Armonia

Armonia Projectでは5人の少女達が主役の合唱をテーマにした物語を作っております。 ぜひぜひ読んでみてください!

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「はぁ、はぁ……。教室ってどこ……? あれ……どうしよう!」
 私は、無我夢中で新しい舞台である三ヶ瀬みかのせ高校内を駆け巡っていた。
 一年生の教室って何階だろう……。中学校は一年生が一階だったから高校も同じだと思う。自信はないけど……。

 私、橋留和音はしどめかずねは、今日からこの三ヶ瀬高校に通う、高校一年生です!
 私は、ある夢を叶えるためにこの高校に来ました!
 ですが……。
「遅れてすみませ——」
「あれ、新入生? ここ三年生の教室だよ?」
「入学おめでとー!」
「早く行ったほうがいいよー。一年生は三階だよ!」
「頑張れー!」
 入学早々やらかしてしまいました。
 ここは一階だけど、三年生の教室……? この学校は、私の常識が通用しないみたいです。
「先輩方、すみませんでしたぁぁ! うわぁぁん!」
 私は情けない声を漏らしながら、三年生の教室を後にしました。

 なんだかんだあって、私はようやく三階にたどり着くことが出来ました。
 もう走る必要はないから、少しだけ落ち着こう。
「はぁ、はぁ……もう、疲れた、よ」
 そう呟きながら気を緩ませた、その瞬間でした。
「キャッ!?」
 女の子の悲鳴と共に、体に衝撃が走りました。
 なんと、私は曲がり角で誰かとぶつかってしまい、そのまま倒れ込んだのでした。
 しかも、ぶつかった拍子に、重いカバンの中身が廊下に散らばってしまったのです。
 私の高校生活、いきなりドン底からのスタートなの……?
 とりあえず、ぶつかった相手に謝らないといけません。
「ご、ごめんなさいっ!」
「いや、こっちこそ不注意で悪かった。とりあえず立とうか?」
「う、うん……。ありがとう……ございます」
 女の子に手を引っ張られた私は、また自分の情けなさに落ち込んでいました。
 ううん。落ち込んでなんかいられない。これは友達を作るチャンスなのでは?
 だけど、まずはカバンの中身をどうにかしないと。
 カバンの中身を拾っている途中、私は彼女の上履きに視線を移しました。
 赤色……。どうやら同じ一年生のようです。
 そしてこの漢字、なんと読むのでしょうか……。
「えっと、あの……なかじょう……ですか? ちゅうじょう……ですか?」
「ああ、私の名前か? なかしの。中篠若菜なかしのわかなっていうんだ。一年A組だ」
 中篠若菜さん。私より身長が五センチくらい高くて、少し長い茶髪を緑のリボンで二つに結んでいる、運動部っぽい雰囲気の女の子。
 私と同様に、アホ毛を一本生やしているこの子となら、仲良くやっていけるかもしれません。
「こちらこそ! なかしのさんかあ……。って、一年A組?! わ、私と同じクラスだ……! 私、橋留和音っていうの」
「和音か、よろしくな」
「う、うん、中篠さん、よろしくね!」
「若菜でいいよ」
「わ、わかった! ……ところで若菜ちゃん、A組の場所って……」
「ああ、すぐそこだよ。同じクラスなことだし、一緒に行こうか」
 初対面の人とこんなに会話が続くなんて……!
 私は人見知りで引っ込み思案だから、中学校の時は一日の会話が部活……吹奏楽部の同じ楽器の子との軽い挨拶だけだったのに……!
 よおし、高校デビューだ!
「がんばるぞー!」
「……ふふふ、和音って面白いな」
 あれ? 口が滑っていた?!
「まあ気にしないさ。聞かなかったことにしておくよ」
「す、すみません……」
「……あ、これで全部拾い終えたのかな? 一応確認してくれ」
「はい……ありがとうございます……」
 そうして、私と私の新しい友だち、若菜ちゃんは、カバンの中身を無事回収し、新しい教室に足を踏み入れたのでした。

