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勉強をしている子どもたちが、悩み、知りたい、理解したいと思いながら、今までは調べる方法がなかった事柄を、必要かつ十分な説明でわかりやすく記述したサイトです

古文

Japanese 古文を読もう・16 無住(むじゅう)『沙石集(しゃせきしゅう)』

「古文を気楽に読もう」の(16)は、無住(むじゅう)の随筆『沙石集(しゃせきしゅう)』です。

無住(1226年〜1312年)は、鎌倉時代に活躍した僧侶です。18歳で出家し、諸国をまわって仏教諸宗を学んだ博識家で、上野国(こうずけのくに:群馬県)や尾張国(おわりのくに:愛知県)で寺院を開くかたわら、『沙石集』、『妻鏡』、『雑談集(ぞうだんしゅう)』などの作品を著しました。

沙石集(しゃせきしゅう)』は、わかりやすい逸話(=沙(しゃ:小粒の砂)や石)を題材に、金や宝石にあたる仏教の真髄を庶民に教えさとすという意味で名づけられた説話集です。

日本、中国、インドの伝説や日本各地の寓話の他、庶民の生活を伝える話、滑稽な話などで構成されており、『徒然草』や後の時代の狂言、落語に影響を与えたと言われています。

今日とりあげるのは、「藤の木のこぶを信じて馬を見つける話」です。

まず、本文を、(1)音読を心がける、(2)「作者の伝えたいことは何か=何がおもしろい(興味深い)のか」を理解する、の2点に留意して、読んでみましょう。


『藤の木のこぶを信じて馬を見つける話』

ある在家人(ざいけにん)、山寺の僧を信じて、世間出世のこと、深く頼みて、病むこともあれば、薬なども問ひけり。

この僧、医骨もなかりければ、よろづの病に「藤のこぶを煎じてめせ」と教へける。

信じてこれを用ゐけるに、よろづの病癒えずといふことなし。

ある時、馬を失ひて、「いかがつかまつるべき」といへば、例の「藤のこぶを煎じてめせ」といふ。

心得がたかりけれども、様ぞあるらんと信じて、あまりに取り尽くして、近々には、なかりければ、少し遠行きて、山のふもとを尋ぬるほどに、谷の辺より、失ひたる馬を見つけけり。

これも信のいたすところなり。


読むときのヒント

ある在家人(ざいけにん)、山寺の僧を信じて、世間出世のこと、深く頼みて、病むこともあれば、薬なども問ひけり。
在家人(ざいけにん):出家していない人、僧侶ではない一般の人

世間出世:世間とは世の中のこと、出世とは仏教の教えに関すること(現代語の「出世」とは意味が違います)

「ある在家人」が、田舎寺の僧侶を信じきって、何ごとにつけ頼みにして、病気になれば飲む薬まで質問をしていたのです。


この僧、医骨もなかりければ、よろづの病に「藤のこぶを煎じてめせ」と教へける。
医骨(いこつ):医術の心得

よろづの:よろずの、いろいろな、さまざまな


藤のこぶ:藤の木にできるこぶのようなもの
虫に食われた場所の細胞が増殖してこぶのようになったもので、昔から、癌や食欲不振、便秘に効果があるとされており、現在医学でもその効用が実証されています。


煎じて(せんじて):「煎ずる」薬や茶などを煮つめて成分を取り出すこと

めせ(召せ):飲みなさい


信じてこれを用ゐけるに、よろづの病癒えずといふことなし。
癒(い)えずといふことなし:治らないということがなかった、すべて治った


ある時、馬を失ひて、「いかがつかまつるべき」といへば、例の「藤のこぶを煎じてめせ」といふ。
「いかがつかまつるべき」:どうしたらいいでしょうか
・「つかまつる」…「する」、「行う」という意味の、「為(な)す」、「行(おこな)ふ」の謙譲語


心得がたかりけれども、様ぞあるらんと信じて、あまりに取り尽くして、近々には、なかりければ、少し遠行きて、山のふもとを尋ぬるほどに、谷の辺より、失ひたる馬を見つけけり。
心得がたかりけれども:納得しにくいことではあったけれども
「心得(こころう)」は「納得する」「理解する」
「がたかり」は、形容詞「がたし」(〜するのがむつかしい)の連用形


様(さま):理由

あるらん:あるのであろう
「らん」は、推量の助動詞「らむ」

あまりに取り尽くして:何かにつけて「藤のこぶを飲め」と言われるので、近辺の藤のこぶは取り尽してしまい遠くまで藤のこぶを採りにいったことで、偶然、逃げた馬を見つけることができたのです。


これも信のいたすところなり。
:信心、信仰
「これも深く信じた結果である」


文の主題(テーマ)を読み取ろう

現代人から見るといい加減なお坊さんと、そのお坊さんの言うことは何でも素直に信じる純朴な人の物語です。

おなかの病気にしか効かないはずの藤のこぶをよろずの病に「煎じて飲め」と勧める僧ですが、僧の言葉を全面的に信じて素直に飲む人は「
よろづの病癒えずといふことなし」。

そしてきわめつけは、馬を失った人へのアドバイスがまた
「藤のこぶを煎じてめせ」であったのに、さすがに今度は半信半疑であった人がそれでも僧の言葉を信じてその指示に従ったところ、見事に馬を探し当てたことです。

その理由が合理的に説明されていることにも感服してしまいます。

キリスト教でいう「信じるものは救われる」、日本のことわざの「いわしの頭も信心から」などを髣髴(ほうふつ)とさせる逸話です。


せっかく読んだので、ついでに出題された問題も解いておきましょう

次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。

ある在家人(ざいけにん)、山寺の僧を信じて、世間出世のこと、深く頼みて、病むこともあれば、薬なども問ひけり。

この僧、医骨もなかりければ、よろづの病に「藤のこぶを煎じてめせ」と教へける。

信じてこれを用ゐけるに、よろづの病癒えずといふことなし。

ある時、馬を(1)失ひて、「(2)いかがつかまつるべき」といへば、例の「藤のこぶを煎じてめせ」と(3)いふ

(4)心得がたかりけれども、様ぞあるらんと信じて、あまりに(5)取り尽くして、近々には、なかりければ、少し遠行きて、山のふもとを尋ぬるほどに、谷の辺より、失ひたる馬を見つけけり。

これも(   A   )。



問い一、傍線(1)「失ひて」・(3)「いふ」の主語を文章中の言葉で書け。


解答 (1)在家人、(3)僧


問い二、傍線(2)「いかがつかまつるべき」の意味として適切なものを次から一つ選べ。
ア いつごろたずねたらよいでしょうか
イ どうしたらよいでしょうか
ウ 誰に聞いたらわかるでしょうか
エ なにがいちばん効くのでしょうか


解答 イ どうしたらよいでしょうか


問い三、傍線(4)「心得がたかり」は「納得しにくい」という意味だが、どうして納得しにくかったのか、書け。


解答 馬を失ってどうしたらよいかを僧に尋ねたのに、薬である藤のこぶを煎じて飲めと言われたから。(同意可)


問い四、傍線(4)「取り尽くして」は何を取り尽くしたのか。文章中から抜き出して書け。



解答 藤のこぶ


問い五、空欄Aにあてはまるものとして適切なものを次から一つ選べ。
ア 孝行の深き心よりおこれり
イ 信のいたすところなり
ウ 愚かなる人の世のならひなり
エ 罪深きことなり



解答





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Japanese 古文を読もう・15 上田秋成『胆大小心録(たんだいしょうしんろく)』

「古文を気楽に読もう」の(15)は、上田秋成(うえだあきなり)の随筆『胆大小心録(たんだいしょうしんろく)』です。

上田秋成(1734年〜1809年)は、江戸時代中期(8代将軍徳川吉宗〜11代将軍徳川家斉のとき)の歌人・国学者・読本作家です。
4歳で商家の養子となり、店を火事で失ったあと、40歳を過ぎて医者となり、そのかたわら俳諧をたしなみ、国学を学び、読本(よみほん:小説)の作者として活躍しました。

代表作は怪異小説集『雨月物語』です。
『雨月物語』は、恨みを残して死んだ霊魂や、かなえられない欲望に身を焦がす幽霊が登場する怪異小説ですが、文学的な価値も高く、芥川龍之介や三島由紀夫も座右の書として愛しました。

胆大小心録』は上田秋成晩年の随筆です。

今日とりあげるのは、「医師(くすし)鶴田なにがしの話」です。

まず、本文を、(1)音読を心がける、(2)「作者の伝えたいことは何か=何がおもしろい(興味深い)のか」を理解する、の2点に留意して、読んでみましょう。


『医師(くすし)鶴田なにがしの話』

伊勢人(いせびと)村田道哲、医生にて大坂に寓居(ぐうきょ)す。

ひととせ天行病にあたりて苦悩もつともはなはだし。

我が社友の医家あつまりて、治することなし。

道哲が本郷より兄といふ人来たりて、我が徒にむかひ、恩を謝して後、「今は退(の)かせたまへ。」と言ひしかば、皆かへりしなり。

兄、道哲に言ふ、「なんぢ京阪(けいはん)に久しく在(あ)りて、医事は学びたらめど、真術をえ学ばず。諸医助かるべからずと申されしなり。命を兄に与ふべし。」とて、

牀(しょう)の上ながら赤はだかに剥(は)ぎて、扇をもて静かにあふぎ、また時どき薄粥(うすがゆ)と熊の胆(い)とを口にそそぎ入れて、一、二日あるほどに、熱少しさめ物くふ。

