「古文を気楽に読もう」の(13)、本居宣長(もとおりのりなが)の随筆『玉勝間(たまかつま)』です。
本居宣長(1730年〜1801年、8代将軍吉宗〜11代将軍家斉のとき)は江戸時代の国学者です。
伊勢の国(今の三重県)の松阪に生まれ、医者を業とするかたわら、賀茂真淵(かものまぶち)に入門した後、35年の歳月を費やして『古事記伝』を完成しました。
『古事記伝』は、当時ほとんど解読できなくなっていた奈良時代の歴史書『古事記』を綿密に解説した注釈書で、現在の人が『古事記』を読めるのは本居宣長の研究のおかげです。
その本居宣長の随筆が『玉勝間』です。
学問、芸術、人生に対する本居宣長の考えが綴られています。
今日とりあげるのは、「古(いにしえ)より後の世のまされること」です。
まず、本文を、(1)音読を心がける、(2)「作者の伝えたいことは何か=何がおもしろい(興味深い)のか」を理解する、の2点に留意して、読んでみましょう。
「古(いにしえ)よりも後の世のまされること」
古(いにしえ)よりも、後の世のまされること、万(よろず)の物にも、事にもおほし。
その一つをいはむに、いにしへは、橘(たちばな)をならびなき物にしてめでつるを、
めでつる=珍重していた。
近き世には、みかんといふ物ありて、此(この)みかんにくらぶれば、橘は数にもあらずけおされたり。
けおされたり=圧倒された。
その外かうじ、ゆ、くねんぼ、だいだいなどの、たぐひおほき中に、
かうじ、ゆ、くねんぼ、だいだい=柑橘類(かんきつるい)の、柑子(こうじ)、柚子(ゆず)、九年母(くねんぼ)、橙(だいだい)。
蜜柑(みかん)ぞあじはひことにすぐれて、中にも橘によく似てこよなくまされる物なり。
此(この)一つにておしはかるべし。
或(あるひ)は古にはなくて、今はある物もおほく、いにしへはわろくて、今のはよきたぐひ多し。
これをもておもへば、今より後もまたいかにあらむ。
今に勝(まさ)れる物おほく出(い)で来べし。
今の心にて思へば、古はよろづに事たらずあかぬ事おほかりけむ。
事たらずあかぬ事=不十分で、満足できないこと。
されどその世には、さはおぼえずやありけん。
今より後また、物の多くよきがいでこん世には、今をもしか思ふべけれど、今の人、事たらずとおぼえぬが如し。
いでこん世=出て来るような時代。
読むときのヒント
古(いにしえ)よりも、後の世のまされること、万(よろず)の物にも、事にもおほし。=「昔よりも、後の時代のほうがまさっていることは、いろいろな物でも事でも多いものだ。」
「おほし」=現代仮名づかいだと「おおし」
その一つをいはむに、
「む」は意志を表わす推量の助動詞。「〜しよう」
「いはむに」=言おうと思うのだが、
ならびなき=「ほかに比べるものがない」「最高である」
橘=「たちばな」。
日本に昔からある固有の柑橘類(かんきつるい)。直径は約5cm。みかんに比べると相当すっぱい。
みかん
みかんは、中国から肥後国(熊本県)に伝わり、15〜16世紀に紀州(和歌山県)の有田に移植され、量産され始めました。江戸時代には江戸でも珍重されるようになりました。
さらに甘い種なしのうんしゅうみかん(温州みかん)が江戸時代後期から広まりました。
くらぶれば=「比べたら」
たぐひおほき中に=「同じ種類のものが多い中で」
たぐひ=読みは「たぐい」。「似たようなもの」、「同類のもの」。
あじはひ=「味わい」
こよなく=「格別に」
此(この)一つにておしはかるべし。=「この一つの例でも推測することができるだろう。」
「べし」=「できるだろう」
推量の助動詞。ここでは、可能の意味。
わろくて=「悪くて」
いかにあらむ=「どうだろうか」
出(い)で来べし=「出てくるだろう」
「べし」=「きっと〜だろう」
推量の助動詞。ここでは、確信のある推量。
されどその世には、さはおぼえずやありけん。=「だが、その当時には、そうは思わなかったであろう。」
されど=けれども、しかし
さ=そう
おぼえず=思わなかった
ありけん=あろう、「けん」は「けむ」、過去の推量
いでこん=出てくるであろう
今をもしか思ふべけれど、今の人、事たらずとおぼえぬが如し。=「(未来の人が)今のことをそう(=不十分だと)思うかもしれないが、今の人が不足があるとは思わないのと同じだ。」
しか=そう
