働きアリ

勉強をしている子どもたちが、悩み、知りたい、理解したいと思いながら、今までは調べる方法がなかった事柄を、必要かつ十分な説明でわかりやすく記述したサイトです

出会った言葉

essay 「勝つことよりも大切なことがある」 今日、出会った言葉から

新潮45平成24年1月号・「ビートたけしの達人対談」に、ラグビーの松尾雄治さんが登場しています。

松尾雄治さん:昭和29年生まれ。目黒高校・明治大学出身。明治大学で日本選手権準優勝、新日鉄釜石で日本選手権7連覇を含む8度の優勝を達成。日本ラグビー史上最大のスターであった。

私が感動したのは、松尾さんの言葉ではなくて、松尾さんが語った松尾さんの恩師、明治大学ラグビー部元監督の北島忠治さんの言葉です。

北島忠治さん:1996年に95歳で亡くなるまでの67年間、明治大学ラグビー部を指導した伝説的な名監督。人格の陶冶を掲げた愛情のこもった指導で1300人の卒業生を育てた。


松尾雄治さんが語る北島監督の言葉


北島先生の本の最後に、こう書いてある。「本当の勝者とは、四年間一試合も試合に出られずとも、四年間一日も練習を休まず、卒業したものである」と。

北島先生
(の教え)は、もう正々堂々、ずるいことはするなという教えです。


だから「早稲田に勝て」とか、「慶応に勝て」とかそういうことを一度も言われたことはないです。「普段通りに今までやってきたことを思いっ切り、全力で無我夢中で頑張れ」と、それだけでしたね。

北島先生は「試合に勝つことよりも大切なことがある」と言われていたので、「それって何だろう」と、(私、松尾は)ずーっと考えていた。


「試合に勝つことよりも大切なことがある」「それって何だろう」

一時(格差社会が言われ始めた小泉内閣の頃)、「勝ち組、負け組」なる言葉が流行ったことがあります。
私は当時、下品な言葉だなという感想を持ちましたが、では人生で「勝つ」こと以上に何が大事な価値かと問われれば、答えに窮して口ごもってしまいます。

松尾雄治氏は、北島監督の言葉をずうっと考えていて、「それはやっぱり『自分に勝つ』ということなんですよ」との結論に達したそうです。


「正々堂々、ずるいことはするな」

松尾さんはわかってらっしゃるのでしょうが、「自分に勝つ」だけでは、我ら凡人にはわかりにくい。

「勝つより大切なもの」について、もう少し考えてみましょう。

北島監督は、相手の選手が反則で退場したとき、「学生たちに正々堂々と戦わせてやりたい。同じポジションの選手をこちらも退場させて十四対十四でやらせてくれ」と審判に頼んだことがあるそうです。
「相手が一人足りないと、勝っても一生涯『あのとき十四対十五で勝った』ことになるのが不憫でならない」と。

十四対十五の勝利では、「得をした」という卑しい私心が、心のシミ、汚れとなって残るのです。
つまり、ズルをしたり、卑怯な手を使って勝つのがよくないのはもちろんのこと、あとに一点でも心に曇りが残ったら、そんな勝利には何の値打ちもないということです。

だから、本当の勝利は、私心なく「全力で無我夢中で頑張」ったあとの達成感の中にしかない、「全力をふりしぼって最善を尽くす」ことだけが人にできる最上のことであるというのが、北島先生の教えの真髄であり、松尾さんの言う「自分に勝つ」とは以上の意味であろうと、私は理解しました。




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essay 今日、出会った言葉から なでしこジャパンは「情熱的で精神的で、戦術的」

2011ワールドカップ女子サッカーの日本代表、なでしこジャパンは優勝候補のドイツ、スウェーデンをやぶり、17日の決勝でアメリカと対戦します。

準決勝戦で、スウェーデンを3対1でくだしたなでしこジャパンの戦いぶりは世界中で絶賛されているようです。
Soccer KING誌の記事『米メディアがなでしこを絶賛「世界中にサッカー本来の姿を発見させた」』は特に印象的で、何十人もの人がウェブ上で引用、紹介しています。


