2017年06月19日

演劇「士魂 Remember」の上演概要4

170720士魂Bsw7月に新選組をテーマにした演劇が上演されます。
前回お伝えしたように、主演の萬雅之さんは、新選組についても一所懸命に理解を深めようとしていますので、私も応援しています。
以下、公演情報です。

「士魂 Remember」

会場:新宿シアターサンモール。
東京メトロ丸ノ内線「新宿御苑前」出口2より徒歩3分。

公演日時:7回公演
7月20日(木)19:00-
21日(金)14:00- 19:00-
22日(土)14:00- 19:00-
23日(日)12:00- 16:00-
受付開始は開演の45分前。

チケット価格:
前売り5500円 当日6000円
学生(高校生以下)4500円

チケットのご予約は、「萬雅之オフィシャルサイト」にて。
「公演日時」「枚数」「お名前」を記載してメールでも可能。
act19990506★docomo.ne.jp
★→@に変えて送信ください。

以上
お芝居の内容は、創作なので史実通りではありませんが、私ももちろん観覧にいくつもりです。
ぜひ、みなさまも足を運んでいただければ幸いです。
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2017年06月13日

新選組をテーマにした演劇「士魂」5

170720士魂Asw7月に新選組をテーマにした演劇が上演されます。主演は萬雅之さんです。
新選組を演じるにあたり、新選組について学びたいということで、稽古の合間を縫って流山にもお越しいただきました。その後も板橋や日野の新選組関連史跡を一緒に巡り、ご案内をさせていただきましたが、非常に熱心に取り組む姿勢は、きっと演技においても同じだと思います。
萬さんの演じる役柄は、現代の悩める青年とのことですが、幕末にタイムスリップし、沖田総司と重なるようです。
お芝居の詳しい内容は、私はわかりませんが、演技はきっと期待できるものと思います。
私も観劇に行く予定ですが、ぜひみなさんもお出かけください。
「士魂」新宿シアターサンモールにて。
7月20日〜23日 計6公演。
詳細、前売り情報は、次回記事でお伝えします。ブログ村 幕末維新  ←応援クリックお願いします→ ブログランキング

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2017年06月11日

新選組を演じるためには新選組を知ること。5

IMG_1920c2sw数回続けて、日野の新選組史跡の話題を掲載しましたが、6月4日の史跡巡りでは私が案内解説を担当させていただくことになったため、ある俳優さんをお誘いしました。
写真は、その際に土方歳三資料館にて、館長の土方愛さんと三人で撮影したものです。
イケメンの俳優さんは、萬雅之さんです。
実は7月中旬に、新選組を題材にしたお芝居の主演を演じられるそうで、現在、新選組のことを一所懸命に勉強、体感されています。
4月9日に流山にお越しくださった際には、記念展「新選組と流山」の会場で、新選組の概要について説明をさせていただきました。
今までも新選組を演じるという俳優さんなどには何度もお会いしておりますが、萬さんの熱心な姿勢にはとても感じる物がありました。
その後も、板橋宿などを一緒に散策したり、歳三忌で一緒に聴講してお話ししたりしましたが、今回は日野の史跡めぐりにご参加をしていただいたことで、御子孫と交流したり、新選組の関連史跡を感じていただけたことと思います。
お芝居自体は創作となりますが、ベースとなる新選組の史実や各隊士の性格などを、少しでも理解して演じたいという気持ちは、とても大切なことだと思います。
新選組ファンで無かった私が、研究や作家活動をすることになったのも、当初は流山での新選組を発信するために、史跡を巡り史実を一所懸命に調べ、新選組を知ろうとしたことが総ての始まりでした。
新選組を演じるには新選組を知ること−当たり前の事ですが、実際に時間を割いて実行する方は少ないと思います。私は、萬さんの新選組に対する姿勢を応援したいと感じたので、今回もお誘いをし、私の知人や関係者にもご紹介しました。舞台の詳細については、次回記事であらためて紹介しますので、ぜひ多くの方に足を運んでいただければ幸いです。ブログ村 幕末維新  ←応援クリックお願いします→ ブログランキング