 教室に入った私と若菜ちゃんは、一つ嬉しい情報を目にしました。
 それは……なんと、若菜ちゃんと席が隣同士だということです!
「若菜ちゃん! これからもよろしくお願いします!」
「ああ。なんか和音は危なっかしい感じだから、隣で良かった」
「危なっかしい感じって?!」
 うう……。私は一体どう見られているのでしょうか。
 とりあえず、席について荷物を置かなくては。
「ふぅ……」
 一息ついたはずが、何故かかえって緊張してきました。
「どうした? 体調でも悪いのか? なんか汗いっぱいかいてるけど」
 早速若菜ちゃんに心配されてしまいました。こんな風に若菜ちゃんに色々心配や迷惑をかけてしまういそうです……。
「だ、大丈夫……っ」
「そういう時はな、目を瞑って深呼吸だ。お腹から息を吸うんだ。おへその下を重心にするよう意識して」
「なるほど……」
 若菜ちゃん、結構人生経験を積んでいるみたい……。
 私はしばらくの間、両手を重ねて若菜ちゃんを見つめていました。
「そ、そんな目で見るなっ……! 恥ずかしい……」
「若菜ちゃん! これから色々教えてね!」
「わ、わかったから……。あ、先生きたぞ」
「うん!」
 若菜ちゃんとの会話の後、私は若菜ちゃんから教わった深呼吸を試してみました。
 すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……。
 なんだか落ち着いてきました。
 ですが……。
「おい、和音?」
 どうやら深呼吸している間に、クラスの人が居なくなってしまってようです。
 しかも、若菜ちゃんを見ると、胸元にお花を付けているではないですか。突然どうしたのでしょうか……。
「机の上にあるコサージュを付けて体育館に行けって、おーい和音?」
「……はっ! ごめんなさい! すぐやります!」
 若菜ちゃんの声で我に返った私は、あたふたしながらコサージュを手に取りました。
「落ち着こうな? ゆっくり待ってるから」
「ありがとうございます……。えっと、どっちに付けたら——」
「大体左側だな。貸して」
「すみません……」
 私は若菜ちゃんにコサージュを付けてもらい、一緒に入学式の会場へ移動しました。

 高校、とあってなのか、同学年の子や先輩方は空に光る星のように多く、一人ひとり輝きが違って、見ていると眩しくてどうにかなってしまいそうです。
 その中でも、輝きがまだ暗くて、消えがちな私は上手くやっていけるのでしょうか。
 そして、私の夢は叶えられるのでしょうか……。
「只今より、第百回三ヶ瀬高等学校入学式を行います」
 司会の男の先生の声が体育館に響き、空気が引き締まりました。
「生徒会長式辞。生徒会長、外城葉月とじょうはづき。全校生徒、起立」
 このキラキラした三ヶ瀬高校の生徒会長さんは、どんな方なのでしょうか。
 私は少し背伸びをして、国旗と校章が掲げられている壇上に視線を送ってみました。
「……!」
 思わず私は息を呑んでしまいました。
 外城葉月会長。整った顔立ちに、赤紫色のふわふわした長い髪。その髪の左側にはリボンが巻かれていて、可愛い、という印象です。
 でもその可愛さが、すらっとした体型で大人っぽい雰囲気と共存している……。なんて完璧そうな方なのでしょう。
 挨拶の声音も、まるでピアノを奏でるかのように、キリっとしている中にあたたかさがあり、私とは程遠い所に居て、触れることはできない。そんな印象を受けました。
 生徒会長の式辞が終わり、次は新入生の式辞です。どんな人が出るのだろう……。
 その新入生は、なんと会長の妹さんのようで、クラスはC組、名前は弥生やよいというそうです。
 弥生さんは、活発そうな雰囲気で、若菜ちゃんと近いものを感じます。そして、どこかお姉さんと似ていて、整った顔立ちです。
 ふと隣の若菜ちゃんが気になり、右に首を振ってみました。
 すると、若菜ちゃんは小声でこう囁いてきたのです。
「……なあ和音。私、この子と小学校から一緒なんだ」
 すごい事を知ってしまいました!
「……そうだったんですか……! じゃあ、会長とも?」
「……ああ、弥生と同級生だったということもあって、姉妹揃って仲良くしてもらってるんだ」
「……そうなんだ」
 若菜ちゃんが会長と面識があったとは……。
 それに、思っていたよりも会長が身近に感じられて、少しだけ気持ちが楽になりました。
「新入生退場。あたたかい拍手でお送りください」
 長かったようで短かった入学式が終わりました。

