画竜点睛(がりょうてんせい)の意味

物事を完成させるために必要な、最後の大事な仕上げのことです。


故事成語のもとになった出来事・出典

9世紀の中頃、の高級官僚だった張彦遠(ちょうげんえん、生没年不明)の、絵画に関する評論と絵画の歴史をまとめた著書『歴代名画記(れきだいめいがき)』が出典です。

唐代までの中国の有名な画家371人の伝記をまとめた中に、南北朝時代(439〜589年)、梁(りょう)の画家であった張僧繇(ちょうそうよう)の逸話があり、画竜点睛の語が生まれるもとになった話が出てきます。


『画竜点睛』の原文と書き下し文、現代語訳

(原文)張僧繇、呉中人也。
(書き下し文)張僧繇(ちょうそうよう)、呉中(ごちゅう)の人なり
(現代語訳)張僧繇は、呉中の人です。

(原文)武帝崇飾仏寺、多命僧繇画之。
(書き下し文)武帝、仏寺(ぶつじ)を崇飾(すうしょく)するに、多く僧繇に命じて之(これ)を画(え)がかしむ。
(現代語訳)梁の武帝は、仏教寺院を飾るのに、多くを僧繇に命じて、絵を描かせました

(原文)金陵安楽寺四白龍、不點眼睛。
(書き下し文)金陵(きんりょう)の安楽寺(あんらくじ)の四白竜(しはくりゅう)は、眼睛(がんせい)を点ぜず。
(現代語訳)金陵にある安楽寺に描かれた四匹の白竜(四海を治める青竜・白竜・赤竜・黒竜の一つ)には、瞳は描かないままでした。

(原文)毎云、點睛即飛去。
(書き下し文)毎(つね)に云(い)う、睛(ひとみ)を点ぜば即(すなわ)ち飛び去らん、と。
(現代語訳)(張僧繇は)常に言っていました、「睛(ひとみ)をかきくわえたら即座に飛び去ってしまうであろう」と。

(原文)人以爲妄誕、固請點之。
(書き下し文)人以(も)って妄誕(もうたん)と為(な)し、固くこれに点ぜんことを請(こ)う。
(現代語訳)人々は張僧繇の言葉をでたらめだとみなして、竜の絵に睛(ひとみ)をかきくわえるように強く頼みました。

(原文)須臾雷電破壁、両龍乗雲、騰去上天。
(書き下し文)須臾(しゅゆ)にして雷電(らいでん)壁を破り、両龍(りょうりゅう)雲に乗じ、騰去(とうきょ)して天に上(のぼ)る。
(現代語訳)(張僧繇が睛(ひとみ)をかきくわえると)たちまち雷と稲妻が壁を破り、二匹の竜は雲に乗り、飛びあがって天に昇っていきました。

(原文)二龍未點眼者見在。
(書き下し文)二竜未(いまだ)眼(まなこ)を点ぜざるものは、見(げん)に在(あ)り。
(現代語訳)二匹のまだ目をかきくわていない竜は、まだもとのまま現存しています。


画竜点睛の語は、「画竜点睛を欠く」という使われ方をすることが多い。

「画竜点睛を欠く」は、「最後の詰めが甘い」、「せっかくいいところまできているのに、肝心な最後のことができていないから、結局不完全に終わってしまっている」という意味で使われます。


また、「がりょうてんせい」が正しい読み方ですが、「がりゅうてんせい」と読む人もいます。
間違いとまでは言えませんが、国語のテストなどでは「がりょうてんせい」と読んでおくほうが無難です。


画竜点睛の「睛」の字は「ひとみ」という意味の漢字であり、「はれ」の「晴」とは別の字です。
画竜点「晴」と書くと間違いになってしまいます。


「画竜点睛」を使う例

・テストの四字熟語の問題で、正しく読むことができたし、正確な漢字を書くこともできたが、例文を作る問題でミスをして画竜点睛を欠く結果となってしまった。


似た意味の語

点睛開眼(てんせいかいげん)


対照的な語

画竜点睛は、完全にするために最後の仕上げをすることであり、逆に、完全なものに余分なものをつけ加えるのが「蛇足(だそく)」です。




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