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日野の新選組史跡巡りを終えて4

新選組流山隊では、史跡巡りを「巡察会」と称しています。6月4日の日野巡察会は、「勝海舟の会」の主催による「史跡探訪」で、会員以外の方々を含む大人数で巡りました。私は今までも、「勝海舟の会」の史跡探訪で江戸城や丸ノ内の案内解説をさせていただき、3回に2回くらいは一般参加もしてきたので、ありがたいことに多くの会員さんから知遇を得ております。作家や研究者、龍馬会や南州会、山岡鉄舟研究会等々の会員さんも参加され、熱心な方が多く集まります。
しかし実は、新選組関係者には勝海舟を嫌いな方が多いのが現状です。これは後世の研究作家等の作り出したイメージが原因なのでしょうが、勝海舟の冤罪を晴らすというのが、私と海舟御子孫とのお約束でもあります。そのため、新選組と海舟の関係を知っていただく事も大切な目的でした。
最後に高幡不動尊大日堂前で両者の関係を解説し、懇親会でも再度繰り返してお伝えして、一日を終えました。
今回は、日野ガイドの会の芹川会長にもご連絡を差し上げたのですが、調布市で開催される「近藤勇と新選組の会」へのご参加のため、残念ながらご一緒願えませんでした。本来は私にも調布の同会よりご案内をいただいておりましたが、今回の日程は昨年中に決定していたため、調布には伺えず申し訳ございませんでした。
また、今回は俳優の萬雅之さんをお誘いし、各資料館にチラシ設置のお願いをさせていただきました。
この件は、あらためて詳しくお知らせします。
各資料館館長やスタッフの皆様におかれましては、ご快諾および館内のご解説をしていただき、心より感謝申し上げます。そして、今回お声がけいただいた「勝海舟の会」の皆様、ならびに一緒に参加してくれた新選組流山隊の隊士と萬さん、お疲れ様でした。
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2017年06月10日

日野市の新選組史跡を網羅して巡る。4

新選組は、その多くの期間が、隊長の近藤勇と副長の土方歳三による運営でした。この二人が生まれたのが「武州多摩郡」でした。そして近藤勇を支援したのが、日野宿の佐藤彦五郎や小野路(現・町田市)の小嶋鹿之介ら多摩の有力者たちでした。そのため、私は多摩地域が「新選組のふるさと」であると感じています。
その中で今回は、「新選組の支援者のまち」である日野の新選組史跡を網羅して巡るということをテーマにしました。
前々回の記事で書きましたが、日野宿の佐藤彦五郎はもちろん、井上源三郎も石田村(現・日野市)の土方歳三も、近藤勇や新選組を支えた人物です。そして沖田総司の父や祖父も日野宿の生まれです。
これらを理解していただくためにも、今回は甲州道中のデジタルマップを公開する事にしました。日野だけでなく、調布や府中、八王子など、内藤新宿〜小仏関所までの街道筋の名所はもちろん、周辺の新選組関連史跡を網羅した地図です。これがあれば、予習や復習はもちろん、個人で訪れる事もある程度可能です。
そして、今回は正午〜夕方という短時間で日野の史跡を網羅して巡るため、各所での解説はできるだけ簡素化しなくてはなりません。そのため、各資料館では館長様に事前にお願いして解説をおこなっていただき、それ以外では、史跡一覧解説資料(概要版)を当日に配布しました。
私はこの15年間で日野市には何十回と訪れていますので、各所へも複数回の訪問をしてきました。しかしそのほとんどが自家用車での移動で、実はこうして徒歩でモノレールを乗り継いで、総てを巡るのは、私自身初めての体験でした。
しかし、案内の経験を重ねてきた事や、個別であっても過去複数回の訪問が結果的に下見となっています。そしてやはり「段取り八分」という通り、解説資料を配付し、地図のURLを示し、行程表を用意して臨んだたことで、自分自身も知識の再確認となり、ほぼ予定通りに行程を終える事が出来ました。
新選組に直接関係した史跡には総て訪問できましたが、今回は「日野市立新選組のふるさと博物館」のみ時間と経路のため訪問しませんでした。
今回を期に資料は揃いましたので、朝から巡るのであれば、博物館を含め総ての史跡の詳細解説も可能ですので、ご依頼があった際には行わせていただきたいと思います。
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2017年06月09日

