三平方の定理の証明に入る前にもう1つ、雑談。
今から話すことは、ある程度経験を経て、少々のことには驚かなくなった人にしか理解できない話かもしれません。

誰かの有名な小説で、鎌倉時代の彫刻家、運慶か快慶かが出てくるおもしろい話があります。
ある人が運慶に尋ねるわけです。
「なぜ、これほど見事な仏像を彫れるのか?」と。
運慶は答えます。
「私は仏像を彫ってはいない。仏像を自分で彫ることなんて誰にもできない。この仏の姿は最初から木の中にあって、私がノミで彫る前から木の中に埋まっていたものだ。私はただ、もとからある仏を隠していた木を剥ぎ取って、埋まっていた仏像を取り出しているだけだ。」

次は、ある人(多分、内田樹さんだったような気がします)の受け売りです。
ニュートンは、試行錯誤して万有引力を発見したわけではない。万有引力があることは、先験的にニュートンにはわかっていた。わかりやすく言うと「生まれたときから」万有引力があって地球上の万物はその影響のもとにあることをニュートンは知っていた。彼が苦労したのは、それを本当に理解することと、他人もわかるように説明することだけだ。

今、日経新聞の『私の履歴書』はノーベル賞を受賞した理論物理学者、益川さん(だったっけ?)です。彼は物理学の大発見「対称性の破れ」理論(だったかな?)で、小林さんとともにノーベル賞をもらったのですが、お書きになったものを読むと、やはり偶然に「対称性の破れ」に遭遇されたわけではない。
師匠の物理学者、坂田さんに示唆されて、原子の対称性が破れていることは初めから「わかっていた」。何十年も実験や研究に時間を費やされたのは、それを人にもわかるように説明するための証拠を集めるため、だけです。

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なぜこんなことを書いたかというと、三平方の定理を証明しようとするとき、いくつかの方法があるのだそうですが、その方法のどれもが、三平方の定理を知らない人が偶然見つけたっていう種類のやり方ではないからです。

非常に技巧的というか、ずるいというか、もとから三平方の定理を知っている人が、こじつけで屁理屈を言っているようにしか(素人には)見えない。

その証拠に、もとの直角三角形1つだけを使って証明している方法は1つもない。何個かの直角三角形を組み合わせて特殊な形をつくったり、相似を無理やり使ったり、「こんなん、誰が思いつくねん!!」という方法しかありません。

いわばインチキ。手品師だけが手品のタネを知っていて、素人はそれにだまされておおおっと驚嘆しているだけ。
腹が立つこと、この上ない。


しかし、それでいいのだというのが、この稿で言いたいことです。

誰も子どもには言ってくれませんが(私も普段は言いません、とうとう完全に壊れたかと思われるのがオチだから)、偉い人は、なぜか「人の知らない真理」をわかって生まれてくるのです。
偉人とは、人生のどこかでその真理をさらにはっきりと「わかって」、それを苦労してわれわれ人類に伝えようとしてくれた人たちなのです。運慶がもとからあった仏像を彫りだしてくれたように。
人は、「知らない」ものを「発見」はできません。

ピタゴラスは、おそらく地面に直角三角形を書いていて、短い辺の2乗と他の短い辺の2乗をたすと長い辺の2乗になることを「発見」したのでしょう。しかし、彼が発見することができたのは、そうなることを最初からなぜか「わかっていた」からです。
そして、ピタゴラスはさらに何年か、苦労して考えて、われわれ凡人に、そうなる理由を「証明」してくれたわけです。


本当は、われわれも、三平方の定理が成り立つことを知って生まれてきているのかもしれません。悲しいことに、人類の歴史が長いばっかりに、いろんな偉い人が「証明」までしちゃってるものだから、私たちは「勉強」でそれを教えてもらわないといけない。

しかし、見方をかえると、世界で一番かしこかったであろうピタゴラスでさえ、今では中学生が習うくらいのことを「発見」しただけで歴史に名を残せた。私たちはピタゴラスより数段上のことを、「勉強」することによって「発見」できている。

そう思って三平方の定理の証明にとりかかると、なぜかうれしくなってきませんか。



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