最近、気になる国はロシアです。

隣国の一つではあるけれど、アメリカや中国のような近しさは感じない。
しかし、だからこそ、ロシア人のものの考え方はどうなってるんだろうと、なぜか気になる。

そんなときに出会ったのが、2010年8月19日朝日新聞朝刊の政談ニッポン、『国の形描けぬ日ロ』という記事です。
インタビューに答えているのは、1982年から日本に滞在されている、ロシアのイタル・タス通信東京支局長のゴロブニン氏です。


「皮肉にも、いまの日本とロシアは非常に似ている。かつての自民党は、旧ソ連の共産党がまさにそうであったように、一つの政党というよりは日本という国家そのものであった。しかし、小泉純一郎氏が自民党がつくってきた古き良き、あたたかい日本を見事に壊した。ゴルバチョフ氏やエリツィン氏と同じように、破壊者の役割を果たした。」

「ひとつの時代は終わった。だが、新しい時代をどう形作ればいいかわからない。両国とも今、生みの苦しみの中にいる。」

「日本は極めて孤独な国。もう一つの敗戦国であるドイツは、ヨーロッパという家族を離れて暴れまわったが、戦争に負けた後は家族に戻った。しかし、日本には家族のような国がない。本当の意味での友達もいない。これは日本の運命だ。」

「孤独の中に一定の幸せを見つけていくよりほかない。」


西洋(ここでは、キリスト教を共通の文化的基盤とする、ヨーロッパ+アメリカのことをイメージしています)とまともに喧嘩をして、いまだに生きのびている国は、ロシアと日本くらいです。

(ロシアもキリスト教国ですが、歴史的にも教義的にも西洋のカトリックやプロテスタントとは隔絶した、いわば土着宗教としてのキリスト教です。)

(中国は、ヨーロッパよりよほど古い大帝国ですが、まだ西洋が西洋になる前にモンゴル帝国が攻め込んだくらいで、まともに西洋と戦ったことはありません。)

ロシアも日本も、西洋から見るとどんづまりの辺境です。それゆえか、ロシア人も、日本人も、西洋の価値観にかぶれるのと、土着の価値観にすがるのとを、交互に繰り返しているように見えます。
トルストイもドストエフスキーもソルジェニーツィンも、西洋かぶれを心の底から嫌悪し、最後に心の拠りどころとしたのは「ロシアの大地」でした。
アメリカと覇を争ったソビエト連邦の社会主義そのものが、発祥の地はイギリス、ドイツだし(マルクスやエンゲルスはドイツ人です)。

ゴルバチョフがソビエト連邦の解体に着手したとき、私は「あほなことを・・・」と思いました。
西洋の価値観にかぶれて、せっかくの大国の地位を手離すのかと思った。

あれはあれでそうしないと国がもたなかったのだと、今になったらわかりますが、あほな私にそれを見抜けるはずがない。
ゴルバチョフ、エリツィン時代のロシアは、ヨーロッパ、アメリカにいいようにもてあそばれているように見えました。

今のプーチンのロシアは、昔の、西洋が馬鹿にしながら怖がったロシアに戻ったような気がします。
自分たちの価値観に自信満々で、西洋のルールなんか歯牙にもかけていない。
造反者や都合の悪い記事を書いたジャーナリストが白昼堂々と暗殺されたりして、ドストエフスキーの小説の世界がよみがえったような気さえします。

小泉純一郎はゴルバチョフ、エリツィンだったのかと、目をひらかれました。
こういうことは、外国人でないとわからない。
ロシア人でないと、教えてくれない。


日本は極めて孤独な国」、本当にそうだ。

本当の意味での友達もいない」、これもまさしくその通りだ。

そして、「
これは日本の運命だ。」、そう、そうなんだよなあ。


鳩山さんや菅さんは、相手にその気もないのに、無理に友達をつくろうとしているように見えて危なっかしくて仕方がありません。
愛想笑いをして、もみ手をして・・・。
あんたはのび太か?と言いたくなる。


日本は極めて孤独な国」、「本当の意味での友達もいない」、だから「孤独の中に一定の幸せを見つけていくよりほかない」と、いい意味で開き直っちゃえばいいのに。



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