「ねえねえ、今度の週末、みんなで山形市に映画観にいこうよ!」
日々の部活動の積み重ねの中で絆を深めている音楽部の七人。今では、学年も関係なく気軽に皆で遊びに出かけることも増えてきていた。
実力テストも無事終わり部の雰囲気も良い今ならば、遠出をするのもありなのでは……と思っての、真里の提案。
しかし、他の六人は乗り気なわけでも不服そうなわけでもなく、ただキョトンとした顔を浮かべていた。
「え? あれ……? ナイスアイディアだと思ったんだけど違った……? ね、ねえ仁美……」
話を振られて、仁美は困ったような表情を浮かべつつ、言う。
「映画は観たいけど……でも今週末は、合唱祭でしょ? 真里、忘れたの?」
「合唱……祭? なにそれ聞いてない」
「聞いてない……って、そんなはずは無――」
言いかけて、一年生五人と顔を見合わせる仁美。その表情の変化を見ながら、仁美自身も、それを思い出す。
「あ」
「あ、ってなに!? あ、って!?」
「いやほら……テスト期間中は真里に余計なこと考えないようにしてもらうために、ね? ……まあその後も今の今まですっかり伝えるの忘れてたんだけど」
「酷くない!? 私部長だよ!?」
これに関しては完全に自分たちの落ち度である。それを認めて仁美は素直に頭を下げる。
「ごめんってば部長。本当に忘れてただけなんだってば、部長」
「こんな時だけ部長、部長って……部長、ぶちょ怒っちゃうんだからね!」
――静寂。意味が分からずポカンとする六人を前にして、真里は焦った様子で言う。
「あ、あれ……? 今のギャグなんだけど……笑うとこだよ?」
「あ、すいません。あまりにつまらなさ過ぎて逆に本気で怒ってるのかと……」
「未来ちゃん!?」
未来のストレートな物言いに涙を浮かべる真里。その様子に、周りからもようやく笑い声が聴こえてきた。
「それじゃあ、怒っては、無いんですよね?」
悠音の疑問に、真里が答える。
「うんもう全然。こんなことぐらいで怒らないよ? それに合唱祭なんでしょ? むしろ映画よりそっちのが楽しみかもな〜なんて!」
「合唱祭……他の学校の演奏聴けるのは楽しみですけれど……わたしはちょっと不安かも、です」
「う……そう言われると私も少し不安かも……」
浮かない表情を浮かべる乃々と仁美。そんな二人に対して、真里は言う。
「大丈夫だよ二人とも! 観客なんて長芋だと思えば緊張しないよ!」
「それを言うならじゃがいもですね」
「うん、そうとも言うね!」
早千代の指摘に親指を立てて答える真里。……仁美は、やっぱり不安だった。
「えっと、そういえば会場って山形市なんですよね。交通手段とか集合とか、予定って決まっていましたっけ……?」
「あ……そういえば決めて無かったね。ありがと、しおちゃん。……真里にも合唱祭のこと言って無かったから話す機会が無かったというか……」
「はいはいはーい!」
元気に手をあげる真里。誰の反応を待つわけでも無く、そのまま続けて言う。
「私が! 決めます! 部長なので!」
「やっぱりさっきのこと根に持ってるんじゃ……っていうか大丈夫なの?」
自信満々、といった表情の真里だったが、仁美は何だか嫌な予感しかしていなかった。
「大丈夫大丈夫! 皆、泥船に乗ったつもりでいてよ!」
「それを言うなら大船です」
「うん、そうとも言うね!」
……仁美はやっぱり、不安だった。
* * *
そして迎えた、週末。
真里の指定した集合場所――霞城公園の入口には、三人の人影があった。
「いや〜着いたね、霞城公園!」
霞城公園は、市街地のほぼ中央に位置している山形城跡を整備した都市公園である。城跡なので残念ながら城は存在しないが、春には桜の名所として多くの観光客が訪れたり、花火大会など季節ごとのイベントも行われていたりする。
