海陽町で暮してる日記。

〜水墨画家が徳島県の海陽町生活を楽しむ日記〜

瞑想

ヴィパッサナー瞑想 体験 5日目

私は普段 眼鏡をかけてるのですが
瞑想のときは、外すように言われます。
瞑想中、眼鏡をそのまま坐ってる側に、床に時下置きしていると
踏みそうで、危なっかしいので
いつも、服の襟のところに、サングラスでも引っ掛けるように
引っ掛けてましたが
眼鏡のつるにヒモを付けて、
はずすと首飾りみたいになるのを、準備したら良かったと思った。

5日目は頭からつま先まで、つま先から頭までを、順番に意識して各部分の感覚を
感じて行きます。
これは、前の日 4日の寝る前の30分くらいの瞑想の時に翌日の瞑想法を
解説してくれるので、「眠たい、、、」とぼんやり聞いてると
聞き逃すので、注意したいと思った。
実は、1回聞き逃して困った。


私は普段ふつうに快便だが、旅行や緊張することがあると
よく便秘になったりするのだが。

今回も、3日目から調子悪くなり、すでに2日便がでてない
これはなんとかしないと行けない。

お腹に便が詰まってると、お腹が重たく瞑想も散漫になって
時間を無駄にするように感じる。

ベストの状態で瞑想に挑みたいと思っているので、

朝4時半からの瞑想が終わり、6時半の朝食の時に
普段 全然飲まない牛乳の冷たいのをがぶ飲みし
リンゴを一個食べて、これで絶対出ると思うので
8時からのグループ瞑想のその前に出れば良いなあと、思いつつ
1時間の休み中に外で歩いたり身体を動かしてみる。
、、、
、、、


8時のグループ瞑想の時間が来ても、出る気配がありません。
けっこうきつい便秘のようだ。

しかたがない、
せっかく
固い決意のもとで、身体を動かさず目も閉じたままで
部屋から出てはいけない 気合いの入ったグループ瞑想での時間が
無駄になるような気がしつつ、瞑想に入る。




ヴィパッサナー瞑想に入って、やっと2日目です
皮膚感覚を頭から順番に感じて行くのですが、
まだまだ、皮膚感覚を感じろって言っても、そんなに簡単にわからない
何も無いように感じる、
顔の周りや手足などは、なんとなくわかりやすい感じがするが
背中やお腹は、
ハッキリ言って、全然わからん

感覚っていっても、、、特にお腹の感覚って、、

お腹の感覚が無いってことを感じるって、
へりくつみたいなことを思いつつ、
自分の身体なのに意識を持って行くのが難しいのに
悩ませれる。

いろいろ悩むが、
「感覚を探すことにとらわれては、いけません
つねに平常心で、身体の感覚が感じられなくても、
微笑んで次に進みましょう」と
心のバランスを崩さないようにすることも
大切だと 話しを聞く。



そんなこんなで、いろいろ考えつつ
グループ瞑想始まって30分くらいしたときである。

「ぐぅるるるうぅぅぐぅるるるるぅぅうきゅ〜〜〜〜」
!!
!!

お腹が、ぐるぐる言い出した、

あれ?

そうです、朝食の冷たい牛乳がぶ飲みと、リンゴが効いてきたようです。

突然、怒濤の如く便意がぁぁ〜〜

めっちゃ うんこがしたい。



グループ瞑想中は
勝手に部屋を出て行っては行けません。

我慢するしか無いと思い、気合いを入れて
本気で気合いを入れて
後30分ほど我慢することにする。

何故か、子供の時 学校帰りや、授業中、うんこを我慢したときのことが
走馬灯のように駆け巡る、「あ〜あの時もそうだった、、、」
大人になって、こんなことは久しくなかったなあ、、、

いかんいかん妄想している、身体の皮膚感覚を感じないと。

我慢してると、上半身は、冷や汗がぞくぞくした感じで出だし
下半身お腹の周りからお尻にかけては、強力な電気がショートしてるように
ビリビリきだす。

「これは、感覚が身体中をかけめぐってる!、これがお腹や背中の皮膚感覚や!」
さっきまでの、ぼんやりした感覚と違って
はっきり、くっきり、がんがんに皮膚の感覚を感じます。

すごいぞ、こういうことかよく解った!
それで少し考えたが
呼吸とは、自分の考えと関係無しに勝手にするものだが
意識したら、自由に遅くしたり早くしたりも出来るので
呼吸が、心と身体の橋渡しになるとの話しがあったが

便意もそうでないか?と思った
自分とは関係無しに、突然「トイレに行きたい」と思うが
我慢することも出来る。

身体が勝手に動く、心臓や発汗、呼吸、等自律神経の働きによりますが

便意も自律神経の働きによるものだと、考えたら
呼吸と同じことが 便意を我慢することによっておこり
便意を我慢することで、身体と心が橋渡しされてるのではないか?