つひに全快したりしかば、国につれてかへりしなり。

これは兄が相可といふ里に、鶴田なにがしといふ医師(くすし)の、薄衣薄食といふことを常にこころえよとて教えしかば、かの里近くに住む人は病せずとぞ、これはまことに医聖なり。

その教へに、「よきほどと思ふは過ぎたるなり。」とぞ。

しかるべし。


読むときのヒント

伊勢人(いせびと)村田道哲、医生にて大坂に寓居(ぐうきょ)す。
伊勢人(いせびと):伊勢(三重県)の人
医生:医学を学ぶ学生
寓居す:伊勢から来て大阪に仮住まいをしていた

ひととせ天行病にあたりて苦悩もつともはなはだし。
ひととせ:ある年
天行病:流行り病(はやりやまい)

もつとも:もっとも

我が社友の医家あつまりて、治することなし。
我が社友の:同じ門下の

道哲が本郷より兄といふ人来たりて、我が徒にむかひ、恩を謝して後、「今は退(の)かせたまへ。」と言ひしかば、皆かへりしなり。
道哲が本郷:道哲の故郷
退(の)かせたまへ:お帰りください

言ひしかば:言ったところ
・「しか」…過去の助動詞「き」の已然形(いぜんけい)が「しか」
・「ば」…「ば」は接続助詞、〜したところ

皆かへりしなり:皆、帰ってしまった

兄、道哲に言ふ、「なんぢ京阪(けいはん)に久しく在(あ)りて、医事は学びたらめど、真術をえ学ばず。諸医助かるべからずと申されしなり。命を兄に与ふべし。」とて、
兄、道哲に言ふ:兄が道哲に言うことには
なんじ:おまえは
京阪:京都と大阪

学びたらめど:学んできたけれども
・「たら」…存続の助動詞「たり」の未然形
・「め」…推量の助動詞「む」の已然形
・「ど」…逆接の接続助詞


学ば:学ぶことができなかった
え〜ず…「え」は副詞、「ず」は否定の助動詞で、〜できなかったの意味

助かるべからず:助からないであろう
与ふべし:任せたほうがよい

牀(しょう)の上ながら赤はだかに剥(は)ぎて、扇をもて静かにあふぎ、また時どき薄粥(うすがゆ)と熊の胆(い)とを口にそそぎ入れて、一、二日あるほどに、熱少しさめ物くふ。
牀(しょう)の上ながら:寝台の上に寝かせたまま
赤はだか:すっ裸
熊の胆:くまのい、熊のたんのうを干したもの、胃腸の薬として用いた
熱少しさめ物くふ:熱が少し冷めて物を食べた

つひに全快したりしかば、国につれてかへりしなり。
したりしかば:したので
・「しか」…過去の助動詞「き」の已然形(いぜんけい)が「しか」
・「ば」…「ば」は接続助詞、〜したので


これは兄が相可といふ里に、鶴田なにがしといふ医師(くすし)の、薄衣薄食といふことを常にこころえよとて教えしかば、かの里近くに住む人は病せずとぞ、これはまことに医聖なり。
相可といふ里:相可という村
医師(くすし)の:医者が
「薄衣薄食といふことを常にこころえよ」:「薄着と少食の二つをいつも心得ておきなさい」、医者の鶴田の言葉

病せずとぞ:病気をしないということだ
・とぞ…:
格助詞「と」+係助詞「ぞ」、「〜と」を強調する表現

その教へに、「よきほどと思ふは過ぎたるなり。」とぞ。
その教へに:鶴田という医者の教へに
よきほどと思ふは過ぎたるなり」:これくらいで良いと思うくらいだと実は着過ぎ食べ過ぎだ

しかるべし。

しかるべし:その通りである
・動詞「しかり」の連体形+
推量の助動詞「べし」


文の主題(テーマ)を読み取ろう

江戸時代は、誰でも医者を名乗ることができました。
現代のように医師国家試験に合格することが必要な仕事ではなかったのです。

しかし、薬の知識や医療技術がないと信用されませんから、通常は確かな医者の弟子になって知識を習得し、技術をみがいた後、開業しました。
都会の大坂(今は大阪)や京都には医者を養成する塾もありました。

伊勢の国から大阪に出て医学を学んでいた村田道哲が病に倒れ、同門の医師たちは治すことができませんでした。

故郷から出てきた道哲の兄が、村の鶴田という医師の教えに従って弟を治療し、故郷に連れ帰ります。

この医者の教えは、薄着と少食でした。
薄着と少食で、村の人たちは医師の教えを守り、病気をすることもなかったというのです。

上田秋成はこの医師を真の「医聖」だと評しています。

よきほどと思ふは過ぎたるなり」の言葉に、秋成は「しかるべし」と、全面的に同意しています。


せっかく読んだので、ついでに出題された問題も解いておきましょう

次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。

伊勢人(いせびと)村田道哲、医生にて大坂に寓居(ぐうきょ)す。

ひととせ天行病にあたりて苦悩もつともはなはだし。

我が社友の医家あつまりて、(1)治することなし

道哲が本郷より兄といふ人来たりて、我が徒に(a)むかひ、恩を謝して後、「今は退(の)かせたまへ。」と(ア)言ひしかば(b)皆かへりしなり

兄、道哲に言ふ、「なんぢ京阪(けいはん)に久しく在(あ)りて、(2)医事は学びたらめど、真術をえ学ばず。諸医(3)助かるべからずと申されしなり。(4)命を兄に与ふべし。」とて、

牀(しょう)の上ながら赤はだかに剥(は)ぎて、扇をもて静かにあふぎ、また時どき薄粥(うすがゆ)と熊の胆(い)とを口にそそぎ入れて、一、二日あるほどに、熱少しさめ物くふ。

つひに全快したりしかば、国につれてかへりしなり。

これは兄が相可といふ里に、鶴田なにがしといふ医師(くすし)の、薄衣薄食といふことを常にこころえよとて(イ)教えしかば、かの里近くに住む人は病せずとぞ、これはまことに医聖なり。

その教へに、「(5)よきほどと思ふは過ぎたるなり。」とぞ。

しかるべし。




問い一、傍線(a)「むかひ」・(b)「かへりしなり」を現代かなづかいで書け。

語の最初にない「は・ひ・ふ・へ・ほ」は現代かなづかいでは「わ・い・う・え・お」です。


解答 a「むかい」、b「かえりしなり」


問い二、傍線(ア)「言ひしかば」・(イ)「教へしかば」の主語をそれぞれ文章中から書き抜け。


解答 (ア)兄、(イ)医師(鶴田なにがしといふ医師)


問い三、傍線(1)「治することなし」を現代語に訳せ。


解答 治すことができなかった


問い四、(2)「医事は学びたらめど、真術をえ学ばず」はどのような気持ちから言った言葉か。最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えよ。

ア、医学の修業をしたことが無駄になったことに不満を感じていった言葉。
イ、医学の修業をやめて故郷に帰って家業を継ぐことを勧めていった言葉。
ウ、医学の修業が完全に終わるまで一層励むように期待していった言葉。
エ、医学の修業が単に技術の習得にとどまっていることを批判していった言葉



解答


問い五、傍線(3)「助かるべからず」の現代語訳として最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えよ。
ア 助けてはならない
イ 助けようとはしない
ウ 助からないだろう
エ 助かるだろう



解答


問い六、傍線(4)「命を兄に与ふべし」の意味として最も適当なものを次から選び、記号で答えよ。
ア おまえの命の分まで兄の私が長生きしよう。
イ おまえの医学の知識で私に治療法を命じてくれ。
ウ 医学ではだめだから、兄と一緒に精神力で病気を治そう。
エ 医者が治せないおまえの命を兄の私に預けなさい



解答


問い七、傍線(5)「よきほどと思ふは過ぎたるなり」の意味として最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えよ。
ア ちょうどよいと思う程度だと実は多過ぎるのだ。
イ このくらいでよいと思うことは思い上がりである。
ウ よい時代と思えるものは常に過去のことである。
エ どんなことでも過ぎたらよいものに思えてくる。


解答


問い八、「鶴田なにがし」に対するこの文章の筆者の考え方として最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えよ。
ア 鶴田なにがしの医者としての実績は認めているが、考え方には納得できないものを感じている。
イ 鶴田なにがしは人間を超えた存在であり、その考えは一般の人には受け入れられないものだとしている。
ウ 鶴田なにがしの唱える健康保持の考えを、なるほどそのとおりであると感心し納得している。
エ 鶴田なにがしの言うことを信用しておらず、田舎医者に過ぎないと軽蔑している。