合唱祭は午後からのため、十時に霞城公園に集合してご飯を食べてから会場入り、というのが真里の考えたプランだった……はずなのだが。
「ねえ真里、皆にちゃんとメッセージ送ったよね?」
「送った送った! だからさっちゃんも来れてるんだもん、ね?」
「はい、確かにちゃんと全員の既読付いたの確認しましたし大丈夫だと思うんですけれど……」
時刻は九時五十分。十分前……とはいえ、集まっているのは仁美と真里と早千代の三人だけだった。
「うーん……。まだ時間まで少しあるし急かすのも良くないしもうちょっと待ってみよっか……。っていうかサチは今日悠音ちゃんと未来ちゃんと一緒じゃないの珍しいよね。なんかあったの?」
「未来が『未来たちもオトナなんだしたまには個人で行動してみましょ!』って言うので、一人で。悠音は多分乃々と一緒でしょうけど、未来は正直心配です」
「まあ駅からもすぐだし迷うことは無いでしょ! それにほら、かわいい子には――なんだっけ」
「旅をさせろ、ですか? まあ、最悪駅にいてくれれば合唱祭には間に合うので」
その光景を想像して思わず苦笑する仁美。そんな話をしている間に時刻は十時となったが、依然誰もやってきそうにない。
「ねえ、とりあえず中に入ってない? もしかしたらもう皆もいるかもしれないし」
「そうですね、仁美先輩もいいですか?」
「うーん……でも他にどうしようも無いし、そうしよっか」
真里の提案に頷く早千代と仁美。
こうして仁美たち三人は、公園の中へと足を踏み入れるのだった。――霞城公園の、南門から。
トークアプリの「十時に、霞城公園の門の前に集合!」というメッセージ通りに門の前にやってきた悠音と乃々。
時刻は十時丁度。しかしそこには、他に誰の姿も無かった。
「あれ……? 皆どうしたんだろ? もう十時だよね……?」
「はい……。むしろ少し遅くなったかな……とも思ったんですがわたしたちしかいない……ですよね」
周囲を見渡しても、部員の姿は見当たらない。
困り顔を浮かべる乃々。少ししてから、ふと思い出したかのように悠音に話しかけた。
「あっ……そういえば悠音さん、今日は未来さんとサチさんと一緒じゃないですけど……良かったんですか? その……わたしとで」
「いいのいいの。なんか未来が一人で行きたいっていうから、サチも私もそれぞれでって流れになったからさ。それに乃々ちゃん、電車で山形駅とか初めてだったでしょ? ちゃんと案内してあげなきゃ、って。まあ、私が普通に乃々ちゃんと一緒に来たかったっていうのもあるんだけどね」
舌を出して笑う悠音。
その言葉に少し頬を赤くしながらも、乃々もまた、笑顔を浮かべた。
「さてどうしよっか、中に入ってみる? もしかしたら誰か来てるかも……?」
「うーん……もう少し待ってみませんか? 入れ違いとかになったら嫌ですし……」
「そうだね、そうしよっか!」
悠音と乃々は、門の付近で待機することにした。――東大手門の、付近で。
それから時間が経った、霞城公園の、西門前。一人の少女が、息を切らしながらやってきた。
「はあ……はあ……。あれ? まだ誰もいない……もしかして間に合った!?」
「いえ、十五分の遅刻ですね〜」
「ひっ……ごめんなさ……って汐莉!? なんでアンタがここにいるのよ!? たしか伊藤先生と先に会場に行く予定だったんじゃ……」
突然目の前に現れた汐莉に驚く未来。対する汐莉は、平然と未来の問いに答える。
「一人で変な方向に向かう未来さんを駅で見かけたので……面白そうだなって思って付いてきちゃいました」
「見てたんなら声かけなさいよ……。……まあいいわ。で、なんで誰もいないのよ? もう十五分も過ぎてるのよ」
「しおに言われても……。それに十五分過ぎてるのは未来さんが無駄に遠回りをした自業自得で……」
