「古文を気楽に読もう」の(14)は、根岸鎮衛(ねぎしやすもり(しずえ))の随筆『耳嚢(耳袋)(みみぶくろ)』です。

根岸鎮衛(1737年〜1815年、田沼意次、松平定信の頃に活躍)は江戸時代の旗本で、幕府の役人として業績のあった人です。
下級旗本の三男でしたが、根岸家の養子となり、能力を発揮して出世、佐渡奉行、勘定奉行、江戸町奉行を歴任しました。
世情に通じ、名奉行として庶民の評判もよい人でした。小説やドラマで有名な遠山景元や長谷川平蔵と似た人柄であったようです。

『耳嚢』は、世間の噂話や風聞を聞き書きした、全10巻1000編に及ぶ根岸鎮衛の随筆です。

今日とりあげるのは、「畜類また恩愛深き事」です。

まず、本文を、(1)音読を心がける、(2)「作者の伝えたいことは何か=何がおもしろい(興味深い)のか」を理解する、の2点に留意して、読んでみましょう。


『畜類また恩愛深き事』

天明五年の比(ころ)堺町にて猿を多く集め、右猿にあるいは立役(たちやく)あるいは女形(おやま)の芸を致(いた)させ見物おびただしき事あり。

見物せし者に聞きしに、「よく仕込みしものにて、当時流行役者の意気形(いきかた)をのみこみ、身振りなどをもしろき事」の由かたりぬ。

しかるに右猿の内子を産みしありしが、芸に出るにも右の子を省み寵愛すること哀れなりしが、

だんだんその子成長せしに、ことのほか虱(しらみ)たかりてうるさかりし故(ゆえ)、猿回しの者湯をあびせ虱などとりて、毛の濡れたるを干さんため二階の物干しにつなぎ置きけるを、

鳶(とび)の見つけてくちばしをもって突き殺しぬるを、猿回しもいろいろ追い散らして介抱をせしがついにむなしくなりける故、

かの猿まわし親猿を呼びて、さてさて汝(なんじ)が多年出精(しゅっせい)して我(わが)家業にもなりし。


このほど出産の小猿を愛する有りさま、さこそこの度の分かれ悲しく思ひなん、


我も鳶の来るらんとは思ひもよらず、物干に置きし無念さよと慰めけるに、

かの猿泪(なみだ)に伏し沈みたる体(てい)なりしが、

猿回しの者その席を離れとかくするうちに、かの母猿狂言道具のひもを棟(むね)にかけてくびれて死せしとなり。

哀れなる恩愛の情と人の語りはべりぬ。



読むときのヒント

天明五年の比(ころ)堺町にて猿を多く集め、右猿にあるいは立役(たちやく)あるいは女形(おやま)の芸を致(いた)させ見物おびただしき事あり。

堺町=江戸にあった町の名前。歌舞伎の中村座や、人形芝居、見世物小屋などがあった。
立役(たちやく)=歌舞伎で、善人の男の役
女形(おやま)=歌舞伎で、女役


「右猿に」=「そのさるに」
縦書きの文章で、先に出てきたものをさすときに「右」と言います。

見物せし者に聞きしに、「よく仕込みしものにて、当時流行役者の意気形(いきかた)をのみこみ、身振りなどをもしろき事」の由かたりぬ。

意気形=動作や形

「し」=「〜した」
「し」は、回想の助動詞『き』の連体形です。
「見物せし者」=「見物した者」
「聞きしに」=「聞いたところ」
「仕込みしもの」=「仕込んだもの」


「由」=「趣旨、〜というようなことを」

「語りぬ」=「語った」
「ぬ」は完了の助動詞。

しかるに右猿の内子を産みしありしが、芸に出るにも右の子を省み寵愛すること哀れなりしが、

省み=ふり返って

「しかるに」=「さて」「ところで」
「哀れ」「かわいそうだ」「気の毒だ」

だんだんその子成長せしに、ことのほか虱(しらみ)たかりてうるさかりし故(ゆえ)、猿回しの者湯をあびせ虱などとりて、毛の濡れたるを干さんため二階の物干しにつなぎ置きけるを、

「虱(しらみ)」=動物に寄生して血液を吸う昆虫。昔は、衛生状態が悪く、しばしば人や動物に寄生しました。しらみがつくと、ひどいかゆみに苦しめられます。
駆除薬がない時代には、湯で殺したり流したりして駆除しました。