日野巡察(2)−石田村と高幡村5

IMG_1921csw日野は「新選組のふるさと」というより「新選組の支援者のまち」だと、前回記事で書きました。
日野市の新選組史跡は、3つの地域に分かれます。一つは前々回の記事で紹介した旧「日野宿」、そして、旧「石田村」と旧「高幡村」です。
6月4日の日野巡察会では、この3つの地域をモノレールで移動し、徒歩で散策をしました。
旧石田村は「土方歳三のふるさと」です。

6月4日は、40名弱での徒歩移動だったため、甲州街道駅でモノレールへの乗り遅れ者があり、10分後に土方歳三資料館で合流するというハプニングがありましたが、土方歳三次兄の御子孫・土方愛館長のご解説をお聴きし、隣接する土方伊十郎家の長屋門(写真)を見ながら、石田寺へ。
菩提寺「石田寺」には土方歳三の墓所などがあり、墓参の後は、土方歳三が生まれた「生家跡」へ。
歳蔵が11歳の時に生家の物置などが流失したため、母屋を移築した場所に現在の「土方歳三資料館」があります。そして歳蔵が遊んだという「とうかん森」は、近年に数本の大木が伐採され、現在は2本が残るのみです。
再び、万願寺駅からモノレールに乗り、高幡不動駅へ。ここは本日最後の見学地である金剛寺、通称「高幡不動尊」の門前町「旧高幡村」です。歳蔵が通行人に悪さをしたという山門は、新選組とは関係なくても重要な史跡です。そして明治期の新選組史跡である「殉節両雄之碑」を見学、平成7年建立の「土方歳三の銅像」は、歳三ファンの聖地でしょう。不動堂、大日堂などを見学し、行程を総て終了。高幡不動駅近くでの懇親会へと移動し、楽しい一日を終えました。
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2017年06月08日

「新選組のふるさと」はどこか?3

甲州道中1 宮川家から日野方面2sw日野市では、町おこしの目玉として新選組との縁を利用し「新選組のふるさと日野」と掲げています。
私は2002年頃、新選組に興味を持ち始めて調べた情報で、新選組は江戸から上洛した浪士組の一部隊士が京都で結成したことはすぐに解りましたが、なぜ日野市が「新選組のふるさと」なのかが理解できませんでした。
おそらく理由の一つは、昭和後期以降は近藤勇よりも土方歳三が人気となり、現在は日野市となった「旧石田村」が「土方歳三のふるさと」だからでしょう。
次に、近藤勇と義兄弟の契りを結び近藤や土方を支援した佐藤彦五郎が日野宿の名主であった事、三つ目は、新選組隊士の井上源三郎が日野宿出身であった事と考えられます。組織としての新選組との直接的関係は、慶応4年3月にいわゆる「甲陽鎮撫隊」が日野宿で休憩をしたのみで「ふるさと」とは無関係です。
日野市の有名な観光地である金剛寺=通称「高幡不動尊」は、土方家の菩提寺・石田寺を末寺とする事や歳三についての伝承がある事、後に「殉節両雄之碑」が建立された事などで、合併以前の「高幡村」と新選組との縁は見つかりません。
こうして考えると、「日野宿」は、「新選組の支援者のまち」、「旧石田村」は「土方歳三のふるさと」、「旧高幡村」は「高幡不動の門前町」ということになるでしょうか。
「新選組のふるさと」とすると、近藤道場があった江戸市ヶ谷や、初代筆頭局長とされる芹沢鴨の出身地をどう考えるかなどの問題も残ります。しかし、近藤・土方・井上らの出身地域で、支援者の佐藤・小嶋鹿之介の在郷を含む「旧武州多摩郡」、つまり「多摩地域」が「新選組のふるさと」と言えば、違和感が無くなります。写真は、宮川家上空から見た日野方面です。
ちなみに、新選組の隊長である近藤勇は上石原村の出身ですが、合併後の調布市には、甲陽鎮撫隊が休息をした西光寺に近藤勇の座像があり、「新選組近藤勇のふるさと」としています。
もっとも、流山でも15年前までは「近藤勇の終焉の地」という文字が掲げられていたので、私は当初、近藤勇が流山で死んだと思っていました(笑)。
なので、「近藤勇と土方歳三の離別の地」というキャッチコピーを作って発信を開始したのは、誤解を避けて、流山の位置を明確にした正しい認識を広めたいとの思いからでした。
流山市の「母になるなら流山」と同じで、日野市の町おこしのためのキャッチコピーがどうであっても構いませんが、佐藤彦五郎のみならず井上源三郎や土方歳三も近藤勇を支えたという意味で、私の中では、日野は「新選組のふるさと」というより「新選組を支援したまち」と感じられます。そして現代においても、新選組ブームを支える「新選組を応援するまち」であると思います。
行政が、「新選組のふるさと資料館」を運営されているのも、他の関連地からすれば羨ましい事でしょう。特に私は「土方歳三資料館」「井上源三郎資料館」「佐藤彦五郎新選組資料館」を個人的に運営されている御子孫の方々には、大変感謝しておりますし、そのご苦労に敬意を表します。
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arteiji at 10:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0) △史跡:関東 | ◇研究:新選組全般