今は 身体が「便を出したい」心が「我慢しろ」という
別々の指令が、身体に出されて、ショートしてる状態で
身体にびりびり電機が流れるような、感覚が
身体中を駆け巡っている。

と考えられた。
これでなんか1つ、皮膚感覚がどういう感じかつかめたぞ

冷静な判断を、してみたが
もう一方では、「これで坐ったまま うんこしたら、前代未聞やで
ヴィパッサナーセンターでの語りぐさになりそう、どうしよう どうしよう」
冷や汗は、流れっぱなしで、腰回りはじんじんして

心の平静を保つのは、かなり難しい状況でした。

瞑想終わりの 合図の鐘と同時に、部屋から飛び出たのは言うまでもない。




この後、お腹も軽くすっきりして、心も落ち着き、
30分怒濤のように感じた、感覚は残ったままで
瓢箪から駒とは、まさにこのことか。
(使い方あってる?)

苦しかったけど、すごい進歩したグループ瞑想の1時間でした。

ヴィパッサナー瞑想 体験 4日目後半

身体の感覚を頭から順番に感じて行く瞑想で、グループ瞑想のときは
基本的に動かないようにします。
(手と足は動かさない、お腹や背中は、呼吸したりするので
伸びたり縮んだりしてもいいようです)
目も開けてはいけません。

目をつむって、動かないでいると、
身体が傾いてるような感じが、してきます。
リクライニングシートを倒して、もたれてるような感じに
感じるくらい、後ろに身体が倒れてるように感じたり。

だんだん猫背がひどくなって、カエルみたいに
前にべちゃっと潰れてるような感じになったり

あと身体が右によじれてるような感じがあったり
左によじれてるようだったり、右肩が異常につり上がってる気がしたり
首がすごく斜めになってる気がしたり

手をまっすぐ下ろしてるはずなのに、右手と左手がばらばらの高さで
前の方に、のばしてるように感じてたり。

右にばかり重心がきて、左が浮いて
右側に倒れるんじゃないか?と思えるくらい
傾いてるような感じになったり
その逆だったり。

それぞれが、混ざり合って、右に倒れそうになりつつ
背骨が左によじれて
手が前に突き出て、後ろに反っくり返りそうな感じだったり。

これは、他から見たらめちゃくちゃ、変な格好になってるのじゃないか?
と思い。
本当は目を開けちゃダメだけど、薄目を開けて自分を見たら、
以外と、普通な感じで坐ってる。

「不思議だ」身体の微妙なずれを
極端に感じるようになってくるようです。

極端に、身体が曲がってるように感じるので
少し調節しながら、真っすぐ坐れるように
背骨の肩の辺りのねじれをちょっと、体重の掛け方を少しずらして
背骨の腰の辺りの角度を少し、肩関節、肩甲骨の左右の高さを合わせて
背骨の中程は、少しふくらませる感じで、、、、、
さっき動かした背骨のとこ、やっぱり元に戻して
もう少し上の方の背骨を、少し動かして、、、、

などと、身体を細かく、意識して微調整することが
出来るようになってます。

身体に曲がってる所があると、身体の表面の感覚がなかなか感じられず
「この辺、身体がすんなりしてちょうど良い感じかな?」と思えたら
表面感覚もわかりやすくなって。

身体が痛いおかげで、自分の身体のゆがみを
意識でき、直して行くことができることに気がついた。

いろいろ、身体を観察してますが
瞑想の講義では、皮膚感覚だけを言われてるので
自己整体を、なんとなくやっていってるのは内緒です。

足を伸ばしたり、ラジオ体操みたいに身体をほぐすのは、
瞑想の休憩のたびに、やって柔軟な身体にして
坐るようにしてました、でも身体が曲がった感じがしてます。

坐ることになれるのには、もうしばらくかかりそうだが
確実に、身体がまっすぐ、素直になってきてるのを感じるので
進歩してるのがわかって楽しい。

ヴィパッサナー瞑想体験4日目

なんか、アーナーパーナ瞑想でも、かなり気分が良くなってて
朝から目覚めがよく、やる気が出ている
今日は いよいよ4日目やっとヴィパッサナーの日
いったい、なにをやるんだろう?すごく楽しみで朝からわくわくしてる

取りあえず今は、
足の組み方が大分落ち着いてきてる
手の位置が未だに決まらないけど、何とかなりそうな感じ
じっと坐って、背骨を呼吸に合わせて、少しずつ
収まりのいい場所を探して、背骨の一個一個を意識するような気持ちで
いろんな角度を試していく。
妄想は大分少なくなってきている、と言った感じか。


朝9時からヴィパッサナーを教えてくれる(のだったかな?)
めちゃ楽しみでどんなことをするのか それまで本当にドキドキしてた。

いよいよヴィパッサナーである。
今までは、呼吸を意識していたのが
こんどは、皮膚感覚を観察する瞑想になる
頭から足先まで、皮膚の感覚をとにかく観察する
まず頭のてっぺんの皮膚感覚はどうなってるか
観察する所から始まる

、、、、、、
、、、、、、

「わからん、、何も感じん。」

いきなり、頭のてっぺんを感じろと言っても
何があるのかよくわからない

仕方が無いので、内緒でそっと
頭のてっぺんを、指でグリグリ押してみて
押した感じを感じる所から、試してみようと、
邪道かもしれんけど自分なりに、、、、
グリグリグリグリ

いまいちわからんな、もっと押しとこ
グリグリグリグリ
グリグリグリグリ
グリグリグリグリ
押し過ぎ、ちょっと痛いかも。。。
でも、頭のてっぺんはすごく意識できた
指を離しても、なんか圧迫感が残ってて
皮膚感覚が、わかるわかる、観察できます。