「うぐっ……。アンタ……意外とズバズバ言うタイプなのね……。でも結果的に着いたんだからいいじゃない」
そんな会話をしながら、何か連絡が来ていないかと二人はトークアプリのグループチャットを開くが、何もメッセージは残っていない。しばらく逡巡した後で、未来が声を大にして言った。
「よし、行くわよ!」
「行くって……どこにです?」
「霞城公園の中よ! 皆もう着いてて中に入っているかも知れないじゃない。そしたらメッセージだって忘れてて……って可能性もあるからよ」
「なるほど……。未来さんにしては――コホン。しおも一理あると思います。どのみちここにいてもしょうがなさそうですし中に入りますか」
拳を掲げながら元気に歩き出す未来。その後ろで汐莉は、改めてトークアプリに残された真里からの集合場所を指示するメッセージに目を通していた。
(この文章……今の状況……これって、もしかして――)
「なにやってんの汐莉〜! 置いていくわよ!」
「あ、はい! 今行きます〜」
(でもこれはこれで……少し面白そうかも、です)
こうして、七人は三組に分かれて霞城公園のそれぞれの門へとたどり着いた。
その原因を察したのが汐莉でなければ。誰かがチャットにメッセージを残していれば。
結果としてうまくいかなかった合流。しかしそれが、彼女たちに思いがけない出会いをもたらすことになるのだった。
* * *
「うぅ……なんかすごく疲れたよ……」
顔に疲労の色を浮かべている真里。対して、仁美と早千代は疲れていない……というより真里から見れば肌がツヤツヤしているようにも見えた。
「私的には良い勉強になったと思うんだけどなぁ〜……」
「同感です。学を得ることが出来てとても充実した時間でした」
三人が先程まで見学していたのは、霞城公園の中にある、山形市郷土館(旧済生館本館)だった。
ここでは医療や山形の歴史について学ぶことができ、いわゆる歴女である仁美と早千代は目を輝かせていたのだが、そもそも勉強が嫌いな真里は三十分近くも付き合わされてげんなりしている……といった状況である。
「っていうか時間! そろそろ合流しないとじゃない? 一回門のとこまで戻ろうよ!」
「中に入ろうって言ったのは真里だったくせに……」
「こんなことになると思って無かったの! それよりほら早く! 置いてくよ!」
「こーら真里、走ると危な――」
――言いかけた、その時。……鈍い衝突音が、響いた。
急に通路へと飛び出した真里が、走ってきた人とぶつかってしまったのである。
「真里、大丈夫!?」
「う、うん。びっくりしただけで、私はなんとも……」
真里が言う通り、彼女自身には全然怪我は無い様子である。しかし、真里とぶつかったその少女は、膝を抱えて蹲っていた。
「ね、ねえあなた、大丈夫!?」
見たところで言うと、小学生高学年くらいの少女。しかし制服を着ているのを見るにおそらく中学生であろう……と、仁美は推測しながら、その少女の下へと駆け寄ってしゃがみ込む。
「あ……血、出てる! ちょっと待っててね……」
ポーチを漁る仁美。取り出したのは、絆創膏。
幼い頃からやんちゃでよく怪我をすることがあった真里のために持ち歩くようになり、今でもその癖が続いているからこそ持っていたものだった。
「うーん……そんなでも無いけど砂利付いちゃってるからまずは洗ってからかな。ほら、立てる?」
「は、はい……」
仁美の手を掴んで立ち上がる少女。中学生の頃の未来よりも小さく、平均より少し低いくらいの仁美と並んでも歳の離れた姉妹のように見えて、早千代は微笑ましく感じていた。
「はい、これで大丈夫!」
仁美が水で傷口の汚れを洗い流し、絆創膏を貼ってあげたのを見届けてから、真里は改めて少女に頭を下げた。
「本当ゴメンね! 私たち、急いでて!」
「急いでたのは先輩だけでは……」
