今日の授業が終わり、放課後の時間となりました。
「よしっ! 勧誘頑張るぞ〜!」
「気合入ってるなー、和音」
隣の席の若菜ちゃんに声をかけられました。
心の中で言ったつもりが、口に出してしまっていたようです。恥ずかしい……。
「う、うん! 一日でも早く同好会を作って合唱したいから!」
「そっか。私も出来る限り手伝うよ、一緒に頑張ろう」
「うん!」
そうです。私と若菜ちゃんは、ここには居ない園内さんと一緒に、今日から合唱同好会の勧誘活動をするのです。若菜ちゃんは同好会には入らないのですが、お手伝いをしてくれるそうで、とっても心強いです。
購買の前で園内さんと合流すると、園内さんは少し訝しそうな顔をしました。
「橋留さん、そちらの方は?」
「えっとね、中篠若菜ちゃん。勧誘を手伝ってくれるんだよ! 若菜ちゃん、この子が同好会の会長になる園内心春さん」
「1年A組、中篠若菜だ。よろしくな」
「1年C組、園内心春です。よろしくお願いします。手伝ってくれるということは、中篠さんも同好会に?」
「いや、そういう訳じゃないんだけどさ……」
「ふぅん……そうですか……」
「そ、それで、勧誘についてなんだけどさ! ここで呼びかけをするの?」
「はい、そうです。ここなら人通りも多いですし、勧誘にはもってこいかと」
そんな訳で、私たちは勧誘を始めることにしました。
「私たちは!」
「わ、私たちは……」
「私たちは……!」
「合唱同好会を作ろうとしています!」
「合唱同好会を、作ろうと……」
「合唱同好会をつく、ツクロウトシテイマス」
「興味がある方は是非! って、二人とも声が小さいですよ」
「「ご、ごめん……」」
「まあいいです。とにかく続けるです」
「「「合唱同好会のメンバーを募集しています! 興味がある方は是非!」」」
そうこうしていると、若菜ちゃんより少し背が高い、綺麗な人が駆け寄ってきました。
「さやか! 赤い子が三人も居るわ! この間の職員室の子もいる……!」
「……すみれ、"赤い子"呼ばわりはやめなさい。不審者みたいよ」
少し後から来た、さやか、と呼ばれた人がたしなめると、すみれ、と呼ばれた人は離れていきました。
「今の人たち、私が職員室の場所を聞いた先輩だ……!」
「それで"この間の職員室"って言ってたのか」
「ただの冷やかしに興味はありません。他をあたりましょう」
その後も勧誘を続けましたが、結局これといった成果はなく、下校することとなりました。
「誰も入ってくれなさそうだね……」
「ま、まあ、まだ初日だからな……」
「明日も頑張りましょう。それでは」
「うん、また明日」
「そうだな、また明日」
そう言って私たちは別れました。
明日は誰か勧誘できるかな……。
次の日の放課後も、私たちは購買の前で勧誘を始めました。
「「「合唱同好会のメンバーを募集しています! 興味がある方は是非!」」」
すると、
「あら、勧誘活動頑張ってるわねぇ」
という声と共に、生徒会長の外城葉月さんがやって来ました。
「あなたたちの部室のことだけど、別棟の第二音楽室が空いてるからそこを使うといいわ。それと、これは私用だけど、若菜ちゃん、今夜みんなで若菜ちゃんと、るいちゃんと、弥生の進学祝いの食事会をやろうか、というお誘いが来てるんだけど……」
と外城会長が言い、
「ごめん、行くわ」
と言って、若菜ちゃんは外城会長と一緒に歩いていきました。
「そっか、若菜ちゃん、外城会長と知り合いなんだもんね……すごいなあ……。」
「用事があるなら仕方ないですね。今日は二人でやりましょう」
「そうだね、頑張ろう」
そう意気込んだ時でした。
「部長さん、お疲れさまぁ♡」
園内さんが先日のすみれ先輩に抱きつかれているではありませんか。
「いきなり何するですか! 離れるです!」
園内さんは必死に抵抗していますが、振りほどけそうにはありません。
私があたふたしていると、
