皆さま、こんにちは。


初期キリスト教美術はローマ美術から、動きのない人体表現を受け継ぎました。
そして、今回ご紹介する「ビザンティン
美術」もやはり人体表現は硬直したものです。


ビザンティン
美術


ビザンティン美術とは

「ビザンティン」という名称は、東ローマ帝国の首都コンスタティノポリスの旧名ビザンティオンに由来します。ローマ帝国が330年にここに遷都した後、1453年の首都陥落までの約1000年間に及ぶ東方特有のキリスト教美術を総称して、ビザンティン美術と呼ばれています。初期キリスト教美術を母体として、そこにヘレニズム美術やササン朝ペルシアの美術等の影響が加わった様式で、物質的なものより精神的なものを求め、荘厳さ、鮮やかな色彩や金地による装飾性を特徴としています。


歴史的には、ヨーロッパ世界では、ゲルマン民族の大移動から百年戦争が終わる頃までで、十字軍遠征がすっぽり入っていますし、神聖ローマ帝国ができたり、マルコ・ポーロが東方へ出発したりしています。中国では、前秦から始まり明に入って100年位の時代で、玄宗皇帝と楊貴妃がいた唐もこの時代に含まれていますよ。

日本では、仏教伝来や大化の改新から応仁の乱の直前までです。

さすがに1000年って長いですね!


ビザンティン美術で押さえておきたいポイント

ビザンティン美術で押さえておきたいポイントは、「イコン(聖像)」です。

「イコン」とは、木板・象牙板・金属板等にキリスト・聖母・聖人といった聖なるイメージが描かれた礼拝の為の画像のことです。
どれも、ほぼ同じ顔立ち、同じポーズ、表現の仕方も一様というのがポイントでしょう。
同時代あるいは他の時代の美術が、宗教の他に、日常生活・風景・静物等の幅広いテーマを扱うことがあったのに対して、ビザンティン美術は宗教テーマのみを描く対象にしていました。しかもその表現は、なんと1000年近くの間ほとんど変わらなかったのです!
その最も重要かつ顕著な例が、この「イコン」なのです。

ビザンティン美術を見抜く!
「イコン」を見たら「ビザンティン美術」
と思っていいでしょう。もちろん、ロシア正教等、他の地域でも見られますが、まずはビザンティン美術を疑ってよいと思います。
聖母子のイコン
《聖母子のイコン》、6世紀頃、シナイ山(エジプト)、聖エカテリニ修道院

聖母子のモザイク・イコン
《聖母子のモザイク・イコン》、13世紀初頭、シナイ山(エジプト)、聖エカテリニ修道院


上の
2枚のイコンにはおよそ700年の開きがあるのですが、近寄りがたい荘厳さと動きのない硬直した人物表現は全く変わっていないことが分かりますね。
このような極めて珍しい特色を持ったビザンティン美術は、ローマ、ヴェネツィア、シチリア等のビザンティン帝国の拠点となる都市を通じて、ヨーロッパの中世美術に大きな影響を与えました。

 

次回は、初期中世美術をご紹介します。