私はずっと中学生に理科を教えていますが、自分が中学生、高校生の頃は理科が嫌いでした。得意科目の国語・社会は、勉強しなくても点がとれた。嫌いな数学・理科は勉強も後回しになるし、やっても頭に入らないし、苦労しました。
典型的な文系人間です。
 
理系と文系をわけるもの
子どもの志向を決める要素は何か?
 
左脳・右脳が関係しているのかもしれません。そうなると遺伝ということになりますが、それこそ文系の私ですから、そっち方面はあまり突き詰めて調べようという気にならない(文系は生来の怠け者でもあります)。
 
親の好みは大きいと思います。塾の子を見ても、子どもが例えば理・数がよくできれば、親も、そういえば自分もそうだったとおっしゃる方が多い(懇談で話題になります)。私の場合も、父親が寝転がっては小説や週刊誌を読んでいる家だったから、父親のようにはなりたくないと思っていた私が、癖だけは受け継いだ。
 
つまり、成育環境が大きく影響しているのは確かです。
 
理系と文系の興味の違い
文系人間は、花を見たら「あ、花」、星を見たら「あ、星」、で、それ以上には興味がわかない。なんという名前だろう?属はなんだろう?種はなに?なんてのは脳裏にうかんでこない。
 
そのかわりに、例えば喫茶店でお茶を飲んでいて窓の外を1人の中年男性が歩いているとすると、この人はどんな職業なんだろう、家族と一緒には住んでなさそうだ、服装からすると相当裕福だな、とかを自然に考えている。
 
つまり、文系人間は、人間と、人間に関係するもの(法律とか、経済とか)にしか興味がわかない(逆に、理系の人は、医学のように人間をものと見るときは別にして、人なんか煩わしいだけと思ってるんじゃないかというのが私の偏見です)。
 
文系が理科を教えるときに気をつけていること
最初は得意な国語や社会を教えていました。すぐに気づいたのは、小中学生についつい専門的な話を自己満足でしてしまって、かえって子どものためにならないという事実です。
巷間よく言われるように、勉強ができなかった人のほうができない人の気持ちがわかるから、上手に教えることができるのではなかろうか。それで、できなかった理科担当にかわりました。
 
いつも留意しているのは、文系の発想で教えてしまって、理系の伸びる才能を摘まないように気をつけようということです。
 
それと、「好きこそものの上手なれ」、自分が好きにならないと人に勉強する楽しさは教えられません。私の場合、最初は、仕事だからいやいや勉強しなければならなかった。しかし、そのおかげで、それまで興味がなかった理科に属する知識が広がるにつれ、ある程度歳をとってから理系の事々のおもしろさもわかってきた。塾という仕事のおかげで、文系人間が理系の面白さも味わうことができるようになったわけで、ひとの2倍の楽しみを享受させてもらっている。
 
その楽しさを子どもたちに伝えることで、本来の理系の人と伍していけるのではないかと思っています。