2018年01月08日

1-2月の新選組暦5

カレンダー201801mw 平成30年の「新選組暦」の1−2月の写真は、「江戸城西之丸跡」です。
 今年は、「戊辰戦争150年」なので「明治維新150年」でもあります。流山では「近藤勇と土方歳三の離別から150年」であり、江戸では「江戸無血開城150年」となります。
慶應4年4月11日(1868/5/3)に、江戸城は新政府軍に明け渡されましたが、当時は本丸御殿が焼失していて、西の丸御殿が使用されていました。西の丸御殿の跡地に、現在の皇居宮殿が建てられています。正月の一般参賀の際に、天皇陛下をはじめ皇族の方々がお出ましになられる場所として知られています。
 さて、150年前の今日は何があったのでしょうか。1月3日は、王政復古(慶應3年12月9日)からちょうど150年でした。この日、京都守護職や所司代などの旧幕府の組織は解体され、新選組も新遊撃隊に編入されました。そして1月6日は、徳川慶喜が大坂へ入城し、新選組が伏見奉行所へ転陣した日(慶應4年12月12日)です。
 その後、新選組も大坂天満宮に入りましたが(慶應3年12月14日=2018/1/8)、慶喜の命令で翌々日に再び伏見奉行所に転陣しました(慶應3年12月16日=2018/1/10)。その2日後(慶應3年12月18日=2018/1/12)に、近藤勇は右肩を狙撃されて重傷を負いました。こんな感じで、当時の出来事を現在の季節感と合わせて追っていくことが出来ます。
このカレンダーでは、新選組や幕末の主要事件を、文久3年や元治元年など年別に色を変えて記載しています。ほかにも、1月5日(大正4年1月5日=1915/1/5)は、永倉新八の命日でした。井上源三郎の命日は慶應4年1月5日ですが、新暦に直すと2018/1/29になります。
 この新選組暦があれば、現代と当時を近づけることが出来るので、とても便利です。
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arteiji at 16:03|PermalinkComments(0) ◇研究:新選組全般 

2018年01月07日

今年も新選組暦で旧暦を体感。5

カレンダー2018表紙mw 今年は、正月三が日の後、4日が御用始めとなりましたが、私の会社は5日が仕事初めでした。初日は朝から市役所での業務と挨拶以外は特に予定は無かったので、事務作業を進めました。そして、6日からは3連休なので、実質的には9日からが本格的に始業となります。
 さて、今年も「新選組カレンダー」を製作しています。新暦での六曜や行事は通常のカレンダーと同じですが、二十四節気や歳時記はもちろん、満月や朔といった月相のほかに、旧暦での雑節や選日等も一部掲載しています。これによって、幕末の暦に近い感覚を体験することが出来ます。
そして、新選組についての主要事件や隊士の生没を、新旧暦の対照で掲載しています。
2ヶ月で1枚の計6枚ですが、戊辰戦争150年に因んだ写真をそれぞれの時期に合わせて取り上げています。
詳しくは、またあらためて。
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arteiji at 00:08|PermalinkComments(0) ◇研究:新選組全般 

2018年01月03日

あけましておめでとうございます。今年は記念の年です。5

賀正ポスターbsw新年あけましておめでとうございます
 本年は、私の本業である株式会社アーテックの設立25周年を迎えます(創業は1970年)。
創業日と法人設立日はともに10月22日ですが、会計年度は4月からとしていますので、昨年4月からが25期となります。この25期中の10月より、新規事業を開始しました。従来の業務に加えて新たな挑戦を始めています。
 また、本年は私が歴史研究活動を開始してから15周年、つまり新選組流山隊結成15周年となります。そして戊辰戦争150年のため、新選組流山事件から150年、つまり流山で近藤勇と土方歳三が永遠の離別となってからちょうど150年ということになります。
 この記念すべき年にあたり、本年は4月に記念行事を行います。詳細はまたあらためてお知らせしますが、今春4月には、ぜひ流山へお越し下さい。
 さらに、本年は歴史研究の集大成の目標年として定めた2023年=新選組流山隊結成20周年に向けた最終の5年間の始まりでもあります。江戸後期詳細年表=幕末超詳細年表=新選組完全年表の完成も間近であり、いよいよこれを活用しての史実解析を進め、発信活動へと移っていく所存です。
本年も一所懸命に活動を行って参ります。どうぞよろしくお願い申し上げます。
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arteiji at 16:06|PermalinkComments(1) 流山隊からの案内 

