「古文を気楽に読もう」の(15)は、上田秋成(うえだあきなり)の随筆『胆大小心録(たんだいしょうしんろく)』です。

上田秋成(1734年〜1809年)は、江戸時代中期(8代将軍徳川吉宗〜11代将軍徳川家斉のとき)の歌人・国学者・読本作家です。
4歳で商家の養子となり、店を火事で失ったあと、40歳を過ぎて医者となり、そのかたわら俳諧をたしなみ、国学を学び、読本(よみほん:小説)の作者として活躍しました。

代表作は怪異小説集『雨月物語』です。
『雨月物語』は、恨みを残して死んだ霊魂や、かなえられない欲望に身を焦がす幽霊が登場する怪異小説ですが、文学的な価値も高く、芥川龍之介や三島由紀夫も座右の書として愛しました。

胆大小心録』は上田秋成晩年の随筆です。

今日とりあげるのは、「医師(くすし)鶴田なにがしの話」です。

まず、本文を、(1)音読を心がける、(2)「作者の伝えたいことは何か=何がおもしろい(興味深い)のか」を理解する、の2点に留意して、読んでみましょう。


『医師(くすし)鶴田なにがしの話』

伊勢人(いせびと)村田道哲、医生にて大坂に寓居(ぐうきょ)す。

ひととせ天行病にあたりて苦悩もつともはなはだし。

我が社友の医家あつまりて、治することなし。

道哲が本郷より兄といふ人来たりて、我が徒にむかひ、恩を謝して後、「今は退(の)かせたまへ。」と言ひしかば、皆かへりしなり。

兄、道哲に言ふ、「なんぢ京阪(けいはん)に久しく在(あ)りて、医事は学びたらめど、真術をえ学ばず。諸医助かるべからずと申されしなり。命を兄に与ふべし。」とて、

牀(しょう)の上ながら赤はだかに剥(は)ぎて、扇をもて静かにあふぎ、また時どき薄粥(うすがゆ)と熊の胆(い)とを口にそそぎ入れて、一、二日あるほどに、熱少しさめ物くふ。

つひに全快したりしかば、国につれてかへりしなり。

これは兄が相可といふ里に、鶴田なにがしといふ医師(くすし)の、薄衣薄食といふことを常にこころえよとて教えしかば、かの里近くに住む人は病せずとぞ、これはまことに医聖なり。

その教へに、「よきほどと思ふは過ぎたるなり。」とぞ。

しかるべし。


読むときのヒント

伊勢人(いせびと)村田道哲、医生にて大坂に寓居(ぐうきょ)す。
伊勢人(いせびと):伊勢(三重県)の人
医生:医学を学ぶ学生
寓居す:伊勢から来て大阪に仮住まいをしていた

ひととせ天行病にあたりて苦悩もつともはなはだし。
ひととせ:ある年
天行病:流行り病(はやりやまい)

もつとも:もっとも

我が社友の医家あつまりて、治することなし。
我が社友の:同じ門下の

道哲が本郷より兄といふ人来たりて、我が徒にむかひ、恩を謝して後、「今は退(の)かせたまへ。」と言ひしかば、皆かへりしなり。
道哲が本郷:道哲の故郷
退(の)かせたまへ:お帰りください

言ひしかば:言ったところ
・「しか」…過去の助動詞「き」の已然形(いぜんけい)が「しか」
・「ば」…「ば」は接続助詞、〜したところ

皆かへりしなり:皆、帰ってしまった

兄、道哲に言ふ、「なんぢ京阪(けいはん)に久しく在(あ)りて、医事は学びたらめど、真術をえ学ばず。諸医助かるべからずと申されしなり。命を兄に与ふべし。」とて、
兄、道哲に言ふ:兄が道哲に言うことには
なんじ:おまえは
京阪:京都と大阪

学びたらめど:学んできたけれども
・「たら」…存続の助動詞「たり」の未然形
・「め」…推量の助動詞「む」の已然形
・「ど」…逆接の接続助詞


学ば:学ぶことができなかった
え〜ず…「え」は副詞、「ず」は否定の助動詞で、〜できなかったの意味

助かるべからず:助からないであろう
与ふべし:任せたほうがよい

牀(しょう)の上ながら赤はだかに剥(は)ぎて、扇をもて静かにあふぎ、また時どき薄粥(うすがゆ)と熊の胆(い)とを口にそそぎ入れて、一、二日あるほどに、熱少しさめ物くふ。
牀(しょう)の上ながら:寝台の上に寝かせたまま
赤はだか:すっ裸
熊の胆:くまのい、熊のたんのうを干したもの、胃腸の薬として用いた
熱少しさめ物くふ:熱が少し冷めて物を食べた

つひに全快したりしかば、国につれてかへりしなり。
したりしかば:したので
・「しか」…過去の助動詞「き」の已然形(いぜんけい)が「しか」
・「ば」…「ば」は接続助詞、〜したので


これは兄が相可といふ里に、鶴田なにがしといふ医師(くすし)の、薄衣薄食といふことを常にこころえよとて教えしかば、かの里近くに住む人は病せずとぞ、これはまことに医聖なり。
相可といふ里:相可という村
医師(くすし)の:医者が
「薄衣薄食といふことを常にこころえよ」:「薄着と少食の二つをいつも心得ておきなさい」、医者の鶴田の言葉