解答




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Japanese 古文を読もう・14 『耳嚢(みみぶくろ)』

「古文を気楽に読もう」の(14)は、根岸鎮衛(ねぎしやすもり(しずえ))の随筆『耳嚢(耳袋)(みみぶくろ)』です。

根岸鎮衛(1737年〜1815年、田沼意次、松平定信の頃に活躍)は江戸時代の旗本で、幕府の役人として業績のあった人です。
下級旗本の三男でしたが、根岸家の養子となり、能力を発揮して出世、佐渡奉行、勘定奉行、江戸町奉行を歴任しました。
世情に通じ、名奉行として庶民の評判もよい人でした。小説やドラマで有名な遠山景元や長谷川平蔵と似た人柄であったようです。

『耳嚢』は、世間の噂話や風聞を聞き書きした、全10巻1000編に及ぶ根岸鎮衛の随筆です。

今日とりあげるのは、「畜類また恩愛深き事」です。

まず、本文を、(1)音読を心がける、(2)「作者の伝えたいことは何か=何がおもしろい(興味深い)のか」を理解する、の2点に留意して、読んでみましょう。


『畜類また恩愛深き事』

天明五年の比(ころ)堺町にて猿を多く集め、右猿にあるいは立役(たちやく)あるいは女形(おやま)の芸を致(いた)させ見物おびただしき事あり。

見物せし者に聞きしに、「よく仕込みしものにて、当時流行役者の意気形(いきかた)をのみこみ、身振りなどをもしろき事」の由かたりぬ。

しかるに右猿の内子を産みしありしが、芸に出るにも右の子を省み寵愛すること哀れなりしが、

だんだんその子成長せしに、ことのほか虱(しらみ)たかりてうるさかりし故(ゆえ)、猿回しの者湯をあびせ虱などとりて、毛の濡れたるを干さんため二階の物干しにつなぎ置きけるを、

鳶(とび)の見つけてくちばしをもって突き殺しぬるを、猿回しもいろいろ追い散らして介抱をせしがついにむなしくなりける故、

かの猿まわし親猿を呼びて、さてさて汝(なんじ)が多年出精(しゅっせい)して我(わが)家業にもなりし。


このほど出産の小猿を愛する有りさま、さこそこの度の分かれ悲しく思ひなん、


我も鳶の来るらんとは思ひもよらず、物干に置きし無念さよと慰めけるに、

かの猿泪(なみだ)に伏し沈みたる体(てい)なりしが、

猿回しの者その席を離れとかくするうちに、かの母猿狂言道具のひもを棟(むね)にかけてくびれて死せしとなり。

哀れなる恩愛の情と人の語りはべりぬ。



読むときのヒント

天明五年の比(ころ)堺町にて猿を多く集め、右猿にあるいは立役(たちやく)あるいは女形(おやま)の芸を致(いた)させ見物おびただしき事あり。

堺町=江戸にあった町の名前。歌舞伎の中村座や、人形芝居、見世物小屋などがあった。
立役(たちやく)=歌舞伎で、善人の男の役
女形(おやま)=歌舞伎で、女役


「右猿に」=「そのさるに」
縦書きの文章で、先に出てきたものをさすときに「右」と言います。

見物せし者に聞きしに、「よく仕込みしものにて、当時流行役者の意気形(いきかた)をのみこみ、身振りなどをもしろき事」の由かたりぬ。

意気形=動作や形

「し」=「〜した」
「し」は、回想の助動詞『き』の連体形です。
「見物せし者」=「見物した者」
「聞きしに」=「聞いたところ」
「仕込みしもの」=「仕込んだもの」


「由」=「趣旨、〜というようなことを」

「語りぬ」=「語った」
「ぬ」は完了の助動詞。

しかるに右猿の内子を産みしありしが、芸に出るにも右の子を省み寵愛すること哀れなりしが、

省み=ふり返って

「しかるに」=「さて」「ところで」
「哀れ」「かわいそうだ」「気の毒だ」

だんだんその子成長せしに、ことのほか虱(しらみ)たかりてうるさかりし故(ゆえ)、猿回しの者湯をあびせ虱などとりて、毛の濡れたるを干さんため二階の物干しにつなぎ置きけるを、

「虱(しらみ)」=動物に寄生して血液を吸う昆虫。昔は、衛生状態が悪く、しばしば人や動物に寄生しました。しらみがつくと、ひどいかゆみに苦しめられます。
駆除薬がない時代には、湯で殺したり流したりして駆除しました。

「干さん」=「干そう」
「ん(む)」は、推量の助動詞。ここでは「意志」を表わします。

鳶(とび)の見つけてくちばしをもって突き殺しぬるを、猿回しもいろいろ追い散らして介抱をせしがついにむなしくなりける故(ゆえ)、

「鳶(とび)の」=「鳶が」

「突き殺しぬるを」=「突き殺したのを」
「ぬる」は、完了の助動詞「ぬ」の連体形。


「むなしくなりける故(ゆえ)」=「死んでしまったので」

かの猿まわし親猿を呼びて、さてさて汝(なんじ)が多年出精(しゅっせい)して我(わが)家業にもなりし。

出精(しゅっせい)=物事に励むこと

「さてさて」=「それにしても」

「汝(なんじ)」=「おまえ」

このほど出産の小猿を愛する有りさま、さこそこの度の分かれ悲しく思ひなん、

さこそ=さぞ、さだめし、きっと

「さこそ」=「さぞ」「さぞかし」

「思ひなん」=「きっと思っているであろう」
「なん(なむ)」は、完了の助動詞「ぬ」の未然形+推量の助動詞「ん(む)」


我も鳶の来るらんとは思ひもよらず、物干に置きし無念さよと慰めけるに、

「来るらん」=「来るだろう」
「らん(らむ)」=は、推量の助動詞。

かの猿泪(なみだ)に伏し沈みたる体(てい)なりしが、

「体(てい)」=「ようす」

猿回しの者その席を離れとかくするうちに、かの母猿狂言道具のひもを棟(むね)にかけてくびれて死せしとなり。

狂言道具=芝居に使う道具
くびれて=首をくくって


「とかくするうちに」=「あれやこれやと」「いろいろと」

「死せしとなり」=「死んだそうだ」
「なり」は、推量の助動詞。ここでは伝聞の意味。


哀れなる恩愛の情と人の語りはべりぬ。



文の主題(テーマ)を読み取ろう

題名の、『畜類また恩愛深き事』に尽きます。

人間以外の動物も、恩愛の情が深い。
そのことを、見世物小屋の猿を例に述べたものです。

しかし、真意は、猿でさえわが子の死には絶望して自殺してしまう、ましてや人であれば、どれほど悲しくつらいであろうかという、人々の共通認識の確認にあります。


せっかく読んだので、ついでに出題された問題も解いておきましょう

次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。

天明五年の比(ころ)堺町にて猿を多く集め、右猿にあるいは立役(たちやく)あるいは女形(おやま)の芸を致(いた)させ見物おびただしき事あり。

見物せし者に聞きしに、「よく仕込みしものにて、当時流行役者の意気形(いきかた)をのみこみ、身振りなどをもしろき事」の由(1)かたりぬ

しかるに右猿の内子を(2)産みしありしが、芸に出るにも右の子を省み寵愛すること哀れなりしが、

だんだんその子成長せしに、ことのほか虱(しらみ)たかりてうるさかりし故(ゆえ)、猿回しの者湯をあびせ虱などとりて、毛の濡れたるを干さんため二階の物干しにつなぎ置きけるを、

鳶(とび)の見つけてくちばしをもって(3)突き殺しぬるを、猿回しもいろいろ追い散らして介抱をせしがついに(4)むなしくなりける故、

かの猿まわし親猿を呼びて、さてさて汝(なんじ)が多年出精(しゅっせい)して我(わが)家業にもなりし。


(5)このほど出産の小猿を愛する有りさま、さこそこの度の分かれ悲しく思ひなん、


我も鳶の来るらんとは思ひもよらず、物干に置きし無念さよと慰めけるに、

かの猿泪(なみだ)に伏し沈みたる体(てい)なりしが、

猿回しの者その席を離れとかくするうちに、(6)かの母猿狂言道具のひもを棟(むね)にかけてくびれて死せしとなり。

哀れなる恩愛の情と人の語りはべりぬ。


問い一、文章中に、「猿回しの者」の発言として、「 」でくくれるところが一箇所ある。その部分の最初と最後の五字ずつを書きぬけ。

意味をしっかりと読み取るのが基本です。

さらに、「と」を手がかりに見つけることができます。
会話部分があった後、「『と』言いました」の形になっていることが多いからです。

解答 さたさて汝〜し無念さよ

問い二、傍線(1)「かたりぬ」、(3)「突き殺しぬる」の主語をそれぞれ文章中から書き抜け。

解答 (1)見物せし者、(2)鳶

問い三、傍線(2)「産みしありしが」の、「産みし」と「ありしが」の間に言葉を補うとするとどんな言葉が適当か。文章中から漢字一字で書き抜け。

解答

問い四、傍線(4)「むなしくなりける」の現代語訳として最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えよ。

