「古文を気楽に読もう」の(12)、『今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)』より、「狐が妻に化けて家に来た話」です。

『今昔物語集』は、平安時代の後期、1120年以降の院政期に成立したといわれている説話集です。
作者・編者はわかっていません。
全三十一巻、1100以上の膨大な説話がおさめられています。
取り上げた説話の出典から、インド(天竺)・中国(震旦)、日本(本朝)の三部にわかれ、三部がさらに仏法部、世俗部の二部で構成されています。
各説話の冒頭が「今は昔」で始まるので、今昔物語集と名づけられました。
文学的な価値も高く、後世、芥川龍之介を初め、多くの文学者が今昔物語集を題材にした作品を発表しています。


まず、本文を、(1)音読を心がける、(2)「何がおもしろい(興味深い)のか=作者の伝えたいことは何か」を理解する、の2点に留意して、読んでみましょう。


「狐が妻に化けて家に来た話」

今は昔、京にありける雑色(ぞうしき)男の妻、夕暮方に暗くなるほどに、要事ありて大路に出(いで)たりけるが、
雑色=走り使いを職業とする者  要事=用事
やや久しくかえり来ざりければ、夫、など遅くは来るならむと、あやしく思ひてゐたりけるほどに、妻入り来たり。

さてとばかりあるほどに、また同じ顔にして、有様つゆばかりも違ひたるところもなき妻入り来たり。



夫、 これを見るにあさましきこと限りなし。

何にまれ、一人は狐などにこそはあらめと思へども、いづれをまことの妻といふことを知らねば、思ひめぐらすに、
何にまれ=とにかく
後に入り来たる妻こそ、定めて狐にはあらめと思ひて、男、太刀(たち)を抜きて、後に入り来たりつる妻に走りかかりて、切らむとすれば、

その妻、「これはいかに、我をばかくはするぞ。」といひて泣けば、

また前に入り来たりつる妻を切らむとて走りかかれば、それもまた手をすりて泣きまどふ。


されば男、思ひわづらひて、とかく騒ぐほどに、

なほ前に入り来たりつる妻のあやしくおぼえければ、それを捕へていたるほどに、

その妻、あさましく臭き尿
(しと)をさとはせかけたりければ、
さとはせかけたり=さっとひっかけた
夫、臭さにたへずして、うちゆるしたりける際に、
うちゆるした=手をゆるめた
その妻、たちまちに狐になりて、戸の開きたりけるより大路に走り出て、こうこうと鳴きて逃げいにけり。
いにけり=去った
その時に男、ねたくくやしく思ひけれども、さらにかひなし。
ねたく=残念で  かひなし=しかたがない


これを思ふに、思ひ量りもなかりける男なりかし。

しばらく思ひめぐらして、二人の妻を捕へてしばり付けて置きたらましかば、つひにはあらはれなまし。
…ましかば、〜まし=「もし…だったら、〜であったろうに」
いとくちをしく逃がしたるなり。
 (『今昔物語集』)


読むときのヒント

夫、など遅くは来るならむと、あやしく思ひてゐたりけるほどに、
「など〜ならむ」=なぜ〜なのだろうか、「なぜ遅くまで帰ってこないのだろうか」
「あやしく思ひて」=不思議に思って

夫、 これを見るにあさましきこと限りなし。
あさましき=形容詞「あさまし=(異様な出来事に遭遇して)驚きあきれること」の連体形。

一人は狐などにこそはあらめ
=一人は狐のたぐいであろう

後に入り来たる妻こそ、定めて狐にはあらめ
=後に入ってきた妻のほうが、きっと狐であろう

「これはいかに、我をばかくはするぞ。」
=これはどういうことですか、なぜ私にそんなことをなさるのですか。

あさましく臭き尿(しと)
=異様にくさいおしっこを

さらにかひなし。
=もう、どうしようもない。

思ひ量りもなかりける男なりかし。
=分別のない男であることだ。

いとくちをしく
=大変、残念なことに


文の主題(テーマ)を読み取ろう

昔の人は、妖怪や物の怪(もののけ)の存在を本気で信じていました。また、狐や狸などの動物が化けて人間に悪さをすることも当たり前にあることだと思われていました。

この話では、狐が女房に化けて家に帰って来ました。

驚き騒ぐ男の様子、臭い尿を男にかけてそのすきにまんまと逃げる狐の姿が、おもしろく表現されています。

また、
実際に、まったく見分けのつかないそっくりな家族が2人、突然目の前に現われたとき、「思ひ量り」=「冷静な判断力」を持てるでしょうか。
私には、
最後の教訓も、とってつけたような説教臭さがあっておもしろく感じられます。