「女子ワールドカップ決勝でなでしこジャパンと対戦することが決まったアメリカの『ESPN』が、準決勝スウェーデン戦での日本のパフォーマンスを称賛した。」

「日本の女性たちは自分たちが最も身長の高いチームではないことを知っていた。フィジカルにおいても最も強じんというわけではなかった」

「しかし彼女たちは、世界中の誰もが今、発見したことを既に知っていた。サッカーはフィジカルだけではなく、本来、情熱的で精神的で、正真正銘、戦術的なものだ」



「サッカーはフィジカルだけではなく、本来、情熱的で精神的で、正真正銘、戦術的なものだ」のくだりが特に読者の心をうったようです。
私も、「いい表現だな」「これはサッカーに限らない、勉強も、先天的な頭脳だけではなくて、情熱と、精神力と、戦術で決まる」と感動しました。


元の記事を探す

そして、Soccer KINGが紹介したアメリカ誌『ESPN』の記事を読んでみたいと思いました。

Soccer KINGは、アメリカ誌『ESPN』と紹介するだけで元の記事までは明示していません。
ウェブ上でSoccer KINGの記事を引用している人たちも、元のESPNの記事まで確認している人はいませんでした。

そこで、自分で探すことにしました。
「ESPN」で検索して、ESPNのサイトにはすぐにたどりつけました。
ところが、予想以上に大きいサイトでした。
膨大な数の記事があって、なかなか探している記事にたどりつけません。

困りました。

思いついたのが、Soccer KINGの記事はいかにも直訳調です。
記事中の「日本の女性たちは自分たちが最も身長の高いチームではないことを知っていた。」程度だと、私の英語力でも英訳できそうです。
このくだりを英語に訳し戻して、それで検索したら、元の記事にたどりつけるのではないだろうか。

「Japanese women know they are not the tallest」で検索すると、一発で、探していた記事が冒頭にあがってきました。
正しくは、「The Japanese women knew they wouldn't be the tallest soccer team in the 2011 FIFA Women's World Cup. 」でした。


『ESPN』の記事

元の記事の題名は、『Japanese team measured by heart, not height』です。
『日本チームは体の高さではなくて心の強さで評価』とでも訳したらよいのでしょうか。
しゃれた言いまわしです。
heartとheightと、韻をふんでいるのも素敵です。

Soccer KINGが引用したのは、記事の冒頭の部分だけです。

『ESPN』の本文は、さらに感動的でした。

決勝進出が決して「偶然の事故」ではないこと、北京オリンピックではアメリカの得点で急に覇気がなくなったのに今度は違ったというスウェーデンコーチの言葉、サッカーは彼女たちの夢そのものなのだという佐々木監督の言葉、試合では「世界中の友人の方々へ、地震に際しての援助に感謝します」の垂れ幕を掲げて戦っていること、チームスピリットと一体感が強さの源であること、「サッカーをしている、しようとしている少女たちに自分たちの姿を見てほしい」という沢選手の言葉、「日本チームは一人が動くと、全員が動くのよ」というスウェーデン選手の賞賛の言葉、なでしこの花の紹介と、なでしこジャパンがなでしこの花のように感動的な、心をうつ、洗練された、美しいサッカーをしていることなどを述べた後、「自分たちの小さな勝利が地震の被害を受けた人たちに勇気と希望を与えてくれたら」「決勝でも最善を尽くします」という佐々木監督の言葉でしめくくっています。

日本人に勇気を与えてくれる、素晴らしい記事でした。

『ESPN』の元の記事のアドレスは、こちらです。
ar0010001643l






追記:アメリカの読者も、この記事には心をうたれたようです。
コメント欄には多くのコメントが寄せられています。

特に、
They are the pride of a nation, and hope of its people,  COME ON JAPAN!

「彼女たちは国の誇りであり、国民の希望なんだよ。さあ、日本よ、かかってこい!」

アメリカ人のこういうところは、本当に好きです。



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essay 今日、出会った言葉から 「数学とは長時間考えるという苦しみに耐える学問である」

『国家の品格』の著者で、数学者の藤原正彦さんの言葉です。

「数学とは長時間考えるという苦しみに耐える学問である。解けないという不安、焦燥、欲求不満、劣等感に耐える学問なのだ。」

「その報酬として、解けたときの『鋭い喜び』がある。中学生か高校生の頃、図形の問題を考えに考えて、とうとう一本の補助線を発見し一気に解決したときの、何とも言えぬ喜びは多くの人の共有するところだろう。他のいかなる喜びとも違う、『鋭い喜び』だ。」

