ペンを持つ手見なおしをしろ、は絶対の真理か?

「解き終わったらよく見なおしをしなさい。」

この言葉は、勉強界のいわば金科玉条(きんかぎょくじょう)、教師も講師も親も、みなが子どもに対して口にする言葉です。

でも、絶対の真理といえるかどうか、よくよく考えてみるといくつか疑問が出てきます。


「見なおしをしなさい」のアドバイスはどんなときに生きてくるのか?

まず、余裕をもって試験時間内に問題を解き終えることができた場合、大事な試験であればあるほど言われなくても誰でも見なおしをするはずです。
早くできたからといって、何もしないで漫然と試験の終了時刻が来るのを待つ人などいないでしょう。

逆に、問題数が自分の予想より多過ぎたり難しい問題を解くのに時間がかかったりして、試験時間内に全部の問題を終えることができなかったとき、あるいは、終えることはできてもそこで時間切れになったとき、見なおしをしたくてもする時間がないのでできません。

時間があれば言われなくてもするだろうし、時間がないと言われたってできない。
そう考えると、「見なおしをしなさい」のアドバイスが生きてくる局面など、ほとんど考えられないということになります。


あとの見なおしは、あてになるのか?

人間は間違いをおかすものだ。
これは真理です。
だから、見なおしをして、おかしたかもしれないミスを見つけて修正しなければならない。
これも正しい。

しかし、ついつい弱い人間は、そこから飛躍して、「あとで見なおしをしたらいい」という安易な思考法に行き着いてしまいます。
この考え方でいる人は、いつまでたってもミスが減りません。

逆に、見なおしは無理だと覚悟を決めて、初めから極力間違いをおかさないように常に真剣に問題に取り組む人は、だんだんミスをしない方法を自分で見つけて習得していきます。

「見なおし」に頼る姿勢はかえって仇(あだ)になるのです。

それに、例えばある問題を読み間違えて意味を取り違えるというミスをおかした人が、あとで見なおしをしたとして、問題の意味を取り違えるという欠点を持ったままの同じ人なのに、自分のミスを簡単に見つけるなんてことができるでしょうか。


見なおしを時間設定に織り込んでいると焦ってしまう

試験時間が60分のテストがあるとします。
絶対に見なおしの時間が必要だ、そして見なおしに10分はかけたいと思っている人は、50分でそのテストを解き終えないといけません。

しかし、現実はたいてい自分の甘い予想を裏切ります。
途中でひっかかったりやりなおしを余儀なくされたりして、50分では解けないことがわかってきます。
すると、焦りにかわります。
50分だと本当はまだあと10分余裕があるのに、自分の決めたことに縛られて焦って解こうとしてますますドツボにはまっていきます。

見なおしができるとしたら、それは努力が実ったときの神様のご褒美だくらいに思っていたほうが、よい結果をもたらしそうです。


見なおしをあてにしているとカンが鈍る

普段から、「もうあとはない」と背水の陣で問題を解く癖をつけておくと、問題を解き終わった段階で自分の答えが合っているかどうか、ほぼわかるようになってきます。
緊張感がカンを研ぎ澄まさせるのです。

あとで見なおししたらいいやという緩んだ精神状態で勉強をしていると、このカンがいつまでたっても身につきません。


効果的な「見なおし」

以上述べたように、私は、見なおし万能主義には反対です。

ただし、先に述べたように、人間は過ちをおかす生き物です。
では、どうしたらよいか。

全部の問題を解き終わったあとの見なおしにはあまり期待できませんが、一つの問題を解き終わったときの軽い見なおしは非常に有効です。

頭がまだその問題の余韻を残している間に、見落としや勘違いがないかをさっと時間をかけないで見なおし、確認をしておきます。


結論

1、普段の勉強やテストでは、その問題を解くことができる機会はもう2度とないという緊張感を持って解くことが必要。

2、1問終えてまだその問題の余韻が頭に残っているうちに、時間をかけないでさっと見なおしを済ませるとよい。





10.06.28
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