 入学式の後は、教室で担任の先生のホームルームを受け、クラスごとの記念撮影が終了後、解散、という流れとのことですが、担任の先生がまだ来ていないので、席に戻った私は若菜ちゃんとお喋りすることにしました。
「あのさ若菜ちゃん。若菜ちゃんって中学で何か部活やってたの?」
「ああ、バスケ部に入ってたよ。式辞を言った弥生って子も同じバスケ部」
「え、ええっ?! そうだったの?!」
 若菜ちゃんが周りをよく見られるのは、バスケで培ったからでしょうか……。
「バスケ部にはそんなにいい思い出はないけど、弥生にはかなり救われたんだ。同じ高校に進めて良かったって思ってる。和音は?」
「私は吹奏楽部だったの。だけど、高校では合唱がやりたいな、って思ってるの」
「そうなのか。何かきっかけでもあるのか?」
「うん。それはね——」
 私がそこまで言ったところで、教室の扉が開かれました。
 若菜ちゃんとのお喋りは楽しいけれど、もう先生が来てしまいました。

 ホームルームが終わり、記念撮影も終わり、私は若菜ちゃんに一言「お母さんと話してくるから待ってて」と告げ、若菜ちゃんから離れました。
「ねぇ! お母さん、友だちができたの!」
「よかったじゃないの!」
 お母さんは私の報告に目を丸くして驚いていました。
「だから、友だち……若菜ちゃんと写真を撮りたい!」
「もう記念撮影は先生たちと——」
「いいから! カメラ持ってるでしょ? 若菜ちゃん連れてくる! 待ってて!」
 まだ咲かない、蕾のままの桜の木を背景に。
 私は、若菜ちゃんと二人で。
「じゃあ いくよー! ほら、和音、もっと笑顔!」
「う、うう……」
「深呼吸だぞ、和音」
「わかった……!」
 これからどのように転ぶのか。どのように輝けるのか。
 不安はあるけれど、希望を持って。夢を叶える心は曲げないで。
 明日から、若菜ちゃんと一緒に。
 橋留和音、新たな一歩を踏み出します!