「苦しい思考の末に、『鋭い喜び』があるということを知るのが数学を学校で教える大きな理由の一つだ。」

「この喜びを知らないと、一ヶ月の間昼夜を通して考え抜く、などという苦痛に人間は耐えられない。」

「自信を持って火の玉の如く考え続けることができない。」



塾講師のジレンマ

私たち塾講師が期待されるのは、子どもたちの成績を上げること、入試に合格できる学力をつけること、です。

そして、学校の定期テストレベルだと、例えば方程式の文章題で点がとれるようにしようと思えば、一番てっとりばやく効果の上がる方法は、機械的にパターンを覚えさせることです。
速さの問題はこういう図をかいて数値を当てはめれば誰でも解けるとか、食塩水の問題はすべてこの式に代入したらどんな問題でも解けるとか、そういう教え方をするとすぐに点数に反映しますし、子どもたちも(親も)喜びます。

また、今のこの時期は入試シーズンですが、入試科目の数学で失敗するとしたら、例外なく、一つの問題にこだわって時間を使い過ぎ、他の解けたはずの問題が解けなかったときです。
いきおい私たち塾講師は、「解けない問題があってもこだわるな。どの大問も(1)や(2)の基本問題さえ確実に解けたら合格ラインを超えるんだから、解ける問題を確実にとれ。」と指導することになります。

つまり、本来の数学の勉強法としては疑問が残るやり方を、テストで点をとるためだけ、入試に合格するためだけだったら、奨励せざるをえない場合があるのが私たちの仕事の一面です。


パターン学習が勉強だと錯覚した子の行く末

パターンを覚えて、それに当てはめるのが数学だと錯覚させられた子どもは、定期テストでは点がとれるようになり、入試では合格しても、進学した中学や高校で「数学嫌い」になってしまうおそれがあります。

塾講師を長くしていると、「成功」が実は「失敗」の原因であったという例を目にすることも皆無ではありません。

パターンだけを教えてそれで済ませてしまえば、いわば、「子どもたちの人生を狂わせる」わけで、「罪は万死にあたいします」。


本当に有効な策は、力をつけるしかない

子どもたちの才能の芽をつまないで、点数もとらせるようにしようと思えば、当たり前のことですが、子どもたちに、「自分で考える」、「自力で解く」力を身につけてもらうしかありません。

そして、数学で、本当の実力、学力を身につけようと思えば、「長時間考えるという苦しみに耐える」、その楽しさ、おもしろさを、自分自身の喜びとして体得してもらうしか方法はないのです。


答えは教えない、解き方も教えない、解くときの型(作法)を習得してもらう

塾講師のジレンマに陥らないために、私は、まず、試験の直前と、試験に直接関係のない時期とでは、教え方自体を大きく変えるようにしています。
普段は、パターンの機械的な修得はできるだけ避けます。

また、自分だけの力で解けるようにするには、「答え」も、「解き方」も教えないのが理想なのですが、何も教えないで子どもたちができるようになることはありません。
「教えたら子どものためにならない」と「教えないとできるようにはならない」の二律背反の解決策として、私は、例えば、関数の応用問題だと、「式を必ず書き込む」、「座標も書き込んで座標を使って考える」から始まって、こうすれば自分だけの力で解けるようになるという型、作法を教えることを目標としています。

子どもたちから、「解けたときの『鋭い喜び』」を奪ってはならないのです。


週刊新潮2011.2.10日号、藤原正彦『管見妄語』「鋭い喜び」より。




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essay 今日、出会った言葉から 「黙って帰るわけにはいかないだろう。」 清水宏保の父

長野五輪で金・銅メダル、ソルトレーク五輪で銀メダルを獲得した清水宏保選手のお父さんの逸話です。

清水選手が小学2年生のとき、お父さんは末期がんを宣告されました。
余命半年と宣告されながら9年間生き続け、清水選手が高校2年生のとき、インターハイの1000mと1500mで優勝したのを見届けるように、その1週間後に亡くなったのだそうです。

「インターハイに優勝すると、大学から推薦枠がもらえる。主人はヒロが大学に行くまではと常々言っていましたから、安心したんだと思います。」清水選手のお母さんの言葉です。

そのお父さんですが、「建設会社を経営していた父は、暮れに資金の回収に回っていた。ある取引先を訪ねると、経営者から「年を越すお金もない」と頭を下げられる。子どもがお腹をすかして泣いていた。見かねた清水の父は、それまで集金した百万円をぽんと置いて帰ってきたのである。」