頭のてっぺんがわかったら、しだいに感じを観察する場所を
おろして行きます、次頭の後ろへ
顔へ、右手へ、左手へ。
背中、お腹 腰 右太ももふくらはぎ 足
左太もも ふくらはぎ 足
足先

訳が分からん。、

じっくり落ち着いて、頭の後ろはわかりにくいなあ
でも、わからなくてもあまりとらわれずに、次に進む
顔はなんか、わかりやすい おでこ、まぶた、鼻、ほほ、口
あご、、、首 首分かりにくかも、
肩は、少し動いたら、服が擦れるのでそれでわかる
手もなんとなくじわっとした感じが、皮膚の下を流れてる血液の感じか?
背中も、服が当たってるのでそれを感じるし
背骨はみしみし痛いしわかりやすい
お腹がなんかわかりにくいが、気に留めずに
太もももズボンが、足の先にきたら
微妙にしびれてるので、感覚がわかる。
それを観察する。

でも、なかなか皮膚感覚を意識するって、しようと思っても
妄想が邪魔をする。
妄想の中で、瞑想の指導者が「はいもうこのへんで、立ち上がってうろうろして
止めていいですよー」って言ってる、止めようかなーって思ったところで
自分で勝手に作り出した、妄想だと気がつく
何かが、瞑想を止めさせようとして、いろんなでたらめなことを
どんどんイメージしてしまう。

幸いにも、でたらめだと気がついてるので、瞑想を続ける。

アーナーパーマ瞑想のときは、楽な姿勢でよいと言われていたが
ヴィパッサナー瞑想になったら、きちんと坐って
動いては行けない、手と足は動かしては行けない
目も開けては行けない。
皆でするグループ瞑想のときは、
強い決意で瞑想ホールにとどまっていなければなりません。とのこと。

手足は動かしてはいけないが
背中が痛いので、背骨をかがめたり延ばしたり
少し右に向いてみたり、左に向いてみたり
呼吸に合わせて、少しずつ動かしてみて落ち着く場所を探し続けてる。

肩もすごく痛い、が、その痛さを感覚として観察する。

背中も、もぞもぞ、、、「ぱきっ!」
あれ??
なんか背中の、胸椎の5番目くらいが
ぱきって鳴った。

背中の痛かったのが、全然痛くなくなった
やっぱり、背骨ずれとったんや!
それが、瞑想してたらハマったみたいや。
すげー
めちゃ楽になった、瞑想ってきちんと坐ると
自力整体にもなるみたいや。

このコースも今日で4日目だが、これからまだ6日も
ヴィパッサナー瞑想ができる。
これからどんなに進むか、楽しみだ、毎日楽しみだ。

面白いことに、ヴィパッサナー瞑想を始めた時
心の中で、(頭じゃなくて、心)
「そうそうこれこれ、この感じ、やっとこの瞑想をすることになった
嬉しいなあ」と、知らないのに知ってるように心が喜ぶのをすごく感じた。

前世の記憶か?
ブッダの話しで、前世の話しがいろいろ出てくるが
仏教では生まれ変わりがあるので、
ブッダがやってた、ヴィパッサナー瞑想で前世を意識するのは
あるのかもしれん。

ビパッサナー瞑想3日目

一日中瞑想して、寝るのは気持ちが良いのか
朝がすがすがしい、
毎朝4時起きだが、起床の鐘が鳴る前に目が覚める
それで、「後10分くらいかな」と思ってたら
10分くらいしてから、鐘が鳴る。
不思議だ。。

今日で3日目だが、まだ3日目?
ヴィパッサナー瞑想も始まってないし、、
瞑想しつつ、相変わらず妄想も沢山見る。

少しずつアドバイス等があり
呼吸を意識するのも、だんだん細かな感覚を
意識するように言われる。

呼吸を意識していたら
だんだん、細かな事に気がついてくる
吸う息は、外から入ってくるので
なんか冷たい空気で
吐く息は、いったん肺に入って体温で温められてる
空気なので、暖かい。



それで、それぞれの進み具合を確認する為か
4〜5人ずつ、指導者の前にいき
「呼吸を感じれてますか?どうですか?」といった質問を受ける。

「妄想ばかりで呼吸がわからない」とか
「呼吸をかんじてます、」
「上唇に呼吸が当たるのを感じてます」とか
皆いろいろ答えてた。

私の場合、言われてる事は、出来てる気がしてたので
「はい、感覚があります」といったことを言ったと思う。

それから、それぞれの受講者がどのように瞑想できてるか見るのか
前で少し5分くらい一緒に瞑想をする。
その時、薄い座布団1枚の上に坐るが
けっこう坐りやすい事に気がついた。

その時、楽な姿勢を探して、座布団やクッションを
椅子のように20センチくらい積み上げて坐っていたが
どうも、落ち着かないなあと思ってた。

楽な姿勢というのはやはり
長時間坐っていても楽な姿勢だから
古い人達の坐っている格好が
一番楽な姿勢だと言う事だろうか?と思い。

まねをしてみようと思いつく
クッションを、しいてお尻を上げていたが
前に坐ってる指導者や古い人は
お尻に下に敷いているクッションが
無いか、1枚くらい2センチくらいしか
敷いてない。