「うっ……。でも急がなきゃ間に合わないでしょ!? ……合唱祭!」
「えっ――」
合唱祭の名前を出した途端に、目の色を変える少女。変わったのは目の色だけでは無く――
「貴女たちも、参加するの?」
「え、あ、うん、はい。私たち、神室女子の音楽部なんです」
突如変わった声色に困惑し、仁美はつい敬語で答えてしまう。
「貴女たちが……。去年部活動を再開させ、今年から大会に参加することになったっていう、あの……」
「えっ!? なんで知ってるの!?」
「フフン……ボクの(後輩の)情報網を甘くみないでよね。貴女たちのことなんてなーんでもお見通しなんだから」
人差し指をこちらに突き付ける少女。しかし言動の割に幼いその身体のせいで、まるでなりきりでもしているようにしか見えなかった。
「えっと……小さいのに色々知っててエラいね? 小……いや中学校でお芝居でも流行ってるのかな?」
優しく、少女の頭を撫でる。しかし少女は、顔を真っ赤にして憤慨しながらそれを否定する。
「ち〜が〜う〜! ボクは小学生でも中学生でも無い! 高校生! 山形第二高校の三年生!」
「三年生!? 嘘!?」
「え……先輩だったなんて……」
驚愕の表情を浮かべる真里と早千代。仁美もポカンと口を開けており、まさに開いた口が塞がらない、といった状況だった。
「後輩たちよ敬え敬え! ボクこそが! 山形二高合唱部のエース(自称)! 将来を期待されし逸材(願望)! 皆から慕われる存在(欲望)! 超絶かわいい♡ゆめちゃんこと、夢叶だよっ! 特別に『ゆめちゃん』って呼ばせてあげるわ!」
――空気が、凍った。
同時に、仁美たち三人は、なんとなく、理解した。――この先輩への、接し方を。
「えっとじゃあ、夢叶先輩も合唱祭に出られるんですね?」
「そうよ。ちなみに、ゆめちゃん、でいいのよ?」
「夢叶先輩の山形二高って結構部員多いとこですよね。そんな所のエースだなんて凄いです!」
「フフン、まあね! ちなみに、ゆめちゃん、でいいのよ?」
「で、その夢叶先輩がなんでこんな所に一人で――」
「迷子になったからよ! っていうか貴女たちさっきからわざとやってるでしょ!?」
顔を真っ赤にして怒る夢叶。その姿はとても高校生には見えなかった。
「じゃあ一緒に行こっ。ね? 夢叶先輩」
「ゆめちゃ――っていうかボクの方が先輩なんだからそんな必要は……」
「え? 一人で探せるの?」
「うっ……お願い……します」
真里から差し出された手を握る夢叶。……やっぱり、どう見ても高校生には見えなかった。
* * *
「やっぱり……誰も来ませんね……」
東大手門で待つ悠音と乃々。しかし、三十分程が経過しても、誰も集合場所にやってくる気配は無い。
「うーん……どうしよっか……」
途方に暮れる二人。その目の前を、何人かの学生が通り過ぎていく。
「合唱祭……間に合うんでしょうか……」
募る不安。その間にも、また学生が通り過ぎて――
「あれ?」
悠音が、ふと声を漏らす。乃々がその指先を追うようにして視線を動かすと、一人の学生が、二人から見て右側からやってきて通り過ぎていった――かと思えば、左側から戻ってきて、また右側へと戻っていく。
困った表情で右往左往するその少女を、乃々は放っておけなかった。
「あの……!」
勇気を振り絞って、声をかける。
すると少女は立ち止まって、こちらを振り返った。その少女は、顔を綻ばせると、二人の方に小走りで駆け寄ってくる。
「私……どこに行けばいいか分かりますか!?」
悠音と乃々は、顔を見合わせて困惑する。だいぶ汗をかいているようなので、近くのベンチに座って貰い、自動販売機で買ったお茶を手渡すと、少女は少し落ち着いたようだった。
「すいません……ありがとうございます。その……一緒に来ていた仲間とはぐれてしまって、探しても見つからなくて……。あっ、私、立花唯って言います。山形二高の、一年生です」
