社会の変革期には、変革を正当化する政治思想や変革の原動力となる政治哲学が生まれます。

17世紀~18世紀の市民革命のときにも、旧来の宗教的な権威を否定して人間の理性を強調し、絶対王政を批判し市民革命を支持する、「啓蒙(けいもう)思想」(人権思想)が流行しました。

この稿では代表的な啓蒙思想家であるロック、モンテスキュー、ルソーをとりあげます。


年代の流れ

ロック(イギリス) 1632~1704年
モンテスキュー(フランス) 1689~1755年
ルソー(フランス) 1712~1778年

1688年 名誉革命(イギリス)
1690年 ロックの著書 『市民政府二論』(統治二論・市民政府論・統治論ともいいます)

1748年 モンテスキュの著書 『法の精神』
1762年 ルソーの著書 『社会契約論』(民約論ともいいます)
1776年 独立宣言(アメリカ)
1789年 フランス革命(フランス)


ロックの著書と思想

ロックはイギリスの人です。

名誉革命の前後に有力な政治家の顧問となり、名誉革命を擁護し正当化する立場から『市民政府二論』を著しました。

国民の平等と個人の基本的人権(生命・財産・自由)を国家が尊重しないといけないこと、国家は国民の承認によって成立し国民との契約が国家の存在根拠であること(社会契約論)、国民は権利を侵害した政府を変更できる権利を持つこと(抵抗権)がおもな内容です。

また、立法権と行政権の分離と、立法権を持つ議会が最高の権力(主権)を持つことも主張して名誉革命を正当化しました。


モンテスキューの著書と思想

モンテスキューはフランスの人です。

貴族の家に生まれ、法律家、のちに文筆家として活躍しました。名誉革命以後のイギリスの政治に高い評価を与え、ロックの理論を継承して『法の精神』を著しました。

共和政、立憲君主政、専制政の3つの政治体制が有効であるにはそれぞれに必要な条件があること、自由を保障するには立法権行政権司法権が分立し、別の機関が担当し、(モンテスキューは3権の担い手として、立法権=議会、行政権=君主、司法権=貴族を想定)、1つの権力が暴走しないようにそれぞれがお互いを抑制しあわないといけないこと(三権分立)、気候や地理条件が政治体制に大きな影響を与えることがおもな内容です。

特に三権分立の主張が、アメリカ独立宣言フランス革命人権宣言に大きな影響を与えました。


ルソーの著書と思想

ルソーはスイスに生まれ、フランスで活躍しました。

さまざま職を経たのち(作曲家も。「むすんでひらいて」はルソーの作った曲だそうです。)文筆家として名をなします。自伝『告白』、教育論『エミール』も後代に多大な影響を与えましたが、政治思想では『社会契約論』を著しました。

自然状態の人間は自由で平等であり、社会や国家は自由と平等を究極の価値として組織されないといけないこと、社会や国家は人間全員の意志、契約によって形成されたものであるから、主権(最高の権力)は君主ではなくて国民全体に属すること(国民主権)、国民全員の政治参加で国民全員の総意(一般意思)を政治に反映させるべきであること(直接民主制)がおもな内容です。

ルソーの主張はフランス革命に多大な影響を与えました。
また、わが国でも、明治時代、中江兆民が『民約論』として翻訳し、自由民権運動の理論的支柱となりました。


ロック・モンテスキュー・ルソーで覚えること

それぞれの国、おもな主張、影響を与えた市民革命の3つを覚えておかないといけません。

ロック…イギリス・基本的人権・名誉革命を正当化
モンテスキュー…フランス・三権分立・アメリカの独立とフランス革命に影響
ルソー…フランス・国民主権・フランス革命に影響





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