私と塾と掃除

私は仕事上、困ったことが起こると、なぜか教室の掃除をしてしまいます(ぼんやりとあれこれ考えることができるので、気持ちが落ち着いてきて精神衛生によいから)。

教室の1階、男子トイレの清掃は私の担当です(私がトイレの掃除をしている間は、塾は潰れないであろうという根拠のない確信があります)。

昼間、空いた時間ができたら、教室近くの道路や空き地(もちろん所有者はいらっしゃいますから不法侵入かもしれません)に落ちたごみを拾っています(うちの塾生が落とした可能性を排除できないという理由もありますが、真の理由は、こうしている間は神様も塾を潰さないだろうという信仰みたいなものです)。

塾の方針として、授業後、担当した講師は自分の使った部屋の掃除を済ませて退出するきまりになっています(昔は汚れが目立ったとき、授業前に社員が分担して掃除をしていたのですが、いつのまにか掃除で塾の1日を終える風潮が定着してきました)。


入社時にした唯一の訓話

U先生が講師から社員になられた時、普通であれば会社の高遠な基本方針とかを社長の私が訓示したりするべきかなと、ちらっと思ったりしたんですが、わが社に基本方針とかないし、何年か一緒に仕事をしてこられた人に教えることもないし、結局私が言ったのは、「時間があれば掃除をお願いします。」だけでした。
なにか上役らしい教訓めいたことを言わなければいけない瞬間かもと思って、「掃除をしているとき、人間は謙虚になるからね。」とだけ言ったら、あとは言うことがなくなってしまいました。


上宮の校訓

大阪の伝統校に上宮高校があります。普通、学校が掲げる校訓は「質実剛健」や「文武両道」などたいそう立派なものが多いのですが、上宮の校訓の一つは「掃除」です。最初見たとき、変わった校訓だなと思ったのですが、なぜかその校訓だけで信用できそうな気がしてきました。


掃除の大切さを説明する言葉を持たなかった

このように、自分の中の優先順位として「掃除」は結構高い位置にあるのですが、なぜ掃除が大切なのか、自分では説明できる言葉を見つけられないまま(説明できる言葉を見つけられないということは『わかっていない』ということです)、長年過ごしてきました。


内田樹さんの素晴らしい説明

今、一番の売れっ子の学者さんに内田樹(うちだたつる)さんという方がいらっしゃいます(神戸女学院大学教授)。何の学者さんかよく知りませんが(ウィキペディアを見たら、思想家、エッセイスト、元フランス文学研究者、元翻訳家、大学教員と書いてある、何屋さんやねん?)、マスコミに超ひっぱりだこの有名な方であることは確かです。
私は、現在の「ものかき」の中で、この方を(この人の言説の内容を)唯一全面的に信頼、尊敬しています。

その内田さんの6月24日付けのブログのエントリ(覚えたてなのでまた使っちゃった)に、私の長年の疑問を氷解させる解答が書いてありました。発売されるやいなや一気に百万部を突破した村上春樹の『1Q84』にふれたものです(わたしはIQ84って、知能指数84の可哀相な人の話かと思っていました。Iじゃなくて1だったんですね。)

ご飯を作り、お掃除をすることの英雄性』という記事です。

http://blog.tatsuru.com/

その内容の引用です。

1、まず、「村上作品はどうして世界的なポピュラリティを獲得したのか」、という問いに対して、「いずれも人間にとって本質的な営み」である、「ご飯とお掃除」について書かれているからであろうと答えた。

2、文学作品は無数に存在するが、「お掃除する場面」にこれだけ長い頁数を割いた作家はほぼ絶無と言ってよい。

3、掃除をしているときに、私たちは宇宙的なエントロピーの拡大にただ一人抵抗している「秩序の守護者」なのである。けれども、この敗北することがわかっている戦いを日々戦う人なしには、私たちの生活は成り立たない。

4、精神科医は心を病んだ患者にしばしば「部屋を掃除しなさい」という実践的忠告をする。「部屋を片付けると、頭の中も片付く」ことが経験的に知られているからである。

5、橋本治さんは先般、アートマネジメントの学生たちのためにインターンシップの心得をうかがったところ、「現場に入ったら、まずゴミを拾いなさい」と即答された。「プロデューサーの仕事はゴミを拾うことです。全部が見えている人間にしかゴミは拾えないのだから」とさらに深遠な言葉を続けられた。

6、「お掃除をする人」はその非冒険的な相貌とはうらはらに、人類に課せられた「局地的に秩序を生成するためのエンドレスの努力」というシシフォス的劫罰の重要性を理解している人なのである。

(この「シシフォス的劫罰」こそ、私の言葉に訳すと「重き荷を背負いて遠き道を行く」の意味です。)

ここまで適切に掃除を語っていただくと、もはや言うべき言葉はありません。世の中には賢い人がいるものだと、深甚な敬意を抱かざるをえません。



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