。

今からおよそ2000年ほど前、私たちの祖先が今日はイノシシを食えるかなあくらいのことしか考えていなかった時代に、ギリシャのピタゴラスはこんな高尚なことを考えていたわけです。多分、ピタゴラスはその当時の世界で一番賢い人だったはずで、その人の真似、その人の考えたことをたどることができたら、それは世界で一番賢い人がどのように物事に対処したかをトレースすることになる。

これこそ、私のような凡人の指導者を越えていく「生徒」の勉強法であろうし、そういう人にはこの勉強法しかないであろうというのが、私の今思っていることです。

というわけで、普通、学校でも塾でもさらっとふれるだけであまり長くは時間をかけない三平方の定理そのものの証明を、じっくりと考えてもらおうと思います。



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