ア、疲れてしまった
イ、ばかばかしくなってしまった
ウ、死んでしまった
エ、元気になった


解答

問い五、傍線(5)「このほど出産の子猿を愛するありさま」がわかる十五字前後の部分を文章中からさがし、その最初と最後の三字ずつを書き抜け。

解答 芸に出〜愛する

問い六、傍線(6)「かの母猿〜死せし」とあるが、母猿が死んだのはなぜか。現代語で答えよ。

解答 愛する子猿が死んだことを悲しんだから。



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Japanese 古文を読もう・13 『玉勝間』 古(いにしえ)より後の世のまされること

「古文を気楽に読もう」の(13)、本居宣長(もとおりのりなが)の随筆『玉勝間(たまかつま)』です。

本居宣長(1730年〜1801年、8代将軍吉宗〜11代将軍家斉のとき)は江戸時代の国学者です。
伊勢の国(今の三重県)の松阪に生まれ、医者を業とするかたわら、賀茂真淵(かものまぶち)に入門した後、35年の歳月を費やして『古事記伝』を完成しました。
『古事記伝』は、当時ほとんど解読できなくなっていた奈良時代の歴史書『古事記』を綿密に解説した注釈書で、現在の人が『古事記』を読めるのは本居宣長の研究のおかげです。

その本居宣長の随筆が『玉勝間』です。
学問、芸術、人生に対する本居宣長の考えが綴られています。

今日とりあげるのは、「古(いにしえ)より後の世のまされること」です。

まず、本文を、(1)音読を心がける、(2)「作者の伝えたいことは何か=何がおもしろい(興味深い)のか」を理解する、の2点に留意して、読んでみましょう。


「古(いにしえ)よりも後の世のまされること」

古(いにしえ)よりも、後の世のまされること、万(よろず)の物にも、事にもおほし。

その一つをいはむに、いにしへは、橘(たちばな)をならびなき物にしてめでつるを、
めでつる=珍重していた。

近き世には、みかんといふ物ありて、此(この)みかんにくらぶれば、橘は数にもあらずけおされたり。
けおされたり=圧倒された。

その外かうじ、ゆ、くねんぼ、だいだいなどの、たぐひおほき中に、
かうじ、ゆ、くねんぼ、だいだい=柑橘類(かんきつるい)の、柑子(こうじ)、柚子(ゆず)、九年母(くねんぼ)、橙(だいだい

蜜柑(みかん)ぞあじはひことにすぐれて、中にも橘によく似てこよなくまされる物なり。

此(この)一つにておしはかるべし。

或(あるひ)は古にはなくて、今はある物もおほく、いにしへはわろくて、今のはよきたぐひ多し。

これをもておもへば、今より後もまたいかにあらむ。

今に勝(まさ)れる物おほく出(い)で来べし。

今の心にて思へば、古はよろづに事たらずあかぬ事おほかりけむ。
事たらずあかぬ事=不十分で、満足できないこと。

されどその世には、さはおぼえずやありけん。

今より後また、物の多くよきがいでこん世には、今をもしか思ふべけれど、今の人、事たらずとおぼえぬが如し。
いでこん世=出て来るような時代。


読むときのヒント

古(いにしえ)よりも、後の世のまされること、万(よろず)の物にも、事にもおほし。「昔よりも、後の時代のほうがまさっていることは、いろいろな物でも事でも多いものだ。」
「おほし」=現代仮名づかいだと「おおし」


その一つをいはむに
」は意志を表わす推量の助動詞。「〜しよう」
いはむに言おうと思うのだが、

ならびなき=「ほかに比べるものがない」「最高である」

「たちばな」
日本に昔からある固有の柑橘類(かんきつるい)。直径は約5cm。みかんに比べると相当すっぱい。

みかん
みかんは、中国から肥後国(熊本県)に伝わり、15〜16世紀に紀州(和歌山県)の有田に移植され、量産され始めました。江戸時代には江戸でも珍重されるようになりました。
さらに甘い種なしのうんしゅうみかん(温州みかん)が江戸時代後期から広まりました。

くらぶれば「比べたら」

たぐひおほき中に「同じ種類のものが多い中で」
たぐひ=読みは「たぐい」。「似たようなもの」、「同類のもの」。

あじはひ=「味わい」

こよなく=「格別に」

此(この)一つにておしはかるべし。=「この一つの例でも推測することができるだろう。」
「べし」=「できるだろう」
推量の助動詞。ここでは、可能の意味。


わろくて=「悪くて」

いかにあらむ=「どうだろうか」

出(い)で来べし=「出てくるだろう」
「べし」=「きっと〜だろう」
推量の助動詞。ここでは、確信のある推量。

されどその世には、さはおぼえずやありけん。=「だが、その当時には、そうは思わなかったであろう。」
されど=けれども、しかし
=そう
おぼえず=思わなかった
ありけん=あろう、「けん」は「けむ」、過去の推量

いでこん=出てくるであろう

今をもしか思ふべけれど、今の人、事たらずとおぼえぬが如し。=「(未来の人が)今のことをそう(=不十分だと)思うかもしれないが、今の人が不足があるとは思わないのと同じだ。
しか=そう
べけれ
=推量の助動詞「べし」の已然形(いぜんけい)。
おぼえぬ
=おもわない、「ぬ」は打ち消しの助動詞「ず」の連体形。


文の主題(テーマ)を読み取ろう

世の中は進歩するものだということを、みかんを例に述べています。

みかんを知るまでは、人はすっぱい橘を何よりも素晴らしいと思っていたのです。

このように、未来から過去を見たらばかばかしく思えるかもしれません。

しかし、見方をかえると、橘しか知らない時代の人は、橘で十分満足していたのです。

甘くおいしいみかんを知ったことが、はたして本当に幸せだったのかどうか・・・。


せっかく読んだので、ついでに出題された問題も解いておきましょう

次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。


古(いにしえ)よりも、後の世のまされること、万(よろず)の物にも、事にもおほし。

その一つをいはむに、いにしへは、橘(たちばな)を
(1)ならびなき物にしてめでつるを、
めでつる(漢字でかくと、「愛でつる」)=珍重していた。

近き世には、みかんといふ物ありて、此(この)みかんにくらぶれば、橘は数にもあらずけおされたり。
けおされたり=圧倒された。

その外かうじ、ゆ、くねんぼ、だいだいなどの、たぐひおほき中に、
かうじ、ゆ、くねんぼ、だいだい=柑橘類(かんきつるい)の、柑子(こうじ)、柚子(ゆず)、九年母(くねんぼ)、橙(だいだい

蜜柑(みかん)ぞあじはひことにすぐれて、中にも橘によく似てこよなくまされる物なり。

(2)此(この)一つにておしはかるべし。

或(あるひ)は古にはなくて、今はある物もおほく、いにしへはわろくて、今のはよきたぐひ多し。

これをもておもへば、今より後もまたいかにあらむ。

今に勝(まさ)れる物おほく出(い)で来べし。

今の心にて思へば、古はよろづに事たらずあかぬ事おほかりけむ。
事たらずあかぬ事=不十分で、満足できないこと。

されど
(3)その世には、さはおぼえずやありけん

今より後また、物の多くよきがいでこん世には、
(4)今をもしか思ふべけれど、今の人、事たらずとおぼえぬが如し。
いでこん世=出て来るような時代。


問い一、「おほし」、「たぐひ」、「あじはひ」を現代かなづかいで書け。


解答 おおし たぐい あじわい


問い二、傍線(1)「ならびなき物」の意味として最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えよ。
ア 他の物と並べると見劣りする物
イ 比較する物がないほど優れた物
ウ めったに手に入らない貴重な物
エ ちょうど手ごろで食べやすい物



解答


問い三、傍線(2)「この一つにておしはかるべし」とは、「このこと一つからも推量することができよう」という意味だが、どんなことが推量できるというのか。古文中から一文を書き抜け。


解答 古(いにしえ)よりも、後の世のまされること、万(よろず)の物にも、事にもおほし。


問い四、傍線(3)「その世には、さはおぼえずやありけん」の意味として最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えよ。
ア その時代には、さぞ不足や不満を感じていたであろう。
イ その時代には、不足や不満を感じていなかったであろう。
ウ その時代には、不足や不満を感じていたそうだ。
エ その時代には、不足や不満を感じていなかったそうだ。



解答


問い五、傍線(4)「今をもしか思ふべけれど」とは、「現代のこともそんなふうに思うだろうが」という意味であるが、どんなふうに思うというのか。思う内容を古文中から書き抜け。



解答 よろづに事たらずあかぬ事おほかりけむ


問い六、この文章の内容にあてはまるものを次のうちから二つ選び、記号で答えよ。
ア 古い時代のものごとは現代と比べるとまさっているものが多い。
イ みかんは、柑子や柚子などと比べるとまさっているが、橘の味覚にはおよばない。
ウ 古い時代には、みかんはなかったが、現代では橘よりももてはやされている。
エ 現代の人は、ものごとにあまり不足や不満を感じていない。
オ 現代人の目からすると、古い時代は暮らしやすいよい時代であった。