べけれ=推量の助動詞「べし」の已然形(いぜんけい)。
おぼえぬ=おもわない、「ぬ」は打ち消しの助動詞「ず」の連体形。
文の主題(テーマ)を読み取ろう
世の中は進歩するものだということを、みかんを例に述べています。
みかんを知るまでは、人はすっぱい橘を何よりも素晴らしいと思っていたのです。
このように、未来から過去を見たらばかばかしく思えるかもしれません。
しかし、見方をかえると、橘しか知らない時代の人は、橘で十分満足していたのです。
甘くおいしいみかんを知ったことが、はたして本当に幸せだったのかどうか・・・。
せっかく読んだので、ついでに出題された問題も解いておきましょう
次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。
古(いにしえ)よりも、後の世のまされること、万(よろず)の物にも、事にもおほし。
その一つをいはむに、いにしへは、橘(たちばな)を(1)ならびなき物にしてめでつるを、
めでつる(漢字でかくと、「愛でつる」)=珍重していた。
近き世には、みかんといふ物ありて、此(この)みかんにくらぶれば、橘は数にもあらずけおされたり。
けおされたり=圧倒された。
その外かうじ、ゆ、くねんぼ、だいだいなどの、たぐひおほき中に、
かうじ、ゆ、くねんぼ、だいだい=柑橘類(かんきつるい)の、柑子(こうじ)、柚子(ゆず)、九年母(くねんぼ)、橙(だいだい)。
蜜柑(みかん)ぞあじはひことにすぐれて、中にも橘によく似てこよなくまされる物なり。
(2)此(この)一つにておしはかるべし。
或(あるひ)は古にはなくて、今はある物もおほく、いにしへはわろくて、今のはよきたぐひ多し。
これをもておもへば、今より後もまたいかにあらむ。
今に勝(まさ)れる物おほく出(い)で来べし。
今の心にて思へば、古はよろづに事たらずあかぬ事おほかりけむ。
事たらずあかぬ事=不十分で、満足できないこと。
されど(3)その世には、さはおぼえずやありけん。
今より後また、物の多くよきがいでこん世には、(4)今をもしか思ふべけれど、今の人、事たらずとおぼえぬが如し。
いでこん世=出て来るような時代。
問い一、「おほし」、「たぐひ」、「あじはひ」を現代かなづかいで書け。
解答 おおし たぐい あじわい
問い二、傍線(1)「ならびなき物」の意味として最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えよ。
ア 他の物と並べると見劣りする物
イ 比較する物がないほど優れた物
ウ めったに手に入らない貴重な物
エ ちょうど手ごろで食べやすい物
解答 イ
問い三、傍線(2)「この一つにておしはかるべし」とは、「このこと一つからも推量することができよう」という意味だが、どんなことが推量できるというのか。古文中から一文を書き抜け。
解答 古(いにしえ)よりも、後の世のまされること、万(よろず)の物にも、事にもおほし。
問い四、傍線(3)「その世には、さはおぼえずやありけん」の意味として最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えよ。
ア その時代には、さぞ不足や不満を感じていたであろう。
イ その時代には、不足や不満を感じていなかったであろう。
ウ その時代には、不足や不満を感じていたそうだ。
エ その時代には、不足や不満を感じていなかったそうだ。
解答 イ
問い五、傍線(4)「今をもしか思ふべけれど」とは、「現代のこともそんなふうに思うだろうが」という意味であるが、どんなふうに思うというのか。思う内容を古文中から書き抜け。
解答 よろづに事たらずあかぬ事おほかりけむ
問い六、この文章の内容にあてはまるものを次のうちから二つ選び、記号で答えよ。
ア 古い時代のものごとは現代と比べるとまさっているものが多い。
イ みかんは、柑子や柚子などと比べるとまさっているが、橘の味覚にはおよばない。
ウ 古い時代には、みかんはなかったが、現代では橘よりももてはやされている。
エ 現代の人は、ものごとにあまり不足や不満を感じていない。
オ 現代人の目からすると、古い時代は暮らしやすいよい時代であった。
解答 ウ・エ
