「古文を気楽に読もう」の(16)は、無住(むじゅう)の随筆『沙石集(しゃせきしゅう)』です。
無住(1226年〜1312年)は、鎌倉時代に活躍した僧侶です。18歳で出家し、諸国をまわって仏教諸宗を学んだ博識家で、上野国(こうずけのくに:群馬県)や尾張国(おわりのくに:愛知県)で寺院を開くかたわら、『沙石集』、『妻鏡』、『雑談集(ぞうだんしゅう)』などの作品を著しました。
『沙石集(しゃせきしゅう)』は、わかりやすい逸話(=沙(しゃ:小粒の砂)や石)を題材に、金や宝石にあたる仏教の真髄を庶民に教えさとすという意味で名づけられた説話集です。
日本、中国、インドの伝説や日本各地の寓話の他、庶民の生活を伝える話、滑稽な話などで構成されており、『徒然草』や後の時代の狂言、落語に影響を与えたと言われています。
今日とりあげるのは、「藤の木のこぶを信じて馬を見つける話」です。
まず、本文を、(1)音読を心がける、(2)「作者の伝えたいことは何か=何がおもしろい(興味深い)のか」を理解する、の2点に留意して、読んでみましょう。
『藤の木のこぶを信じて馬を見つける話』
ある在家人(ざいけにん)、山寺の僧を信じて、世間出世のこと、深く頼みて、病むこともあれば、薬なども問ひけり。
この僧、医骨もなかりければ、よろづの病に「藤のこぶを煎じてめせ」と教へける。
信じてこれを用ゐけるに、よろづの病癒えずといふことなし。
ある時、馬を失ひて、「いかがつかまつるべき」といへば、例の「藤のこぶを煎じてめせ」といふ。
心得がたかりけれども、様ぞあるらんと信じて、あまりに取り尽くして、近々には、なかりければ、少し遠行きて、山のふもとを尋ぬるほどに、谷の辺より、失ひたる馬を見つけけり。
これも信のいたすところなり。
読むときのヒント
ある在家人(ざいけにん)、山寺の僧を信じて、世間出世のこと、深く頼みて、病むこともあれば、薬なども問ひけり。
在家人(ざいけにん):出家していない人、僧侶ではない一般の人
世間出世:世間とは世の中のこと、出世とは仏教の教えに関すること(現代語の「出世」とは意味が違います)
「ある在家人」が、田舎寺の僧侶を信じきって、何ごとにつけ頼みにして、病気になれば飲む薬まで質問をしていたのです。
この僧、医骨もなかりければ、よろづの病に「藤のこぶを煎じてめせ」と教へける。
医骨(いこつ):医術の心得
よろづの:よろずの、いろいろな、さまざまな
藤のこぶ:藤の木にできるこぶのようなもの
虫に食われた場所の細胞が増殖してこぶのようになったもので、昔から、癌や食欲不振、便秘に効果があるとされており、現在医学でもその効用が実証されています。
煎じて(せんじて):「煎ずる」薬や茶などを煮つめて成分を取り出すこと
めせ(召せ):飲みなさい
信じてこれを用ゐけるに、よろづの病癒えずといふことなし。
癒(い)えずといふことなし:治らないということがなかった、すべて治った
ある時、馬を失ひて、「いかがつかまつるべき」といへば、例の「藤のこぶを煎じてめせ」といふ。
「いかがつかまつるべき」:どうしたらいいでしょうか
・「つかまつる」…「する」、「行う」という意味の、「為(な)す」、「行(おこな)ふ」の謙譲語
心得がたかりけれども、様ぞあるらんと信じて、あまりに取り尽くして、近々には、なかりければ、少し遠行きて、山のふもとを尋ぬるほどに、谷の辺より、失ひたる馬を見つけけり。
心得がたかりけれども:納得しにくいことではあったけれども
「心得(こころう)」は「納得する」「理解する」
「がたかり」は、形容詞「がたし」(〜するのがむつかしい)の連用形
様(さま):理由
あるらん:あるのであろう
「らん」は、推量の助動詞「らむ」
あまりに取り尽くして:何かにつけて「藤のこぶを飲め」と言われるので、近辺の藤のこぶは取り尽してしまい、遠くまで藤のこぶを採りにいったことで、偶然、逃げた馬を見つけることができたのです。
これも信のいたすところなり。
信:信心、信仰
「これも深く信じた結果である」
文の主題(テーマ)を読み取ろう
現代人から見るといい加減なお坊さんと、そのお坊さんの言うことは何でも素直に信じる純朴な人の物語です。
おなかの病気にしか効かないはずの藤のこぶをよろずの病に「煎じて飲め」と勧める僧ですが、僧の言葉を全面的に信じて素直に飲む人は「よろづの病癒えずといふことなし」。
そしてきわめつけは、馬を失った人へのアドバイスがまた「藤のこぶを煎じてめせ」であったのに、さすがに今度は半信半疑であった人がそれでも僧の言葉を信じてその指示に従ったところ、見事に馬を探し当てたことです。