2017年06月07日

日野巡察(1)−日野宿5

IMG_1895bsw6月4日は、日野の新選組史跡を巡りました。
今回は40名弱をご案内させていただき、日野宿〜旧石田村〜旧高幡村といった順路で、モノレールを乗り継ぎ、徒歩での散策でした。
昼の12時に日野駅集合という少し遅めの出発ではありましたが、夕方17時の解散までに「日野市立新選組のふるさと博物館」を除く、新選組史跡を総て訪れる事が出来ました。
写真は、坂下地蔵です。甲州道中の日野宿の京口となります。
IMG_1900bsw続いて、宝泉寺へ。ここには井上源三郎の顕彰碑があり、井上兄弟と近藤・土方・沖田の関係について少しお話しをさせていただきました。井上松五郎・井上源三郎兄弟や井上泰助の墓参後は、八坂神社を経由して、井上源三郎新選組資料館へ。井上家の皆様には、いつもながら温かくお迎えいただき感謝しております。2組に分かれて、井上正雄館長からの解説をお聴きしました。
そして、大昌寺で佐藤彦五郎・のぶ夫妻の墓参、佐藤彦五郎新選組資料館では、佐藤福子館長にご説明をいただきました。
IMG_1906dsw再び甲州道中へ戻り、日野宿本陣・脇本陣・高札場・問屋跡を確認した後、現在は「日野宿本陣」として一般公開されている下佐藤家の屋敷へ。ここでは、あえて日野宿ガイドの会の方に、ご説明をお任せしました。
そして、有山家、日野宿の江戸口となっている福地蔵を脇に見ながら、現在の甲州街道を進み、多摩モノレールの甲州街道駅へ。
こんな感じで、まずは日野宿を巡りました。
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arteiji at 22:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0) △史跡:関東 | ☆行事:関東

2017年06月04日

日野の史跡巡り前夜5

甲州道中日野渡〜八王子方面sw写真は、甲州道中の日野渡付近〜八王子宿方面を望む鳥瞰図的写真です。
空からの立体的地図は様々な要素が加わるので、地形や距離感などが解ります。
さて、明日(6/4)は、日野巡察をおこないます。
日野宿、石田村、高幡村の新選組関連史跡を巡ります。
専用の史跡地図、貴重な古写真、史跡の解説資料も用意しました。
参加者の皆様、どうぞよろしくお願いします。
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arteiji at 00:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0) △史跡:関東 | ☆行事:関東

