小学6年生で習う『速さ』、中学校の数学、理科にも影響する大切な単元です。
算数嫌いの子にとっては最大の難関、指導者もうまく教えられずに苦悩します。
私は、みんなの常識に「嘘」があるというか、現実の子どもと指導の仕方との間に多きな「乖離」があるのではないかと疑っています。今日は、普段感じている疑問を書いてみます。
公式の誤まった覚え方(キ・ハ・ジは役にたつのか)
ご存知のように、速さの単元では、速さ=道のり÷時間、道のり=速さ×時間、時間=道のり÷速さの3つの公式が出てきます。
この3つの区別が難しいと一般には思われています。そこで、3公式の簡単な覚え方を工夫しようという流れがあり、その代表的なものが、円の内部を3分割して、キ・ハ・ジと書き込ませ、それを見たら公式がわかるとういうやり方、そして、その亜流です。どこにキ・ハ・ジを書きこむか、その覚え方までいろいろ考案されています。
キ・ハ・ジ大流行
私はこの方式には意味がないと思っているので、教えません。(世間に迎合して、説明ではさらっとふれます。そうしておかないと、「いい方法があるのに、このおっさん、知らんのか」と思うのが子どもたちですから。)
私は教えないのに、学校で速さの単元に入ったら、キ・ハ・ジの図を書いて解こうとする子が続出します。また、中学生だと、数学の苦手な子に限って速さの問題と判断するやいなやキ・ハ・ジを書いて解こうとします。前にも書きましたが、学校でキ・ハ・ジを教えているのでしょう。
キ・ハ・ジで解けるようにはならない
私がキ・ハ・ジに意味がないと思う最大の理由は、使っても問題は解けない、正解にたどりつけないからです。やさしいテスト、問題集でも、キ・ハ・ジを使ってそれだけで解ける問題なんかほとんどありません。
キ・ハ・ジを使ったら解けなかった速さの問題が解けるようになった、わからなかった問題が理解できたという人がいたら是非お目にかかりたいくらいです。
有用性のないやり方を、疑問も持たずに子どもに教え、キ・ハ・ジさえ覚えれば解けるようになると子どもに錯覚させ、使っても問題は解けないから子どもを苦しませ、速さの問題は難しい、できないと子どもの自信を失わせる。
無責任な指導者の極みです。
頭が痛いと苦しんでいる子どもに目薬をさす医者、目薬ですべての病気に立ち向かえと言う医者を、あなたは信用できますか?キ・ハ・ジを嬉々として世に垂れ流している人は、この医者以上の害悪を世の中に垂れ流していると私は思っています(目薬をさしたら目くらいは良くなりますが、キ・ハ・ジは賢い子も馬鹿になるおそれさえあります)。
処世哲学として
もう一つ、キ・ハ・ジを私が忌み嫌う理由は、これさえ覚えたら人が苦労している問題を自分は楽に解ける、そういうものが安易に手に入るという人生哲学を、子どもに植えつけることになるからです。
世の中の詐欺・騙しのほとんどは、この哲学につけこむことで人を苦しめます。偽物ダイエットから、オウム真理教にすがったインテリまで、例はいくらでもあげられます。詐欺師に騙され、人生に失敗する哲学を、勉強を通じて教え込んではいけない。
「苦労しないと成功はできない」「頑張ったらその分成果を得られる」という、まっとうな哲学にのっとった教え方を工夫するほうがいいのではないでしょうか。
では、速さの公式はどうやって覚えたらよいか
では偉そうに人を批判するおまえはキ・ハ・ジに代わるどんないい方法を考案したのか?と聞かれそうですね。
答えは……→ ない!
