朝日新聞2011年2月15日朝刊の記事から。
特集『いま子どもたちは』を連載中ですが、「教え合う 友達も『先生』」という記事がありました。

要約すると・・・

テスト前の土日の朝、大阪府池田市立池田中学校の図書室は「自習室」に変わる。

期末試験を控えた土曜日、3年生の20数人が集まった。

中2の春、東京から転校してきたHさんの手が止まると、他の単元を勉強していたFさんが助け舟を出す。

家では、ついマンガを読んだり、テレビを見たりしてエンジンがかかるまで時間がかかる。でも図書室で友だちと一緒なら、すーっと「勉強モード」に入っていけるという。

全員が集中しているわけではない。フラッと図書室を出ていく男子。友達とのおしゃべりをはさむ女子。

教師の参加も自由。
突然、理科の質問を振られた技術の男性教諭は「うそは教えられへんし」と携帯を使い、人体模型図を検索した。女子たちが集まって、小さな画面をのぞき込んだ。

池田中には、大学生が朝から空き教室に詰めている「まな部屋」や、地域の人が手伝う土曜授業がある。たまたま近くにいる人が、その日の先生。

そんな「ナナメの関係」の柔軟さが「ヨコの関係」も育てるのだろうか。校内では、友達同士で教え合う姿をよく見かける。


以上が記事の内容です。


仲良きことは美しき、かな?

この記事を読んだ私はどう感じたでしょうか?

「ええ記事やなあ、こうして子どもたちが一緒に勉強することの楽しさを覚えてくれたら、教える子も教えられる子も成長して成績が上がるぞ。」と思ったかというと、その正反対です。

読んだ瞬間思ったのが、「また、この記事を読んで騙されてしまうメディア・リテラシー(情報判断能力)のない親や子がいたらいやだなあ。朝日新聞はいい新聞だけど、時々こうやってきれいごとで世を誤らせる。困った記事だ。」です。


「友達と一緒に勉強する」は、最悪のテスト勉強


「友達を大切にする」、「友達のために尽くす」は、おそらく人生の徳目の中でも最上位に位置する大事な道徳の一つです。
友達に勉強を教えることそれ自体は素晴らしいことです。
私もそれは認めます。

しかし、それと「一緒に勉強する」こととは、次元も違うし、なんの関係もありません。


2学期の期末テスト前にもこういうできごとがありました。

別の校舎から事務室にもどったら机の上に講師からのメモが置いてありました。
「中1のA、B、Cさんの3人が、試験前の1週間テスト勉強を一緒に頑張りたいので教室を自習に使わせてほしいとのことです。」
読んだ私は、事務室の講師たちと顔を見合わせて苦笑い。

苦笑いの意味は、(1)子どもたちが自分で考えてよかれと思ってあれこれするのはいいことである、(2)そのことに塾として最大限協力するのはやぶさかではない、(3)しかし、結果は最初から見えている、です。

私が了承したので、3人は1週間張り切ってやってきました。私たちも、勉強に集中できるように席まで指定し、手があいていたら質問も受けました。

期末試験が終わってテスト結果を集計すると、1週間頑張った3人の成績は3人ともこれまでの点数を大きく下まわり、最悪でした。

これが、「最初から見えていた」結果です。

親御さんもよくご存知です。

直後の懇談会で3人の保護者の方が口をそろえておっしゃったのが、「ねえ、私もやめときなさいと言ったんですよ。でも、ま、いいか、やってみたらわかるだろうと。結果は案の定。次は一人でしいやと言ったら、ショックだったんでしょう、今度は素直にうなずいてました。」

この3人は、私たちの目を盗んで遊んでいたわけではありません。自分たちなりに、まじめにやっていたはずです。それこそ、わからないときは教え合って。

それでも、友達と一緒にテスト勉強をすると、100%以上の確率で(どんな確率やねん)確実に成績は大きく下がります。


「人に教えたら賢くなる」も嘘

当地の公立の小・中学校では、習熟度授業で「教え合い」を奨励する学校もあります。
意地悪な私に言わせれば、「先生の手抜き」に近い。

私は、塾の授業中でも、隣の子に聞いたりする子には「友達に聞いたらあかん、私たちが質問に答えるためにいるんだから、私に聞け。」とよく注意します。

友達同士で教え合うのを許したらざわついて、しいんとした中で勉強に集中したい子の迷惑になるから、も小さな理由の一つですが、最大の理由は、教え合いは「教える子も教えられる子も賢くはならない」からです。

よく、「人に教えたら自分自身もよくわかっていないことがわかって成長できた」などというきれいごとを言う人がありますが、まったくの大嘘です。

もしそれが真実なら、子どもたちに毎日ものを教えているわれら塾講師は、日々賢くなって大天才になっているはずです。

私たちアホな塾講師の存在こそ、「人に教えたら賢くなる」説が大嘘であることの最高の証明です。


勉強とは、孤独なものです。

自分ひとりで、自分とだけ向かい合って、自分ひとりで考え、自分ひとりで苦悩しないと、決して成績は上がりません。


余談:文章としても最低

今、公立入試直前で、中3生に小論文、作文を書かせていますが、私だったら、この記事の文章だとほとんど点はあげません。

もう一度、記事の最後の「そんな「ナナメの関係」の柔軟さが「ヨコの関係」も育てるのだろうか。校内では、友達同士で教え合う姿をよく見かける。」をながめてください。

記者さんは、「教え合い」が素晴らしいと読者に思ってほしいのです。
しかし、断定する自信はないし、自分の言葉に責任をもつ勇気もないものだから、「
「ナナメの関係」の柔軟さが「ヨコの関係」も育てるのだろうか。」などという、いい「気分」にだけはさせるが根拠も内容もまったくない空虚な言い回しで卑怯にも、自分自身の言葉に対する責任から完全に「逃げて」いるわけです。


世の中を誤らせるのは、こういう言説です。



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