「母・津江子が思い出しながら笑う。」

「うちだって従業員にボーナスを払わなきゃならないのに「金は全部置いてきた」ですから。それに家の冷蔵庫にはものがいっぱい詰まっているだろう。あそこの家の冷蔵庫には何も入っていなかった。黙って帰るわけにはいかないだろう、という一言で終わり。」

「父が亡くなると、母は小さな身体で土木作業員をしながら清水に仕送りを続けた。ナショナルチームに選ばれても、遠征費用の半分は自己負担。大学3年生になった清水は、これ以上母に負担をかけられないと、「試験があるから」と嘘をつき、遠征を辞退した。」

「そんな噂を聞きつけた十勝の企業が、遠征費用の支援を申し出てくれたのである。」

「清水の父に助けられた人はその後札幌の会社に就職し、その会社の社長に頼み込んで清水の遠征費用を支援してもらったのだ。清水はそのお陰で遠征が可能になり、W杯に勝ち、長野五輪の内定ももぎとった。」



著者の吉井妙子さんのおかげで、私は清水宏保さんという人のすごさを初めて知りました。
世界一になった人ですから、常人の及びもつかない努力をした人だろうとは思っていましたが、彼の自己鍛錬は想像を絶するものでした。
まさに超人です。

しかし、それ以上に感動したのは、人の「思い」の強さです。

お父さんの「思い」が人を助け、助けられた人の「思い」が清水選手を助けます。

「黙って帰るわけにはいかないだろう。」
この一言に込められた「思い」が貧しさのどん底にある家族を救い、それが巡りめぐって清水選手の道を切りひらいたのです。

「黙って帰るわけにはいかないだろう。」
こう言って目をふせて家族や従業員に詫びながら、しかし心のどこかで胸を張るお父さんたちのやせ我慢が、今のこの国をつくってきたのです。

「黙って帰るわけにはいかないだろう。」
人を「思いやる」、なんと素敵な言葉でしょうか。


オール読物2010年11月号、『最速アスリートの決断・清水宏保』(吉井妙子)より。


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essay 今日、出会った言葉から 「JET STREAM」 男の仕事と美学

週刊文春の『著者は語る』より、『JET STREAM 旅への誘い(いざない)詩集〜遠い地平線が消えて〜』の著者、堀内茂男さんを取り上げた記事です。

JET STREAMは、私が中学生の時に始まり、今も続いているFM東京の看板番組です。



番組冒頭に流れていた故・城達也氏の語りは、おそらくすべての日本人が一度は耳にしたことがあるはずです。

jet streamは「ジェット気流」、対流圏の上層を吹く強い偏西風のことです。
ずっと上昇気流の中を飛び続けることができていた幸せな時代のわが国とともに、この番組は40年以上歩み続けてきました。

堀内茂男さんは、城達也氏が番組内で朗読していたすべての詩を書いた放送作家の方だそうです。


「詩は1〜2時間で完成するときもあれば、2日かけても書けないときもありました。」

「収録は毎週火曜日の午後1時から。絶大な人気を誇り、多忙を極めた城氏だったが、収録サイクルは堅持した。」

「現場では城氏以下、全員がスーツにネクタイ姿。番組のダンディズムとロマンティシズムを、スタッフ全員で体現した。」

「城さんにアドリブは一切なし。ナレーターとしての美学がそれを許さないんです。『堀内の原稿を誰よりも巧く読んでやる』。その熱意が伝わったし、僕もそれに応えるべく原稿用紙に向かう毎日でした。」

「27年間、ふたりで食事にいったりしたことは一度もありません。城さんと僕の間には原稿しかなかった。馴れ合いのない距離感が、かえって僕には心地よいものでした。」

「94年2月、城氏に食道癌が見つかる。収録を続けるも満足のいく声が出せなくなり、自ら降板を決意。同年12月30日、通算7387回目の放送が“ラストフライト”で、2ヵ月後、城氏は還らざる地へ旅立った。」

「僕はね、城さんの声が本当に好きでした。
(この本に載せた)詩も原稿もすべて城さんの声を脳裏に置いて書いたもの。城さんのシャープでいて温かみのある声を思い出しながら読んでいただけたら、これ以上の幸せはありません。」