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本居宣長(1730年〜1801年、8代将軍吉宗〜11代将軍家斉のとき)は江戸時代の国学者です。
伊勢の国(今の三重県)の松阪に生まれ、医者を業とするかたわら、賀茂真淵(かものまぶち)に入門した後、35年の歳月を費やして『古事記伝』を完成しました。
『古事記伝』は、当時ほとんど解読できなくなっていた奈良時代の歴史書『古事記』を綿密に解説した注釈書で、現在の人が『古事記』を読めるのは本居宣長の研究のおかげです。
その本居宣長の随筆が『玉勝間』です。
学問、芸術、人生に対する本居宣長の考えが綴られています。
今日とりあげるのは、「古(いにしえ)より後の世のまされること」です。
まず、本文を、(1)音読を心がける、(2)「作者の伝えたいことは何か=何がおもしろい(興味深い)のか」を理解する、の2点に留意して、読んでみましょう。
「古(いにしえ)よりも後の世のまされること」
古(いにしえ)よりも、後の世のまされること、万(よろず)の物にも、事にもおほし。
その一つをいはむに、いにしへは、橘(たちばな)をならびなき物にしてめでつるを、
めでつる=珍重していた。
近き世には、みかんといふ物ありて、此(この)みかんにくらぶれば、橘は数にもあらずけおされたり。
けおされたり=圧倒された。
その外かうじ、ゆ、くねんぼ、だいだいなどの、たぐひおほき中に、
かうじ、ゆ、くねんぼ、だいだい=柑橘類(かんきつるい)の、柑子(こうじ)、柚子(ゆず)、九年母(くねんぼ)、橙(だいだい)。
蜜柑(みかん)ぞあじはひことにすぐれて、中にも橘によく似てこよなくまされる物なり。
此(この)一つにておしはかるべし。
或(あるひ)は古にはなくて、今はある物もおほく、いにしへはわろくて、今のはよきたぐひ多し。
これをもておもへば、今より後もまたいかにあらむ。
今に勝(まさ)れる物おほく出(い)で来べし。
今の心にて思へば、古はよろづに事たらずあかぬ事おほかりけむ。
事たらずあかぬ事=不十分で、満足できないこと。
されどその世には、さはおぼえずやありけん。
今より後また、物の多くよきがいでこん世には、今をもしか思ふべけれど、今の人、事たらずとおぼえぬが如し。
いでこん世=出て来るような時代。
読むときのヒント
古(いにしえ)よりも、後の世のまされること、万(よろず)の物にも、事にもおほし。=「昔よりも、後の時代のほうがまさっていることは、いろいろな物でも事でも多いものだ。」
「おほし」=現代仮名づかいだと「おおし」
その一つをいはむに、
「む」は意志を表わす推量の助動詞。「〜しよう」
「いはむに」=言おうと思うのだが、
ならびなき=「ほかに比べるものがない」「最高である」
橘=「たちばな」。
日本に昔からある固有の柑橘類(かんきつるい)。直径は約5cm。みかんに比べると相当すっぱい。
みかん
みかんは、中国から肥後国(熊本県)に伝わり、15〜16世紀に紀州(和歌山県)の有田に移植され、量産され始めました。江戸時代には江戸でも珍重されるようになりました。
さらに甘い種なしのうんしゅうみかん(温州みかん)が江戸時代後期から広まりました。
くらぶれば=「比べたら」
たぐひおほき中に=「同じ種類のものが多い中で」
たぐひ=読みは「たぐい」。「似たようなもの」、「同類のもの」。
あじはひ=「味わい」
こよなく=「格別に」
此(この)一つにておしはかるべし。=「この一つの例でも推測することができるだろう。」
「べし」=「できるだろう」
推量の助動詞。ここでは、可能の意味。
わろくて=「悪くて」
いかにあらむ=「どうだろうか」
出(い)で来べし=「出てくるだろう」
「べし」=「きっと〜だろう」
推量の助動詞。ここでは、確信のある推量。
されどその世には、さはおぼえずやありけん。=「だが、その当時には、そうは思わなかったであろう。」
されど=けれども、しかし
さ=そう
おぼえず=思わなかった
ありけん=あろう、「けん」は「けむ」、過去の推量
いでこん=出てくるであろう
今をもしか思ふべけれど、今の人、事たらずとおぼえぬが如し。=「(未来の人が)今のことをそう(=不十分だと)思うかもしれないが、今の人が不足があるとは思わないのと同じだ。」
しか=そう
べけれ=推量の助動詞「べし」の已然形(いぜんけい)。