せっかく読んだので、ついでに出題された問題も解いておきましょう

次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。


今は昔、京にありける雑色男の妻、夕暮方に暗くなるほどに、要事ありて大路に出たりけるが、

やや久しくかえり来ざりければ、夫、など遅くは来るならむと、あやしく思ひてゐたりけるほどに、妻入り来たり。さてとばかりあるほどに、また同じ顔にして、有様
(A)つゆばかりも違ひたるところもなき妻入り来たり。

夫、これを見るに
(1)あさましきこと限りなし。何にまれ、一人は狐などにこそは(B)あらめと思へども、いつれをまことの妻といふことを知らねば、思ひめぐらすに、後に入り来たる妻こそ、定めて狐にはあらめと思ひて、男、太刀を抜きて、後に入り来たりつる妻に走りかかりて、切らむとすれば、その妻、「これはいかに、我をば(2)かくはするぞ。」といひて泣けば、また前に入り来たりつる妻を切らむとて走りかかれば、(3)それもまた手をすりて泣きまどふ。
されば男、
(4)思ひ
(a)わづらひて、とかく騒ぐほどに、なほ前に入り来たりつる妻のあやしく(C)おぼえければ、それを捕へていたるほどに、その妻、あさましく臭き尿をさとはせかけたりければ、夫、臭さにたへずして、うちゆるしたりける際に、その妻、たちまちに狐になりて、戸の開きたりけるより大路に走り出て、こうこうと鳴きて逃げいにけり。その時に男、ねたくくやしく思ひけれども、さらに(b)かひなし

これを思ふに、思ひ量りもなかりける男なりかし。しばらく思ひめぐらして、二人の妻を捕へてしばり付けて置きたらましかば、つひには
(5)あらはれなまし。いとくちをしく逃がしたるなり。
 (『今昔物語集』)


雑色:走り使いをする者。
要事:用事。
何にまれ:とにかく。
さとはせかけたり:さっとひっかけた。
うちゆるした:手をゆるめた。
いにけり:去った。
ねたく:残念で。
かひなし:しかたがない。
ましかば:あとの「まし」と呼応して、「〜ましかば…まし」の形で、「もし〜だったら…であったろうに」。



問一 傍線a「わづらひて」・b「かひなし」をそれぞれ現代かなづかいで書け。
a
b

(解答)
a わずらいて
b かいなし


問二 線A「つゆばかりも」・B「あらめ」・C「おぼえければ」の意味として最も適当なものを次のうちから選び、それぞれ記号で答えよ。
A
ア 少しも
イ 少しは
ウ 少しなら
エ 少しでも

B
ア あるだろう
イ あってほしい
ウ あるだろうか
エ ありはしない

C
ア 記憶したので
イ 思われたので
ウ 驚いたので
エ 声をあげたので

(解答)
A ア
B ア
C イ


問三 傍線(1)「あさましきこと限りなし」とは、夫が大変驚いたという意味だが、夫はなぜ驚いたのか。現代語で答えよ。

(解答)
同じ顔で、様子もまったく違わない妻が入ってきたから。


問四 傍線(2)「かくはするぞ」は「このようなことをするのですか」という意味だが、具体的にどのようなことをするというのか。現代語で答えよ。

(解答)
太刀を抜いて、後に入ってきた妻に走りよって、刀で切ろうとしたこと


問五 傍線(3)「それ」の指す言葉を古文中から書き抜け。

(解答)
前に入り来たりつる妻


問六 傍線(4)「思ひわづらひて」とあるが、夫はなぜ「思ひわづら」ったのか。最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えよ。
ア 泣きじゃくる二人の妻があわれになったから。
イ どちらが本当の妻か見分けがつかないから。
ウ 狐に化かされて正気を失ったから。
エ 妻にからかわれている自分が情けなくなったから。

(解答)



問七 傍線(5)「あらはれなまし」は「現れただろうに」という意味だが、何が現れただろうというのか。最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えよ。
ア 夫に加勢する人
イ 本当の妻
ウ よい知恵
工 狐の正体

(解答)



問八 古文中から擬声語を一語書き抜け。

(解答)
こうこう


問九 この文章の筆者は、夫をどのような人物と考えているか。それがわかる一文を書き抜け。


(解答)
これを思ふに、思ひ量りもなかりける男なりかし。


問十 この文章の筆者は、夫はどのように行動すべきだったといっているか。現代語で答えよ。

(解答)
落ち着いて考えて、二人の妻の両方を捕えてしばりつけておくべきだったといっている。




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