これは、尻に敷いてる、20センチものクッションを
のけないとダメだろう、と思う。

のけたら以外と、楽なのに気がつく。

まあそれでも、背骨、肩、痛い物は痛い。

話しの中で、
「身体の痛みを客観的に観察しなさい、観察していると
痛みはあるが、苦しみは感じない、痛くて苦しいのは
自分の心の問題だ」と言った感じの事を言ってて
まだまだ修行が足りんな、と思う。


一日の最後に、質問がある人は指導者に質問できる時間があり
また、背骨の痛くて、楽な姿勢っていうので、肘をついたり
ぜんぜん瞑想っぽくない姿勢をしてるのはどうなのか?ってことを
質問する事にした。

「私の場合、背骨が曲がってるのじゃないかと思うほど、痛いのですが
楽な姿勢と言われてたので、こんな(肘ついたり、手をついたり)姿勢を
してみるのですが、瞑想してる人らしくない、かっこわるい姿勢なのですが
良いのでしょうか?」と聞いてみた。

「今は、楽な姿勢でとうことなので、それでいいです。しかし
きちんと坐る方が、背骨の感覚とか、わかりやすいので
坐れたらきちんと坐って、手と足は動かさずに、
背骨をちょっとかがめたり、のばしたりするのは問題ないので
明日から頑張って、姿勢よく坐れたら良いでしょう」
ってな事を言われた。

今は良いのか、、、背骨の感覚? 明日からは呼吸じゃなくて
背骨? まあいいとして
痛いのは背骨なので、手足は我慢できるので
動かさないようにして、身体(背骨)を延ばしたり、縮めたりしてみようと思う。


夜の講話で「三日目が終わりました。明日の午後には、
八聖道の第三の領域であるパンニャーに入ります。」
パンニャー?知恵だそうです
パンニャーの実践が
ヴィパッサナー瞑想とうことらしい。
パンニャーって、、、
「般若心経」の般若はここから来とんか!
大事な事らしいって、すごく感じた。

こと・もの、すべてが、移り変わって一瞬一瞬、
生まれては消え去っていて
しかし我々は、それがあまりにも速く、とぎれることなく起こっているので
あたかも何も変わってないように錯覚してるそうで。

今の私は、さっきの私とはすでに違うということらしい
身体の構成物を細かく見ると、細胞、原子、分子、電子、
原子核の周りを電子がくるくる回ってて
個体のようだけど、ドンドン変わっているということだ

それで思いついたのが、「マトリックス」て映画で
最後、ネオが マトリックスの世界が1と0で出来上がってる
常に移り変わってる世界で、
それが見れるようになり、無敵になり
空も飛べるようになるラストだけど。

それと同じかな?って思った。

少しずつ進歩はしてる気がする。

ビパッサナー瞑想2日目後半

「楽な姿勢」というのに気がついて
どんな姿勢が、楽か
ちらっと、斜め前の白人の男性を見てみると
俗にいう「体育坐り」をしてるし
座布団を、これは腰掛け?ってくらい
積み上げて、坐ってる人もいる

この日の瞑想は基本的に
身体の痛みと、坐ってからだが落ち着くのは
どこか?
あと、呼吸を意識しようとしても
ドンドン繰り広げられる妄想を
短くするのに、費やされる。

今やってる瞑想は、ヴィパッサナー瞑想ではなく
その前の段階のアーナーパーナ瞑想らしく、
ブッダがしていたヴィパッサナーは4日目からで
それが楽しみだ。

食事がおいしい、基本菜食で、たまに牛乳の入ってる
スープとか出たけど、セルフ方式なので
いる物だけ取れば良いので
アレルギーの人も、豆がダメな人は、豆の入ってない
料理だけ食べたりしてた。

散歩をしてたら、庭にベンチがあるのに気がついて
そこで昼寝をする事にする
鬱病の患者を太陽に当てる治療があるし
夏になると、楽しくなり
北国の人より、南国の人がおどったり三味線弾いたり
陽気なように。
太陽に当たると気分が良くなるので
瞑想しかしないので 気分転換に
太陽に当たって昼寝するのは良いなあと思い
顔は日の光を避けて、隠して
ひるねをする。

目を覚まして、周りを見ると
他にも沢山の人が、昼寝をしてた
皆がやりたくなる 気持ちが良いことは、一緒だなあと思う。

夜の講話で
「二日目が終わりました。一日目よりは少しましだったでしょう。、、、」
といわれ、たしかに少しましになったと感じる。
「心が瞑想の邪魔をする、なんとか止めさせようとする」のを
実感した。

講話はいいこといってるので、楽しい。

4日めのヴィパッサナーってどんなことするのか
楽しみだと思いつつ、寝る。

ビパッサナー瞑想2日目前半


2日目
朝起きた時に、夢を見ていた
見てた夢を起きてからも、憶えてる事って久しぶりだ。

4時の鐘とともに起きて、
顔を洗う、朝一番にシャワーしてる人で3人分のシャワールームが
いっぱいになってるのに 早い人は早起きだなあと少し驚く。

この瞑想コースに来れた事が、嬉しいと喜んでる自分をあらためて感じる。
4時半からの瞑想も、昨日とは違って、部屋からでないようにする。

背中や肩が痛いので、落ち着いて呼吸を観察すると言っても
この痛みをなんとかしないと、平静を保って呼吸を観察できないので
この痛みをどうしようかと、いろいろ考える。