その理由が合理的に説明されていることにも感服してしまいます。
キリスト教でいう「信じるものは救われる」、日本のことわざの「いわしの頭も信心から」などを髣髴(ほうふつ)とさせる逸話です。
せっかく読んだので、ついでに出題された問題も解いておきましょう
次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。
ある在家人(ざいけにん)、山寺の僧を信じて、世間出世のこと、深く頼みて、病むこともあれば、薬なども問ひけり。
この僧、医骨もなかりければ、よろづの病に「藤のこぶを煎じてめせ」と教へける。
信じてこれを用ゐけるに、よろづの病癒えずといふことなし。
ある時、馬を(1)失ひて、「(2)いかがつかまつるべき」といへば、例の「藤のこぶを煎じてめせ」と(3)いふ。
(4)心得がたかりけれども、様ぞあるらんと信じて、あまりに(5)取り尽くして、近々には、なかりければ、少し遠行きて、山のふもとを尋ぬるほどに、谷の辺より、失ひたる馬を見つけけり。
これも( A )。
問い一、傍線(1)「失ひて」・(3)「いふ」の主語を文章中の言葉で書け。
解答 (1)在家人、(3)僧
問い二、傍線(2)「いかがつかまつるべき」の意味として適切なものを次から一つ選べ。
ア いつごろたずねたらよいでしょうか
イ どうしたらよいでしょうか
ウ 誰に聞いたらわかるでしょうか
エ なにがいちばん効くのでしょうか
解答 イ どうしたらよいでしょうか
問い三、傍線(4)「心得がたかり」は「納得しにくい」という意味だが、どうして納得しにくかったのか、書け。
解答 馬を失ってどうしたらよいかを僧に尋ねたのに、薬である藤のこぶを煎じて飲めと言われたから。(同意可)
問い四、傍線(4)「取り尽くして」は何を取り尽くしたのか。文章中から抜き出して書け。
解答 藤のこぶ
問い五、空欄Aにあてはまるものとして適切なものを次から一つ選べ。
ア 孝行の深き心よりおこれり
イ 信のいたすところなり
ウ 愚かなる人の世のならひなり
エ 罪深きことなり
解答 イ
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無住(1226年〜1312年)は、鎌倉時代に活躍した僧侶です。18歳で出家し、諸国をまわって仏教諸宗を学んだ博識家で、上野国(こうずけのくに:群馬県)や尾張国(おわりのくに:愛知県)で寺院を開くかたわら、『沙石集』、『妻鏡』、『雑談集(ぞうだんしゅう)』などの作品を著しました。
『沙石集(しゃせきしゅう)』は、わかりやすい逸話(=沙(しゃ:小粒の砂)や石)を題材に、金や宝石にあたる仏教の真髄を庶民に教えさとすという意味で名づけられた説話集です。
日本、中国、インドの伝説や日本各地の寓話の他、庶民の生活を伝える話、滑稽な話などで構成されており、『徒然草』や後の時代の狂言、落語に影響を与えたと言われています。
今日とりあげるのは、「藤の木のこぶを信じて馬を見つける話」です。
まず、本文を、(1)音読を心がける、(2)「作者の伝えたいことは何か=何がおもしろい(興味深い)のか」を理解する、の2点に留意して、読んでみましょう。
『藤の木のこぶを信じて馬を見つける話』
ある在家人(ざいけにん)、山寺の僧を信じて、世間出世のこと、深く頼みて、病むこともあれば、薬なども問ひけり。
この僧、医骨もなかりければ、よろづの病に「藤のこぶを煎じてめせ」と教へける。
信じてこれを用ゐけるに、よろづの病癒えずといふことなし。
ある時、馬を失ひて、「いかがつかまつるべき」といへば、例の「藤のこぶを煎じてめせ」といふ。
心得がたかりけれども、様ぞあるらんと信じて、あまりに取り尽くして、近々には、なかりければ、少し遠行きて、山のふもとを尋ぬるほどに、谷の辺より、失ひたる馬を見つけけり。
これも信のいたすところなり。
読むときのヒント
ある在家人(ざいけにん)、山寺の僧を信じて、世間出世のこと、深く頼みて、病むこともあれば、薬なども問ひけり。
在家人(ざいけにん):出家していない人、僧侶ではない一般の人
世間出世:世間とは世の中のこと、出世とは仏教の教えに関すること(現代語の「出世」とは意味が違います)
「ある在家人」が、田舎寺の僧侶を信じきって、何ごとにつけ頼みにして、病気になれば飲む薬まで質問をしていたのです。
この僧、医骨もなかりければ、よろづの病に「藤のこぶを煎じてめせ」と教へける。