「私は佐野悠音、神室女子高校の一年生だよ。こっちは同じ一年生の原田乃々ちゃん」
ぺこりと、小さくお辞儀をしてから、乃々が言う。
「その……実はわたしたちも先輩たちとはぐれてしまって……。これから合唱祭に出場しないといけないのに……」
「合唱祭……?」
その言葉を聞いた瞬間、唯の顔色が変わる。
「合唱祭……神室女子……もしかして、伊万里ちゃんが言ってた……」
ぶつぶつと一人で呟く唯。悠音と乃々が顔を見合わせていると、突然、なにかを思い出したかのように声を出した。
「ねえっ、神室女子……かむじょって少人数なんでしょ?」
なんでそのことを知っているのか。疑問に思いながらも二人が頷くと、唯は顔を明るくしながら言葉を続けた。
「やっぱり! 私、幼馴染がいて、その子……和音は別の高校に進学して合唱をやってるんだけど、その子の所も少人数なんだっ! だから伊万里ちゃん――あ、私の同級生なんだけどね、その子にかむじょの話を聞いてから凄い興味があって……ねえねえ、二人はどうして合唱をやっているの?」
どうして、合唱を。
歌うことは好きだが、自分は、何のために。乃々は、すぐに答えることが出来なかった。
だが悠音は、少しだけ考えてから、落ち着いた様子で語り出す。
「私、お姉ちゃんがいてね。お姉ちゃんも合唱をやってて、そのお姉ちゃんの背中を追いかけて、神室女子の音楽部に入ったの。だから『お姉ちゃんに追いつくため』って言うのが理由かな。あ、でもそれともう一つ……」
悠音は、乃々の手を握りながら、言葉を続ける。
「私、合唱が好きだから……。乃々ちゃんや、皆と奏でる歌が好きだから……。だから皆と楽しむために合唱をやっている、っていうのも理由かな」
「そうなんだ! お姉さんか……もうちょっと詳しくお話聞きたいな。あ、ねえねえ、乃々ちゃんはどうして?」
話を振られて、乃々は迷いながらも言葉を絞り出す。
「私は――私も、楽しむため、ですかね」
それを聞いて唯は、うんうんと大きく頷く。そして遠くの空を見ながら、自らの理由を、語り出す。
「……私はね、和音と約束したんだ。私たち、合唱が好きだけど中学校に合唱部が無くて……だから高校では合唱部に入ろうって。でも一緒の高校に行くことは出来なくて……だから『別々のところに進学してもお互い合唱に打ち込もう』って。和音も頑張ってるんだから、約束を守るために私も頑張る……それが私の理由なの。だから私、合唱には本気なんだ!」
その熱意を肌で感じ、悠音たちもまた、決意を新たにする。
日々の練習方法、好きな曲、など盛り上がって来た所で――唯が思い出したかのようにぽつりと呟いた。
「あ、そういえば、皆を探さなきゃ……」
「あっ……」
合唱談義に花を咲かせ、すっかり本来の目的を忘れていた。
三人は笑い合いながら、霞城公園の中へと足を踏み入れた。
* * *
「誰も! いないじゃない!」
霞城公園の中を歩く未来と汐莉。
しかし、しばらく歩いても、音楽部の誰とも会えずにいた。
(未来さん、さっきから同じ所ぐるぐる回ってますよ……って、言わない方が面白いですよね)
「おかしいですね〜」
半分棒読みで言う汐莉。だが実際、周囲を見回しても部員が見当たらないのは事実だった。
どうしたものかと思案しながら、未来の後ろを歩く汐莉。……と、何周か歩いた――その時だった。
「あ〜!! あなた! 未来! 未来よね!?」
二人が、大声のした方を向くと、そこには、未来――では無く、未来とどことなく雰囲気が似ている少女が、こちらを指差して立っていた。
「げ……。佳子……! 大山佳子……! なんでアンタがここに……!」
少女……佳子は、二人の方に走ってきて、未来の目の前で立ち止まってから言い返す。