「干さん」=「干そう」
「ん(む)」は、推量の助動詞。ここでは「意志」を表わします。

鳶(とび)の見つけてくちばしをもって突き殺しぬるを、猿回しもいろいろ追い散らして介抱をせしがついにむなしくなりける故(ゆえ)、

「鳶(とび)の」=「鳶が」

「突き殺しぬるを」=「突き殺したのを」
「ぬる」は、完了の助動詞「ぬ」の連体形。


「むなしくなりける故(ゆえ)」=「死んでしまったので」

かの猿まわし親猿を呼びて、さてさて汝(なんじ)が多年出精(しゅっせい)して我(わが)家業にもなりし。

出精(しゅっせい)=物事に励むこと

「さてさて」=「それにしても」

「汝(なんじ)」=「おまえ」

このほど出産の小猿を愛する有りさま、さこそこの度の分かれ悲しく思ひなん、

さこそ=さぞ、さだめし、きっと

「さこそ」=「さぞ」「さぞかし」

「思ひなん」=「きっと思っているであろう」
「なん(なむ)」は、完了の助動詞「ぬ」の未然形+推量の助動詞「ん(む)」


我も鳶の来るらんとは思ひもよらず、物干に置きし無念さよと慰めけるに、

「来るらん」=「来るだろう」
「らん(らむ)」=は、推量の助動詞。

かの猿泪(なみだ)に伏し沈みたる体(てい)なりしが、

「体(てい)」=「ようす」

猿回しの者その席を離れとかくするうちに、かの母猿狂言道具のひもを棟(むね)にかけてくびれて死せしとなり。

狂言道具=芝居に使う道具
くびれて=首をくくって


「とかくするうちに」=「あれやこれやと」「いろいろと」

「死せしとなり」=「死んだそうだ」
「なり」は、推量の助動詞。ここでは伝聞の意味。


哀れなる恩愛の情と人の語りはべりぬ。



文の主題(テーマ)を読み取ろう

題名の、『畜類また恩愛深き事』に尽きます。

人間以外の動物も、恩愛の情が深い。
そのことを、見世物小屋の猿を例に述べたものです。

しかし、真意は、猿でさえわが子の死には絶望して自殺してしまう、ましてや人であれば、どれほど悲しくつらいであろうかという、人々の共通認識の確認にあります。


せっかく読んだので、ついでに出題された問題も解いておきましょう

次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。

天明五年の比(ころ)堺町にて猿を多く集め、右猿にあるいは立役(たちやく)あるいは女形(おやま)の芸を致(いた)させ見物おびただしき事あり。

見物せし者に聞きしに、「よく仕込みしものにて、当時流行役者の意気形(いきかた)をのみこみ、身振りなどをもしろき事」の由(1)かたりぬ

しかるに右猿の内子を(2)産みしありしが、芸に出るにも右の子を省み寵愛すること哀れなりしが、

だんだんその子成長せしに、ことのほか虱(しらみ)たかりてうるさかりし故(ゆえ)、猿回しの者湯をあびせ虱などとりて、毛の濡れたるを干さんため二階の物干しにつなぎ置きけるを、

鳶(とび)の見つけてくちばしをもって(3)突き殺しぬるを、猿回しもいろいろ追い散らして介抱をせしがついに(4)むなしくなりける故、

かの猿まわし親猿を呼びて、さてさて汝(なんじ)が多年出精(しゅっせい)して我(わが)家業にもなりし。


(5)このほど出産の小猿を愛する有りさま、さこそこの度の分かれ悲しく思ひなん、


我も鳶の来るらんとは思ひもよらず、物干に置きし無念さよと慰めけるに、

かの猿泪(なみだ)に伏し沈みたる体(てい)なりしが、

猿回しの者その席を離れとかくするうちに、(6)かの母猿狂言道具のひもを棟(むね)にかけてくびれて死せしとなり。

哀れなる恩愛の情と人の語りはべりぬ。


問い一、文章中に、「猿回しの者」の発言として、「 」でくくれるところが一箇所ある。その部分の最初と最後の五字ずつを書きぬけ。

意味をしっかりと読み取るのが基本です。

さらに、「と」を手がかりに見つけることができます。
会話部分があった後、「『と』言いました」の形になっていることが多いからです。

解答 さたさて汝〜し無念さよ

問い二、傍線(1)「かたりぬ」、(3)「突き殺しぬる」の主語をそれぞれ文章中から書き抜け。

解答 (1)見物せし者、(2)鳶

問い三、傍線(2)「産みしありしが」の、「産みし」と「ありしが」の間に言葉を補うとするとどんな言葉が適当か。文章中から漢字一字で書き抜け。

解答

問い四、傍線(4)「むなしくなりける」の現代語訳として最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えよ。

ア、疲れてしまった
イ、ばかばかしくなってしまった
ウ、死んでしまった
エ、元気になった


解答

問い五、傍線(5)「このほど出産の子猿を愛するありさま」がわかる十五字前後の部分を文章中からさがし、その最初と最後の三字ずつを書き抜け。

解答 芸に出〜愛する

問い六、傍線(6)「かの母猿〜死せし」とあるが、母猿が死んだのはなぜか。現代語で答えよ。

解答 愛する子猿が死んだことを悲しんだから。



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