2017年12月31日

日光山巡察-3 大猷院参詣4

IMG_2470csw東照宮へ参詣、そして奥宮で家康公の墓参をおこなった後は、日光二荒山神社へ参詣し、さらに大猷院へと急ぎました。
本当はもっとゆっくりしたいのですが、今回は団体での研修旅行中であり、自由時間には制限があります。
時間配分を気にしながら、大猷院の仁王門へ。立派な二体の金剛力士像に圧倒されます。続いて二天門へ。持国天と広目天の二体を安置する日光山で一番大きな門は、大改修が終わり、陽明門に劣らず荘厳な輝きが蘇っています。
IMG_2482dswその奥の夜叉門は、四体の夜叉「阿跋摩羅(あばつまら)」、「毘陀羅(びだら)」、「烏摩勒伽(うまろきゃ)」、「犍陀羅(けんだら)」が、安置されていますが、実に素晴らしい極彩色で、見る者を感動させます。この夜叉が霊廟を守っているのです。
「金閣殿」とも呼ばれる拝殿・本殿は、権現造りの眩い限りで、三代将軍徳川家光の権威を象徴しているようです。
この裏手の皇嘉門の奥に、家光公の墓所がありますが、ここは非公開のため、門の前で手を合わせました。
日光山は世界遺産に登録され、参詣者というよりも観光者が増えています。徳川将軍家の墓参ということを意識して参詣していただくと、国宝や重文はもちろん、森の木々も違った見え方をするのではないでしょうか。そして、家康の子・二代将軍秀忠が建てた当初の東照宮をはじめ、ほかの東照宮についてもぜひ参詣をされることをお薦めします。ブログ村 幕末維新  ←応援クリックお願いします→ ブログランキング


arteiji at 00:30|PermalinkComments(0) △史跡:関東 

2017年12月30日

日光山巡察−2 徳川家康公の墓所4

IMG_2415bsw前回記事の続きとして、東照宮への参詣を報告しましたが、陽明門以外にも国宝や重要文化財が数多くあります。有名なのは、三猿や眠り猫、鳴竜、創造の象などの分かりやすいものですが、唐門や透塀といった国宝も必見です。
諸侯が奉納した燈籠なども含め、じっくり観覧するには相当な時間を要します。
今回は境内を自由行動というプランでしたので、石鳥居や三猿について、あまり知られていない事柄を少し解説させていただいた後は、一時解散。
IMG_2426csw そして私は、まず奥宮へ。石段を登ったりしながら約10分、日光東照宮が創建された本来の目的は家康公の墓所の設置でした。奥宮の拝殿の裏に「東照大権現」とされた家康公の墓所があります。
 奥宮までは来ない方も多いので、こちらは比較的参詣者も少く、静かに手を合わせました。
 また、私的には奥宮まで往復する奥社参道も好きです。これ自体も重要文化財ですが、ここから見える神聖な木立や、東照宮の伽藍群は、まさに聖地という感じがします。<続く>
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arteiji at 00:30|PermalinkComments(0) △史跡:関東 

2017年12月29日

日光山巡察−1 東照宮4

IMG_2392bsw2017年もいよいよ残り数日。今年後半は、本業での新規事業への着手をはじめ、商工会議所の行事運営などもあり、ブログ更新が滞りましたが、過去の報告を少しずつ掲載していきます。
 11月15日には、流山市観光協会の視察研修旅行で日光方面へ行きました。最初に大谷石資料館を見学し、昼食後に日光山に参詣、帰路は渡良瀬渓谷を巡って帰るというコースでした。
IMG_2399dsw 個人的には、東照宮は平成29年の恵方だったので、2月に恵方詣りで訪れて以来でした。その時は陽明門の修復工事竣工前日だったためか閑散としていたのですが、その後に陽明門修復がニュースでも取り上げられ、今回は紅葉が見頃、修学旅行シーズンということもあって、非常に多くの方々が訪れていました。
陽明門は昭和の大修理以来、44年振りに輝きを取り戻したとのことです。
しかし、東照宮の見どころは他にもたくさんあります。<続く>
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arteiji at 15:19|PermalinkComments(0) △史跡:関東 