 高校生活二日目の、一時間目と二時間目の間の休み時間。
 今日、私たち一年生は授業という授業がなく、ほとんど高校に遊びに来たという感じです。
 一時間目はロングホームルームで、自己紹介やプリント類の配布、春休み中に出ていた宿題の回収等があって、若菜ちゃんと話している暇はありませんでした。
 だからその分、昨日言えなかった事を話そう。
「あのね……若菜ちゃん?」
「……何? お悩み相談?」
「うん……。私、高校では合唱がやりたい って言ったよね? そのことなんだけど……」
「ああ。でもこの高校に合唱部なんてあったっけ?」
「そうなの、実は合唱部がなくて……。それで、頑張って合唱部を創ろうかなあって」
 私は若菜ちゃんに話したいことを全て話した。拙かったけれど、若菜ちゃんは真剣に耳を傾けてくれた。
「なるほどな……」
「そ、それで、一応聞いておきたいんだけど……。若菜ちゃん、一緒に合唱やらない?」
「うーん……。仮入部期間はまだあるし、少し考えさせてくれ」
 確かに仮入部期間は二十六日までで、今日は九日。まだ二週間以上もある。
 早過ぎたかな……。出会って間もない私に言われたら、気を遣わせてしまうよね。
「そ、そっか、残念……。ごめんなさい」
「いや、こっちこそごめん。今は……充電期間というか、そもそも部活とか考えてなかったというか……。でも、何か手伝えることがあったら言ってくれよ」
「え? 本当にいいの……?」
「ああ。和音ポンコツだから助けてやらないとな」
「わ、わーい!? 私、頑張って合唱部を作るよ……!」
 例え若菜ちゃんが別の道を進むとしても、若菜ちゃんの気持ちは受け入れなきゃ。
 若菜ちゃんと話をしていたら、二時間目の時間が来てしまいました。
 二時間目は、生徒会の先輩方が企画してくれた、新入生オリエンテーションです。オリエンテーションは、入学式とは打って変わって、とても和やかな雰囲気の中進められました。
 そして、部活動の説明の時間がやって来ましたが、私と若菜ちゃんは運動部のパフォーマンスを見ずにお喋りをしていました。
「実はな……会長は吹奏楽部なんだ」
「えっ、そうなんだ……!」
「会長の代は二学期あたりでもう引退するかもな……。かなり厳しいって言ってたし」
「そうなんだ……」
 会長にもいろいろ事情があるのだろう、と私は思いました。
 若菜ちゃんと話し込んでいると、「次は、吹奏楽部の紹介です」という司会の声が聞こえました。
 耳を傾けなくては。元吹奏楽部ですし。
 その直後。体育館の壇上に並べられていた楽器が、一つの音楽となって奏でられていました。曲目は、流行りのアイドルユニットの曲でしたが、そのユニットのものではない、この吹奏楽部だけの輝きを私は感じました。
 中でも外城会長のソロは、たくさん光る星の中でも、一番に光る金星みたいで、やっぱり会長はすごいなと思いました。
「や、やっぱり……みんなで音楽を作るの、絶対私も……やりたい……っ」
 震えた声でそう言った私は、思わず隣にいる若菜ちゃんの手を掴んでしまいました。
「和音、深呼吸だぞ? ほらティッシュ」
 若菜ちゃんにティッシュを渡され、私は目尻に涙を浮かべていたことに気づきました。
「あ、ありがとう……」
 吹奏楽部の音楽が終わり、拍手が鳴り響く中で、私は若菜ちゃんのとても小さなつぶやきを耳にしました。「音楽も、悪くはないかもな」と。
「えっ、なんて言ったの?」
 私は、あえて若菜ちゃんに聞いてみました。
「な、なんでもない……。なんでもないからなっ……!」
「そっか、わかった。……待ってるよ」
 若菜ちゃんには若菜ちゃんの事情があります。だから私は、若菜ちゃんがやりたい、と言うまではこれ以上誘わないでおこうと決めました。
 そして、オリエンテーションが終わり、ロングホームルームも終わり、放課後となりました。
「よーし……! 今日の授業が終わったことだし、合唱部を作るためにメンバーを集めなくちゃ!」
「それより前に、まずは部活動設立の条件を調べないとな」
 え……? そんなものがあるんですか?!
 意気込んで間も無く、出鼻を挫かれてしまいました。
「そっか……。でも、どうすればいいんだろう……」
「うーん……。先生に聞いてみれば? 私は今日ちょっと用事があるからもう帰るけど」
「わ、わかった! また明日ね」
「ああ。分からないことがあったら何でも頼れよ」
「うん! ありがとう!」
 ……どうしよう。若菜ちゃんリュック背負って帰っちゃった……。しかも私、若菜ちゃんの連絡先を知らないし……。今日聞いておくべきだったなあ。でも、私機械音痴だからなかなか自分から聞けないし……。
 ううん、くよくよする前に実行! まずは若菜ちゃんの言う通り、職員室に行きましょう。
 とはいえ、職員室ってどこなんだろう……。中学校では二階にあったんだけど……。
 とりあえず二階に行ってみます。
 二階に着いて、視線をやや上に移してみると……二年A組、二年B組というプレートが目に入りました。どうやら、この辺りは普通の教室のようです。
 周りを見回すと、青い上履きとスカーフ……二年生の先輩方が歩いていました。
 黙っていても仕方がないので、ほんわかした雰囲気の紺色の長い髪の先輩と、少し怖い雰囲気のプラチナブロンドのポニーテールの先輩に声をかけてみます……。
「あの、先輩、少しいいですか?」
「どうしたの? って、さや姉! この子赤い子! 一年生! きゃーっ!」
 髪の長い先輩がすごく嬉しそうな顔をして叫んでいますが、どうしたのでしょうか……?
「……それがどうかした? 要件聞いたら?」
 それとは対照的に、ポニーテールの先輩が冷静に言いました。
「ご、ごめんねー。えっと、なあに?」
「あの、職員室ってどこにありますか?」
「まずはねぇ、一階まで降りて廊下を歩くと、別の建物に通じる通路があるの。その通路を通って別の建物に行くと、あら不思議、職員室へ到着! わかった?」
「は、はいっ! ありがとうございます!」
「よしよし。いい子ちゃんね」
 髪の長い先輩にお辞儀をすると、なぜか撫でられてしまいました。なんだか恥ずかしいです……。
「……まったく。もういいかしら?」
「ひっ……すみません! ありがとうございました!」
 思わず声を漏らしてしまいました。
 一方こっちの先輩は、目つきがまるで凶暴な肉食動物みたいです……。
 私は先輩方を後にし、急いで職員室へ向かいました。
 職員室に着いた私は、扉をノックして室内に入りました。そして、担任の先生のところへ行き、話を切り出しました。
「先生、お聞きしたいことがあるんですけど」
「あら、橋留さん。何ですか?」
「あ、あの……新しく部活動を作りたいんですけど……」
「あら、そうなの? それなら、まずは生徒会室に行ってみて。部創設のための資料はそこでもらえるから」
 生徒会室……。部活動の為には、外城会長がいらっしゃる生徒会室を避けては通れないようです……。
 気が重くなってきました……。
「わかりました、ありがとうございます。それと……生徒会室はどこにありますか?」
「教室棟の二階で、二年A組の近くにあるわ」
「ありがとうございます!」
 まずは生徒会室に行かないといけません。
「よしっ!」
私は気合を入れ直し、生徒会室へ向かうのでした。
 すぐ近くに金髪の小さな女の子が居るともわからず。