「すみれ! 後輩には迷惑をかけないで」
大きな声が響き、さやか先輩によって園内さんが解放されました。
私たちは突然の出来事に頭が追いつかず、離れていく先輩を、ただ黙って見ることしかできませんでした。
次の日の朝、若菜ちゃんと園内さんに玄関でばったり会いました。
「よう」
「おはよう」
「おはようございます」
ふと園内さんを見ると、その手には立て札が握られていました。
私の視線に気づいたのか、
「実は、昨日試しにこれを作ってきたです。何もないよりはずっといいだろうと思いまして」
と、園内さんが説明をしてくれました。
「そうなんだ〜。見せてもらってもいいかな?」
「ええ、どうぞ」
「わあ……素敵……!」
「今日はこれを掲げて勧誘するです」
「うん!」
お日様の光が射したみたいに、ぱあっと明るくなった気がしました。
「そっか、そういうやり方があったか……」
そう言った若菜ちゃんは、なんだか難しい顔をしています。
「ど、どうかしたの? 若菜ちゃん」
「……」
「若菜ちゃん……?」
「……あのさ、和音。私、ちょっと協力の仕方を考えてみるよ」
急に黒い雲が広がったみたいに、不安な気持ちが押し寄せてきました。
「え……? それってどういう……」
「同好会に入る訳じゃないからかな……二人みたいに堂々とできなくて……」
「そ、そんなことないよ。少なくとも私よりは……!」
「それに、他にもっと上手く役に立てる方法がある気がして……」
「私はどちらでも構わないです」
そう言った園内さんは、さも、当然のことを言ったまでだ、というような表情をしていました。
「え? ちょ、ちょっと園内さん……」
「それぞれが、自分にできると思う最善の手を尽くすのが大事ですし」
「ああ、まあ、それもそうだしな。何か別のことも考えてみるよ」
「あ、すみません。もう教室なので」
「そうだな。……悪いな、園内さん。
それじゃ」
「え、ちょっと待って若菜ちゃん……! 園内さんもさすがにあれは……」
「橋留さん、ホームルームまで時間がないですよ」
「あ、ホントだ……うう、じゃあ仕方ないけど私も……」
「ええ、それでは」
授業が終わり、放課後になりました。
日直の仕事を終わらせて教室に戻ると、若菜ちゃんの姿はありませんでした。
今朝の言葉はこういうことを意味していたのでしょうか……。
もしかしたら先に行ったのかも と自分に言い聞かせ購買に行きましたが、やっぱり若菜ちゃんは居ませんでした。
「園内さん、若菜ちゃんは……?」
「来てませんよ。協力の仕方を考える、と言ってたじゃないですか」
「そうだけど……」
「それより、勧誘始めるですよ」
「う、うん……」
「合唱同好会を作ろうとしています!」
「合唱同好会を作ろうとしています……」
しばらくすると、遠くから走ってくる人影が見えました。
よく見ると、なんだか見覚えがーー。
「若菜ちゃん?!」
「はあ……はあ……和音、園内さん、私、自分に出来ること、見つけたよ……!」
若菜ちゃんは息を切らせながらも、しっかりとした言葉でそう言いました。
そして、一枚の紙を差し出しました。
「わああ……! こ、これ、チラシ? 若菜ちゃんが描いたの……?」
「まあ、な」
「園内さんのも素敵だけど、若菜ちゃんのも素敵だね……!」
「そうかな? 照れるな……」
「私にも見せてもらっていいですか」
「は、はい。これ」
「……!」
「どうかな……?」
「私より、上手いです」
「へ? いや、そこまでは思ってないんだが……」
「是非、あなたがもっと素敵なチラシを描いてくださいです」
「分かった、私はその方向でサポートするよ。……ただ、園内さんにも、キャラ絵は描いてほしい。そこはどう考えても、私の実力が及んでないからなあ」
「そうですか……では、チラシは私たち二人で描くことにします」
そこには、朝の様な雰囲気はなく、お互いを認め合う二人の姿がありました。