病せずとぞ:病気をしないということだ
・とぞ…:
格助詞「と」+係助詞「ぞ」、「〜と」を強調する表現

その教へに、「よきほどと思ふは過ぎたるなり。」とぞ。
その教へに:鶴田という医者の教へに
よきほどと思ふは過ぎたるなり」:これくらいで良いと思うくらいだと実は着過ぎ食べ過ぎだ

しかるべし。

しかるべし:その通りである
・動詞「しかり」の連体形+
推量の助動詞「べし」


文の主題(テーマ)を読み取ろう

江戸時代は、誰でも医者を名乗ることができました。
現代のように医師国家試験に合格することが必要な仕事ではなかったのです。

しかし、薬の知識や医療技術がないと信用されませんから、通常は確かな医者の弟子になって知識を習得し、技術をみがいた後、開業しました。
都会の大坂(今は大阪)や京都には医者を養成する塾もありました。

伊勢の国から大阪に出て医学を学んでいた村田道哲が病に倒れ、同門の医師たちは治すことができませんでした。

故郷から出てきた道哲の兄が、村の鶴田という医師の教えに従って弟を治療し、故郷に連れ帰ります。

この医者の教えは、薄着と少食でした。
薄着と少食で、村の人たちは医師の教えを守り、病気をすることもなかったというのです。

上田秋成はこの医師を真の「医聖」だと評しています。

よきほどと思ふは過ぎたるなり」の言葉に、秋成は「しかるべし」と、全面的に同意しています。


せっかく読んだので、ついでに出題された問題も解いておきましょう

次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。

伊勢人(いせびと)村田道哲、医生にて大坂に寓居(ぐうきょ)す。

ひととせ天行病にあたりて苦悩もつともはなはだし。

我が社友の医家あつまりて、(1)治することなし

道哲が本郷より兄といふ人来たりて、我が徒に(a)むかひ、恩を謝して後、「今は退(の)かせたまへ。」と(ア)言ひしかば(b)皆かへりしなり

兄、道哲に言ふ、「なんぢ京阪(けいはん)に久しく在(あ)りて、(2)医事は学びたらめど、真術をえ学ばず。諸医(3)助かるべからずと申されしなり。(4)命を兄に与ふべし。」とて、

牀(しょう)の上ながら赤はだかに剥(は)ぎて、扇をもて静かにあふぎ、また時どき薄粥(うすがゆ)と熊の胆(い)とを口にそそぎ入れて、一、二日あるほどに、熱少しさめ物くふ。

つひに全快したりしかば、国につれてかへりしなり。

これは兄が相可といふ里に、鶴田なにがしといふ医師(くすし)の、薄衣薄食といふことを常にこころえよとて(イ)教えしかば、かの里近くに住む人は病せずとぞ、これはまことに医聖なり。

その教へに、「(5)よきほどと思ふは過ぎたるなり。」とぞ。

しかるべし。




問い一、傍線(a)「むかひ」・(b)「かへりしなり」を現代かなづかいで書け。

語の最初にない「は・ひ・ふ・へ・ほ」は現代かなづかいでは「わ・い・う・え・お」です。


解答 a「むかい」、b「かえりしなり」


問い二、傍線(ア)「言ひしかば」・(イ)「教へしかば」の主語をそれぞれ文章中から書き抜け。


解答 (ア)兄、(イ)医師(鶴田なにがしといふ医師)


問い三、傍線(1)「治することなし」を現代語に訳せ。


解答 治すことができなかった


問い四、(2)「医事は学びたらめど、真術をえ学ばず」はどのような気持ちから言った言葉か。最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えよ。

ア、医学の修業をしたことが無駄になったことに不満を感じていった言葉。
イ、医学の修業をやめて故郷に帰って家業を継ぐことを勧めていった言葉。
ウ、医学の修業が完全に終わるまで一層励むように期待していった言葉。
エ、医学の修業が単に技術の習得にとどまっていることを批判していった言葉



解答


問い五、傍線(3)「助かるべからず」の現代語訳として最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えよ。
ア 助けてはならない
イ 助けようとはしない
ウ 助からないだろう
エ 助かるだろう



解答


問い六、傍線(4)「命を兄に与ふべし」の意味として最も適当なものを次から選び、記号で答えよ。
ア おまえの命の分まで兄の私が長生きしよう。
イ おまえの医学の知識で私に治療法を命じてくれ。
ウ 医学ではだめだから、兄と一緒に精神力で病気を治そう。
エ 医者が治せないおまえの命を兄の私に預けなさい



解答


問い七、傍線(5)「よきほどと思ふは過ぎたるなり」の意味として最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えよ。
ア ちょうどよいと思う程度だと実は多過ぎるのだ。
イ このくらいでよいと思うことは思い上がりである。
ウ よい時代と思えるものは常に過去のことである。
エ どんなことでも過ぎたらよいものに思えてくる。


解答


問い八、「鶴田なにがし」に対するこの文章の筆者の考え方として最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えよ。
ア 鶴田なにがしの医者としての実績は認めているが、考え方には納得できないものを感じている。
イ 鶴田なにがしは人間を超えた存在であり、その考えは一般の人には受け入れられないものだとしている。
ウ 鶴田なにがしの唱える健康保持の考えを、なるほどそのとおりであると感心し納得している。
エ 鶴田なにがしの言うことを信用しておらず、田舎医者に過ぎないと軽蔑している。


解答




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