2017年12月20日

県立柏高校での授業4

本業での新規事業開始の取り組みに目途がつき、9月からの様々な行事や所用もとりあえず一段落しました。気が付けば今年もあと10日。ようやく少し落ち着いて来ました。10月下旬以来、7週間で1回しか記事を掲載していませんでした。これだけ記載しなかったのは2005年のブログ開始以来、初めてのことでしたが、この間も新選組流山隊の月例会はもちろん、史跡案内や講演活動などを含め、諸活動は無事におこなっておりますのでご安心ください。
前回の記事(10/16)以降も、いろいろとありましたが、幕末関連の活動については、少しずつ報告記事を掲載していきたいと思います。
20171220ios-wcswその中で、11月24日には、県立柏高校において5・6時限目の2時間の授業を行いました。
今までもメモを一所懸命に取る生徒たちが何人もいたのですが、4年目となる今年は特に多く、聴く姿勢も熱心に感じました。
その後に、聴講した生徒たちからの感想文もいただきました。
IMG_3400csw原稿用紙いっぱい、中には枠からはみだすほどの記述も数名いて、すべてをじっくり読ませていただきました。
講演の後にアンケートを読むことは多々ありますが、感想文を読む機会はなかなかありません。
一人々々の感想を読みながら、本当はもっと新選組や歴史の話をしてあげられたら・・・と感じました。
1時間や2時間で伝えるのは難しく、アフターフォローとしての質疑応答や意見交換ができればよいのでしょうが、学校では定められた時間もあります。個別に連絡をくれた生徒さんには、返信をさせていただきました。
さらに、新たな出会いや発見にもつながり、私自身にとっても貴重な機会となりました。私のような卒業生でも、後輩たち=現役の高校生にとって、少しでも役に立つことがあれば良いと思い、今後も機会があればご協力させて頂きます。
今の私があるのは、高校時代の友人の影響力が大きいのですが、母校で話をする機会が継続しているのは、数年前に声を掛けてくれた後輩のおかげです。彼にはすでにほかの部分でも協力をしてもらっていますが、人の縁がどれだけ大切かということを再認識するとともに、あらためて感謝をし、これからもいっしょに良い方向へ進んでいきたいと考えています。
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arteiji at 12:05|PermalinkComments(0) 新選組活動と雑感 

2017年11月16日

日替わりでの様々な活動4

IMG_3504-46pcsw10月から11月下旬まで、様々な行事や所用が重なっていますが、ようやく先が見えてきました。
この間、横浜、大宮、品川、桐生、川越、日光、我孫子などへも行きました。史跡案内のほか各種行事の運営や打ち合わせ等もあり、幕末活動のほか観光協会や商工会議所の役員としての活動も多忙でした。さらに本業では新事業への参入など、日替わりで色々な事柄に携わって来ました。
毎日同じ事をコツコツと遂行することは、一つの事柄を極める上で大切ですが、忍耐を伴うことも多いと思いますが、私の場合は、本業も趣味も社会活動も、ボーダレス(壁が無い)な環境で多岐に渡るため、毎日が新鮮な気持ちで、異業種や異文化の交流の様な感じで、新たな創造や企画などのアイディアが次々と湧いてくる状況です。ただし、それを実現するには、よく言うところの「人・金・物」が必要で、一番足りないのは自分自身の時間です。
多忙な2ヶ月の中で、今は幕末史研究に傾注したい気持ちもさらに高まり、時間さえあればいくらでも研究や執筆に没頭できるほど、意欲が高まっています。
 さて、そんな中で、この数週間の出来事を少しだけ紹介します。
まずは、9月27日には、流山商工会議所おおたかの森支部の主催で「第3回おおたか交流会・結婚式場で音楽鑑賞」を主催しました。独特な装飾や外観の会場で、名器と言われるピアノ「PLEYEL」の音色を楽しみながら、私もアコースティックギターの名器「D-76」を久々に自宅外に持ち出して、セッションをおこないました。詳細は「ケーキバイキングとミニライブ(流山商工会議所おおたかの森支部のブログ)」を参照ください。
IMG_2731csw そして、11月2日〜5日には、流山市文化会館での「流山市文化祭」の一環で「芸術作品で見る流山」という展示会を運営しました。7月に開催したコラボ企画のアンコール展示でしたが、流山の観光スポット上位5ヶ所を、絵画・写真・書道・俳句の作品で表現するという企画です。このなかで、どうしても「諏訪神社」の絵画が無いということで、私が6月下旬に2週間掛けて、37年ぶりに描いた油彩画を展示しました。さらに期せずして親子展示が実現したりという思わぬ出来事もありました。
詳細は「神様から母への傘寿の贈り物?親子作品の展示の実現(松下英治個人ブログ「天一天上天赦」)」。
 音楽演奏や、絵画制作と展示、写真作品の展示といった芸術関連の活動とともに、本業では、デザインや企画、それを具現化する印刷・看板・WEB・販促グッズ等の製作、イベントの運営等々を継続しておこなっておりますが、これに加えて今秋より、異業種の新規事業の開始準備に着手し、さらに、観光協会や商工会議所等々での行事が続いておりますが、これらはまた別の機会に。
 そしてその合間を縫って、歴史関連活動もおこなっております。毎日めまぐるしく変わる活動は、多忙ではありますが、楽しく、視野が広がり、それぞれの活動のレベルアップに繋がっています。
 こうして気分もリフレッシュして貯えたエネルギーですが、秋の行事もそろそろ一段落するので、11月下旬からは、本業と歴史活動に重点を置いて参ります。
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arteiji at 14:33|PermalinkComments(0)