ここで、ふと気になったことがあり、私は若菜ちゃんに質問しました。
「じゃあ、私が戻った時に教室に居なかったのは……?」
「ああ、こいつの許可を貰いに行ってたんだ」
「そうだったんだ……私、てっきり帰っちゃったのかと……」
「まさか。勧誘の手伝いは自分から言い出したことなんだから、無責任に放棄したりしないさ。それに、これからはもっといい手伝い方ができそうだしな」
「そうですか……あ、あと、ここではまた三人で勧誘をしませんか……?」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。それに、確かに二人よりは三人のほうがいいもんな!」
「はい。……改めてよろしくお願いするです、中篠さん」
「うん、よろしく。園内さん」
二人とも、気兼ねなく喋るようになってくれたのかな……嬉しいなあ……。
それに、園内さんも、初めて会話したときの感じが戻ってきてるみたい……。
打ち解ける二人の姿に、私は目を細めてしまうのでした。
◆ ◆ ◆
赤い子、もとい、三人の一年生に会った次の日、私とさやかは葉月先輩に呼ばれ、生徒会室に行った。
今日は吹奏楽部の練習が無いため、部活の連絡ではないと思うけど、どんな用事だろう……。
「あなたたちにいいお知らせがあるの。あなたたちが一年前に作ろうとした合唱同好会、それを今、後輩が頑張って作ろうとしているわ」
「えっ……!」
予想外の言葉に、ただ驚くことしかできなかった。
「……っ!」
「会長は1年C組、園内心春さん。会員は1年A組 橋留和音さん。今はその二人だけ」
「なんか昔の私みたい……は……っ……た……ぃ」
思わず、『入りたい』と口走りかけてしまった。
「……?」
「吹部とどっちの道に進むか、一週間くらいあなたたちで考えてみたらどうかしら。ちなみに、部室は第二音楽室を使わせる予定よ」
話はそれで終わり、私とさやかは校内を歩いていた。
すると、昨日の一年生、合唱同好会の二人を見つけた。
「部長さん、お疲れさまぁ♡」
先ほどの話の後ということもあり、私は衝動を抑えられず、小さい方の子に抱きついていた。
「いきなり何するですか! 離れるです!」
抵抗されても、その姿がまた可愛らしくて続けてしまう。
「すみれ! 後輩には迷惑をかけないで」
突然、さやかが大きな声を出した。
大きな声と、それを発したのがさやかだということに驚いていると、さやかに引き剥がされ、そのまま一年生から離れていってしまった。
次の日から、あの一年生たちを校内で度々見かけるようになった。
「「「合唱同好会を作ろうとしています!」」」
「やっぱり、なかなか興味がある人見つからないね……」
「そうだな……」
「ある程度の覚悟はしていましたが、これ程までとは……」
通りがけにそんな様子を見て、『私、合唱同好会に入りたい!』なんて言葉が浮かんできた。
しかし、葉月先輩や、さやかに言われたことが頭をよぎり、声をかけることはできなかった。
ぼんやりとすることが増え、授業もろくに頭に入らず、先生やクラスの子に心配されてしまった。
しっかりしなければ……。
そう思う度に、目には見えない何かがのしかかるようで、心は重く、暗くなっていった。
そんな調子で数日が過ぎ、葉月先輩と話をした日から一週間が経った日の放課後、私はさやかに呼び出された。
「すみれ……どうするつもり?」
前置きは何もなく、さやかはいきなり話を切り出した。
「どう、って……何が……?」
精一杯平静を装い、心当たりがないフリをした。
「……合唱同好会。悩んでることくらい、見てればわかるわよ」
「やっぱり……。合唱はやりたい。だけど、葉月先輩にはお世話になったから、恩返しがしたい。それに、ここまで続けた吹奏楽をやめるのも……さや姉……私、どうすればいいのかわからない……」
気がつくと、思っていることを全て吐き出していた。