たった3つの公式くらい、そのまま覚えましょうよ。
子どもはもっと難しいことや複雑なことを一杯覚えてるじゃないですか。速さの公式を子どもは覚えられないと決めてかかるのは、現実の子どもを知らない、知ってはいても見ようとしない人の戯言です。
キ・ハ・ジなんてのを教えなくても、速さの3公式くらい、子どもはあっさりと覚えてくれます。
実際の子どもは、公式を覚えてないから速さの問題が解けないんじゃないんです。
速さの問題が解けない原因は別にあります。
(この稿、明日に続きます。)
算数嫌いの子にとっては最大の難関、指導者もうまく教えられずに苦悩します。
私は、みんなの常識に「嘘」があるというか、現実の子どもと指導の仕方との間に多きな「乖離」があるのではないかと疑っています。今日は、普段感じている疑問を書いてみます。
公式の誤まった覚え方(キ・ハ・ジは役にたつのか)
ご存知のように、速さの単元では、速さ=道のり÷時間、道のり=速さ×時間、時間=道のり÷速さの3つの公式が出てきます。
この3つの区別が難しいと一般には思われています。そこで、3公式の簡単な覚え方を工夫しようという流れがあり、その代表的なものが、円の内部を3分割して、キ・ハ・ジと書き込ませ、それを見たら公式がわかるとういうやり方、そして、その亜流です。どこにキ・ハ・ジを書きこむか、その覚え方までいろいろ考案されています。
キ・ハ・ジ大流行
私はこの方式には意味がないと思っているので、教えません。(世間に迎合して、説明ではさらっとふれます。そうしておかないと、「いい方法があるのに、このおっさん、知らんのか」と思うのが子どもたちですから。)
私は教えないのに、学校で速さの単元に入ったら、キ・ハ・ジの図を書いて解こうとする子が続出します。また、中学生だと、数学の苦手な子に限って速さの問題と判断するやいなやキ・ハ・ジを書いて解こうとします。前にも書きましたが、学校でキ・ハ・ジを教えているのでしょう。
キ・ハ・ジで解けるようにはならない
私がキ・ハ・ジに意味がないと思う最大の理由は、使っても問題は解けない、正解にたどりつけないからです。やさしいテスト、問題集でも、キ・ハ・ジを使ってそれだけで解ける問題なんかほとんどありません。
キ・ハ・ジを使ったら解けなかった速さの問題が解けるようになった、わからなかった問題が理解できたという人がいたら是非お目にかかりたいくらいです。
有用性のないやり方を、疑問も持たずに子どもに教え、キ・ハ・ジさえ覚えれば解けるようになると子どもに錯覚させ、使っても問題は解けないから子どもを苦しませ、速さの問題は難しい、できないと子どもの自信を失わせる。
無責任な指導者の極みです。
頭が痛いと苦しんでいる子どもに目薬をさす医者、目薬ですべての病気に立ち向かえと言う医者を、あなたは信用できますか?キ・ハ・ジを嬉々として世に垂れ流している人は、この医者以上の害悪を世の中に垂れ流していると私は思っています(目薬をさしたら目くらいは良くなりますが、キ・ハ・ジは賢い子も馬鹿になるおそれさえあります)。
処世哲学として
もう一つ、キ・ハ・ジを私が忌み嫌う理由は、これさえ覚えたら人が苦労している問題を自分は楽に解ける、そういうものが安易に手に入るという人生哲学を、子どもに植えつけることになるからです。
世の中の詐欺・騙しのほとんどは、この哲学につけこむことで人を苦しめます。偽物ダイエットから、オウム真理教にすがったインテリまで、例はいくらでもあげられます。詐欺師に騙され、人生に失敗する哲学を、勉強を通じて教え込んではいけない。
「苦労しないと成功はできない」「頑張ったらその分成果を得られる」という、まっとうな哲学にのっとった教え方を工夫するほうがいいのではないでしょうか。
では、速さの公式はどうやって覚えたらよいか
では偉そうに人を批判するおまえはキ・ハ・ジに代わるどんないい方法を考案したのか?と聞かれそうですね。
答えは……→ ない!
たった3つの公式くらい、そのまま覚えましょうよ。
子どもはもっと難しいことや複雑なことを一杯覚えてるじゃないですか。速さの公式を子どもは覚えられないと決めてかかるのは、現実の子どもを知らない、知ってはいても見ようとしない人の戯言です。
キ・ハ・ジなんてのを教えなくても、速さの3公式くらい、子どもはあっさりと覚えてくれます。
実際の子どもは、公式を覚えてないから速さの問題が解けないんじゃないんです。
速さの問題が解けない原因は別にあります。
(この稿、明日に続きます。)