週刊誌の書籍紹介記事を読んで涙ぐむ人間なんて、私くらいしかいないかもしれん。

深夜12時、城さんの『遠い地平線が消えて・・・』で始まるナレーションを聴いて、ささくれだった心がすうっとしずまって、また明日から頑張ろうと思いながら眠りにつくことができた人間が、私をふくめておそらく何万人、いや何十万人もいたはずです。

私は城さんしか知りませんでしたが、城さんのかげには堀内さんのような方がおられたわけだ。

城達也氏も男、堀内茂男さんも男の中の男、私より20歳ほど年長の方のようですが、私も城さんや堀内さんのような仕事ぶりでありたい・・・。


世は移ろいます。

海外旅行が夢であった時代に始まったこの番組のスポンサー日本航空JALは、いまや経営不振で瀕死寸前のありさまです。
日航のジェット旅客機がテレビの画面に映っただけで心躍った時代があったなんて、今の人にはわかってもらえないかもしれません。


JET STREAMは、ボールペンの商品名にもなっています。

三菱の開発者が数年の歳月をかけて開発した新しいボールペンは、いまやボールペンの歴史を変える商品になりつつあります。
私の周りでも、「ジェットストリームを使い始めたらもう他のボールペンなんか使えない」とおっしゃる方が少なくありません。


堀内さんの記事を読んで、ひょっとすると商品名を考えていた三菱鉛筆の開発者の脳裏にもMR. LONELYの調べと城さんのJET STREAMが流れていたのかもしれないなと、想像してしまいました。







週刊文春平成22年10月21日号・「文集図書館」著者は語る『JET STREAM 旅への誘い詩集〜遠い地平線が消えて〜』(堀内茂男著)より。



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essay 「オープンエデュケーション」 今日、出会った言葉から

週刊文春平成22年10月14日号・「文集図書館」に、杉並区立和田中学校の藤原和博氏が、ちくま新書『ウェブで学ぶ オープンエデュケーションと知の革命』(梅田望夫・飯吉透著)の書評を書いています。


サルマン・カーン氏という人がいるらしい。

ネット上で、誰でも見ることのできるKhan Academyを開講している人です。

遠隔地に住む中学生の姪のためにネット上の電子黒板を使いながら勉強を教えていたものをユーチューブで公開したところ、世界中から評価されて、・・・、無料塾『カーン・アカデミー』が始まった」のだそうです。

2001年、マサチューセッツ工科大学で始まったオープンエデュケーションの奔流が、今、世界中を包み込んでいる」らしい。

オープンエデュケーションとは、「教材のすべてをウェブ上で公開し、いつでもどこでも誰でもが無料で学習することを可能にする流れ」のことです。

大学レベルの知に限らず、小中学生向けの教科書・教材もオープン・リソースになり、誰でもが自分に合った教科書を編集できるのが理想的であることを疑う人はないだろう。」と藤原氏は言います。

しかし、それは政府がハードウェアを何千万台撒こうが実現しない。

アップルもグーグルもアマゾンもウィキペディアもそうであったように、カーン氏のような個人的な『狂気』が、まず大事なのだと思う。」と、藤原氏は述べています。


以下は我が家での会話です。

私「おい、どうやら俺は世界の潮流の最先端を行ってるみたいやぞ。毎日、パソコンに向かって何の得にもならんことをやってって馬鹿にしてたけど、どうや、この記事、見てみい。」

家人「ふうん・・・。」(と、記事を読んで)「あんたとなんの関係もないみたいに思うけど。」

私「あほか、俺はこれ、これ、このオ、オープンエデュケーションがしたかったんじゃ。」

家人「そうか?そんなこと、一言も聞いたことないけどな。確かにオープンやけど、エデュケーションというほどたいしたことないんちゃう?」

私「んぐ・・・。」

家人「そうやなあ、この『個人的な狂気』いう部分はあたってるわ。1円にもならんのに、毎日2時間も3時間もかけて誰も読まんような記事を書いてるのん見てたら、『狂気』以外のなにものでもないとは言えるわな。」

だ、そうです。


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lounge 美しいと言われるものを一度も見たことがないのだから、模倣しようにもできないのだ