 重い足取りで生徒会室に到着した私は、扉をノックして「し、失礼します!」と震える声で言って、扉を開けました。
 ですが、誰も居ないのでしょうか……。物音一つ聴こえません……。
 それでも名前は言わないとですね。
「一年A組の、橋留和音です……! あの……」
「あら、新入生の子だったのね。ごめんね、入って入ってー」
「は、はい……!」
 返事がきたことに安心しつつ、一旦息をついて生徒会室の中へ入りました。そこにいらっしゃったのは、昨日式辞を述べていた、外城会長でした……!
 会長の凛々しさは昨日のままで、息がつまりそうです……。
「それで、ご用件は何かしら?」
「あ、新しく部活動を作りたいなあ、と思っておりまして……」
「分かったわ。今資料を出すからちょっと待っててね」
 部活動を作る条件……。一体どのくらいあるのでしょうか……。
「はい、どうぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
 私は会長から、青いクリアファイルを渡されました。

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 資料を読んだ私は、そのまま固まってしまいました……。
「あら、どうしたの?」
「あ、あの……。大変、なんですね……」
「大変に見えるかしら? でも大丈夫よ。基本的にメンバーさえ集まれば会議では承認されるわ。活動実績も——」
「そうではなくて……。部活動として活動するには、一年も必要なんですか……?」
「ええ、それはまあ……。大体どこの学校でもそういうものじゃないかしら」
「そ、そんなあ……」
 一年経たなければ部活動として活動できないという衝撃的な事実に、しばらく息が止まってしまいました。
 果たして、私はこの学校で合唱部を、みんなで一つの音楽を作ることができるのでしょうか。
 しかし、部活動の設立条件に落ち込んでいる私は、会長からある情報を得ることができました。
「あ、そうだ。あなた、どんな部活を作りたいの?」
「が……合唱部、です」
「そうなの?! 偶然ね……。ついさっき、あなたと同学年の金髪の小さい子がここに来たの」
「偶然……。気になります!」
「それで、あなたと同じことを言ってたわ。『合唱部を作りたいです!』って。かなり鼻息が荒かったわ。でも面白い子よ」
「えっ……。その人の名前と組を教えていただけますか……?」

◆ ◆ ◆

 一方。
 ある、金髪の一人の少女が、生徒会室の前で掲示物を見ていた。
「うーん、軽音楽部……。違うですねぇ。やっぱり、キンキンは私の世界とは違うです。うーん、吹奏楽部……。あんなの歌詞がないじゃないですか。歌詞がなければ想いは伝えられないです。はぁ……。とりあえず、手当たり次第勧誘頑張りますか!」
 その少女が見ている掲示物とは、部員勧誘のためのチラシだった。そのチラシを見つめながら、小さな身体でちょこまか歩き回る少女……。
 名前は園内心春という。 短い金髪の一部を黒い蝶々型の髪飾りでまとめ、ビー玉のような碧眼を持ち、孤独で儚げな雰囲気をまとった彼女は、片手に同好会設立のための書類を持っていた。
 その書類には、既に彼女の字で『合唱同好会 会長 一年C組園内心春そのうちこはる 会員一名』と、書かれていた。