医骨(いこつ):医術の心得
よろづの:よろずの、いろいろな、さまざまな
藤のこぶ:藤の木にできるこぶのようなもの
虫に食われた場所の細胞が増殖してこぶのようになったもので、昔から、癌や食欲不振、便秘に効果があるとされており、現在医学でもその効用が実証されています。
煎じて(せんじて):「煎ずる」薬や茶などを煮つめて成分を取り出すこと
めせ(召せ):飲みなさい
信じてこれを用ゐけるに、よろづの病癒えずといふことなし。
癒(い)えずといふことなし:治らないということがなかった、すべて治った
ある時、馬を失ひて、「いかがつかまつるべき」といへば、例の「藤のこぶを煎じてめせ」といふ。
「いかがつかまつるべき」:どうしたらいいでしょうか
・「つかまつる」…「する」、「行う」という意味の、「為(な)す」、「行(おこな)ふ」の謙譲語
心得がたかりけれども、様ぞあるらんと信じて、あまりに取り尽くして、近々には、なかりければ、少し遠行きて、山のふもとを尋ぬるほどに、谷の辺より、失ひたる馬を見つけけり。
心得がたかりけれども:納得しにくいことではあったけれども
「心得(こころう)」は「納得する」「理解する」
「がたかり」は、形容詞「がたし」(〜するのがむつかしい)の連用形
様(さま):理由
あるらん:あるのであろう
「らん」は、推量の助動詞「らむ」
あまりに取り尽くして:何かにつけて「藤のこぶを飲め」と言われるので、近辺の藤のこぶは取り尽してしまい、遠くまで藤のこぶを採りにいったことで、偶然、逃げた馬を見つけることができたのです。
これも信のいたすところなり。
信:信心、信仰
「これも深く信じた結果である」
文の主題(テーマ)を読み取ろう
現代人から見るといい加減なお坊さんと、そのお坊さんの言うことは何でも素直に信じる純朴な人の物語です。
おなかの病気にしか効かないはずの藤のこぶをよろずの病に「煎じて飲め」と勧める僧ですが、僧の言葉を全面的に信じて素直に飲む人は「よろづの病癒えずといふことなし」。
そしてきわめつけは、馬を失った人へのアドバイスがまた「藤のこぶを煎じてめせ」であったのに、さすがに今度は半信半疑であった人がそれでも僧の言葉を信じてその指示に従ったところ、見事に馬を探し当てたことです。
その理由が合理的に説明されていることにも感服してしまいます。
キリスト教でいう「信じるものは救われる」、日本のことわざの「いわしの頭も信心から」などを髣髴(ほうふつ)とさせる逸話です。
せっかく読んだので、ついでに出題された問題も解いておきましょう
次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。
ある在家人(ざいけにん)、山寺の僧を信じて、世間出世のこと、深く頼みて、病むこともあれば、薬なども問ひけり。
この僧、医骨もなかりければ、よろづの病に「藤のこぶを煎じてめせ」と教へける。
信じてこれを用ゐけるに、よろづの病癒えずといふことなし。
ある時、馬を(1)失ひて、「(2)いかがつかまつるべき」といへば、例の「藤のこぶを煎じてめせ」と(3)いふ。
(4)心得がたかりけれども、様ぞあるらんと信じて、あまりに(5)取り尽くして、近々には、なかりければ、少し遠行きて、山のふもとを尋ぬるほどに、谷の辺より、失ひたる馬を見つけけり。
これも( A )。
問い一、傍線(1)「失ひて」・(3)「いふ」の主語を文章中の言葉で書け。
解答 (1)在家人、(3)僧
問い二、傍線(2)「いかがつかまつるべき」の意味として適切なものを次から一つ選べ。
ア いつごろたずねたらよいでしょうか
イ どうしたらよいでしょうか
ウ 誰に聞いたらわかるでしょうか
エ なにがいちばん効くのでしょうか
解答 イ どうしたらよいでしょうか
問い三、傍線(4)「心得がたかり」は「納得しにくい」という意味だが、どうして納得しにくかったのか、書け。
解答 馬を失ってどうしたらよいかを僧に尋ねたのに、薬である藤のこぶを煎じて飲めと言われたから。(同意可)
問い四、傍線(4)「取り尽くして」は何を取り尽くしたのか。文章中から抜き出して書け。
解答 藤のこぶ
問い五、空欄Aにあてはまるものとして適切なものを次から一つ選べ。
ア 孝行の深き心よりおこれり
イ 信のいたすところなり
ウ 愚かなる人の世のならひなり
エ 罪深きことなり
解答 イ
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