「それはこっちの台詞よ! なんでこんな所であなたに――裏切り者のあなたに出会わなくちゃいけないのよ!」
「……っ! それは――!」
「お、落ち着いて下さいお二人とも! 公共の場ですから……!」
出会い頭でヒートアップしようとしている二人を何とか宥める汐莉。落ち着くのを待ってから、未来へと問いかける。
「えっと……どういうことなんでしょうか? その……裏切り者、って……。あ! 話すのが嫌なら全然無理にとは言わないんですけれど!」
「……言うわ。勘違いされるのも嫌だし。……佳子は私たちと同じ、元佐田中の生徒で、同じ合唱部に所属していたの」
「あの頃の未来、悠音の後ろに引っ付いて歩いてて可愛かったのにな〜」
「そこ、うるさい! ……それで高校でも一緒に合唱しようっていう話になって、佳子は強豪の山形二高を提案してきた。だけど――」
「あ……。悠音さんは、お姉さんが通っていたかむじょを選んだ――ですよね」
汐莉の言葉に、未来が頷く。それに続くようにして、佳子が言う。
「そうよ。未来は私との約束より、悠音との友情の方を選んだのよ。最初に約束してたのは私だっていうのに……裏切ったのよ!」
「それは……でも――!」
再び白熱し始める二人。そんな二人の会話を耳にして汐莉は――一つの、答えを出した。
「なるほど……つまり嫉妬ですね!?」
「「は……?」」
未来と佳子、二人の声が重なる。
「佳子さんは未来さんとの約束を大事にしていた。でも未来さんは悠音さんの方を選んだ。だから佳子さんは怒っている。……これが嫉妬じゃなくてなんなんですか!? 三角関係……ドロドロな感じもしお的には女の子同士ならウェルカムですよ!」
「え……佳子……アンタそうなの……?」
ドン引きしながら、未来が問いかける。
「そんなわけないでしょ! 私はただ約束を破られたことに対して怒ってるだけ! 未来のことなんて別にこれっぽっちも――これっぽっちは言いすぎだけど、とにかく、なんとも思って無いんだからねっ!」
そっぽを向く佳子だったが、その耳は赤く染まっており、未来は気付かなかったが、流石の観察力でそれに気付いた汐莉は、一人顔を綻ばせていた。
佳子は大きく咳払いをしてから、指を未来へと突き付けながら言う。
「まあ、今は別に未来も悠音も早千代も私には必要無いわ。なんて言ったって私たち山形二高には、最強の頭脳がいるんだから――ね、伊万里! ……あれ?」
佳子が後ろを振り返る――が、そこには誰も立っていない。
「ぷぷっ……なにアンタ。もしかして……迷子……?」
(未来さんも迷子ですけどね〜)
「くっ……!」
(まあ……二人とも面白いので敢えて言いませんけれど……。でも、時間的にそろそろ会場向かわなきゃですかね……)
未来と佳子、二人の関係性を堪能しながら、汐莉はそれとなく二人を導いて北側に向けて歩き始めた。グループチャットに、自分たちが北門に向かうとのメッセージを残しながら。
* * *
それからしばらくして、霞城公園の北門にたどり着いた所で、そこに立っていた人物を目にして、佳子が大きな声を上げる。
「あっ! 伊万里! あなたどこに行ってたのよ! 探して――」
「そ、れ、は――」
眼鏡をかけた緑色の短髪の少女が、佳子に気付いて全速力で駆け寄ってくる。そして――
「こっちの台詞じゃボケぇ!!」
――脳天に、強烈なチョップをかました。
「いった〜い! なにすんのよ!」
「なにすんのよ! じゃないわ! ウチ言うたよな? 合唱祭もあるんだから勝手に行動するなって! ってかアンタだけじゃなくて唯も! なんなら夢叶先輩もや! ってかあの人本当に先輩の自覚あるんかいな……」
頭を抱える伊万里。少ししてから、未来たちの存在を思い出したかのように指を鳴らしてから話し始める。
