朝日新聞2010年4月9日夕刊 私の収穫 『下戸の福音』 浅田次郎 より


浅田さんは、お酒を「飲んだことがない」のだそうです。

その理由は、「酒は飲んでしまったら最後、読み書きができなくなる。」「何にもまして読み書きが好きであった私は、ゆえに酒を生活に持ち込むことができなかった。」から。

「酒を飲まぬ夜々を知る人は少ないであろう。長い。ものすごく長い。ヒマでヒマでどうしようもない。」
「しまいには読むことにも飽いてきて、書いてみようという気になる。」

このあとに、次の言葉が続きます。

「亡き父母は作家になった私を、しきりに怪しんでいた。」

『しかしふしぎは何もない。』

『ひとつのことに多くの時間を費やせば、何とでもなるのが人生である。』



「継続は力なり」

浅田さんのおっしゃっていることを一言で要約すると、「継続は力なり」です。

私も自分の子に説教するときには、「おれがなんとか生きていけてるのは、同じ仕事をずっと続けてきたからだ。だから、おまえたちも〜。」と言っています。

だめな人間が人に伍して生きていくには、「勝つまで続ける」しか、方法はないのです。


しかし

ほとんどの人が、ずっと同じ仕事をし続けて人生を終わります。

どんな人も、その道のプロとして他の人は到達できない境地に至り、やがて第一線を退いているはずです。

しかし、誰でもが「浅田次郎」になれるわけではない・・・。

その理由は何なんだろうと、考えこまざるをえません。


やはり、浅田さんの「時間の費やし方」が、他の99.9%の凡人とはどこかで根本的に違っているからでしょう。

多分、ですが、その違いは、「何とでもなる」の「何と」かしたいことの中身の違いではなかろうかと思います。

楽な平坦な道をただぶらぶら歩いているだけで、継続が力になるわけではない。

はるか遠くの山の頂上を仰ぎ見て、だんだん険しくなる山道をたゆむことなく登り続けようとする意志こそが、「継続」に「力」を吹き込むのではないでしょうか。



***** 5教科以外の全目次はこちら、ワンクリックで探している記事を開くことができます *****