「はい、じゃあ今日はこれで終わり。お疲れ様でした!」
 新生音楽部が結成されてから、一週間程経過しようとしていたある日のこと。部活が終わるや否や、未来が悠音と早千代の下へと駆け寄り声を弾ませる。
「お疲れ様でした! ……ねえサチ、悠音、この後どこかよっていかない?」
「そうね……私、甘いものが食べたいかしら」
「あ、じゃあ先週駅前に出来たっていうクレープ屋さんはどうかな?」
 そんな三人の姿をじっと見つめる仁美。その視線に気付いたのか、未来が仁美へと声をかける。
「どうしたんですか? 仁美先輩もクレープ食べたくなりました?」
「違――くも無いけどそうじゃなくて! その……三人は同じ佐田中だったんだよね? 改めて思うとどうしてウチなんかに来たのかなーって」
「あ、それ私も気になる! ついでにクレープもすっごく気になる!」
 仁美に続けて、真里が言う。……真里の場合は、どちらかと言うと後者の方が目当てのようだったが。
「いいですよ、教えてあげます。ただしクレープ一個が条件です」
「うっ……今月ピンチなんだけど気になるし……」
「なーんて、冗談です。ちゃんと教えてあげますよ」
 意地悪い顔で笑う未来。だがそれは入部前の険悪なムードとはまた違う感じで、良い意味で打ち解けることが出来たと仁美は感じていた。
「こら未来、先輩をからかわないの。それは私から話します。……移動しながらでいいですよね? クレープ屋さん、閉まっちゃうので」
 悠音の後に続いて歩きながら、仁美と真理はその話に耳を傾けた。

* * *

 一年前の夏、佐田中にて――
「悠音、志望校どこで出した? やっぱり二高だよね?」
 悠音たちが所属している佐田中合唱部の生徒たちのほとんどは山形第二高校への進学を決めており、悠音も当然そうするのだろうと未来は思っていた。……しかし。
「うーんと……ね。私、神室女子に行こうと思うんだ」
「え!? 悠音、合唱やめちゃうの!?」
 驚く未来。悠音は慌てて首を横に振る。
「ううんっ、そうじゃなくて……。私、お姉ちゃんと同じように、神室女子で合唱がやりたくて……」
「あー……悠歌はるかさん、かむじょで合唱やってたんだっけ? たった六人での東北大会銀賞……私も悠音に見せて貰ったけどあれは確かに凄かったわよね」
 悠音にとっての憧れである姉。その姉と同じ道を歩みたいと悠音が思うのは至極当然のことだった。
「でも、あそこの音楽部ってもう無いんじゃ……」
「あるよっ! ほらっ!」
 そう言って悠音はスマホで神室女子高校のホームページを開いて未来に見せる。
「でも大会出てないんだし、活動しているって話も聞かないし……」
「うぅ……それは……」 
 不安で顔を曇らせる悠音。と、そこに早千代がやってきて二人へと声をかけた。
「どうしたの二人とも? 何の話?」
「あ、サチ! ねえ聞いてよ。悠音、かむじょに行きたいんだって! あそこ、音楽部活動してるかも分からないのに……」
「かむじょ? ……ああ、神室女子のことね。あそこなら一応活動しているらしいわよ。人づてに聞いただけだから詳しい情報までは分からないけど」
 その言葉に、悠音はホッとして胸を撫で下ろす。早千代の謎に広い情報網は、こういう時に非常に頼りになる。
「でもそっか……。悠音が行くなら私も神室女子に行こうかしら。実は親にも勧められてたのよね」
「えっ!? サチも!? うぅ……あーもう! だったら私もかむじょに行くわよ!」
 急に未来がそんなことを言い出すものだから、悠音は驚いて口をぽかんと開けてしまう。
「未来、二高に行きたかったんじゃ……」
「だって悠音が……。……合唱が出来るならいいの! 私もかむじょに行く! 行くったら行くの!」
「あはは……素直に悠音と同じとこ行きたいって言えばいいのに……」
 顔を赤くしてムキになる未来に対して苦笑いを浮かべる早千代。
 悠音は荒ぶる未来のことを宥めながらも、高校でも三人で合唱が出来るという喜びを噛み締めていた。

* * *

「そんな話があったのね……」
「ってかうちの部、そんなに強かったんだ!? トロフィーとか賞状とか、沢山あるなとは思ってたけど……」
「えっ、知らなかったんですか!? じゃあ先輩たちがかむじょに入ったのって……」
「この辺じゃ、かむじょしか合唱部あるところが無かったからだね!」
「真里に誘われるがままに……」
 その理由を聞いて、未来は愕然とする。
「うぅ……こんな軽い気持ちで入った人たちに負けるなんて、私……」
「あら? 未来だって、悠音がいたから入っただけじゃない」
 嘆く未来だったが、早千代が急に爆弾を投下するものだから慌てて否定する。
「ち、ちがっ! 私の気持ちはそんな軽いもんじゃっ!」
 その様子で、仁美と真理もなんとなく事情を察して――
「あー……なるほど、ご馳走さまです」
「え? ミラちゃんって悠音ちゃんのこと好――」
「だーかーらー違いますぅ! ……いや違くは無いけど……ってかその呼び方止めて下さいって言ったじゃないですか!」
「えー可愛いのに、ミラちゃん。悠音ちゃんとお似合い……みたいな」
「もー!」
 からかいながら逃げる真里を、真っ赤な顔で追い回す未来。
 一方、二人が追いかけっこをしている理由が分かっていない悠音は――
「あの……クレープ屋さん、着いたんですけど……」
 ――呆然と一人、店舗の前で立ち尽くしていた。