「ああスマンスマン。アンタら、神室女子の音楽部員やろ? 佳子をここまで連れて来てくれてありがとうな。ウチは仲本伊万里! よく勘違いされるけど生まれも育ちも山形市や!」
独特な喋り方をする少女である。……そんなことを思いながらも、未来は一つ気になったことを質問する。
「ちょっと待って。私のことはともかく……汐莉が音楽部員だってこと、なんで知ってるの?」
その問いを待ってたとばかりに、伊万里は得意気な表情を浮かべながら言う。
「ふふーん。ウチの情報網甘く見て貰っちゃ困るわ。神室女子が去年二人、今年五人の部員が入って音楽部として活動していることも、それぞれのパートも、今日の合唱祭に出場することも全部調べ尽くしてるんやで!」
「こ、怖いです……」
「いやアンタが言う……?」
震える汐莉に対して苦笑いを浮かべる未来。だが実際、全てを知られているとなると、勝負の世界に於いてはかなりの強敵になるのでは無いか――と考えた所で、未来のセンサーが、とある人物の接近を感知した。
「……っ! 悠音――」
叫びかけて、固まる。
未来たちの方に向かって歩いてくる悠音の両脇には……女の子。
乃々と、未来はまだその名を知らぬ少女・唯に挟まれて歩く悠音の姿を目にして、未来は親指を強く噛んでいた。
「あ、未来! それに汐莉ちゃんも!」
こちらに気付いた悠音が大きく手を振るのを見て、悠音は顔を綻ばせて手を振り返す。これで早千代以外のかむじょ音楽部一年生はようやく合流出来たことになった。
「唯! どこ行ってたんや? 北門で集合って言うたやろ?」
「む……なんか唯には甘い……」
「ごめんね伊万里ちゃん……私、東大手門の方に着いちゃったみたいで……」
「そないなことやと思ってたんや。まあ、無事で何よりや。あとは先輩だけやな」
「やっぱり唯にだけ甘い!」
「そこ、うるさいわ!」
山形二高の方の一年生も、仲良く(?)集合することが出来たようである。
残すは――
「あ、おーい! みんな〜!」
――それから、更に五分後。
計七人の視線が集まる中、大きく手を振りながら真里がやってきた。
その隣には仁美と、その背中に背負われた山形二高の三年生・夢叶、更にその後ろからは早千代もやってきて、これでようやく双方とも全員が揃った形となった。
「ほらゆめちゃん、起きて!」
眠ったままの夢叶を、真里が揺り動かす。
「むにゃ……はっ!? 『ゆめちゃん』ってボクの名前を呼んだ!?」
「あっ、おはようございます夢叶先輩」
不服そうな表情を浮かべる夢叶だったが、伊万里の姿を見て、その顔が一気に青ざめる。
「あ、えーっと……そう! ボク、困っていたこの子たちを助けてて……」
仁美たちを指差しながら言う夢叶。
……無理がある。その場の誰もが、そう思った。
結局こっぴどく伊万里に怒られた夢叶を含め、改めて各高それぞれで自己紹介を終えた所で、佳子が言う。
「ってことでまあ、私たち山形二高と神室女子とでは大きな差があるってのを理解して頂けたかしら?」
「そんなの……やってみなくちゃ分からないよ!」
反論する真里。……しかし。
「分かるんですよ。ねえ伊万里?」
「せやな。ウチの作ったシミュレーションに間違いは無い。声量も技術もウチらのが上や。まあそもそも人数が違うんだから当然なんやけどな」
「……でも。でも、しおたちには、誰にも負けないものがあります……!」
珍しく自分から声を張り上げる汐莉に、かむじょ音楽部の視線が集まる。
「……ん? なんやそれは。言うてみ」
伊万里に聞かれて、汐莉は部員たちの顔を順に見てから――答える。
「それは……絆です!」
「それはまた……随分と。そんなに言うなら見してみぃ。今日の……合唱祭で!」
七人と四人との視線が、それぞれ交錯し、今、戦いの火蓋が切られた――
「お互い頑張りましょうね、唯さん」
「うん、そうだね! 乃々ちゃん」
――ような、気がした。
コメント