若いときは、曽野綾子氏が大嫌いでした。

こちらの気分が昂揚しているときに、冷水を浴びせるようなことばかりを書く、なんという嫌味な作家だと思っていました。

例えば、「格差をなくせ」という言説を読んで、私が「本当にそうだ、なくさないといけない」と憤って正義の味方を気取っていたとします。
そんなときに、曽野綾子氏の文章は次のように冷笑して私の高揚した気分に水をさします。
「格差をなくせと目を吊り上げて叫ぶ人を見ると、私は、格差のない国や社会など世界中探してもどこにもないのにと思ってしまう。それに、誰も反論できない正義を声高に叫んで正義が実現した例など、かつてあったためしはないのである。」(この文は曽野綾子氏の言いそうなことを真似た私の創作です。)

とこらがいつの頃からか、曽野綾子氏の文章がすうっと頭に入ってくるようになってきました。
こちらがそれだけ大人になったのでしょう。

その曽野氏が、新潮45(2010.10月号)作家の日常、私の仕事『含みと羞恥の欠如』で次のように書いています。


「1990年代の半ばから、私はインドのデカン高原の中にあるビジャプールという不可触民の多い都市に、小学校を建てる仕事を手伝うようになった。」

「インドのイエズス会(イグナチウス・デ・ロヨラによって始められた世界的な組織を持つ男子修道会)は不可触民の教育に熱心であった。」

「別に教育を受けて、会計士や薬剤師になることだけが収入を得る道ではないであろう、と私は考えた。どこの国にも、広い意味で手仕事で食べる方法というものはあるはずである。」

「たとえばインドの刺繍は有名だ。」
「独特の地方性を見せる陶器もある。」

「もう少し頑張って、少なくとも日常雑器として使える程度に堅くて特徴のある陶器を焼けば、もの好きな日本人なども買うでしょうに、と私がイエズス会の神父に言うと」

「田舎のスラムで育った子供たちは、美しいと言われるものを一度も見たことがないのだから、模倣しようにもできないのだと言われた」

「これは私にとってちょっとしたショックだった。」

「考えてみると、私たち日本人は生活のどこかで、美しいものをたくさん見ているのであった。」

「しかし、ビジャプールの子供たちの暮らす世界には、生まれてこのかた、どこを探しても一つとして美しいものがないというのだ。」

「だから子供たちは手芸をしても、目標とすべき美のレベルのお手本もないのである。」



そして、次のように続きます。


「考えてみれば、私たちは子供のときから本をたくさん読んだ。」

「本にはあらゆる種類の上等な日本語が、緩急自在の豊かな表情を見せてくれていた。私たちは本を読むことで、自分にはとうてい及びもつかない日本語の使い方を学んだ。」



「すべての芸術は部分的に模倣であるはずだ。」「模倣に始まって、模倣を超えた時にそれは固有の資質を見せる芸術になる。」と曽野綾子氏は言います。

芸術だけに限りません。
学問も教養も、模倣に始まり、模倣を超えたときにその人の個性になります。

私たち塾講師は、子どもたちが模倣するに値するような大それた存在ではありません。

しかし、模倣をする価値のある模範と、偉大な先人たちの到達点を、子どもたちに紹介してあげることはできますし、それをするのが私たちの仕事ではないかと、最近思っています。


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lounge 「日本は極めて孤独な国」 今日、出会った言葉から

最近、気になる国はロシアです。

隣国の一つではあるけれど、アメリカや中国のような近しさは感じない。
しかし、だからこそ、ロシア人のものの考え方はどうなってるんだろうと、なぜか気になる。

そんなときに出会ったのが、2010年8月19日朝日新聞朝刊の政談ニッポン、『国の形描けぬ日ロ』という記事です。
インタビューに答えているのは、1982年から日本に滞在されている、ロシアのイタル・タス通信東京支局長のゴロブニン氏です。


「皮肉にも、いまの日本とロシアは非常に似ている。かつての自民党は、旧ソ連の共産党がまさにそうであったように、一つの政党というよりは日本という国家そのものであった。しかし、小泉純一郎氏が自民党がつくってきた古き良き、あたたかい日本を見事に壊した。ゴルバチョフ氏やエリツィン氏と同じように、破壊者の役割を果たした。」

「ひとつの時代は終わった。だが、新しい時代をどう形作ればいいかわからない。両国とも今、生みの苦しみの中にいる。」

「日本は極めて孤独な国。もう一つの敗戦国であるドイツは、ヨーロッパという家族を離れて暴れまわったが、戦争に負けた後は家族に戻った。しかし、日本には家族のような国がない。本当の意味での友達もいない。これは日本の運命だ。」

