今になって思うと、これも「ゆとり教育」のもたらしたものだとわかるのですが、何年か前から(今の中3が小6のときだから、4年前から急に増えた)、ほとんどの子どもたちがかかってしまう『病気』があります。

病名は、「速いほど賢い」病。
クラスで1番速くできる子が1番賢いと誤解してしまう病気です。

現行の教育指導要領は、「すべての子どもができるようになる」を基本理念に、子どもたちが悩んだり、考えたりしないと解けない単元、問題をバッサリ切り捨てました。

小学校で行われているテスト問題を見たらわかりますが、例えば算数のテスト問題だと、数値が2つしか出てこない問題ばかりです。
「2mで8kgの針金の1mの重さは何kgですか」の問題がほとんどで、「2mで重さが8kgの針金がある、その針金3mの重さは何kgですか」という問題はありません。

昔は、後者の問題を解ける子が「頭がいい子」だと評価されました。
今はその問題が存在しませんから、頭がいい子かわるい子かは、「速くできるかどうか」でしか決められません。
プライドを持った子、頑張ろうとする子ほど、とにかく速く問題を解こうとします。

では、子どもたちはどう対処するか。

まず、悩んだり考えたりすることは「善」ではなくて「悪」になります。
逡巡することは時間のロスだからです。

次に、1秒でも速く解くために、不必要と思えるものを切り捨てにかかります。
2つの数値をかけたりわったりするのが算数だと思っていますから、「2mで重さが8kgの針金がある、その針金3mの重さは何kgですか」の問題だと、「8kgの針金が3mあるのだな」と即決して8×3とし始めます。

さらに問題を読まなくなります。
じっくり読んでいては、速さの競争に勝てないからです。
「2mで8kgの針金の1mの重さは何kgですか」の問題だと、2÷8とやり始めます。少しでも速く解くために、もう数字の部分以外は見なくなるのです。通常は先に出てきた数字に後ろの数字かけたり、後ろの数字でわったりすることが多いから、何を表わしているかは関係なしに、前×後ろか前÷後ろとやってしまうのです。

私が学校の教師で、親から「先生の教え方は上手だ」と誉められようと思ったら、例えば割合の問題だと「200円は500円の何%ですか」ばかりを出題します。これだとクラスの7・8割の子はできます。
「500円をもとにしたときの200円の割合は何%ですか」は怖くて出せません。正答率5割を切ってしまいます。
「500円持っていて200円の本を買った、残ったお金は最初持っていたお金の何%ですか」なんて問題を出題したら自殺行為です。「うちの子が、割合がさっぱりわからないと言っています」の苦情が殺到します。

「速いほど賢い」「考えていては遅くなる」「じっくり読んでいては遅くなる」の文化に染まりきった子どもたちの殻を破るには、多大な困難が伴います。
賢さを表わす指標が速さしかない、速いほど賢いという文化で育ってきた子の価値観そのものを壊さないといけないからです。

しかし、毎日粘り強くその誤った価値観を引き剥がしていって、子どもたちが本来持っている知的好奇心、思考力が素直に伸びていけるような文化、価値観を醸成してあげないと、私たちは仕事をしているとは言えません。

こと勉強に関しては、「もっと速く!」などという言葉を、まちがっても使ってはいけません。



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