「……すみれが一番やりたいことは何? 吹奏楽をすること? 恩返しをすること? それに……それだけの想いがあるなら、きっとわかってくれるわ」
さやかはそう言って、息を小さく吐いた。
「私が一番やりたいこと……」
復唱するように私は呟いた。
やりたいこと……それは……"合唱"だ。
途端に胸が熱くなり、何かが込み上げてきた。
「さや姉! 私の気持ち、あの子たちに伝えに行くから力を貸して。もしダメだったら、この長い髪切るから……約束」
さやかは頷き、静かにリボンを外した。
そして、私はリボンを受け取り、走り出した。
私は第二音楽室を目指し、ひたすら走った。
さやかが遠く離れて追いかけて来るのを背中に感じながら。
目的の場所に着き、そのままの勢いで扉を開ける。
室内には一年生が二人。合唱同好会の二人だ。
二人とも私を見て驚いているが、説明する余裕はない。
「わ、私……うたっ……歌いたい……だから……みんなの輪の中に……入れてくださぁい……!!」
走ったせいで息が切れているのと、気持ちに脳が追いつかず、うまく言葉にすることができなかった。
だけど、伝えたいことは言えた……と思う。
すると、小さい方の子が大きく頷き、口を開いた。
「悪い人ではなさそうですね……好きな合唱曲はなんですか?」
「今から歌うから、聴いてて!!」
そう言った後、ふと振り返ると、さやかがにっこりと、優しく微笑んだ。
私は小さく頷いて前を向き、大きく深呼吸をして、歌いだした。
『暑い八月の海で
風に体つつまれて
眩しい水平線を眺めてる君』
歌いながら一年生を見てみると、知っている曲なのか、目を輝かせて一緒に歌い始めた。
『君の乾いた素肌に
涙こぼれている
重ね過ぎた悲しみ
少しずつ砂ににじませてくように
海よ 海よ 海よ
素直な気持ち気づかせてくれる
君とみた夏の日の思い出は
いつまでも輝いてる』
歌い終えて後ろを向くと、そこにさやかの姿はなく、開かれた窓から見える桜の花たちが、風に揺られて新しくまた一つ顔を出した。
「よしっ! 勧誘頑張るぞ〜!」
「気合入ってるなー、和音」
隣の席の若菜ちゃんに声をかけられました。
心の中で言ったつもりが、口に出してしまっていたようです。恥ずかしい……。
「う、うん! 一日でも早く同好会を作って合唱したいから!」
「そっか。私も出来る限り手伝うよ、一緒に頑張ろう」
「うん!」
そうです。私と若菜ちゃんは、ここには居ない園内さんと一緒に、今日から合唱同好会の勧誘活動をするのです。若菜ちゃんは同好会には入らないのですが、お手伝いをしてくれるそうで、とっても心強いです。
購買の前で園内さんと合流すると、園内さんは少し訝しそうな顔をしました。
「橋留さん、そちらの方は?」
「えっとね、中篠若菜ちゃん。勧誘を手伝ってくれるんだよ! 若菜ちゃん、この子が同好会の会長になる園内心春さん」
「1年A組、中篠若菜だ。よろしくな」
「1年C組、園内心春です。よろしくお願いします。手伝ってくれるということは、中篠さんも同好会に?」
「いや、そういう訳じゃないんだけどさ……」
「ふぅん……そうですか……」
「そ、それで、勧誘についてなんだけどさ! ここで呼びかけをするの?」
「はい、そうです。ここなら人通りも多いですし、勧誘にはもってこいかと」
そんな訳で、私たちは勧誘を始めることにしました。
「私たちは!」
「わ、私たちは……」
「私たちは……!」
「合唱同好会を作ろうとしています!」
「合唱同好会を、作ろうと……」
「合唱同好会をつく、ツクロウトシテイマス」
「興味がある方は是非! って、二人とも声が小さいですよ」
「「ご、ごめん……」」
「まあいいです。とにかく続けるです」
「「「合唱同好会のメンバーを募集しています! 興味がある方は是非!」」」
そうこうしていると、若菜ちゃんより少し背が高い、綺麗な人が駆け寄ってきました。
「さやか! 赤い子が三人も居るわ! この間の職員室の子もいる……!」
