「悠音さん! 明日のお休み、一緒にクレープ食べに行きませんか?」
「誘ってくれるのは嬉しいけど……ここの所ずっとじゃない? その……太っちゃうよ……?」
ある日の帰り道のこと。乃々のお誘いに、笑顔ながらも苦言を返す悠音。
それに対して乃々は小さく呻き、自分のお腹を触りながら言う。
「うっ……確かに最近少しお腹が……。でもその分たくさん練習すれば大丈夫です!」
「うーん……それもそっか。じゃあ――」
「ちょーっと待ったぁー!」
「うっ……」
後方から聞こえてきた、大きな声。その声に振り向きながら乃々は思わず顔をしかめてしまう。しかしその声の主……未来が走ってきたのを見て、慌てて笑みを浮かべようとする。
「……いや乃々、アンタ今露骨に嫌そうな顔したわね?」
「そりゃあ未来さんおっかないもの。ねえ、乃々?」
少し遅れてやってきた早千代が言う。それに対して乃々は首を横に振って答える。
「あ……サチさん。そ、そんなこと……す、少しだけです! 今はだいぶ慣れましたから! だから、未来さんだって……その……お友達です!」
「ふ、ふーん……」
その言葉を聞いて乃々から顔を背ける未来。当然、早千代がそれを見逃すはずは無かった。
「あれ? 未来……照れてる?」
「照れてないっ!」
相変わらず互いに遠慮の無い未来と早千代のやり取りに微笑を浮かべながら、悠音が言う。
「アハハ……で? どうしたの? 未来。さっき、『ちょーっと待ったぁー!』って」
「あ! それよそれ! ちょーっと待ったぁー! よ、乃々!」
悠音の言葉に反応し、未来は一字一句同じ台詞を口にした。
「わざわざ言い直さなくても……」
「うっさい! ……こほんっ。とにかく! 悠音と二人で遊びに行くなんて、私が許さないわ! どうしても行くっていうなら……私を連れていきなさい!」
早千代を一喝してから、乃々へと指を突き付ける未来。
「えっと……?」
「未来は一緒に遊びたいって言ってるのよ」
困惑した表情を浮かべている乃々に、早千代が未来の台詞を解説してみせる。
「ち、違っ……」
未来は否定しようとするが、その赤く染まった頬が、早千代の解説が真実だということを証明してみせていた。
「ほーら未来? お願いする時は?」
早千代に詰め寄られた未来は、さらに顔を赤くしながら呟く。
「わ、私も一緒に遊びに行きたいです……」
「よく出来ました! ……あ、ということで私も一緒に、いいかな? ……お邪魔じゃなければ、だけど」
未来に向けて拍手をしてから、手を合わせて上目遣いで乃々へとそう言う早千代。乃々は迷うことなく、首を縦に振った。
「お邪魔だなんてそんな! 是非お二人も一緒に行きましょう」
「……だって。良かったわね、未来」
「ううっ……サチ、覚えときなさいよ……」
満面の笑みを浮かべる早千代と、その早千代を睨み付ける未来。その一方で、悠音はどこか浮かない顔をしていた。
「でもそっかぁ……四人でクレープかぁ……」
「どうしたの悠音? 何か困ることでもあった?」
早千代に聞かれて、悠音は首を横に振って答える。
「ううん。別に困るってわけじゃないんだけどね。その……いつもと一緒だな、って」
「あー……それもそうね」
悠音の言わんとしていることを理解して、納得の表情を浮かべる早千代。続いて、乃々と未来もそれに頷いた。
……悠音が口にしていたように、四人はここ最近、毎日のようにクレープを食べに行っていた。放課後のこと、というのが休日になったくらいで大した変化は無いだろう、というのが四人の共通意見だった。
しばらく経ってから、突如、早千代が何かを思い付いたかのように手を叩いてから口を開いた。
「うーん……あっ、そうだ! じゃあ三人とも、明日私の家に泊まりに来ない?」
「えっ……? サチさんのおうちに……?」
乃々の言葉に、早千代は大きく頷く。
「うん。両親が泊まりで明日ウチに誰もいないしさ。親睦会を兼ねてのお泊まり会ってことで。どう?」
「良いわね! サチにしてはナイスアイディアじゃない!」
「私にしては……?」
「ひっ……! 流石サチ様、見事な提案でございます!」
入部初日の狂犬ぶりは何処へやら。早千代は、まるでチワワのように怯える未来の姿を見て少し昂ってしまう自分がいることを感じていた。