お尻の下に敷く、スポンジのクッションの高さを変えてみたり

骨盤を正座した時のように、立ててみたり
車のシートに座ったみたいに、寝かしてみたり
それによって、背骨の曲がりぐあいが楽な形がないか
いろいろ探る
上半身全体を、右に少し旋回したり、左に少し回したり
右や左に傾けたり、前後に傾けたり、
顎を引いて見たり 上を向くように上げてみたり

肩をあげてみたり、落としてみたり
猫背にしてみたり、胸を張ってみたり

それらの組み合わせを、いろいろ変えてみたり

手の位置を、膝の上においたり
すぐ前にたらしたり、指を組んでみたり
身体から腕を放したり、身体脇に腕を引っ付けたり。

足も右を上にしたり左を上にしたり
結果として、私の場合右を上にしたら調子がいい。

いろいろ試しながらも、
コース前に痛めた、胸椎の5番目くらいが
やっぱり痛い。

いろいろ考えてたら 

呼吸を観察するのに、「楽な姿勢」でって言っていたのに
気がつきました。

前に坐ってる人たちが、仏像のように座禅の格好で坐ってるので
そうしないといけないのかと思っていたが
「楽な姿勢」?

そうです「楽な姿勢」です。

あぐらかいて、猫背になって右膝の上に頬杖ついたり
両手を後ろに放り出して、もたれたり
こっちでしんどくなったら、すぐ違う姿勢に変えたり
いろいろ楽な姿勢を探して、なんか楽な気がして来た。

1日目後半


昼食後も瞑想、グループ瞑想は部屋から出ないで
頑張る時間です。
部屋からは出ないでも、背骨が痛い とにかく痛い
休みのたびに部屋に帰って
横になり、足を伸ばし片足 例えば右膝を立てて
左側に倒し、顔は右を向いて、身体をよじる
反対も、背骨が パキッて音がする。
やるたびに毎回、音がする。

背骨が痛いので、背骨をいろいろ動かしてみる。

で瞑想の為に呼吸を意識して坐る、
いろんなイメージが浮かんで、呼吸を忘れるが
少しずつ、妄想する時間が短くなる
1分妄想して、1分呼吸を意識する
それを1時間くらい繰り返すので、妄想を沢山見る。

身体が痛くて、妄想も浮かんで
呼吸がなかなか意識できなくて
私のやってるのは、「瞑想」ならぬ「迷想」だなあって思う
何処までさまようんだろう。

5時にティータイム、1日2食で夕食は無しです。
新しい生徒さんは、果物でリンゴとバナナがあるのですが
果物をご飯の代わりって
あまり食べる気がしないので、食堂に行かずに
シャワーを浴びる、ほとんどの人が
食堂に行ってるので、のんびりした気分になる。
果物の代わりに、おにぎりだったら良いのに
っておにぎりは、食事になるのかな。
塩っぱいもんが良いよ、スルメとか。。
動物性はダメだっけ、何を考えてるんだろう。


ティータイムの後は、
瞑想があり、講話です
講話ってどんな話しをするのか楽しみ。

「1日目が終わりました、あと9日です、、、、、」って講話が始まり
え〜〜〜〜1日しか経っとらんのよな、、後この9倍あるのか。。
どうなるんだろう。

講話の中で気にとまったのは、「呼吸を観察するのは
呼吸が心と体の橋渡しになる」といった事を言ってた。

身体の中には意識してコントロールできない器官が沢山あり

汗をかいたり、心臓を動かしたり、というのは
自律神経がコントロールしてる所です

呼吸も勝手に動きますが、呼吸は意識でもコントロールできるので
それが心と、身体の橋渡しってことなんだろうなって思う。

呼吸を意識して観察するのですが
呼吸がしっかり観察できてたら、心も落ち着いた気分になってる。
心が落ち着かないと、呼吸を観察どころではなく
妄想がドンドン進み、眠くなってきます。

確かに、心と体が繋がった部分かなって感じかする
この瞑想を進めて行くと 何か心が進歩しそうな気がする。

1日黙って過ごすので、講話が面白い、いい事言うし
明日はどんな事言うのか楽しみな気分になる。

夜寝る時、またすごいいびきが始まった、
いびきの人は寝付きがすごく良いのか
すぐ聞こえてくる、
自分のいびきで目が覚める事はないのだろうか?と
思うほどの大きさで、この10日は いびきが子守唄になるのだろう。
でもいびきが気にならないくらい、自分も早く
寝入ってしまう。

ビパッサナ―瞑想 1日目。

1日目
朝、4時起床だが、昨日の晩は9時半就寝
6時間半ねれてるので、問題ない
4時起床の鐘が鳴る前に、目が覚め、
布団の中で起きてしばらくすると
「カーン カーン カーン」と合図の鐘が鳴る。
パッと起きて、すぐ着替えて布団たたんで洗顔に行く
外はまだ暗い
顔を洗って歯を磨き、準備できたら
4時半に始まる瞑想まで、外で腕を上げたりおろしたり
身体をよじったりしながら
眠気覚ましに 身体をほぐす。