「……すみれ、"赤い子"呼ばわりはやめなさい。不審者みたいよ」
少し後から来た、さやか、と呼ばれた人がたしなめると、すみれ、と呼ばれた人は離れていきました。
「今の人たち、私が職員室の場所を聞いた先輩だ……!」
「それで"この間の職員室"って言ってたのか」
「ただの冷やかしに興味はありません。他をあたりましょう」
その後も勧誘を続けましたが、結局これといった成果はなく、下校することとなりました。
「誰も入ってくれなさそうだね……」
「ま、まあ、まだ初日だからな……」
「明日も頑張りましょう。それでは」
「うん、また明日」
「そうだな、また明日」
そう言って私たちは別れました。
明日は誰か勧誘できるかな……。
次の日の放課後も、私たちは購買の前で勧誘を始めました。
「「「合唱同好会のメンバーを募集しています! 興味がある方は是非!」」」
すると、
「あら、勧誘活動頑張ってるわねぇ」
という声と共に、生徒会長の外城葉月さんがやって来ました。
「あなたたちの部室のことだけど、別棟の第二音楽室が空いてるからそこを使うといいわ。それと、これは私用だけど、若菜ちゃん、今夜みんなで若菜ちゃんと、るいちゃんと、弥生の進学祝いの食事会をやろうか、というお誘いが来てるんだけど……」
と外城会長が言い、
「ごめん、行くわ」
と言って、若菜ちゃんは外城会長と一緒に歩いていきました。
「そっか、若菜ちゃん、外城会長と知り合いなんだもんね……すごいなあ……。」
「用事があるなら仕方ないですね。今日は二人でやりましょう」
「そうだね、頑張ろう」
そう意気込んだ時でした。
「部長さん、お疲れさまぁ♡」
園内さんが先日のすみれ先輩に抱きつかれているではありませんか。
「いきなり何するですか! 離れるです!」
園内さんは必死に抵抗していますが、振りほどけそうにはありません。
私があたふたしていると、
「すみれ! 後輩には迷惑をかけないで」
大きな声が響き、さやか先輩によって園内さんが解放されました。
私たちは突然の出来事に頭が追いつかず、離れていく先輩を、ただ黙って見ることしかできませんでした。
次の日の朝、若菜ちゃんと園内さんに玄関でばったり会いました。
「よう」
「おはよう」
「おはようございます」
ふと園内さんを見ると、その手には立て札が握られていました。
私の視線に気づいたのか、
「実は、昨日試しにこれを作ってきたです。何もないよりはずっといいだろうと思いまして」
と、園内さんが説明をしてくれました。
「そうなんだ〜。見せてもらってもいいかな?」
「ええ、どうぞ」
「わあ……素敵……!」
「今日はこれを掲げて勧誘するです」
「うん!」
お日様の光が射したみたいに、ぱあっと明るくなった気がしました。
「そっか、そういうやり方があったか……」
そう言った若菜ちゃんは、なんだか難しい顔をしています。
「ど、どうかしたの? 若菜ちゃん」
「……」
「若菜ちゃん……?」
「……あのさ、和音。私、ちょっと協力の仕方を考えてみるよ」
急に黒い雲が広がったみたいに、不安な気持ちが押し寄せてきました。
「え……? それってどういう……」
「同好会に入る訳じゃないからかな……二人みたいに堂々とできなくて……」
「そ、そんなことないよ。少なくとも私よりは……!」
「それに、他にもっと上手く役に立てる方法がある気がして……」
「私はどちらでも構わないです」
そう言った園内さんは、さも、当然のことを言ったまでだ、というような表情をしていました。
「え? ちょ、ちょっと園内さん……」
「それぞれが、自分にできると思う最善の手を尽くすのが大事ですし」
「ああ、まあ、それもそうだしな。何か別のことも考えてみるよ」
「あ、すみません。もう教室なので」
「そうだな。……悪いな、園内さん。
それじゃ」
「え、ちょっと待って若菜ちゃん……! 園内さんもさすがにあれは……」