解答 ウ・エ





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Japanese 古文を読もう・12 『今昔物語集』 「狐が妻に化けて家に来た話」

「古文を気楽に読もう」の(12)、『今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)』より、「狐が妻に化けて家に来た話」です。

『今昔物語集』は、平安時代の後期、1120年以降の院政期に成立したといわれている説話集です。
作者・編者はわかっていません。
全三十一巻、1100以上の膨大な説話がおさめられています。
取り上げた説話の出典から、インド(天竺)・中国(震旦)、日本(本朝)の三部にわかれ、三部がさらに仏法部、世俗部の二部で構成されています。
各説話の冒頭が「今は昔」で始まるので、今昔物語集と名づけられました。
文学的な価値も高く、後世、芥川龍之介を初め、多くの文学者が今昔物語集を題材にした作品を発表しています。


まず、本文を、(1)音読を心がける、(2)「何がおもしろい(興味深い)のか=作者の伝えたいことは何か」を理解する、の2点に留意して、読んでみましょう。


「狐が妻に化けて家に来た話」

今は昔、京にありける雑色(ぞうしき)男の妻、夕暮方に暗くなるほどに、要事ありて大路に出(いで)たりけるが、
雑色=走り使いを職業とする者  要事=用事
やや久しくかえり来ざりければ、夫、など遅くは来るならむと、あやしく思ひてゐたりけるほどに、妻入り来たり。

さてとばかりあるほどに、また同じ顔にして、有様つゆばかりも違ひたるところもなき妻入り来たり。



夫、 これを見るにあさましきこと限りなし。

何にまれ、一人は狐などにこそはあらめと思へども、いづれをまことの妻といふことを知らねば、思ひめぐらすに、
何にまれ=とにかく
後に入り来たる妻こそ、定めて狐にはあらめと思ひて、男、太刀(たち)を抜きて、後に入り来たりつる妻に走りかかりて、切らむとすれば、

その妻、「これはいかに、我をばかくはするぞ。」といひて泣けば、

また前に入り来たりつる妻を切らむとて走りかかれば、それもまた手をすりて泣きまどふ。


されば男、思ひわづらひて、とかく騒ぐほどに、

なほ前に入り来たりつる妻のあやしくおぼえければ、それを捕へていたるほどに、

その妻、あさましく臭き尿
(しと)をさとはせかけたりければ、
さとはせかけたり=さっとひっかけた
夫、臭さにたへずして、うちゆるしたりける際に、
うちゆるした=手をゆるめた
その妻、たちまちに狐になりて、戸の開きたりけるより大路に走り出て、こうこうと鳴きて逃げいにけり。
いにけり=去った
その時に男、ねたくくやしく思ひけれども、さらにかひなし。
ねたく=残念で  かひなし=しかたがない


これを思ふに、思ひ量りもなかりける男なりかし。

しばらく思ひめぐらして、二人の妻を捕へてしばり付けて置きたらましかば、つひにはあらはれなまし。
…ましかば、〜まし=「もし…だったら、〜であったろうに」
いとくちをしく逃がしたるなり。
 (『今昔物語集』)


読むときのヒント

夫、など遅くは来るならむと、あやしく思ひてゐたりけるほどに、
「など〜ならむ」=なぜ〜なのだろうか、「なぜ遅くまで帰ってこないのだろうか」
「あやしく思ひて」=不思議に思って

夫、 これを見るにあさましきこと限りなし。
あさましき=形容詞「あさまし=(異様な出来事に遭遇して)驚きあきれること」の連体形。

一人は狐などにこそはあらめ
=一人は狐のたぐいであろう

後に入り来たる妻こそ、定めて狐にはあらめ
=後に入ってきた妻のほうが、きっと狐であろう

「これはいかに、我をばかくはするぞ。」
=これはどういうことですか、なぜ私にそんなことをなさるのですか。

あさましく臭き尿(しと)
=異様にくさいおしっこを

さらにかひなし。
=もう、どうしようもない。

思ひ量りもなかりける男なりかし。
=分別のない男であることだ。

いとくちをしく
=大変、残念なことに


文の主題(テーマ)を読み取ろう

昔の人は、妖怪や物の怪(もののけ)の存在を本気で信じていました。また、狐や狸などの動物が化けて人間に悪さをすることも当たり前にあることだと思われていました。

この話では、狐が女房に化けて家に帰って来ました。

驚き騒ぐ男の様子、臭い尿を男にかけてそのすきにまんまと逃げる狐の姿が、おもしろく表現されています。

また、
実際に、まったく見分けのつかないそっくりな家族が2人、突然目の前に現われたとき、「思ひ量り」=「冷静な判断力」を持てるでしょうか。
私には、
最後の教訓も、とってつけたような説教臭さがあっておもしろく感じられます。


せっかく読んだので、ついでに出題された問題も解いておきましょう

次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。


今は昔、京にありける雑色男の妻、夕暮方に暗くなるほどに、要事ありて大路に出たりけるが、

やや久しくかえり来ざりければ、夫、など遅くは来るならむと、あやしく思ひてゐたりけるほどに、妻入り来たり。さてとばかりあるほどに、また同じ顔にして、有様
(A)つゆばかりも違ひたるところもなき妻入り来たり。

夫、これを見るに
(1)あさましきこと限りなし。何にまれ、一人は狐などにこそは(B)あらめと思へども、いつれをまことの妻といふことを知らねば、思ひめぐらすに、後に入り来たる妻こそ、定めて狐にはあらめと思ひて、男、太刀を抜きて、後に入り来たりつる妻に走りかかりて、切らむとすれば、その妻、「これはいかに、我をば(2)かくはするぞ。」といひて泣けば、また前に入り来たりつる妻を切らむとて走りかかれば、(3)それもまた手をすりて泣きまどふ。
されば男、
(4)思ひ
(a)わづらひて、とかく騒ぐほどに、なほ前に入り来たりつる妻のあやしく(C)おぼえければ、それを捕へていたるほどに、その妻、あさましく臭き尿をさとはせかけたりければ、夫、臭さにたへずして、うちゆるしたりける際に、その妻、たちまちに狐になりて、戸の開きたりけるより大路に走り出て、こうこうと鳴きて逃げいにけり。その時に男、ねたくくやしく思ひけれども、さらに(b)かひなし

これを思ふに、思ひ量りもなかりける男なりかし。しばらく思ひめぐらして、二人の妻を捕へてしばり付けて置きたらましかば、つひには
(5)あらはれなまし。いとくちをしく逃がしたるなり。
 (『今昔物語集』)


雑色:走り使いをする者。
要事:用事。
何にまれ:とにかく。
さとはせかけたり:さっとひっかけた。
うちゆるした:手をゆるめた。
いにけり:去った。
ねたく:残念で。
かひなし:しかたがない。
ましかば:あとの「まし」と呼応して、「〜ましかば…まし」の形で、「もし〜だったら…であったろうに」。



問一 傍線a「わづらひて」・b「かひなし」をそれぞれ現代かなづかいで書け。
a
b

(解答)
a わずらいて
b かいなし


問二 線A「つゆばかりも」・B「あらめ」・C「おぼえければ」の意味として最も適当なものを次のうちから選び、それぞれ記号で答えよ。
A
ア 少しも
イ 少しは
ウ 少しなら
エ 少しでも

B
ア あるだろう
イ あってほしい
ウ あるだろうか
エ ありはしない

C
ア 記憶したので
イ 思われたので
ウ 驚いたので
エ 声をあげたので

(解答)
A ア
B ア
C イ


問三 傍線(1)「あさましきこと限りなし」とは、夫が大変驚いたという意味だが、夫はなぜ驚いたのか。現代語で答えよ。

(解答)
同じ顔で、様子もまったく違わない妻が入ってきたから。


問四 傍線(2)「かくはするぞ」は「このようなことをするのですか」という意味だが、具体的にどのようなことをするというのか。現代語で答えよ。

(解答)
太刀を抜いて、後に入ってきた妻に走りよって、刀で切ろうとしたこと


問五 傍線(3)「それ」の指す言葉を古文中から書き抜け。

(解答)
前に入り来たりつる妻


問六 傍線(4)「思ひわづらひて」とあるが、夫はなぜ「思ひわづら」ったのか。最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えよ。
ア 泣きじゃくる二人の妻があわれになったから。
イ どちらが本当の妻か見分けがつかないから。
ウ 狐に化かされて正気を失ったから。
エ 妻にからかわれている自分が情けなくなったから。

(解答)



問七 傍線(5)「あらはれなまし」は「現れただろうに」という意味だが、何が現れただろうというのか。最も適当なものを次のうちから選び、記号で答えよ。
ア 夫に加勢する人
イ 本当の妻
ウ よい知恵
工 狐の正体

(解答)



問八 古文中から擬声語を一語書き抜け。

(解答)
こうこう


問九 この文章の筆者は、夫をどのような人物と考えているか。それがわかる一文を書き抜け。


(解答)
これを思ふに、思ひ量りもなかりける男なりかし。


問十 この文章の筆者は、夫はどのように行動すべきだったといっているか。現代語で答えよ。

(解答)
落ち着いて考えて、二人の妻の両方を捕えてしばりつけておくべきだったといっている。




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Japanese 古文を読もう・11 平成23年度文理学科