ちなみに1日の時間割を書いておきます
◇04:00 am 〜 04:30 pm: 起床
●04:00 am 〜 06:30 am: ホールまたは自分の部屋で瞑想
◇06:30 am 〜 08:00 am: 朝食
★08:00 am 〜 09:00 am: ホールにてグループ瞑想
●09:00 am 〜 11:00 am: ホールまたは自分の部屋で瞑想
◇11:00 am 〜 12:00 pm: 昼食
◇12:00 pm 〜 01:00 pm: 休憩
●01:00 pm 〜 02:30 pm: ホールまたは自分の部屋で瞑想
★02:30 pm 〜 03:30 pm: ホールにてグループ瞑想
●03:30 pm 〜 05:00 pm: ホールまたは自分の部屋で瞑想
◇05:00 pm 〜 06:00 pm: ティータイム
★06:00 pm 〜 07:00 pm: ホールにてグループ瞑想
〇07:00 pm 〜 08:30 pm: 講話
★08:30 pm 〜 09:00 pm: ホールにてグループ瞑想
□09:00 pm 〜 09:30 pm: ホールにて質疑応答
◇09:30 pm 〜 09:30 pm: 就寝

1日11時間瞑想します。。。すごい。。


4時半になり瞑想ホールの自分の席に座る
(コース中は自分の坐る場所が決まっている)
スポンジのクッションが沢山あるので
お尻の下に敷いて、お尻の方を高くしたら
椅子みたいになり足が楽かなあ、、と思って
20センチくらいクッションを敷く
それで、なんか楽になった気分になる。

早速昨日言われた事を思い出し
呼吸が鼻の穴を通り抜けるのを感じて
坐る事にする。

目をつぶったとたん、呼吸を意識しないといけないのに
いろんな妄想が、つぎからつぎに出てくる。
出てきては打ち消して 出てきては打ち消して。

気分が落ち着かない、まわりの人の気配も気になり出し
心が全然落ちつかなく
我慢が出来なくなる。
グループ瞑想は ホールから出てはダメだが。
朝4時半からの瞑想は、グループ瞑想じゃないから
部屋に帰る事にする、1人で坐ってたらなんとなく
落ち着く気がする。

部屋でいたら、ホールの方から
ビパッサナー瞑想の一番の指導者ゴエンカ師の
詠唱の声が聞こえる、(本人がいるのじゃなくテープで声を流す)

やっぱりホールにおった方が良かった感じがする。
明日からは部屋を出ないように頑張ろう。

朝食が 初めての食事だ、動物性の物がはいってない
ベジタリアンな食事です
でも、セルフサービスなのでご飯を山盛りについだら
メチャクチャお腹いっぱい食べれます。

でも、お腹が重過ぎても落ち着かないので
腹八分くらいにしておく
リンゴがあって、半分くらい食べる。

8時まで自由時間、散歩用の庭があるので さっそく庭に出てみる
山の中は季節が遅いようで、桜が満開。気持ちが良い

坐るたびに感じるが、背骨がすごく痛い
だまってすわってると背骨が痛くなるもんだろうか?

痛過ぎて何とかならないかなあと思う。

身体が痛いままで、瞑想に入ると
どんどん痛くて苦しくなると思い
休みの間に、できるだけ痛みがとれるように、どうしたら良いのか
少し考えながら 立ったままできる思いつく限りの、ストレッチをする。

なんにしても、空気がすごく良くて気持ちいいので 深呼吸もする。

グループ瞑想はじまるが、呼吸を感じようとしてると
いつの間にか、妄想と言うか夢と言うか、頭の中にいろんな
記憶の断片がフラッシュバックのように、どんどんでてくる。
すると、無性に眠たくなる。

背骨は痛いし、やってくださいっていう 呼吸も全然意識できないし
前見たら、仏像のように動かない コース2回目参加とか
3回や4回、だという古い生徒さんが、目に入ってきて
「僕は全然ダメや、来たの間違ったかな、、、」
「こそっと帰ろうかな、、、、、いかん貴重品全部預けとるやん。」

「まだ1日目やで、この感じで10日も続くのか、気が遠くなりそうだ
どうしよ〜」


やばい、もう初日の午前中から、帰りたいなんて思い出してる。。。

しかし、これ途中で投げ出したら、心残りになるやろうな。
その心残りが解消されるのは、もう1回この10日コースに参加して
きっちりやり終えた時に、心残りが解消されるんだろうな、と思う。

だからやっぱり 「途中で投げ出さずに がんばるぞ」という思いを
しっかり持って、頑張って取り組みます。

食事の合図の鐘が鳴り、立ち上がると
あんなに苦しかったのがウソのように楽になり
「どんなメニューかな、食事食事」
瞑想ホールから飛び出す皆の足取りが
軽くてすばやくて 皆も食事が待ち遠しいのがよくわかり
わかりやすくて気持ちが良い。

細かいメニューは忘れてしまったが
玄米好きの私の好みの 嬉しくなるメニューが多かった。

ちょっと食べたら、庭に早くでていく
ベンチがあるのでそこに坐ったり、太陽の光を充電して
次の瞑想にベストの体調で挑みたいので
休み時間は身体を一所懸命ほぐす事に専念する。