「孤独の中に一定の幸せを見つけていくよりほかない。」


西洋(ここでは、キリスト教を共通の文化的基盤とする、ヨーロッパ+アメリカのことをイメージしています)とまともに喧嘩をして、いまだに生きのびている国は、ロシアと日本くらいです。

(ロシアもキリスト教国ですが、歴史的にも教義的にも西洋のカトリックやプロテスタントとは隔絶した、いわば土着宗教としてのキリスト教です。)

(中国は、ヨーロッパよりよほど古い大帝国ですが、まだ西洋が西洋になる前にモンゴル帝国が攻め込んだくらいで、まともに西洋と戦ったことはありません。)

ロシアも日本も、西洋から見るとどんづまりの辺境です。それゆえか、ロシア人も、日本人も、西洋の価値観にかぶれるのと、土着の価値観にすがるのとを、交互に繰り返しているように見えます。
トルストイもドストエフスキーもソルジェニーツィンも、西洋かぶれを心の底から嫌悪し、最後に心の拠りどころとしたのは「ロシアの大地」でした。
アメリカと覇を争ったソビエト連邦の社会主義そのものが、発祥の地はイギリス、ドイツだし(マルクスやエンゲルスはドイツ人です)。

ゴルバチョフがソビエト連邦の解体に着手したとき、私は「あほなことを・・・」と思いました。
西洋の価値観にかぶれて、せっかくの大国の地位を手離すのかと思った。

あれはあれでそうしないと国がもたなかったのだと、今になったらわかりますが、あほな私にそれを見抜けるはずがない。
ゴルバチョフ、エリツィン時代のロシアは、ヨーロッパ、アメリカにいいようにもてあそばれているように見えました。

今のプーチンのロシアは、昔の、西洋が馬鹿にしながら怖がったロシアに戻ったような気がします。
自分たちの価値観に自信満々で、西洋のルールなんか歯牙にもかけていない。
造反者や都合の悪い記事を書いたジャーナリストが白昼堂々と暗殺されたりして、ドストエフスキーの小説の世界がよみがえったような気さえします。

小泉純一郎はゴルバチョフ、エリツィンだったのかと、目をひらかれました。
こういうことは、外国人でないとわからない。
ロシア人でないと、教えてくれない。


日本は極めて孤独な国」、本当にそうだ。

本当の意味での友達もいない」、これもまさしくその通りだ。

そして、「
これは日本の運命だ。」、そう、そうなんだよなあ。


鳩山さんや菅さんは、相手にその気もないのに、無理に友達をつくろうとしているように見えて危なっかしくて仕方がありません。
愛想笑いをして、もみ手をして・・・。
あんたはのび太か?と言いたくなる。


日本は極めて孤独な国」、「本当の意味での友達もいない」、だから「孤独の中に一定の幸せを見つけていくよりほかない」と、いい意味で開き直っちゃえばいいのに。



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lounge 「誠実と献身が招きよせた贈り物」 今日、出会った言葉から

一世を風靡した雑誌に『暮らしの手帖』があります。

世間がその本当の価値を知らないままに廃刊となり(と書いて念のために調べてみたら、まだ刊行中でした)、山本夏彦さんのようなめったに人を誉めない「世の気難し屋」が、雑誌と編集長の花森安治氏を絶賛していた雑誌です。

最近刊行された、『『暮らしの手帖』と私』は、九十歳でまだ現役という、暮らしの手帖社の社主(前社長)の大橋鎭子さんの著書です。

『新潮45』2010年8月号に、鶴ヶ谷真一さんが『『暮らしの手帖』と私』の書評を書いておられます。今日は、その中の言葉から。


「著者の大橋鎭子さんは」「小学5年生のときに父親を結核で失った。臨終のベッドで、父は長女である著者に、母を助け二人の妹の面倒をみるように言いおいて亡くなった。大きな声で「ハイ、ワカリマシタ」と答えた十歳の長女は、母に代わって喪主を勤める。葬儀の翌日、近所のゴミ箱に、参列者に差し上げたお弁当が捨てられてあった。そんな危惧は無用なのに、みな結核の感染をおそれたのだった。そのときの悲しみを思うと、八十年以上たった今も、のどのあたりが痛くなるという。」