* * *

「うーん……でも……いやけど……うーん……」
「どうしたのよ、真里。やっぱり私のイチゴホイップにすれば良かったとか?」
「ううん違……うけどそれも頂き!」
 仁美の食べかけのクレープに、真里が強引にかぶり付く。
「あっ! こら、それじゃ間接……」
「もぐもぐ……うん、こっちのが美味しい! ……ん? 仁美なんか言った?」
「……なんでも無いわよ。……それで? 何に悩んでたの?」
「うーんとね、パート分けなんだけど、今私たち五人だからどこかのパートが一人になっちゃうじゃん? だからあと一人入れば丁度いいんじゃないかなーって」
 適当に見えて、こういう所はちゃんと考えている。真里の言うそれはまさしく事実であり今の音楽部の問題点だった。
「なんか失礼なこと言われた気がする」
「……気のせいよ。それより確かにあと一人は欲しいけど……今から入ってくれる人なんているのかしら?」
「あ、それなら……」
 未来が声をあげた。
「勝負の審判してくれたあのちっこいのとかどうですか? 見学来てたぐらいだから合唱やる気あるんじゃ……」
「あの……未来さん? どこの誰のせいであの子が逃げ出しちゃったか分かります?」
「ひぃっ……。すみません、わたくしのせいでございます……」
 早千代に睨まれて小さくなる未来。まるで蛇に睨まれた蛙のようである。
「確かに、入ってくれるならあの子くらいかしらね。確か……乃々ちゃん、だっけ?」
 仁美の言葉に、悠音は頷いた。
「はい、原田乃々ちゃん、ですね。私、乃々ちゃんと同じクラスなので、明日誘ってみますっ!」

* * *

 次の日の、朝。
「おはようっ、乃々ちゃんっ!」
 早速、悠音は乃々へと声をかけてみることにした。
「ひゃうっ!? おひゃようごじゃいまひゅっ!?」
 驚いた様子の乃々を見て、悠音まで驚いてしまう。
「あ、すいません……びっくりしてしまって……。えっと……佐野さん、ですよね。おはようございます」
「うん、おはよう。それと私のことは悠音でいいよっ!」
「で、では……悠音さん。わたしに何かご用でしょうか?」
「うん。でも、その前に……」
 悠音は、一歩下がってから……乃々へと、深々と頭を下げた。
「この前はごめんなさい! 急に審判なんて任せちゃって……。その上怖い思いまでさせちゃって……本当にごめんなさい!」
「い、いえっ。こちらこそ! あの時は急に帰ってしまって……すみませんでした……!」
 困惑した乃々は、慌てて席から立ち上がり、自らも頭を下げた。すると当然そこには悠音の頭があるわけで――
「「痛っ……!?」」
 ――鈍い音が響く。二人揃って、頭を抱えて踞る。
「ご、ごめんなさい! わたし……!」
「ううん、大丈夫だよ! 私の方こそごめんね……。……エヘヘ、でもなんか私嬉しいな。乃々ちゃんと私、おんなじことしてるんだもん。それってなんか友達、って感じじゃない?」
「友達……」
「うん、友達。嫌……かな?」
「いえ! そんなこと……! その……よろしくお願いします……!」
「うん、よろしくね、乃々ちゃん!」
 差し出された悠音の手を、乃々は遠慮がちに……けれどもしっかりと、握り返した。
「あ、そうだ乃々ちゃん」
「なんですか、悠音さん」
「……クレープ、好き?」

* * *

「美味しい……っ!」
「エヘヘ、そうでしょ。ここ、私のお気に入りなんだ~」
 その日の放課後。悠音と乃々は、先日音楽部員たちで訪れたクレープ屋へと足を運んでいた。
「乃々ちゃん、本当に美味しそうに食べるよね~。甘いもの、好きなんだ? サチとも甘いもの友達になれそう」
「サチ、って……あの時の……怖い人ですか?」
「ううん、違うよ、早千代。乃々ちゃんが言ってるちっこいのは未来。……まあ私的にはサチの方が怖いけど。……でもそっか、やっぱりそう思っちゃうよね」
「その……ハッキリしなかった私が悪いのは分かってるんですけど……」
 やはりあの一件で、乃々は未来に対して軽いトラウマのようなものを抱えてしまっているようである。
「ゴメンね。ああ見えて未来も悪い子じゃないんだ……。どうしてもそれだけ知って欲しくって」
「はい……悠音さんが言うなら……」
「うんっ、ありがと。……それでね、提案なんだけど、明日音楽部の見学に行ってみない?」
「見学……ですか?」
「うん! 朝に言いそびれたんだけどね。乃々ちゃん、本当は音楽部ちゃんと見学したかったんじゃないかな……って。ほら、勝負に巻き込んじゃったから」
「でも……わたし……」
「大丈夫、私も一緒に見学するから!」
「え? でも悠音さん部員なんじゃ……」
「気にしない気にしない! とにかく明日の放課後ね! 約束!」
「約束……。それじゃあ……お言葉に甘えて……。……悠音さんと、一緒なら」
 そう答えた乃々の顔には、わずかながらも笑みが浮かんでいた。
 優しく、穏やかな風が吹く。
 四月も半ばに差し掛かり、神室山の木々も蕾を少しずつ膨らませ始めていた。
 薄く色付く頬と、弾む気持ち。
 神室女子高等学校音楽部にも、新たな風が吹こうとしていた。