飛鳥時代・奈良時代の章が一目で理解できるように、重要事項を最もわかりやすくまとめました。

1、東アジアの動き

(ずい)…分裂が続いた中国を300年ぶりに再統一(589年)、大運河の建設や高句麗遠征の失敗で反乱が起こり滅亡

(とう)618年建国、都は長安(現在のシーアン)、律令政治均田制(戸籍をつくり、土地を支給)、税として租・庸・調(そ・よう・ちょう)

シルクロード(絹の道)…中央アジアを横断する古代の東西交通路、中国の絹(シルク)がイスラム圏を通りヨーロッパにまで運ばれたことから、絹の(シルク)道(ロード)と名づけられた


2、聖徳太子の政治

朝鮮…百済(くだら)や新羅(しらぎ)が台頭、伽耶(かや:任那)から日本の影響力を排除

聖徳太子…6世紀末に推古天皇(すいこてんのう)の摂政となり、蘇我馬子(そがのうまこ)と協力して天皇中心の政治制度をつくることをめざす

冠位十二階…豪族優遇を改め、才能のある人を役人へ登用する道を探る

十七条の憲法(憲法十七条)…役人の心得を明文化する

遣隋使小野妹子(おののいもこ)を隋に派遣、中国の制度や文化を学ぶ

飛鳥文化(あすかぶんか)
・仏教文化(6世紀に百済から仏教が伝来、蘇我氏・聖徳太子が信仰)

法隆寺…世界最古の木造建築物、エンタシス(柱のふくらみ)はギリシャの影響
・釈迦三尊像(法隆寺)
・中国・インド・西アジア・ギリシャの影響


3、大化の改新

大化の改新中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と中臣鎌足(なかとみのかまたり:のち藤原鎌足)が蘇我蝦夷(そがのえみし)・蘇我入鹿(そがのいるか)を滅ぼして始めた政治改革

公地・公民…豪族の私有であった土地と人民を国有にする

白村江(はくそんこう、はくすきのえ)の戦い新羅が唐と結んで百済と高句麗を滅ぼす、日本は百済を救うため出兵するが敗北して撤退

天智天皇(てんじてんのう)…中大兄皇子が即位、戸籍を作る

壬申の乱(じんしんのらん)…天智天皇の死後、大友皇子に勝った天武天皇(てんむてんのう)が即位、天皇の称号が使われ始める、子の持統天皇藤原京に遷都


4、奈良時代

大宝律令の法律制度を導入、(りつ)は刑法にあたり、(りょう)は行政法にあたる

貴族…豪族は2官8省の官僚となり、貴族と呼ばれる

平城京710年元明天皇(げんめいてんのう)のとき、の都の長安にならい、奈良盆地に建設、人口約10万人

和同開珎(わどうかいちん、わどうかいほう)…最初の本格的な貨幣

国司・郡司…国を国司(都から派遣)が、地方を郡司(地方の豪族を任命)が統治

戸籍…6年ごとに作成、良民賤民に区分

班田収授法(はんでんしゅうじゅのほう)…6歳以上の人に口分田を貸与、税として(稲)・(布)・調(特産物)を課し、防人(さきもり)として九州防衛の義務も

三世一身法(さんぜいっしんのほう)…新たな開墾地は三代、他は一代の私有を認める

墾田永年私財法(こんでんえいねんしざいのほう)…口分田が不足し、開墾した土地の私有を認める、荘園(しょうえん)の始まり

天平文化(てんぴょうぶんか)
・仏教と唐の影響を受けた文化

・遣唐使…630年〜894年に10数回派遣、同行した阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)は唐の高官に

聖武天皇(しょうむてんのう)…光明皇后(こうみょうこうごう)と仏教の力で国を守るため国ごとに国分寺(こくぶんじ)・国分尼寺(こくぶんにじ)を建てる
東大寺…大仏
正倉院聖武天皇の御物(ぎょぶつ)を納める、校倉造(あぜくらづくり)

行基(ぎょうき)…橋や用水路をつくり、東大寺大仏の造営に協力

鑑真(がんじん)…苦労して来日し、唐招提寺(とうしょうだいじ)で布教

・「古事記(こじき)」「日本書紀(にほんしょき)」「風土記(ふどき)」「万葉集(まんようしゅう)」…「古事記」「日本書紀」は歴史書、「風土記」は地方の国ごとの自然・産物・伝承を記す、「万葉集」は天皇・貴族・農民・兵士の歌を集める


関連年表

593年 聖徳太子が摂政となる
・589年 隋が中国を統一
603年 冠位十二階
604年 十七条の憲法
607年 遣隋使(小野妹子)

・610年 マホメット(ムハンマド)がイスラム教を開く
630年 第一回遣唐使
645年 大化の改新始まる
663年 白村江の戦い
672年 壬申の乱

・676年 新羅が朝鮮を統一
701年 大宝律令
708年 和同開珎
710年 平城京に遷都
723年 三世一身法
743年 墾田永年私財法
752年 東大寺の大仏完成
784年 長岡京に遷都





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