2017年10月26日

大宮氷川神社についての展示を観覧4

IMG_2668csw大宮の氷川神社についての研究発表が展示されるとのご案内をいただいたので、10月21日に観覧させていただきました。
氷川神社は「武州一ノ宮」として、江戸の町が成立するより、はるか以前に信仰を集めていました。
参詣道が旧中山道であったとする説への論議も含めて、その起源や経緯には謎も多いようです。
今回の参詣時に、意識したのは、元の「男体社」と「女体社」などの位置でした。
ほかの寺社でも同様のことですが、明治期には寺社の形態が大きく変貌を遂げていることが多いので、できるだけ江戸時代の姿をイメージできるようにと考えています。
今回の展示でも、標石についての興味深い解説パネルがありました。(撮影の許可をいただいたのでご紹介します)。
写真の通りで、標石も様々な経緯を辿っているのですね。
それにしても、これだけの神社で「最も古い石造物」が意外と新しいことも不思議な気がします。
近藤勇らの上洛経緯としての中山道大宮宿の調査と共に、脇街道や氷川神社についてもあらためて勉強してみたいと思います。
大宮郷土史研究会の皆様、興味深い展示の観覧の機会をいただき、ありがとうございました。
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arteiji at 09:36|PermalinkComments(0) △史跡:関東 

2017年10月24日

大宮氷川神社を参詣4

IMG_6868csw梅雨のような秋の長雨が続き、季節外れの台風までやってきましたが、合間を縫って、大宮の氷川神社に参詣しました。
今回は知人にご案内を頂き、興味深い展示があったので、時間を作って大宮を訪問しました。
本当は、大宮宿を歩いて調査したり、市立博物館での企画展も観覧したかったのですが、展示会が10月22日までの会期であり、どうしてもこの日(10/21)しか時間が取れず、午後の半日での大宮往復となりました。
しかしながら、氷川神社の展示を観覧するのに、参詣をしないのもいかがなものかという思いもあり、まずは氷川神社へ。
事前の下調べもしていなかったのですが、氷川神社へ着いて観ると、稚児行列などの神事があったらしく本殿前には雨を避ける大きな白いテントが建てられていました。さらにサッカーの試合の影響もあって周辺道路の渋滞が激しく、展示会場への到着は閉館15分前でした。
IMG_6874bsw今回は取り急ぎ、本殿近くの駐車場に流誠号を停めて参詣をしたのみとなりましたが、
駐車場脇では、梅雨時期と思ったのか、紫陽花が少しだけ咲いていました。
天気の良いときにあらためて参道を歩いたりしてみたいと思います。
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arteiji at 09:08|PermalinkComments(0) △史跡:関東 

2017年10月18日

江戸城のシンボル、富士見櫓4

IMG_1805csw前回記事に続いて、富士見櫓を紹介します。
蓮池門跡から富士見櫓を右手に見ながら乾通りに出ると、正面に宮内庁が建っています。
この右側が五代将軍綱吉公の墓所、左側が六代将軍家宣公の墓所です。
以前はここから右手に進んだのですが、今回はここから左手に進みました。
IMG_1805xswさらに左に回り込む先には、「坂下門」が見えます。これも通常は内側を見ることが出来ない場所です。
そして右手の坂を上ると「西丸裏御門」跡があります。ここが西丸大奥の通用門であり、本丸へ行く際の出入口になります。
ここから振り返ると、再び富士見櫓が見えます。
背後には遙かに高いビル群が建ち並び、江戸城のシンボル的存在だった富士見櫓も埋もれてしまっています。
二枚目の写真は、とりあえず背後のビルを消したものです。当時は、木々ももっと少なかったので、威光を放っていたでしょう。
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arteiji at 11:00|PermalinkComments(0) △史跡:江戸(東京23区) | 幕末全般