それで時間が来たら瞑想に入る。
「背骨が痛い  どこだ、、これは胸椎の4番目か5番目か、、?
そういえば、ビパッサナ―瞑想コースに参加する10日くらい前に
クッションに変に持たれて、横になったとたん
「ぐぎー」あいたたた、ぎっくり背中みたいなことになってたが
それがちゃんと治ってなくて、
「背中が痛い、背中が痛い」
もう 背中が痛いので気がついたら、その事ばっかり


「呼吸を感じるのは?」わすれとったよ
「すー はー すー はー」
瞑想がんばらないと。


この瞑想、どんな役に立つのだろう。

ヴィパッサナー瞑想コース 体験始まりました。

2008年4月24日から5月5日まで、
京都ヴィパッサナー瞑想センター「ダンマバーヌ」での
ヴィパッサナー瞑想コースに参加しました。
24日朝7時半に長距離バスで出発です、父親に車でバス停まで送ってもらう、
なんか雨が降ってるよ、「あまり降るとバスが遅れるかな?」などどと思いつつ出発。
たいした遅れも無く無事JR大阪駅(ハービス大阪)に到着 そこから、JRで京都。
それから快速で園部まで。
園部までの快速で嵐山過ぎた頃から、電車は山の中に入って、トンネルを抜けると
渓谷を渡って、トンネルを出ると 又渓谷、トンネル、、、渓谷でいかだ下りしよる〜きもちよさそ〜
鉄道模型のNゲージでこんなの作ってみたいな〜 ほんま車窓が楽しいです。

園部駅から出てきたらバス停の所に
おるおる、大きなリュック背負った、それらしい人が
背の高い、頭のてっぺん以外髪を剃ってる白人が
「ヴィパッサナー行きのバスは、ここからでるの?」みたいな事を言ったと思ったので
(ちゃんと聞き取れなかった)「メイビー」とか言ってたら
すぐバスが来て、リュックやかばんを持った数人が、ガタガタって乗り込むので
そうだろうなーって思って、ついて乗り込む。

バスの中で 前後の席で座ったA井さんもヴィパッサナーに行ってるというので挨拶して
話しをする、彼もはじめてて ヴィパッサナー瞑想コース参加の理由等話したりしてたら
バスに乗って30分くらいで、目的地終点桧山の結構大きなバスターミナルに着く。
もたもた下りてたら、素早く下りてるコース参加者の女性が携帯で電話してる
「センターに電話しましたから、しばらくしたら迎えにくるそうです」って
ありがたいなー。
田舎のせいなのか、バス待ちしてる子供達と
ヴィパッサナーに行く我々8人しかいない
15分くらい待っただろうか、9人乗りのワゴン車が迎えにきてくれた。

のどかな田舎の風景が続き、少し山の中に入った所に
センターがありました。
4時から受付します、って説明書に書いてあったが
4時前に着いた我々が一番のようです。


男性女性にわかれて、受付をしに男性用の食堂に入る
ここでは、完全に男女施設がわかれており、コースが始まると
10日後の終了まで、お互い姿を見かける事もほとんど無く
瞑想に集中できるようになっている。


受付は、アンケートを書いて(連絡先とか、持病があるかとか薬はのむのか等)
貴重品を預ける、(お財布とか、携帯、本、筆記用具、カメラ、テープ等)
衣類 歯ブラシ石鹸タオル等生活用品以外の、瞑想の妨げになるものは
持ち込まないようになってます。

寝る部屋は、瞑想ホールのある建物で1階全部と、2階少しが寝る部屋です、
(2階に瞑想ホールがある)
私は板の間の10人部屋です、
そこに並んでる布団に 持ってきたシーツを被せて寝る場所の準備をしとく。

そんな手続きをいろいろしてるうちに、少しずつ受講者が集まってきて
賑やかな感じになる、事前に聞いている始まると「聖なる沈黙」といって
会話はもちろん 身体によるジェスチャー、書くこと、
合図などのいかなるコミュニケーションも禁じられる事を知ってるので
今のうちに、「初めましてー」などと挨拶して、「どっから来たん?」
「ドキドキするねー」などと どんな人が来てるのか興味があるので
いろいろ話ししたりしてみる。

ヴィパッサナー瞑想をすると、心のしこりがとれ、怒りや憎しみ嫌悪といった
悪い感情で、心が苦しむ事が無くなるという事ですが
今、私がもってる 1番腹が立ってイライラすることは
中国共産党政府によるチベット政策の事で、
「中国共産党政府は、なんてひどい事をしているんだ、
オリンピックする資格があるとはとても思えない 人間のする事じゃない!」
と言った感じで、ニュースでいろいろ流れるたびに
腹が立ってるのが、いったいどうなるんだろ、、

10日終わって、状況が変わると思えないので
この感情はどう解消されるのかが、楽しみだね。
という話しもした。



全員が集まってから5時くらいから、もういちど
世話をしてくれるスタッフの紹介や
このコースの説明、すべての規則、戒律、時間割をきちんと守る等
コースの始まる前に最後の確認をする。

それから、ホールに集まって瞑想かとおもったら
ヴィパッサナー瞑想とは?みたいな話しで
何語だったか、、パーリ語か?なんかで
なんだったか?いろいろ約束を守ると言った感じの事だったか?
テープで言ってるのを復唱する。