「橋留さん、ホームルームまで時間がないですよ」
「あ、ホントだ……うう、じゃあ仕方ないけど私も……」
「ええ、それでは」
授業が終わり、放課後になりました。
日直の仕事を終わらせて教室に戻ると、若菜ちゃんの姿はありませんでした。
今朝の言葉はこういうことを意味していたのでしょうか……。
もしかしたら先に行ったのかも と自分に言い聞かせ購買に行きましたが、やっぱり若菜ちゃんは居ませんでした。
「園内さん、若菜ちゃんは……?」
「来てませんよ。協力の仕方を考える、と言ってたじゃないですか」
「そうだけど……」
「それより、勧誘始めるですよ」
「う、うん……」
「合唱同好会を作ろうとしています!」
「合唱同好会を作ろうとしています……」
しばらくすると、遠くから走ってくる人影が見えました。
よく見ると、なんだか見覚えがーー。
「若菜ちゃん?!」
「はあ……はあ……和音、園内さん、私、自分に出来ること、見つけたよ……!」
若菜ちゃんは息を切らせながらも、しっかりとした言葉でそう言いました。
そして、一枚の紙を差し出しました。
「わああ……! こ、これ、チラシ? 若菜ちゃんが描いたの……?」
「まあ、な」
「園内さんのも素敵だけど、若菜ちゃんのも素敵だね……!」
「そうかな? 照れるな……」
「私にも見せてもらっていいですか」
「は、はい。これ」
「……!」
「どうかな……?」
「私より、上手いです」
「へ? いや、そこまでは思ってないんだが……」
「是非、あなたがもっと素敵なチラシを描いてくださいです」
「分かった、私はその方向でサポートするよ。……ただ、園内さんにも、キャラ絵は描いてほしい。そこはどう考えても、私の実力が及んでないからなあ」
「そうですか……では、チラシは私たち二人で描くことにします」
そこには、朝の様な雰囲気はなく、お互いを認め合う二人の姿がありました。
ここで、ふと気になったことがあり、私は若菜ちゃんに質問しました。
「じゃあ、私が戻った時に教室に居なかったのは……?」
「ああ、こいつの許可を貰いに行ってたんだ」
「そうだったんだ……私、てっきり帰っちゃったのかと……」
「まさか。勧誘の手伝いは自分から言い出したことなんだから、無責任に放棄したりしないさ。それに、これからはもっといい手伝い方ができそうだしな」
「そうですか……あ、あと、ここではまた三人で勧誘をしませんか……?」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。それに、確かに二人よりは三人のほうがいいもんな!」
「はい。……改めてよろしくお願いするです、中篠さん」
「うん、よろしく。園内さん」
二人とも、気兼ねなく喋るようになってくれたのかな……嬉しいなあ……。
それに、園内さんも、初めて会話したときの感じが戻ってきてるみたい……。
打ち解ける二人の姿に、私は目を細めてしまうのでした。
◆ ◆ ◆
赤い子、もとい、三人の一年生に会った次の日、私とさやかは葉月先輩に呼ばれ、生徒会室に行った。
今日は吹奏楽部の練習が無いため、部活の連絡ではないと思うけど、どんな用事だろう……。
「あなたたちにいいお知らせがあるの。あなたたちが一年前に作ろうとした合唱同好会、それを今、後輩が頑張って作ろうとしているわ」
「えっ……!」
予想外の言葉に、ただ驚くことしかできなかった。
「……っ!」
「会長は1年C組、園内心春さん。会員は1年A組 橋留和音さん。今はその二人だけ」
「なんか昔の私みたい……は……っ……た……ぃ」
思わず、『入りたい』と口走りかけてしまった。
「……?」
「吹部とどっちの道に進むか、一週間くらいあなたたちで考えてみたらどうかしら。ちなみに、部室は第二音楽室を使わせる予定よ」
話はそれで終わり、私とさやかは校内を歩いていた。
すると、昨日の一年生、合唱同好会の二人を見つけた。