「アハハ……。でも楽しそう、私も賛成! ……乃々ちゃんは?」
そんな二人のやりとりに苦笑しつつも、悠音が乃々へと問いかける。
「えっと……わたしがお邪魔しても良いんでしょうか……?」
遠慮がちに呟く乃々。それに対して、未来が頬を掻きながら答える。
「アンタだってその……友達なんだから当たり前でしょ?」
その言葉に、乃々の表情はパッと明るくなる。
「ではその……よろしくお願いします」
「はい、お願いされましたっ。……って、変な気遣わなくていいからね? むしろ私がお願いしたいくらいだし」
「お願い? なんで?」
早千代の言葉に首を傾げる未来。早千代は声のトーンを少し低くして、答える。
「……最近、出るのよ」
「出るって、どこに、何が……?」
もう一度、未来が聞く。それに対する早千代の答えに、三人は体を強張らせることとなった。
「私の家に……お化けが、出るのよ」
* * *
翌日。
未来と悠音と乃々は、約束通りに早千代の家を訪れていた。
「お邪魔しまーす!」
未来の元気な声が響く。
「はーい、いらっしゃい」
出迎えた早千代は、自宅ということもあり比較的ラフな服装をしていた。
それを見た乃々は、自然と隣の悠音の方に視線を向けながら言う。
「そういえば悠音さん……今日の服装すごく素敵ですよね。自分で選んだんですか?」
「えっ……う、うん。褒められるなんて思ってなかったから照れちゃうな……。でもそれを言うなら乃々ちゃんも凄く可愛いよ?」
「そんな……可愛いだなんて……」
褒め合って、互いに頬を赤くする悠音と乃々。しばらく続いた二人のやり取りだったが、流石に痺れを切らして、未来が叫ぶ。
「……そこ! 二人の世界作ってないでさっさと家の中に入りなさい!」
「ここは未来の家じゃないけど……流石に私も同意するわ」
今回ばかりは未来に同意する早千代だった。その言葉に悠音と乃々はようやく我に返り、いっそう顔を赤くしながらも家の中へと足を踏み入れた。
「じゃあ私お茶淹れてくるから適当にくつろいでて。未来、案内よろしく」
「ほーい」
「じゃ私もお部屋でゆっくり……」
未来たちと一緒に部屋に向かおうとする悠音の首根っこを掴みながら早千代が言う。
「悠音は私と一緒にお茶汲みね」
「私お客様なんだけどなー……。まあいっか」
未来と二人きりになってしまった乃々は、どことなく気まずい気持ちを押し込めながら、何とか話題を絞り出す。
「えっと……未来さんたちって……幼馴染なんですよね? やっぱりお泊り会とか何回もしてるんですか?」
「んー、そりゃね。そもそも家が近いから。まあ、サチの家はもう実質私の家でもある、みたいな?」
そう言ってから、目の前の早千代の部屋のドアを開け、ベッドへとダイブし、枕に顔を埋めてスカートなのもお構いなしに足をバタつかせる未来。
ちら付く熊さんから目を背けた乃々だったが、その頬に冷たい物を当てられて、その身体をビクンと跳ねさせた。
「ひゃあっ!? ……ってサチさんですか……脅かさないで下さい……」
「ごめんごめん。そしてもっかい……ごめんね? お茶切らしてたみたいだから……ジュースで勘弁ね?」
「そう言ってこの前も切らしてたじゃない……私行く意味あったかなぁ……」
不満げに呟く悠音。その横で、早千代が未来をベッドから引き剥がしながら言う。
「こーら未来、服シワになるよ?」
「はーい……。いい匂いだったのになぁ……」
名残り惜しそうに口を尖らせる未来。無自覚であろうその言葉だったが、流石の早千代も少しドキリとしてしまう。
「……っ。そういうこと簡単に言われると戸惑うのよ……」
「ん?」
「……何でも無い。それよりジュースでも飲んで……あっ、コップ忘れた」
「なんでよ!? っていうか悠音も気付かなかったの!?」
「お喋りに夢中で……テヘッ」
「テヘッ……じゃなーい! 全くアンタたちは私がいないと本当ダメなんだから! ほら、取りに行くわよ!」
怒りながらも、未来は我先にと階段を降りていく。
「未来さんは本当頼りになりますな〜」
「ホントホント。何だかんだで一番しっかりしてるよね」
悠音と早千代は、顔を見合わせて笑みを溢した。