2017年10月16日

富士見櫓を仰ぎ見る4

IMG_1776cswしばらくブログ更新が滞っておりました。
本業で、新規の事業に着手したりしたため、
従来の広告関連の仕事はもちろん、観光協会や商工会議所の役員としての活動を優先すると、なかなかブログまで手が回りませんでした。言い訳になってしまいましたが、この間も研究活動や史跡巡察はしっかりと行い、特に年表や地図の製作は、グッと進んでおります。
10月1日には例会も開催し、参加隊士たちにはそれぞれフィードバックをしています。

ということで、今回の記事ですが、9月19日の江戸城巡察から、富士見櫓の紹介をします。
江戸城の天守閣は、明暦の大火以降、再建されることはありませんでしたが、その代役的な存在が「富士見櫓」です。
現在は公園となっている本丸跡の南端に行くと、富士見櫓の裏側を少しだけ垣間見ることが出来ますが、宮内庁側からは、写真のように石垣の上に建つ姿を仰ぎ見ることが出来ます。
通常は個人で入ることの難しい場所ですが、宮内庁職員の案内で内桜田門から入城し、当時は堀があって渡れなかった寺沢櫓の脇を抜けると、右側に富士見櫓を見ることが出来ます。
そして、右側に蓮池濠を見ながら左側に回り込むと乾通りに出ます。(続く)
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arteiji at 15:30|PermalinkComments(0) △史跡:江戸(東京23区) | 幕末全般

2017年09月21日

相馬大膳亮と農林水産省5

IMG_1722dsw9月19日は、霞ヶ関や丸ノ内、江戸城の散策をしました。
まずは、霞ヶ関へ。
写真は、相馬大膳亮の上屋敷跡です。
と言っても分かりにくいのですが、陸奥中村藩の相馬家の屋敷跡です。
これでも、おそらく分かりにくいので、簡単に解説をすると・・・
相馬氏は、桓武平氏の一族で、下総の南西部(現在の千葉県柏市や我孫子市付近)を拠点としていたと考えられます。
現在も、柏市内には相馬家の墓所や屋敷跡が有り、手賀沼の周辺は「南相馬郡」と呼ばれていました。
相馬氏はその後に陸奥国へ移住をし、江戸時代には中村藩の藩主となり明治を迎えました。
ちなみに、流山市は「東葛飾郡」ですが、相馬氏が軍事訓練をおこなっていたとされ、現在は流山市と相馬市は姉妹都市を締結しています。
IMG_2516dsw2さて、前置きが長くなりましたが、相馬大膳亮の屋敷跡は現在、農林水産省が置かれています。
そして今回の目的は、農林水産大臣への表敬訪問でした。
縁とは不思議なもので、流山市を含む千葉七区選出の代議士からの初入閣が、流山市が姉妹都市を結ぶきっかけとなった相馬氏の屋敷跡に置かれている農林水産省の大臣となったわけです。
農林水産大臣となられた斎藤健さんは、2009年に初当選されましたが、以来わずか3選での農林水産大臣就任は、自民党の長い歴史の中で初めてとなる快挙とのことです。
初当選以前から、新選組流山隊の出張屯所にもたびたびお声を掛けていただいたりしているので、何度も会っているという隊士もいるでしょう。
私自身は、今から思えば、幕末史活動とは全く無縁だった1999年のあるイベントの時からご縁があったようです。
千葉七区の区域から輩出の総理大臣としては、戦後処理で著名な関宿の鈴木貫太郎が唯一ですが、江戸時代の総理大臣とも言える老中には、和宮降嫁問題で著名な関宿藩の久世広周がいます。農水省の東に隣接する厚生労働省がその屋敷跡となります(安政5年秋〜万延元年の老中就任までの間)。
大臣ともなると、選挙時も地方への応援が必須となるため、地元での選挙活動があまり行えなくなる懸念がありますが、ぜひとも総理を目指して邁進していただきたいと願っております。
農水省での昼食後は、道路を挟んだ北東の弁護士会館と東京家庭裁判所へ。ここは大岡越前守の屋敷跡で、解説板が建っています。
当隊で製作中の「江戸幕末史跡地図」も、丸ノ内やこの付近は完成しているので、どこに何があったかを調べるのにも簡単です。
そして、日比谷御門を北上し、午後は江戸城の西丸の散策です。<続く>
P.S.設営をしていただいた方々、ありがとうございました。
また、大臣との写真は一部修正(同行者を消去)しています。
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arteiji at 10:24|PermalinkComments(0) △史跡:江戸(東京23区) | 幕末全般