平成23年度より始まった文理学科入試、どのような問題が出題されるのか興味津々だったのですが、今までの問題を少し難しくした感じで、出題傾向は以前と変わりませんでした。

平成23年度国語の問い2です。まず、入試問題だと気負わずに、(1)声に出して読む、(2)「何がおもしろいのか」、「何を言いたいのか」を読み取る、の2点に留意して、気楽に読んでみましょう。


二 梅をたづね、花を見るなどは、たれもたれもいふなるに、かしこの松のめづらしきを見ばや、ここの竹に、日をくらしてなどいふ人の、たまさかにもなきが、うらめしきなり。

さるはとこしなへにみどりふかく、所をわかで多かるものゆゑ、よしと見つつ、めづらしげなければなるべし。

たれがしが庭のおもしろうなどきこゆるに、松竹のなしときけば、そのあるじかたらまほしとも覚えぬよし、いふ人もあり。



実際の問題は、中学生が理解しにくい語については、本文の横に次のような訳がついていました。

梅をたづね、花(桜)を見るなどは、たれもたれもいふなるに(だれもがみな言うようだが)、かしこの松のめづらしきを見ばや(見たい)、ここの竹に、日をくらしてなどいふ人の、たまさかにもなき(めったにない) が、うらめしきなり。

さるは
(それというのは)とこしなへに(常にいつまでも)みどりふかく、所をわかで(どんな所にも)多かるものゆゑ、よしと見つつ、めづらしげなければなるべし。

たれがしが庭のおもしろう
(だれそれの庭が趣深い)などきこゆるに、松竹のなしときけば、そのあるじかたらまほしとも覚えぬよし、いふ人もあり(というようなことを言う人もいる)

注釈の現代語訳を参考にすれば、およその意味と作者の主張を読み取ることは容易なはずです。


注釈が書かれていない語で、知っていたらよい語としては次のようなものがあります。

ワンポイント・レッスン

かしこ」・・・「あそこ、あちら」

うらめしき」・・・「残念だ、悔しい」
形容詞「うらめし」の連用形。

かたらまほし」・・・「かたる(親しくする)」+「まほし(〜したい」=「親しくしたい」

覚ゆ」・・・「思われる」


文の主題(テーマ)を読み取ろう

梅や桜を誉める人は多いのに、松や竹を愛する人が少ないことを作者は残念に思っているのです。
いつも緑で、どこにでもあるのがその原因ではないかと言っています。
しかし、松や竹がない庭の持ち主とは趣味が合わないと述べています。


せっかく読んだので、ついでに出題された問題も解いておきましょう

次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。

梅をたづね、花(桜)を見るなどは、たれもたれもいふなるに(だれもがみな言うようだが)、かしこの松のめづらしきを見ばや(見たい)、(1)ここの竹に、日をくらしてなどいふ人の、たまさかにもなき(めったにない) が、うらめしきなり。

さるは
(それというのは)(2)とこしなへに(常にいつまでも)みどりふかく、所をわかで(どんな所にも)多かるものゆゑ、よしと見つつ、( (3) )なければなるべし。

たれがしが庭のおもしろう
(だれそれの庭が趣深い)などきこゆるに、松竹のなしときけば、(4)そのあるじかたらまほしとも覚えぬよし、いふ人もあり(というようなことを言う人もいる)


問い一
(1)ここの竹に、日をくらしての意味として次のうち最も適しているものを一つ選び、記号を書きなさい。
ア 毎日ここの竹を見ていたい
イ ここの竹で日の光が暗くなる
ウ 一日中ここの竹を見ていよう
エ ここの竹の売って暮らそう



(解答)ウ

吉田兼好『徒然草』の冒頭、「つれづれなるまゝに、日暮らし(=一日中)、硯(すずり)に向ひて」を知っていたら、簡単です。


問い二
(2)とこしなへにみどりふかく、所をわかで多かるものとあるが、これは何のことをこのように述べているのか。本文中のことばを使って書きなさい。



(解答)松と竹のこと
(教育委員会発表の模範解答)松竹

問い三
次のうち、( (3) )に入れるのに最も適していることばはどれか。一つ選び、記号を書きなさい。
ア あぶなげ
イ かなしげ
ウ うらめしげ
エ めづらしげ


(解答)エ


問い四
(4)そのあるじかたらまほしとも覚えぬは、ここでは「その家の主人とは語り合いたいとも思われない」という意味であるが、このように言う人の庭に対する考えを次のようにまとめた。(   )に入る内容を、本文中から読み取って現代のことばで15字程度で書きなさい。
だれもがみな梅や桜を見たがるが、庭は(   )という考え。



(解答)松と竹があってこそ趣深い(12字)
(教育委員会発表の模範解答)松竹がないと趣深いとは言えない(15字)

この問いだと、本文中の注釈にのっていた「趣深い」を活用するのがコツです。



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Japanese 古文を読もう・10 『十訓抄(じっきんしょう)』

「古文を気楽に読もう」の(10)、今日は『十訓抄(じっきんしょう)』です。

十訓抄は鎌倉時代説話集です。わが国や中国の説話(民話・伝説・噂話など人々の間に語り伝えられた話)280ほどがおさめられています。
若い人の教育を目的とし、十訓=十個の教訓(「人のためにはたらかないといけない」、「ごう慢であってはいけない」、「友だちを選ばないといけない」、など)を説話で説いたものです。

まず、本文を、(1)音読を心がける、(2)「何がおもしろい(興味深い)のか=作者の伝えたいことは何か」を理解する、の2点に留意して、まず読んでみましょう。


本文

楊梅大納言顕雅卿(やまもものだいなごんあきまさきょう)は、若くよりいみじく言失(ごんしつ)をぞしたまひける。

神無月(かんなづき)のころ、ある宮ばらに参りて、御簾(みす)の外にて女房たちと物語りせられけるに、

時雨のさとしければ、供なる雑色をよびて、「車の降るに時雨さし入れよ」とのたまひけるを、

「車軸とかやにや。恐ろしや」とて、御簾の内笑ひあはれけり。

さてある女房の「御いひたがへ常にありと聞こゆれば、実(まこと)にや。御祈りのあるぞや」といはれければ、

「そのために三尺のねずみを作り供養せむと思ひ侍(はべ)る」といはれたりける。

折節(おりふし)、ねずみの御簾のきはを走り通りけるを見て、観音に思ひまがひてのたまひけるなり。

「時雨さし入れよ」にはまさりておかしかりけり。



(注)
車軸…車の心棒のこと。平安時代の貴族は牛車で移動した。また、当時、どしゃぶりの雨のことを、その強い勢いから「車軸を流す」と表現した。


文の主題(テーマ)を読み取ろう

楊梅大納言顕雅卿(やまもものだいなごんあきまさきょう)は、若いときからよく「言失(ごんしつ)」をする人でした。

「言失」とは何か(漢字から推測してみてください)、そして、どんな「言失」をしたのかを読み取らないといけません。

「車の降るに時雨さし入れよ」・・・「車が降るから時雨をさしいれなさい」のおかしさがわかりますか。

「そのために三尺のねずみを作り供養せむと思ひ侍(はべ)る」・・・「『言失』をしなくなるように三尺のねずみを作って供養(祈ること)しようと思っています」のおかしさがわかりますか。