「あの……下行くのでしたら……もうクレープ作り、始めちゃいませんか?」
乃々の提案に二人も頷き、三人は未来を追って部屋を後にした。
* * *
「よーし、じゃあ早速作るわよ! ……で? どうやるの、悠音」
「えぇ……。その威勢はどこから来たのよ……。まあいっか、じゃあここでは私が先生だね!」
クレープ作りは、悠音の提案だった。元々クレープを食べに行く予定が早千代の家へのお泊まり会に変わったのだから、ならば両方を同時に行ってしまおう、ということで、早千代の家でクレープを作ることになったのだった。
「でも、クレープ作りって難しそうなイメージが……特に生地とか……」
乃々の言葉に頷く未来と早千代。しかし悠音は人差し指を振って否定しながら言う。
「ふっふっふ……乃々君、そんな悩みを解消するアイテムがあるのだよ」
「何……? その喋り方……。で? 何を使うの?」
「使うのはこれ! ホットケーキミックス!」
悠音が傍らに置かれた袋から取り出したのは、市販のホットケーキミックスだった。それを見て、乃々は首を傾げる。
「ホットケーキミックス……? それでどうするんですか……?」
「まあまあ、見てて……。これを、こうして……」
手本ということで、一人分の分量で手際よく作業を進めていく悠音。卵と牛乳とを粉に混ぜたものをホットプレートに流し入れて数分、ふわふわなクレープの生地が出来上がった。
「わあ……凄いです!」
「乃々ちゃんもやってみる? はい、じゃあこれ持って」
「こう……ですか?」
「うん! 乃々ちゃん筋がいいね~」
悠音の指示で材料をボウルに投入して混ぜていく乃々。……しかしそんな笑い合う二人を前にして、未来が黙っていられるはずは無かった。
「むむむ……えーい! 私も混ぜなさーい!」
「こら未来、危なっ……」
早千代の忠告も聞かずにボウルへと手を伸ばす未来。
不安定な体勢。足を滑らせ前のめりに倒れ込む未来の身体。指先にはボウル。そしてさらにその先には悠音と乃々の顔があり――
「きゃっ!?」
「ひゃっ!?」
――言わずもがな、ボウルの中の液体は飛び散って悠音と乃々の顔を直撃する。そして回転しながら宙を舞ったボウルは、倒れ込んだ未来の頭へとすっぽりとハマった。
「あーあ……」
その大惨事に、早千代はただため息を漏らすことしか出来なかった。
* * *
「二人とも……ごめんなさい……」
湯船に浸かりながら、未来が両隣の悠音と乃々へ向けて呟いた。
結局顔も服も汚れてしまったため、一緒にお風呂に入ることになった三人。最初未来は自分は後からでいいと遠慮していたのだが、早千代の家の浴槽が広いから問題無いと押し切られる形で一緒に入ることになった。広い……といっても女子高生が三人も入っているため、どうしても身体が密着してしまう形になり、未来は今にものぼせそうになりながらも、謝罪の言葉を絞り出したのだった。
それに対して乃々は、一度首を横に振ってから笑顔で言葉を返した。
「そんな……謝らないで下さい。わたし、楽しかったですから。むしろ実はこういう風に友達とお風呂入るのとか、少し憧れていたんです」
「乃々……」
「サチさんからお誘い頂いた時、未来さんが私のこと友達って言ってくれて、わたし凄く嬉しかったんです。だからお泊まりしよう、って思えたし、こうして今楽しめてる。それは未来さんのおかげでもあるんですよ。だから……ありがとうございます」
未来の手をとって、真っ直ぐに目を見ながら言う乃々。
……顔が近い。未来は自分の顔が熱くなるのを感じていた。
「未来、ツンツンに思えて実は優しいんだよね。……未来のそういう所、私好きだよ」
悠音が、未来の背中にピタリとくっつきながら、耳元で囁いた。
……今度こそ、未来は限界だった。
「うう……ううう……サチぃ!!」
二人を強引に押し退けつつ、風呂場から飛び出していく未来。
残された悠音と乃々は、呆気にとられながらも、二人で笑顔を向け合っていた。
* * *
「流石に……そろそろ寝よっか……」
眠そうな、悠音の声。
お風呂から上がり、トランプやボードゲームなどで遊んでいるうちに日付は変わり時刻はもうすぐ夜中の二時を迎えようとしていた。
「そうですね。……ほら未来さん、布団で寝ましょう?」