「第六高女を卒業すると、日本興業銀行に入り、調査課に配属された。」

「やがて、もっと勉強しなければという思いから興銀をやめ、日本女子大に入学したが、病気のため学業をあきらめた。」

「戦争が終わり、著者は将来のことを心に決めた。「ふつうにお勤めしていたのでは、給料も安いし、母と妹二人を幸せにすることは難しい。自分で仕事をしなければ」。日本読書新聞の田所太郎編集長に相談すると、花森安治を紹介された。」

「著者の思いを知った花森は、早く亡くなった自身の母親への思いを重ね合わせた。「ぼくは母親に孝行できなかったから、君のお母さんへの孝行を手伝ってあげよう」。」

「花森安治を中心にしながら、著者は企画、編集にたずさわり、モデルをつとめ、リュックサックを背負って書店をまわった。」

「川端康成、志賀直哉といった大家も、東久邇成子(天皇陛下第一皇女)といった皇族も、著者の熱意に動かされて執筆した。」

「本書を読むと、人との幸運な出会いが、じつは人知れぬ誠実と献身の招きよせた贈り物であったことが実感される。」



歳をとると涙もろくなって、十歳の少女が臨終の父に向かって言う「ハイ、ワカリマシタ」の段で、もうウルウルきてしまうのです(おかっぱ頭で、「気をつけ」の姿勢で立っている少女の姿まで眼前に浮かんできます)。

花森安治氏の「君のお母さんへの孝行を手伝ってあげよう」で、また、ウルウル(私は自分の母にちっとも親孝行していないのにね)。

花森氏は、自分の言葉に責任を持ち続けて、亡くなるまで、雑誌『暮らしの手帖』をその道のプロが絶賛する雑誌として維持し続けるわけです。

花森安治氏は終生女性風の髪型をしてスカートをはき続けた、見かけは「女々しい」人だったのですが、まさに、『男の中の男』(山本夏彦氏の評)です。

人知れぬ誠実と献身」は、誰か特定の人に対しての誠実や献身ではありません。

自分が選択した「生き方」に向けた誠実と献身です。

その誠実と献身が、同じように自分の生き方に誠実で献身的な人を招きよせて、幸せな人生をいろどっていくのでしょう。



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lounge 「頭がよくないと一流のスポーツ選手には絶対になれない」 今日、出会った言葉から

超一流のスポーツ選手がすこぶる頭も良いことは、周知の事実です。

イチローや松井の言動を見ているとよくわかりますし、旬(しゅん)の人としてはサッカーの本田圭佑選手の言葉にも頭の良さを感じます。

その理由も漠然とは想像できますが、一流のスポーツマンが分析してくれたら一番説得力がある。

五輪に7度出場した、アルベールビル冬期オリンピックの銅メダリスト、現在参議院議員で日本スケート連盟会長でもある橋本聖子さんの言葉です。

同世代の親御さんと話していて、時々非常に残念なのは、『ウチの子は勉強ができないから、せめてスポーツだけでも……』と言われるんですよ。

でも本当は、頭がよくないと一流のスポーツ選手には絶対になれないんです。

頭のいい選手は、何のために練習しているのか、このトレーニングによって何が鍛えられ、競技にどう役立つのかということがはっきりとわかっている。だから脳から筋肉に的確な命令が出せるんです。

それができない選手は、ただ漫然と練習時間を過ごしてしまう。

優れた選手とそうでない選手との差は、そこでつくんですよ。


勉強にも、そのまま100パーセント、あてはまりますな。

文章的にも、満点の構成です。
まず、オヤ?と思わせた後、先に結論をスパーッと述べて、続く理由の叙述が明快、最後の結論まで間欠がない。

いや、素晴らしい「お言葉」です。


前記の部分は、本当は前置きでして、橋本さんの言いたいことの真意は、これに続く次の言葉にあります。

だから、選手自らがスポーツを通して人間力が高まっていく姿を社会に見せていかないといけない。

そうしないと『自分の子どもは勉強ができないからスポーツを』なんていう親御さんは減らないし、この国のスポーツ文化のレベルも上がっていかないと思うんですよね。

橋本さんは1964年生まれ、言葉の端々から、人の何倍もの充実した人生を送ってこられたことがびんびんと伝わってきます。


週刊文春2010年6月24日号『阿川佐和子のこの人に会いたい(第831回)』より。


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