ワンポイント・レッスン

いみじく」・・・「とても、ひどく」。
形容詞「いみじ」の連用形です。

宮ばら」・・・「皇子、皇女」。
「宮」は、皇子、皇女などの皇族の敬称。

御簾(みす)」・・・貴人の邸宅にかけられたすだれ。

時雨(しぐれ)」・・・秋から冬にかけて降る断続的な冷たい雨。

さとしければ」・・・「さっと降ってきたので」。

のたまひける」・・・「おっしゃった」。
「のたまふ」は、「言ふ」の尊敬語。

御いいたがへ」・・・「いいたがえ」=「言失」です。

きは」・・・「近く、そば」。

思ひまがひて」・・・「思い違って」。

まさりて」・・・「~よりはもっと」。


せっかく読んだので、ついでに出題された問題も解いておきましょう

次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。

楊梅大納言顕雅卿(やまもものだいなごんあきまさきょう)は、若くより(A)いみじく言失(ごんしつ)をぞ(2)(ア)したまひける

(3)神無月(かんなづき)のころ、ある宮ばらに参りて、御簾(みす)の外にて女房たちと物語りせられけるに、

時雨のさとしければ、供なる雑色をよびて、「(4)車の降るに時雨さし入れよ」とのたまひけるを、

「車軸とかやにや。恐ろしや」とて、御簾の内笑ひあはれけり。

さてある女房の「御いひたがへ常にありと聞こゆれば、実(まこと)にや。御祈りのあるぞや」といはれければ、

「そのために(5)三尺のねずみを作り供養せむと思ひ侍(はべ)る」と
(イ)いはれたりける

(B)折節(おりふし)、ねずみの御簾のきはを走り通りけるを見て、観音に思ひまがひてのたまひけるなり。

「時雨さし入れよ」にはまさりておかしかりけり。



問い一

傍線(ア)「したまひける」、(イ)「いはれたりける」をそれぞれ現代かなづかいで書け。

(解答)
(ア)したまひける→したまいける
(イ)いはれたりける→いわれたりける

問い二

傍線(A)「いみじく」、(B)「折節」を現代語に訳せ。

(解答)
(A)いみじく→ひどく
(B)折節→ちょうどそのとき

問い三

傍線(3)「神無月」は陰暦の何月か。

(解答)
10月

月については、こちらを参照してください。

問い四

傍線(四)「車の降るに時雨さし入れよ」とあるが、本当は大納言はどう言うつもりだったのか。

(解答)
「時雨の降るに車さし入れよ」と言うつもりだった。

問い五

傍線(五)「三尺のねずみを作り」とあるが、本当は大納言は何を作るというつもりだったのか。

(解答)
三尺の観音を作るというつもりだった。

観音・・・観音さまの仏像。

問い六

文中の「言失をぞしたまひける」とは何をすることか。十字以内で答えよ。

(解答)
「言いまちがいをすること。」だと、十字をこえてしまいます。
「言いまちがえること。」で句読点を含めて十字です。




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Japanese 古文を読もう・9 『古今著聞集』

「公立高校入試で出題された古文を気楽に読もう」の(9)、今日取り上げるのは橘成季(たちばなのなりすえ)『古今著聞集(ここんちょもんじゅう)』です。

鎌倉時代の作品である『古今著聞集』は、平安時代の『今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)』、鎌倉時代の『宇治拾遺物語(うじしゅういものがたり)』とならんで、三大説話集の一つです。

説話集・・・人々の間に語り伝えられた話(民話・伝説・噂話など)を説話といい、説話を集めたものを説話集といいます。

古今著聞集・・・鎌倉時代、1254年に成立。
3分の1が鎌倉時代、3分の2が平安時代の説話で構成されています。承久の乱から30数年、政治の実権を武士にゆずった貴族の、華やかだった平安時代を懐かしむ気持ちが成立の背景にあると言われています。平安貴族にまつわる話を、事実にもとづいて収集したものが中心です。30編に分かれ、整理の行き届いた構成になっています。

橘成季・・・詳細は不明ですが、下級貴族でありながら、文学、音楽、美術の才能にあふれた才人であったようです。


では、本文を、(1)音読を心がける、(2)「何がおもしろい(興味深い)のか=作者の伝えたいことは何か」を理解する、の2点に留意して、まず読んでみましょう。


本文

伊予の入道は、幼くより絵をよくかきはべりけり。

幼少の時、父の家の中門の廊の壁に、かはらけのわれにて、不動の立ちたまへるをかきたりけるを、

客人
(まらうど)、これを見て、「たがかきて候ふにか」と、おどろきたる気色にて問ひければ、

あるじうち笑ひて、「これはまことしきもののかきたるには候はず。

愚息の小童
(こわらは)がかきて候ふ。」と言はれければ、

いよいよ尋ねて、「然る
(しかる)べき天骨とはこれを申し候ふぞ。

この事、制したまふ事あるまじく候ふ。」となん言ひける。

げにもよく絵見知りたる人なるべし。



(注)
伊予の入道…絵師の藤原隆親。
かはらけ…素焼きの土器。
不動…仏教守護の明王(みょうおう)。


文の主題(テーマ)を読み取ろう

幼少時より画才のあった伊予の入道の逸話を紹介していますが、作者の真意は「げにもよく絵見知りたる人」を誉めるところにあります。

子どもの絵の才能を見抜いた客人の鑑識眼の確かさも誉めているのです。

制したまふ事あるまじく候ふ」にこめられた、すぐれた才能をいつくしむ心情を読み取るべきです。

ひょっとすると、この「客人」はすぐれた芸術家であった橘成季本人かもしれないと想像させる文章です。


ワンポイント・レッスン

かきはべりけり」・・・「おかきになりました」。
「はべり」は丁寧語です。

立ちたまへる」・・・「立たれている」。
「たまふ」は尊敬語です。

たがかきて候ふにか」・・・「誰がかいたのですか」。
「た」=「誰」。

気色」・・・「けしき」と読みます。「表情」、「態度」、「様子」。

まことしきもの」・・・「本格的な絵師」。
「まことし」は、「本格的な」、「本式の」の意味。

愚息の小童(こわらは)」・・・「私の息子である子ども」。

然る(しかる)べき」・・・「すばらしい」。

天骨」・・・「生まれつきの才能」。

制したまふ」・・・「お止めになる」。
「制す」は「制限する」、「止める」です。

あるまじ」・・・「あってはならない」。

げにも」・・・「まことに」。


せっかく読んだので、ついでに出題された問題も解いておきましょう

次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。

伊予の入道は、幼くより絵をよくかきはべりけり。

幼少の時、父の家の中門の廊の壁に、かはらけのわれにて、不動の立ちたまへるをかきたりけるを、

客人
(まらうど)、これを見て、「たがかきて候ふにか」と、(1)おどろきたる気色にて問ひければ、

あるじうち笑ひて、「これはまことしきもののかきたるには候はず。

愚息の小童
(こわらは)がかきて候ふ。」と(A)言はれければ

いよいよ尋ねて、「然る
(しかる)べき天骨とはこれを申し候ふぞ。

この事、
(2)制したまふ事あるまじく候ふ。」となん(B)言ひける

げにも
(3)よく絵見知りたる人なるべし。



1、傍線A「言はれければ」、B「言ひける」の主語はそれぞれだれか。文章中から抜き出して書け。

(解答)
A、あるじ
B、客人


2、傍線(1)「おどろきたる気色」とあるが、なぜおどろいたのか。その理由を句読点を含めて30字以内で書け。

(解答)
「壁に土器のかけらで描かれた不動の絵がすばらしい絵だったから。」(30字)


3、傍線(2)「制したまふ事あるまじく候ふ」とはどういう意味か。最も適切なものを次から選び、記号で答えよ。
ア お許しにならないことです
イ お決めにならないことです
ウ おやめにならないことです
エ お止めにならないことです


(解答)



4、傍線(3)「
よく絵見知りたる人」とは誰のことか。

(解答)
客人




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Japanese 中学生の古文(9)古文を読もう・8 『日本永代蔵』

「気楽に公立高校入試で出題された古文を読もう」の(8)です。

今日の文章は、井原西鶴『日本永代蔵(にっぽんえいたいぐら)』です。

井原西鶴は、俳諧の松尾芭蕉、人形浄瑠璃の台本を書いた近松門左衛門と並んで、江戸時代前期の元禄文化を代表する浮世草子の作者です。
西鶴の作品は好色物・武家物・町人物に分類されますが、町人物の代表作が『日本永代蔵』と『世間胸算用(せけんむねさんよう、せけんむなざんよう)』です。勃興してきた町人の生活をいきいきと描写して庶民から支持されました。

(1)音読を心がける、(2)「何がおもしろい(興味深い)のか」を理解する、の2点に留意して、まず読んでみましょう。


本文

ある時、夜更(ふ)けて樋口屋の門をたたきて、酢を買ひにくる人ありけり。

中戸を奥へは幽(かす)かに聞こえける。

下男目を覚まし、「何程(なにほど)がの」と云ふ。

「むつかしながら一文(もん)がの」と云ふ。

空寝入りして、そののち返事をせねば、ぜひなく帰りぬ。

夜明けて亭主は、かの男よび付けて、何の用もなきに「門口三尺ほれ」と云ふ。


御意(ぎょい)に任せ九三郎、もろ肌ぬぎて鍬を取り、堅地に気をつくし、身汗水なして、やうやう掘りける。

その深さ三尺といふ時、「銭があるはづ、いまだ出ぬか」と云ふ。

「小石・貝殻より外に何も見えませぬ」と申す。

「それ程にしても銭が一文ない事、よく心得て、かさねては一文商も大事にすべし。」


(注)
中戸…店と居間を仕切る戸。
何程がの…どれほどですか。
文…通貨の単位。現代の貨幣価値で10円程度。
御意に任せて…ご命令に従って。
尺…長さの単位。一尺は約30.3cm。


文の主題(テーマ)を読み取ろう

町人の商業道徳を説いた文章です。

些少な金額の買い物をしに来た客を下男が相手にせずに帰してしまいます。
店の主人が下男の行いを諭(さと)すのに、店先のかたい土地に1mほどの穴を掘らせます。苦労して穴を掘る下男に「銭が埋まっているはず。まだ出ぬか。」と聞く主人。
当然、小石や貝殻しか出てきません。「それだけ苦労しても銭は一文も出てこないことを心得て、これからは一文の商いも大事にせよ」と主人は叱ります。