カーペットに寝転んでいる未来の肩を揺する乃々。未来は瞼を擦りながら、うわ言のように呟く。
「ん~……ママ……」
「もうっ……ママじゃありません……っ」
「んあ……? 乃々ぉ……?」
のそのそと身体を起こす未来。少し大きめのものだからなのか、パジャマの肩口がはだけてしまっている。
「服、はだけてますよ。……はい、これで大丈夫です」
「んー……ありがと。ふぁぁ……」
「ちょ、ちょっと未来さん!?」
乃々に服を直して貰った未来だったが、大きなあくびをしてから、今度は乃々にしがみつくようにしてから寝息を立て始めた。
「もう未来ったらだらしないな~。これじゃあ怪談が出来ないじゃない」
「え……? サチ、今なんて……?」
ふと呟かれた早千代の言葉に悠音が反応し、聞き返す。
「だから、怪談。皆忘れてそうだけど、この家には最近『出る』から……怪談をすれば逆に怖さが相殺されるかなって」
「いやされるわけ無いでしょ!? ……ってあれ? 私、なんで乃々に抱き付いてるの?」
「わたしが聞きたいですぅ……」
未来が、早千代の言葉に反応し叫びながら目を覚ます。現在の体勢に首を傾げる未来。一方の乃々の方は俯いて顔を赤らめていた。
「お、流石ツッコミの未来。ここで起きるとは」
「誰がツッコミの未来よ。……それより、怪談なんて私は反対よ。悠音と乃々も何とか言って……」
ため息混じりに呟く未来。しかし、予想とは裏腹に悠音と乃々は目を輝かせていた。
「私はちょっと面白そうかなって!」
「わたしもその……実はちょっと憧れていて……」
「え……」
愕然とする未来。心の中で、目を覚ましてしまったことを後悔する。
「決まりね。 じゃあ早速――始めましょうか」
――それから、三十分後。
「もう駄目です……お風呂に一人で入れません……」
「呪われる呪われる呪われる……」
「だから私は反対したのよ……! ああもう駄目むしろサチが怖い……!」
早千代の怪談話を聞き終えて、肩を抱き合いながら震え上がる三人。その様子に、早千代は満足そうな笑みを浮かべていた。
「いやぁ……楽しんでくれたようで何より。ウチに『出る』って情報仕込んどいて正解だったね。……おっと」
「仕込んで……? サチ……アンタまさか最初からこれを想定して嘘を……!」
「さ〜て、何のことでしょう」
「ぐぬぅ……覚えておきなさい!」
「して良いことと悪いことがあるよ……」
「あんまりですぅ……」
舌を出してとぼける早千代を三人がそれぞれ糾弾する。
出会った頃のぎこちなさは何処へやら。結果として、一年生四人の距離が近付くお泊まり会となったのだった。
……なおその後、夜中に知らない女性の声が聴こえて、怪談で満足して熟睡していた早千代以外の三人は、恐怖で朝まで一睡も出来なかったとか。
* * *
一年生四人がお泊り会を楽しんでいたのと、同日。
ベッドで横になっていた仁美は、急な着信に一瞬驚いてから、その相手を確認しため息を吐いてから応答した。
「もしもし……?」
「あ、もしもーし、仁美? 起きてた?」
「起きてる……けど、あなた一体何時だと思ってるのよ……」
「うーん……夜中の一時だね!」
悪びれる様子も無い真里。仁美は大きなため息を吐いてから言う。
「堂々と言わない……! ……で? 何の用事? 何かあるから電話して来たんでしょ?」
「うーんそうだなぁ……。――仁美の声が、聴きたくて」
「……っ!?」
真里の発言に驚いてスマートフォンを放り投げてしまう仁美。慌ててそれをキャッチしようとしたが、体勢を崩してそのままベッドから転げ落ちる。
「なーんて冗談……ってあれ? もしもーし、仁美? おーい」
しばらく経ってから、ようやく仁美が応答する。
「……な、何よ」
「あ、良かった。凄い音したからさ~。大丈夫?」
「大丈夫……じゃないわよ……。だって急に真里が……」
「ん? 私がどうしたの?」
言葉が尻すぼみになる仁美。真里に聞かれて、赤面しながら声を絞り出す。
「ま、真里が急に、その……私の声聴きたくなった、とか……」
「あれ……? それはさっき冗談って……」
――静寂。そして……。
「~っ! ま……」
「ま……?」
「真里の馬鹿ぁ!!」