おぼえぬ=おもわない、「ぬ」は打ち消しの助動詞「ず」の連体形。
文の主題(テーマ)を読み取ろう
世の中は進歩するものだということを、みかんを例に述べています。
みかんを知るまでは、人はすっぱい橘を何よりも素晴らしいと思っていたのです。
このように、未来から過去を見たらばかばかしく思えるかもしれません。
しかし、見方をかえると、橘しか知らない時代の人は、橘で十分満足していたのです。
甘くおいしいみかんを知ったことが、はたして本当に幸せだったのかどうか・・・。
せっかく読んだので、ついでに出題された問題も解いておきましょう
次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。
古(いにしえ)よりも、後の世のまされること、万(よろず)の物にも、事にもおほし。
その一つをいはむに、いにしへは、橘(たちばな)を(1)ならびなき物にしてめでつるを、
めでつる(漢字でかくと、「愛でつる」)=珍重していた。
近き世には、みかんといふ物ありて、此(この)みかんにくらぶれば、橘は数にもあらずけおされたり。
けおされたり=圧倒された。
その外かうじ、ゆ、くねんぼ、だいだいなどの、たぐひおほき中に、
かうじ、ゆ、くねんぼ、だいだい=柑橘類(かんきつるい)の、柑子(こうじ)、柚子(ゆず)、九年母(くねんぼ)、橙(だいだい)。
蜜柑(みかん)ぞあじはひことにすぐれて、中にも橘によく似てこよなくまされる物なり。
(2)此(この)一つにておしはかるべし。
或(あるひ)は古にはなくて、今はある物もおほく、いにしへはわろくて、今のはよきたぐひ多し。
これをもておもへば、今より後もまたいかにあらむ。
今に勝(まさ)れる物おほく出(い)で来べし。
今の心にて思へば、古はよろづに事たらずあかぬ事おほかりけむ。
事たらずあかぬ事=不十分で、満足できないこと。
されど(3)その世には、さはおぼえずやありけん。
今より後また、物の多くよきがいでこん世には、(4)今をもしか思ふべけれど、今の人、事たらずとおぼえぬが如し。
いでこん世=出て来るような時代。
問い一、「おほし」、「たぐひ」、「あじはひ」を現代かなづかいで書け。
解答 おおし たぐい あじわい
問い二、傍線(1)「ならびなき物」の意味として最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えよ。
ア 他の物と並べると見劣りする物
イ 比較する物がないほど優れた物
ウ めったに手に入らない貴重な物
エ ちょうど手ごろで食べやすい物
解答 イ
問い三、傍線(2)「この一つにておしはかるべし」とは、「このこと一つからも推量することができよう」という意味だが、どんなことが推量できるというのか。古文中から一文を書き抜け。
解答 古(いにしえ)よりも、後の世のまされること、万(よろず)の物にも、事にもおほし。
問い四、傍線(3)「その世には、さはおぼえずやありけん」の意味として最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えよ。
ア その時代には、さぞ不足や不満を感じていたであろう。
イ その時代には、不足や不満を感じていなかったであろう。
ウ その時代には、不足や不満を感じていたそうだ。
エ その時代には、不足や不満を感じていなかったそうだ。
解答 イ
問い五、傍線(4)「今をもしか思ふべけれど」とは、「現代のこともそんなふうに思うだろうが」という意味であるが、どんなふうに思うというのか。思う内容を古文中から書き抜け。
解答 よろづに事たらずあかぬ事おほかりけむ
問い六、この文章の内容にあてはまるものを次のうちから二つ選び、記号で答えよ。
ア 古い時代のものごとは現代と比べるとまさっているものが多い。
イ みかんは、柑子や柚子などと比べるとまさっているが、橘の味覚にはおよばない。
ウ 古い時代には、みかんはなかったが、現代では橘よりももてはやされている。
エ 現代の人は、ものごとにあまり不足や不満を感じていない。
オ 現代人の目からすると、古い時代は暮らしやすいよい時代であった。
解答 ウ・エ
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