予備知識をあまり入れてなく、出てくる単語も外国語だし
言われてる事の意味をあまり理解できないで
そのことで、いきなり頭の中が「えっなんだろ何 何?」って感じで
言われた事がわかってないので、ちゃんと思い出せない。。

それから瞑想という事で、瞑想します、、、
まずは、目をつむって呼吸を感じるそうです。

「はい、今から始めます」って合図が無くて
心の中で おろおろしてるうちに 知らない間に瞑想に入ってるように感じて

で、思ってた事は

「もう始まったのかな、もう、しゃべっちゃダメなのかな?」
「じゃあどうやって坐るのかな?楽な坐り方は?」など
いきなり?マーク全快で、なんとなく立ち後れた感じでスタートです。
呼吸を感じるって、、、「すーはーすーはー」
「簡単やんか」っと思ったのもつかの間
目をつぶってるので、いろいろ無駄などうでもいいような妄想が
次から次に、頭の中に浮かんでは消え 浮かんでは消え
「鼻息は?」知らない間に、呼吸を感じるのを忘れてる
「いかんいかん、呼吸を すーはーすーはー」、、、、、
いつの間にか妄想が、、、、「いかんいかん」

30分くらい瞑想したのか、
前にいる瞑想の指導者の先生が「質問がある方はどうぞ」というので
さっそく、「どうやって坐るのですか?坐り方はあるのですか?」と聞くと
「楽な格好で坐ってください、決まりはありません、正座でもいいですよ」とのこと
いや、正座は背筋が伸びて気持ちがいいけど30分くらいしか持たない
1時間2時間の瞑想では無理だろうなあと思って。
あぐらで楽なように坐れる方法を考えはじめる、が
明日の朝は、4時起きなので さっさと歯を磨いて
布団に入って、寝る事にする。

布団に入って、電気が消えるとまだ9時半なのに
すぐ眠りに落ちてるのか、すーすー寝息がきこえてきた(10人部屋なので)
と思ったとたん

「ぶりぶりぶりぶりーーーぶしゅるるぅぅぅう ぶりゅぶりゅ ぶりゅ〜〜〜
ぶしゅるるるるる」

めちゃめちゃ大きい音で ふざけてるとしか思えない、いびきが聞こえてき出した
「これはすごいわ、こんないびき初めて」となんか可笑しくなってたら
知らん間に寝てたようだ。

ヴィパッサナー瞑想

お釈迦さんが、
坐って瞑想して悟りを開いて 仏教がはじまったけど
そのお釈迦さんがしていた、瞑想法が今でも
ちゃんと伝わっていて
それがヴィパッサナー瞑想法


その瞑想の仕方を教えてくれる所があります。

日本ヴィパッサナー瞑想センター


お釈迦さんがしてたから
仏教ってわけでなく

泳ぎを教えるとか 踊りを教えるとか 太極拳を教えるとか
と同じで、単に瞑想を教えてくれます。


山の中のセンターなので
冬は寒そう、寒いの苦手な私は冬はやめて
行くのは
暖かくなってからにしようと思ってます。

実は、この秋行くつもりで予約してたら。
「受講希望者が沢山いて、キャンセル待ちでも
厳しい状況です」
ってことで、一月前くらいに予約入れたんでは
間に合いませんでした。

そんなに 人気があるとは、、知らんかった。。。


悟りを開きたい人がそんなにおるとは(^^;)


悟りと言うより、自分の心のありようを
自分でコントロールできたら良いなあと思って
それと、何か気付きがあるような気がして。
引用
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ヴィパッサナー瞑想について

ヴィパッサナー瞑想法は、心に真のやすらぎをもたらし、幸せで充実した生活を送るための簡単な実践法です。ヴィパッサナーとは「物事をあるがままに見る」という意味で、自己観察を通して心のわだかまりを解きほぐす、実際的な方法です。

折につけ私たちはみな、いらだち、不満、不和を経験します。そしてそのような苦しみにある時、それを自分の内だけにとどめておかず、他の人々にもおすそ分けしようとします。これが正しい生き方であるはずがありません。私たちはみな、自分自身も、また周囲の人々とも幸せに暮らしたいと願っています。人間は社会的な生き物ですから、他の人々と共に生活し、またお互いに影響しあって生きているのです。それでは、やすらぎと和を保って生活するにはどうしたらよいのでしょうか。どうすれば、自分自身の内にも、また周囲ともやすらぎと調和を保つことができるのでしょう。

ヴィパッサナーは、私たちにこのやすらぎと調和をもたらします。それは心を浄化し、苦しみをその根から絶って私たちを解放してくれます。ヴィパッサナーの修行をすることで、心の汚れから完全に解放されるというゴールに徐々に近づくことができます。
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ええかもしれん。

いろいろあるなかで 
私のアンテナが、ほんまもんやと感じだものやけん
実際やってみなわからんけん
はやく暖かくならんかなあ。って思ってます。

講習料は無料で、気持ち寄付のように払ったりするのだけど。
なんか噂で(ネット上で)3万は欲しいとか
10日あって
講習で教わって 寝るとこ食事付きなので
1日3000円でも安いくらいかな。

暖かくなってきて 講習の日程が決まったて出てきたら
キャンセル待ちにならんようにすぐ予約入れよう。
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