耳をつんざくような叫び声と、端末が床に叩き付けられる音。そのまま、通話は途切れてしまった。
――それから、十分後。
「もしもーし」
「……もしもし」
再び真里が電話をかけると、仁美は明らかに不機嫌そうな声をしていた。
「あーその、ゴメンね? 変なこと言って」
「……別に。で、本題の方は何なのよ」
「ああうん、それはね……まだ決まって無かった伴奏者、どうしようかな、って……」
――またしても訪れる、静寂。
少ししてから、静かな声音で仁美が口を開いた。
「……ねえ、真里……?」
「んー? 何?」
「そ……」
「そ……?」
「それを最初に言いなさいっ!!」
先程よりもさらに大きな、叫び声。そして再び途切れる、通話。
それから真里は、謝り通して仁美の機嫌を直すまで、二時間程の時間を費やしたのだった。
* * *
「えっと……伴奏者、ですか?」
「そ。Nコン出るなら誰かしらにやって貰わないとだから決めておかないと」
休み明け。部室では、伴奏者を決めるための話し合いが開かれていた。
「顧問の先生はどうなんですか……?」
「あー……ウチの顧問の伊藤先生は吹部と掛け持ちでそっちメインなのよね……」
早千代の問いに対して、仁美が天を仰ぎながら答える。
「じゃあ誰か生徒の中から……ですね。でもこんな中途半端な時期に入部してくれる人、いるんでしょうか……? 未来さんは心当たりありません?」
「んー……私は無いかなぁ……。でもこういうのは悠音の方が得意なんじゃない? 例のノ――」
「ストーップ! 未来……怒るよ?」
乃々に聞かれて、未来はこの前の件を思い出しそれを口にしようとするが、悠音に阻止されてしまった。
「もう怒ってるじゃない。……で? 心当たりは?」
「心当たりあることはあるけど……。……って先輩方? そんなにまじまじとこちらを見てどうしたんですか?」
二年生二人の視線を感じて首を傾げる悠音。仁美と真里は、一度顔を見合わせてから思ったことを口にした。
「いやその……なんて言うか……」
「皆……特に乃々ちゃんと未来ちゃん、こんな仲良かったかなー……って」
「ああなるほど。それは――」
未来がその理由を答えようとした――その時だった。
「四人でお泊り会したから、ですよね!」
未来の代わりに、発せられた声。それは、部室の隅に置かれたピアノの方から聴こえてきて――。
「ひっ……! お、お化け……!?」
早千代の家での件がトラウマになっているのか、隣にいた乃々へと抱き付く未来。乃々は驚きながらも、その背中に手を回す。
「未来さん……っ!? だ、大丈夫ですから、皆いますし明るいし大丈夫――」
「最初はツンツンだけど認めた相手は信頼する甘え上手と普段は気弱だけど面倒見が良い甘えられ上手的な構図もまた中々……! いやでもやはり王道の幼馴染や運命の出会いも捨てがたい……!」
またもやピアノの方から、今度は早口で興奮しているような声が発せられる。
「ちょっと真里、見てきなさいよ! 部長でしょ!」
仁美が、真里へと小声で囁く。
「えー……。仕方無いなぁ……。誰もいるわけ――」
真里が仁美に背中を押されてピアノへと近付こうとした……その時だった。
「ああっ、やはり二年生組の固定カプは王道にして至高……あれ? あっ……」
ピアノの下から、息を荒くしながら姿を現す少女。六人からの視線を浴びて、今更のように縮こまる。
「えっと……あの……その……。すいません……つい昂ぶってしまって……」
「昂ぶって……? えっと……よく分からないけど、あなたのお名前は? どうしてそんな所に……? 見た所一年生のようだけれど……」
「……この子です」
悠音が、ぽつりと呟いた。
「え……?」
「私の、心当たり。この子なんです。名前は――」
ぱっちりとした翠眼。白銀色のゆるふわカールを揺らしながら、少女は一歩前に踏み出て言った。
「一年生の矢吹汐莉って言います。あの……、しおに伴奏……やらせて貰えないでしょうか!?」
六人で手を繋いで登り出したばかりの山道。
突如として現れた分かれ道は、神室の山の悪戯なのか、それとも――。
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