「金額の多少で客を差別するな、誠意を尽くせ。」という、現代にも通じる商人としての倫理を教える作品です。


ワンポイント・レッスン

中戸を奥へは」・・・「中戸をへだてて奥には」。
奥にいる主人に、客が戸をたたく音がかすかに聞こえたのです(だから、翌朝、下男を叱ることができた)。

むつかし」・・・「わずらわしい」、「面倒である」。
この語が「むづかし」になり、「理解しにくい、困難だ」の意味になりました。

ぜひなく」・・・「仕方なく」、「やむをえず」。

御意」・・・(身分が上の人の)「考え」、「意向」。

気をつくし」・・・「精をだして」、「必死で」。

やうやう」・・・「やっとのことで」。
枕草子の「やうやう」=「だんだん」と違って、ここでは「やっとのことで」の意味です。

かさねては」・・・「これからは」。


せっかく読んだので、ついでに出題された問題も解いておきましょう

次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。

ある時、夜更(ふ)けて樋口屋の門をたたきて、酢を買ひにくる人ありけり。

中戸を奥へは幽(かす)かに聞こえける。

下男目を覚まし、「何程(なにほど)がの」と云ふ。

「(1)むつかしながら一文(もん)がの」と云ふ。

空寝入りして、そののち返事をせねば、ぜひなく帰りぬ。

夜明けて亭主は、かの男よび付けて、(2)何の用もなきに「門口三尺ほれ」と云ふ。


御意(ぎょい)に任せ九三郎、もろ肌ぬぎて鍬を取り、堅地に気をつくし、身汗水なして、(3)やうやう掘りける。

その深さ三尺といふ時、「( (4) )があるはづ、いまだ出ぬか」と云ふ。

「小石・貝殻より外に何も見えませぬ」と申す。

「それ程にしても銭が一文ない事、よく心得て、
( (5) )

(注)
中戸…店と居間を仕切る戸。
何程がの…どれほどですか。
文…通貨の単位。現代の貨幣価値で10円程度。
御意に任せて…ご命令に従って。
尺…長さの単位。一尺は約30.3cm。


1、傍線(1)「むつかしながら」の意味として最も適切なものを、次から選び、記号で答えよ。

ア 苦しいでしょうが
イ めずらしいでしょうが
ウ こわいでしょうが
エ ごめんどうでしょうが


(解答)エ

現代語とは意味が違うから問われます。
前後の文章を参考に、一番ふさわしい意味を常識で選ぶべきです。

2、傍線(2)「何の用もなきに『門口三尺ほれ』」とあるが、だれがだれのどういう行為に対してそうさせたのか。「酢」という言葉を使い、「…が…の…に対して」の形で、二十八字以内(句読点を含む)で書け。

(解答)「亭主下男一文で酢を買いに来た客を帰した行為に対して(27字)」

3、傍線(3)「やうやう」の意味を次から選び、記号で答えよ。

ア いろいろ
イ ゆっくり
ウ ようやく
エ かるがる


(解答)ウ

4、( (4) )に入る言葉として最も適切なものを、文中から抜き出し、一字で書け。


(解答)銭

5、( (5) )に入る表現を次から選び、記号で答えよ。

ア かさねては酢の商いも大事にすべし。
イ かさねては一文商も大事にすべし。
ウ かさねては夜更けの商も大事にすべし。
エ かさねては夜明けの商も大事にすべし。


(解答)イ



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Japanese 中学生の古文(8)古文を読もう・7 『花月草紙』

「気楽に公立高校入試で出題された古文を読もう」の(7)です。

今日の文章の出典は、松平定信の『花月草紙(かげつそうし)』です。

松平定信は社会科でおなじみですね。
江戸幕府の老中で、寛政の改革をおこなった人です。

徳川吉宗の孫として生まれ、陸奥国の白河藩主となります。田沼意次の失脚後、11代将軍家斉のとき老中となり、1793年に辞職するまで寛政の改革を断行します。
辞職後、自分の体験や感想を1796〜1803年にかけてつづった随筆が『花月草紙』です。

(1)音読を心がける、(2)「何がおもしろい(興味深い)のか」を理解する、の2点に留意して、まず読んでみましょう。


本文

ものを引き延ばして、時失ふ者ありけり。

人の早苗
(さなえ)植うるころ、種ほどこしてけり。

葉月のころ、穂の出
(い)でたるに、嵐(あらし)吹きてければ、「花散りぬ」と嘆くを、

あまりにもの急ぎし給へばこそあれ。

わが稲は、この頃植ゑにしかば、嵐のわざはひにもあひはべらずと、

人にたかぶりけり。

人の刈り収
(おさ)むるころ、少しばかり穂の見えたるが、はや霜の置きてければ、みな枯れぬ。


「ことしはいと早う霜の置きしなり」とて、年をのみ罪していまだ悟らざりしとなり。


(注)早苗・・・稲の苗
葉月・・・旧暦の8月
年をのみ罪して・・・その年の天候の不順のせいにして


文の主題(テーマ)を読み取ろう

しないといけない事を先のばしにして、時機(ものごとのチャンス)を失う人がいるということを、愚かな人のおこないを通して指摘しています。

作者の言いたいことの中心は、冒頭の「ものを引き延ばして、時失ふ者ありけり。」です。

愚かな人は、時機をのがすだけでなく、8月、稲穂が出た頃に嵐がきて心配して嘆く人を見おろして、「あまりにもものごとを急ぐからです。自分は植えたばかりだから嵐の災いにも会わずにすみました。」と馬鹿にします。

当然、人が刈り取る頃にやっと穂が出てきますが、はやくも霜が降りたので自分の稲はみな枯れてしまいます。
それでも愚かな人は悟りません。「今年はとても早く霜が降りたものだ。」と、その年の天候不順のせいにして懲りないままです。

物事を先のばしにしてチャンスをのがす、自分の無知を知らずに人を馬鹿にする、失敗しても自然のせいにして反省することがない、以上3つの過ちをおかして恥じない人の行状を記述することで世の人の戒めとしています。


ワンポイント・レッスン

古文では、格助詞「の」がしばしば主語を表わします。
「が」と言い換えられる「の」は、主語を表わす「の」です。

本文中の、「
早苗(さなえ)植うるころ」、「出(い)でたるに」、「刈り収(おさ)むるころ」、「見えたるが」、「置きてければ」、「置きしなり」の「の」が、「が」と言い換えられる、主語を表わす「の」です。

種ほどこしてけり」・・・「種をまいた」

葉月」・・・旧暦の8月ですが、だいたい旧暦の8月は現代の暦(新暦)では9月にあたります。9月は台風のシーズンですから嵐がきたのでしょう。

花散りぬ」・・・「花が散ってしまった」

この頃植ゑにしかば」・・・「最近植えたので」

あひはべらず」・・・「あいませんでした」
「はべらず」は「はべり」の否定形。「はべり」は「ます」「でございます」の意味で丁寧な表現のときに使います。

霜の置きてければ」・・・「霜が降りたので」


せっかく読んだので、ついでに出題された問題も解いておきましょう

次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。

ものを引き延ばして、時失ふ者ありけり。

人の早苗
(さなえ)植うるころ、種ほどこしてけり。

葉月のころ、穂の出
(い)でたるに、嵐(あらし)吹きてければ、「(ア)花散りぬ」と嘆くを、

あまりにもの急ぎし給へばこそあれ。

わが稲は、
(イ)この頃植ゑにしかば、嵐の(ウ)わざはひにもあひはべらずと、

(エ)人にたかぶりけり

人の刈り収
(おさ)むるころ、少しばかり穂の見えたるが、はや霜の置きてければ、みな枯れぬ。


「ことしはいと早う霜の置きしなり」とて、年をのみ罪して
(オ)いまだ悟らざりしとなり


(注)早苗・・・稲の苗
葉月・・・旧暦の8月
年をのみ罪して・・・その年の天候の不順のせいにして


1、文章中の会話の中で、会話を示す「」をつけていないところが1か所ある。その部分の始めと終わりの四字をそれぞれ抜き出して答えよ。(句読点は含まない。)

会話部分は、「と」の前までだと知っていたら見つかりやすくなります。
「・・・・・・」の形になっています。


(解答)あまりに〜はべらず

2、傍線(ア)「花散りぬ」とあるが、散ったのは何の花であるかを答えよ。


(解答)稲の花

3、傍線(イ)「このごろ」とあるが、いつごろのことか。本文中の語句を抜き出して答えよ。

(解答)葉月のころ

4、傍線(ウ)「わざはひ」を現代かなづかいに改めよ。

(解答)わざわい

5、傍線(エ)「人にたかぶりけり」とあるが、これはどういう意味か。最も適切なものを次から選び、記号で答えよ。
(あ)人に対して興奮したようすを見せた。
(い)人に対して恥ずかしそうな表情を見せた。
(う)人に対して批判的なそぶりを見せた。
(え)人に対して得意そうな態度を見せた。


(解答)(え)

6、傍線(オ)「いまだ悟らざりしとなり」とあるが、どういうことを悟らなかったのか。本文中から適切な部分を十字以上十五字以内で「こと」に続くように抜き出せ。(句読点を含む。)

(解答)ものを引き延ばして、時失ふ(こと)



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