2017年06月01日

史跡デジタルマップを一部運用開始。5

IMG_1885bsw流山の新選組史跡地図のデジタル版が完成しました。
Googleマップをベースにしたデジタルマップとして、流山の新選組史跡の位置は勿論、概要コメントや一部は写真も掲載しています。いずれは千葉県内はもちろん茨城や埼玉等々の新選組関連史跡を網羅していく予定です。
実は、今までにも全国各地の史跡地図を製作しており、その一部は、このようなデジタルマップも併用できるようになっています。
現在、「東京23区江戸幕末史跡千箇所」を、「江戸丸ノ内」「江戸城東」「江戸城西」「江戸城北」「江戸城南」に分けて製作中です。
IMG_1887bswまた、「中仙道1」「中仙道2」も7割方出来上がっています。
そして、このたび「甲州道中1多摩」の日野宿などが完成し、運用を開始します。
GmapQR流山周辺ssswこれらは、QRコードで簡単に読み取る事が出来ます。中央に地図の名称も記載し、QRコードを区別しています。
※この画像はサンプルなので、読み取る事はできません。当面は内部資料として、一般公開ではなく、新選組流山隊の隊士をはじめ、関係者を対象に、活用していただく予定です。
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arteiji at 23:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0) △史跡:関東 | 書籍・地図

2017年05月26日

流山の史跡案内にて2

IMG_1808bsw5月24日は、流山巡察を実施しました。
20名の方々を案内し、市立博物館で流山の歴史全般を紹介し、新選組流山本陣跡や一茶双樹記念館などの史跡を徒歩で巡りました。
最近、夏のような高温が続いていたのですが、この日は曇り空で、散策するには丁度良い気温でした。
この季節は、緑も綺麗ですね。
写真は、浅間神社裏にある富士塚です。
新選組流山事件の際に、新政府軍は浅間裏に菊の紋の旗を押し立てたと記録されています。
5月は、総会シーズンでもあり、流山商工会館にも役員会や総会などで何度も足を運んでいますが、そのたびに近隣にある新選組流山本陣跡の状況も確認し、知人にも頼んでチェックしていただいておりました。
前回記事(5/21)で、新選組流山隊ののぼり旗が盗まれたということを告知し、2枚の写真を掲載しました。
今回の史跡巡り時には、21日18:15頃の状況とはまた変わっていたので、紹介します。
IMG_1811bsw当初は、4月6日以降は新選組流山隊の旗が手前にあったのですが、21日には、新選組流山隊の旗が無くなり、他団体の水色の旗が右手にありました。(前回記事参照)。
24日には、その水色の旗が中央に掲げられていました。
史跡巡りの参加者から、「なんでウサギなの?」と聞かれましたが、当隊では関与していない事情を説明しました。
「北総」と記載されている事に関しても、新選組流山隊や、地元ののぼり旗などでは「下総流山」としていることをお話ししました。
他者がどのような意図で活動しているかは当方には関係ない事ですが、新選組流山本陣跡の状況については、ありのままの事実を皆様にお伝えしますので、後は皆様がどのように判断されるかにお任せします。
当方では、ネット上で匿名での誹謗中傷を受けたり、のぼり旗にしても盗まれたのは2本や3本ではありませんが、他者の批判を繰り返す者を第三者の立場の方々がどう思うかにお任せするのみです。
こういったことに言及したのも久々ですが、またしばらくは触れることはないでしょう。つまらない派閥争いなどもあるようですが、我々は自分たちのすべきことを着実に進めることが肝要で、地道な活動を継続していく事で、答えもはっきりすると考えています。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
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arteiji at 23:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ▲史跡:流山(下総東葛) | ★行事:流山(下総東葛)