2017年09月11日

深川を散策4

IMG_2425dsw9月10日は、深川を巡りました。
写真は、深川江戸資料館の内部ですが、よくドラマなどの撮影にも使用されている船宿です。
今回は、ほかに永代寺跡や深川不動、富岡八幡宮などを歩きました。
距離は約2kmと、たいしたことは無いはずですが、暑かったためか、かなり疲れた感じがしました。
もっとも、この史跡巡りの他に、約5kmを歩いたので、この日の累計は約7kmとなりました。
最近、史跡巡りに行く機会が一時期より少なく、特に山間部を歩くことが一年以上も無いので、少し足を鍛えなくては! と思いました。
今回は、懇意にさせていただいている「勝海舟の会」さんの史跡探訪に同行させていただきました。
新選組流山隊の江戸巡察会では、マニアックな史跡も訪れます。今回の散策に合わせて、「江戸幕末史跡千ヶ所」の史跡敷地地図の江東区部分を完成させました。今回訪れた場所の周辺にも、霊巌寺や浄心寺はもちろんですが、余り知られていない史跡がまだまだたくさんあります。
これらをあらためて訪れる機会として、幕末史跡地図の最終確認時には、江戸巡察会の実施も再開したいと思います。
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arteiji at 18:40|PermalinkComments(0) ☆行事:江戸(東京23区) 

2017年09月04日

夏のイベント、総て無事に終了。5

IMG_2205Tbssw今年の夏は梅雨入り前に猛暑がありましたが、梅雨が明けてからも雨が多く、蒸し暑い日が続きました。8月のお盆明けからは気温も比較的低い日が多く、旅行や屋外イベントにとっては、天候に左右された夏となりました。
そんななかで「雨止み流山隊」の異名を持つ?新選組流山隊は、参加行事が無事に開催出来ました。隊長の大久保大和@流山隊こと私も「天照大和守」という異名で呼ばれますが(笑)、この間の屋外での活動はすべて無事に遂行できました。
毎年恒例の「新松戸まつり」や「流山花火大会」では、一昨年から「氷処!新選組」の出店は休止していますが、もし出店していたら、あまり売れなかったことでしょうが、殺陣演武の実施や花火鑑賞には、涼しいくらいの気温はかえって好都合でした。
そして、今年もこれらの行事において関係者・知人・友人など、多くの交流を深めさせて頂き、良い夏となりました。

8/11の「流山納涼祭」では、USA BALEERS INTERNATIONAL のCEOとして、日本におけるバスケットボール関係の活動をされているリチャード・ジョーンズさんが来訪していただきました(写真上)。日本の歴史が大好きという彼は、マイケル・ジョーダンのはとこ(祖母の兄弟の孫同士)にあたります。
IMG_6796d4ssw9/2の「流鉄ビア」でも、私が役員を務める流山市観光協会のブースに、友人を連れて来訪頂きました。(写真下)
ラルフ・ブライアントさんは、1試合3本塁打の世界記録保持者で、東京ドーム天井照明への直撃弾などパワフルな打撃で近鉄バファローズの優勝にも大貢献されたので、ご存じの方多いでしょう。
お二人とも素晴らしい体格なので、私が貧弱に見えますね。
ジョーンズさんは、私の近所なので、今後もコラボレーションを出来たら・・・などとお話ししています。
9月となり、もう秋の気配。
来春は、流山で新選組の特別行事を開催します。そろそろ準備を進めながら、月例会では新選組の新事実を、隊士達と共に検証していく作業を進めます。
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arteiji at 12:09|PermalinkComments(1) ★行事:流山(下総東葛) | 年中行事・季節