「部長さん、お疲れさまぁ♡」
先ほどの話の後ということもあり、私は衝動を抑えられず、小さい方の子に抱きついていた。
「いきなり何するですか! 離れるです!」
抵抗されても、その姿がまた可愛らしくて続けてしまう。
「すみれ! 後輩には迷惑をかけないで」
突然、さやかが大きな声を出した。
大きな声と、それを発したのがさやかだということに驚いていると、さやかに引き剥がされ、そのまま一年生から離れていってしまった。
次の日から、あの一年生たちを校内で度々見かけるようになった。
「「「合唱同好会を作ろうとしています!」」」
「やっぱり、なかなか興味がある人見つからないね……」
「そうだな……」
「ある程度の覚悟はしていましたが、これ程までとは……」
通りがけにそんな様子を見て、『私、合唱同好会に入りたい!』なんて言葉が浮かんできた。
しかし、葉月先輩や、さやかに言われたことが頭をよぎり、声をかけることはできなかった。
ぼんやりとすることが増え、授業もろくに頭に入らず、先生やクラスの子に心配されてしまった。
しっかりしなければ……。
そう思う度に、目には見えない何かがのしかかるようで、心は重く、暗くなっていった。
そんな調子で数日が過ぎ、葉月先輩と話をした日から一週間が経った日の放課後、私はさやかに呼び出された。
「すみれ……どうするつもり?」
前置きは何もなく、さやかはいきなり話を切り出した。
「どう、って……何が……?」
精一杯平静を装い、心当たりがないフリをした。
「……合唱同好会。悩んでることくらい、見てればわかるわよ」
「やっぱり……。合唱はやりたい。だけど、葉月先輩にはお世話になったから、恩返しがしたい。それに、ここまで続けた吹奏楽をやめるのも……さや姉……私、どうすればいいのかわからない……」
気がつくと、思っていることを全て吐き出していた。
「……すみれが一番やりたいことは何? 吹奏楽をすること? 恩返しをすること? それに……それだけの想いがあるなら、きっとわかってくれるわ」
さやかはそう言って、息を小さく吐いた。
「私が一番やりたいこと……」
復唱するように私は呟いた。
やりたいこと……それは……"合唱"だ。
途端に胸が熱くなり、何かが込み上げてきた。
「さや姉! 私の気持ち、あの子たちに伝えに行くから力を貸して。もしダメだったら、この長い髪切るから……約束」
さやかは頷き、静かにリボンを外した。
そして、私はリボンを受け取り、走り出した。
私は第二音楽室を目指し、ひたすら走った。
さやかが遠く離れて追いかけて来るのを背中に感じながら。
目的の場所に着き、そのままの勢いで扉を開ける。
室内には一年生が二人。合唱同好会の二人だ。
二人とも私を見て驚いているが、説明する余裕はない。
「わ、私……うたっ……歌いたい……だから……みんなの輪の中に……入れてくださぁい……!!」
走ったせいで息が切れているのと、気持ちに脳が追いつかず、うまく言葉にすることができなかった。
だけど、伝えたいことは言えた……と思う。
すると、小さい方の子が大きく頷き、口を開いた。
「悪い人ではなさそうですね……好きな合唱曲はなんですか?」
「今から歌うから、聴いてて!!」
そう言った後、ふと振り返ると、さやかがにっこりと、優しく微笑んだ。
私は小さく頷いて前を向き、大きく深呼吸をして、歌いだした。
『暑い八月の海で
風に体つつまれて
眩しい水平線を眺めてる君』
歌いながら一年生を見てみると、知っている曲なのか、目を輝かせて一緒に歌い始めた。
『君の乾いた素肌に
涙こぼれている
重ね過ぎた悲しみ
少しずつ砂ににじませてくように
海よ 海よ 海よ
素直な気持ち気づかせてくれる
君とみた夏の日の思い出は
いつまでも輝いてる』
歌い終えて後ろを向くと、そこにさやかの姿はなく、開かれた窓から見える桜の花たちが、風に揺られて新しくまた一つ顔を出した。