2017年05月22日

5月度例会で新史料を紹介。4

IMG_6505csw5月21日は、新選組流山隊の5月度例会でした。
今回は、初参加の隊士がたくさんいたため、今までの経緯や新選組流山隊のスタンスなどのお話しをあらためてお伝えしました。
今週も、流山巡察会の予約が入っており、日々の活動もなかなか研究に傾注するわけにも参りませんが、現在、裏付け調査を進めたい事柄が山積しています。
例会では、「幻の史料」と言われていた史料発見により、原本複製を全員に紹介し、解説しました。
細部の解読はこれからですが、昨年解読した未公開史料とともに、分析を進めることで、新たな史実の解明に繋がるものと期待しています。
また、今更の感もありますが、日野市の新選組関連史跡を網羅した一覧表と史跡地図を配布し、来月の案内依頼の予習を兼ねて、解説をおこないました。デジタルマップも流山周辺版に続き、会員限定で公開するので、これがあれば、流山市と日野市の史跡は、現在位置や道案内とともに、正しい解説情報を確認出来るので、個人でもどんどん巡れます。
IMG_1803bswそして、今回は初めて流山に来られた隊士もいたので、例会終了後に数名で新選組流山本陣跡などを巡りました。
最初の写真は4月6日、下の写真は昨日の撮影です。新選組流山隊ののぼり旗は、4月6日に掲示後、比較的長く掲げられていたのですが、遂に盗まれました。いつも新選組流山隊ののぼり旗だけが盗まれるため、今回はいつ無くなるか。私も二日おきくらいに確認していましたが、おそらく私が物理的にここに来られない時に無くなるでしょうと、関係者にも伝えていました。もったいないからやめておけばという意見もありましたが、予想通りの結果でした(笑)。
私が作成を担当している解説板についても、市に内容がおかしいとの苦情が匿名で寄せられたり、ネット上でも匿名での誹謗中傷的書き込みをしている方がいるようです。犯人についての情報も寄せられていますが、私には無駄な時間はありません。人を誹るような残念な人達にはいずれ天罰が下るとして、我々は、自分たちのすべきことを進めて行くのみです。
今週は、会社の決算処理と共に、商工会議所の会議などで多忙となるため、幕末活動は流山巡察会以外はお休みです。
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2017年05月19日

佐原を散策−千葉県ボランティアガイドの総会参加4

IMG_1598dsw5月18日は、佐原に行って来ました。
新選組流山隊は、流山初のボランティアガイド団体として千葉県に登録され、新選組団体として初めて日本観光振興協会にも登録されました。
その後、千葉県観光ボランティアガイド連絡協議会が設立され、総会や、「ベイ・東葛交流会」には毎回必ず参加しています。
総会は「ベイ・東葛」「北総」「南房総」の3地域で順番に実施、今回は「北総」の佐原で行われ、まずは午前中の総会に出席。いつものことですが、高齢者がほとんどで、出席者の中では、おそらく私が最年少かなと思います。中には、年1回の総会でしか会わない方もおり、新選組の印象が強いためか、私の名前を覚えていただけず「新選組さん」と呼ばれることもしばしばですが(笑)
IMG_1648csw午後は、佐原のガイドさんによる解説で案内をしていただきました。はじめに、伊能忠敬記念館を観覧。私は1年半ぶりでしたが、前回は流山市観光協会での訪問であり、ゆっくり観られなかった部分も今回はじっくり見学できました。続いて町並みを散策し、最後は酒造蔵へ。
途中で、学者としても著名な清宮秀堅の住居跡に立ち寄りましたが、新選組流山隊としては、「下総国・流山」の研究に不可欠な『下総旧事考』の作者として、敬うべき人物です。
そして、我々が江戸後期の政治・経済・文化・風俗・自然災害などを網羅した年表作りを進めるにあたり、まさに偉大な先人です。
江戸時代のベストセラーとなった『新撰年表』は日本で初めての、和・漢・欧の歴史年表です。『新撰組年表』ではないのであしからず(笑)
5月は総会シーズンで、私的には多忙です。
資料作りや運営事務を全面的に担当している流山商工会議所おおたかの森支部をはじめ、流山市観光協会や流山商工会議所の3つは、役員でもあるので、総会前に三役会や理事会などの役員会もあります。ほかにも、高齢者施設や保育園を運営する福祉法人、勤労者互助会などの各団体も、この時期に決算や予算を審議するので総会や会議が続き、そして本業である株式会社アーテックは、今月が決算報告になります。21日は新選組流山隊の5月度例会、参加してくれる隊士達のためにも、忙しい中でも心をなくさぬよう、一所懸命に動いていきます。ブログ村 幕末維新  ←応援クリックお願いします→ ブログランキング

arteiji at 13:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0) △史跡:関東 | ☆行事:関東