◆ ◆ ◆

 良かった……。私一人だけじゃなかった……。
 外城会長に頭を下げ、生徒会室を出た私は、小さな金髪の女の子、園内心春さんを探すことにしました。
 園内さんは一年C組に所属している、と外城会長から聞いたので、私はそこに行こうと思いました。
 ……ですが。
「あの、すみません! ちょうど良かったです!」
 突然、後ろから女の子の声が聞こえました。
「は、はい!?」
 私がびっくりして振り返ると、そこには金髪の小さい子がいました。もしかして、園内さんでしょうか……。
 上履きに視線を落とすと、そのうち、とひらがなで書いてあります!
「あなた、合唱に興味が——」
「園内さん!」
 興奮のあまり、話を遮ってしまいました。ドキドキが止まりません!
「なんで私の名前を知ってるです? あ、会長から聞いたです?」
「そ、そうだけど……。いきなりごめんなさい……」
「別にいいですよ」
「良かった……。私、橋留和音っていうの! 一緒に音楽を作ろうよ!」
「やぶさかではありませんね……」
 すると、園内さんがいきなり詰め寄ってきました。
「あなた、好きな合唱曲はなんですか?」
「『COSMOS』だけど……」
「いいでしょう。それと……あなたはどんな音楽を作りたいですか? 具体的に言うです」
「まだ決まってないかな……。みんなと作る、一つのステージがやれれば……」
 どうしてこんなに迫って来るのでしょうか……?
 私はプレッシャーに押し潰されそうです……。
「具体的に決めてないなんて……。やっぱり、私の世界にあなたを巻き込むしかないですね。いいでしょう、会長は私がやるです。この紙の会長の下の欄に、クラスと名前を書くです。いいですね?」
 どんどん話が進んでいきます。でも、引っ込み思案な私には、このくらいがちょうどいいのかも……?
「うん、今書くよ」
 私は園内さんからペンを借りて、クラスと名前を書きました。
「いいですか、これは誓約書のようなものです。ここに名前を書いたからには、何がなんでも私の言うことに従ってもらうです。本当にいいのですか?」
「う、うん……。一緒に音楽を作れるなら……」
「いいでしょう。改めて、私の名前は、園内心春です。小さいからって小さい春ではありません! これからよろしくお願いするです」
 園内さんは私と握手をすると、「では明日」と言って歩いていきました。

 やっと園内さんから解放されました……。
 それにしても、言うことに従うってどういうことなのかな……。
 不安と恐怖はありますが、誰かと音楽を作る第一歩を踏み出せて、嬉しくもあります。
 窓から桜の木を眺めてみると、一つの蕾から、花びらが一つだけ顔を覗かせているように見えました。
 例えそれが気のせいでも、私には新しい音の祝福のように感じられて、これから頑張ろう、と心に決めたのでした。

四月。雪が解けてきて、草木が顔を出し、桜の花弁もまだ開かない、始まりの季節。
少女は、晴れ渡る空が見える屋上で、独り、歌っていた。

『光の声が天高く聴こえる
君も星だよ みんなみんな』

少女の名は、橋留はしとめ 和音かずねいう。
中肉中背で、長い黒髪を横に編んだ、良く言えばおしとやかそうな、悪く言えば芋っぽそうな、割とありふれた女の子である。

そんな彼女…和音は、今日から山形県にある【三ヶ瀬みかのせ高等学校】に通う、高校一年生だ。
和音が今奏でている旋律は、彼女の好きな歌でもあり…夢でもある。
和音が抱いている夢とは、彼女の名前が追々教えてくれるであろう。

「…よしっ」

彼女がそう意気込んだ直後、時を告げる鐘の音が、彼女の鼓膜を震わせたのであった。

「ふぇ…もう時間!ぼーっとしすぎた!教室行かなくては!」

彼女は、ふと我に返って、屋上から教室に戻ろうと、駆け出した。

これから語るのは、少女たちの、一つの繋がりの物語である。

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