幼少時より、字の下手なことがコンプレックスでした。
それで、字を書かなくてすむように、27年前に、まだ高かったワープロをさっさと購入したくらいです。

特に毛筆が下手。
結婚式やお葬式や式典のとき、受付で筆で自分の名前を記帳するたびに劣等感にかられます。

せめてもの慰めは、私たちの世代がおしなべて字が下手なこと。
親の世代はみな達筆なのに、私たち世代はまあ字は下手くそな人ばかりです。


隠れていた才能が開花か

懇意にしていただいている奈良白藤学園の前理事長さんが勇退されて、新しい理事長さんが挨拶に来られました。
新理事長は、かの筆ペンの『呉竹』の元会長さんです。
お帰りのとき、新製品を試してください、ということで、これを置いていかれました。

カートリッジを差し込んでおもむろに試し書き。
「うん?これって、俺の字?」
それくらい書き味が素晴らしくて、なにより別人の字に見えるくらいに字を上手く書ける。
「はらい」や「はね」も、手が動くより先に筆が走って見事に決まる。

さあ、それからです。
あいた時間を見つけては書きまくっています。

書道の師範免状を持つ講師の山田さんに筆の持ち方も教わりました。
試験監督で手持ち無沙汰のときは、教室にある国語辞典を引っぱり出して難しい漢字の練習。
教室の『国語便覧』を横において、漢詩の『春望』や『静夜思』を書き写して悦に入るくらい、はまり込んでいます。


われは字を知らざりき

パソコンばかり使っていて、手で字を書く機会はほとんどないので、歳とともにどんどん字を忘れていきます。
授業中、中学生に漢字を質問されて、「ううん、どうだったっけ?」と立ち往生することも多い。

商売上、よく使う字である「懇談会」の「懇」にしても、「劇」の字と違って左上の部分にチョン・チョンは不要ですが、その辺も普段は至極あいまいです。

ところが毛筆で書こうと思えば、当然、細部まで正確に字を知っていないと書けない。
「壇」の字の下が「目」ではなくて「日」であるなんてことも、わかっていないと書けません。
当地は葡萄の産地ですが、この「葡萄」という字、生まれて初めて書きました。
謙譲語の「譲」、右上は「大」ではなくて「六」だってことも、いつの間にか逆に覚えていた。
「俊」のルの部分、「空」の「穴」の最後の部分を、はねてはいけないのも知らなかった。

いかに自分がいい加減な人生を送ってきたか、(自分でもうすす感じてはいましたが)習字をしてみて初めて心底わかりました。


毛筆習字をして、初めて字がわかる

さらに、毛筆習字をしてみて、「ああ、漢字とはこういうものだったのか」と初めてわかった気がしました。

例えば、「壺」という字や、石鹸の「鹸」。
今までは「なんや、この字は。漢字というより記号みたいで、おかしな字だなぁ」と思っていたのが、筆で書くと「ああ、こういう字だったのか」と実感できる。

大げさに言うと、毛筆を使うことで、毛筆を使っていた中国の人、昔の日本人の心持ちがすうっと私の中に入ってくるのがわかるのです。

理科の電気図の記号のようだと思っていた「亞」の字や、※印だと思っていた「鹸」の字が、必然性があってそういう形をしているということが、理屈は何も理解できないのに、筆の感触だけでわかるのです。

さらに『筆順』。
今まで、「試験に出るから覚えや」としか言えなかった「必」や「飛」や「発」の筆順がなぜそうなのか、毛筆で書くとすんなり納得できます。


心を綺麗にし、精神修養になる

私の仕事は、数学の解き方を教えたり、理科の計算問題を解かせたり、今流行の言葉でいうと左脳を使うことの多い仕事です。
普段、字を扱うときも、左脳を使っているような気がします。

ところが習字で字を扱うときは、絵や音楽と同じで、右脳で字を見ているような気がします。

正しい字体を目で見て、それを手を使って再現する。
この行為はまさに絵を描く行為と変わりません。

そのためか、1日の終わりに毛筆で字を書くと、脳にこびりついた仕事の滓(かす)が、きれいに洗い流されるような気がしてきます。

もう一つ、習字には心を清めてくれる利点があります。

書くときに、「どや顔」で書いた字、「どうや、この字、うまく書けてるやろ、こういう字を書く俺ってすごい」という心持ちがちょっとでも気持ちの中にあって書いた字は、あとで見直すと目も当てられないほど醜悪です。

文章と同じです。
気持ちの中に「どうや!」が少しでもあって書いた文は、書いた自分がこの世から消してほしいくらいの「げす」な文章であることがほとんどです。

字や文章に限りません。
やることなすことのすべて、「どや顔」ですることほど醜いものはない。

わかってはいるのですがついつい忘れてしまう「どや顔」の醜悪さが、習字では一発で出る、見る人にわかってしまう。

これも、実際に毛筆で字を書いてみて、あらためてわかったことでした。


暇を見つけて、本気で習字を学んでみようという気になっています。


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