2017年05月16日

新選組演劇のご案内〜亀有にて4

170519MIBURO-1sw一部の方々にはすでにお渡ししていましたが、今年は、今週末そして7月中旬に新選組の演劇が上演されます。
7月の演劇については、主演の萬雅之さんの熱心な姿勢に感銘し、私も微力ながら応援させていただいております。こちらは後日あらためて記事にします。

今週末に上演されるのは、葛飾区亀有での新選組の演劇です。
先般、主催者のスタッフが私の事務所「新選組流山屯所」に来訪され、いろいろとお話しをさせていただきました。

主催者の方は、殺陣道場も開かれているそうで、殺陣シーンにも期待できるのではないでしょうか。
私は、小説やドラマなどの新選組創作物をほとんど読んだりみたりしていませんが、其の理由は、元々が新選組ファンで無かった事と、現在は創作物の影響を受けずに史実を探求したいとの思いからです。
170519MIBURO-2swただし、演劇については、タイムスリップによる過去と現代のクロスオーバー的な内容などをはじめ、あまり史実性を追求したものでない場合が多かったので、過去に何度か観劇もしくは出演をさせていただきました。
今回も、主催者の方とのご縁が出来ましたので、久しぶりの観劇をさせていただきたいと思います。
内容は、やはり「タイムスリップ物」のようですが、「明治期に絶滅したニホンオオカミを探すために入った山で遭難した兄と妹。離れ離れになった二人が再会したのは、なぜか幕末の京都だった。」(チラシより)

ご興味のある方は、ぜひ足を運んで下さい。

「幕末疾風伝 MIBURO〜壬生浪〜」

5月19日(金)19:00-
20日(土)13:00- 18:00-
21日(日)13:00-
入場料 5,000円(前売・当日とも)
会場 かめありリオホール
 亀有駅南口より徒歩1分

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arteiji at 13:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ☆行事:江戸(東京23区) 

2017年05月09日

浪士組上洛の関連史跡巡察-2〜近藤道場付近5

IMG_1436bsw藤勇の天然理心流道場は、一般には「試衛館」とされていますが、当時の史料には「試衛館」という記述はなく、子母澤寛による創作と推定されます。
北辰一刀流の「玄武館」が「千葉道場」、神道無念流の「練兵館」が「齋藤弥九郎道場」と記されているように、天然理心流の近藤勇の道場も、当時史料では「近藤道場」という記述が散見されます。
そしてその所在地は、当時史料には「甲羅屋敷」あるいは「市ヶ谷加賀屋敷」「市ヶ谷柳町」といった記述が有り、昭和後期には、「牛込柳町」「小日向柳町」「小石川柳町」等の記述で混乱し、一時は「現在の市ヶ谷甲良町である」と結論づけられました。
十数年前には、「試衛館跡」とする標柱が建てられ、現在も市ヶ谷柳町の稲荷の側に標柱が存在します。
ちなみにこの稲荷は、この一帯が町人地になる以前に甲羅氏の屋敷内にあったもので、「近藤道場の稲荷」ではなく、標柱がここにあるからといって、ここに道場があったということではありません。
IMG_1434ds2wでは、実際に天然理心流の「近藤道場」は、どこにあったのでしょうか?
4/23の江戸巡察会では、現地を歩いて確認しました。
切絵図では、このすぐそばに「近藤」という記載があり、これを試衛館の所在地、あるいは近藤勇の住居と誤解された方もいたそうです。
慶應4年初めに新選組隊士となった近藤芳助は、近藤勇の道場付近に住んでいたと証言していますが、当時の記述などでも、坂を上る右側に近藤姓の記述があります。
写真は、坂上から坂下方面を写したものです。
そして、この逆方向に歩いて数分のところに、近藤勇の住居跡があります。
この地で、剣術修行に励んだ、近藤勇・沖田総司・山南敬輔・長倉新八は、藤堂平助、原田左之助とともに、浪士組に参加をしました。
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arteiji at 09:35|PermalinkComments(1)TrackBack(0) △史跡:江戸(東京23区) | ◇研究:新選組全般