2016年07月23日

殺陣演武−新松戸まつり初日-15

DSC03427csw「第30回新松戸まつり」では、7月16日(土)と17日(日)の二日間、殺陣演武を行いました。
まずは、初日のドキュメントを少しだけ紹介します。

今年は、「氷処!新選組」の出店を行わないため、午前中に少しだけ練習ができるという利点があったが、朝は、起きると雨。
しかし、新松戸に着く頃には、ほとんど止み、横倉甚五郎@流山隊と連絡を取って、会場へ竹光などの荷駄を運んでもらう。

DSC03428cswYH@流山隊には、先に着替えてもらい、私は流誠号を指定の駐車場に移動。
ステージ裏にて、仮本陣を置き、全員着替えて、いよいよ練習。

いつものように、当日にシナリオを考えながら、撮影などを手伝ってくれる隊士たちも集合し、いよいよ本番。

土方歳三役の隊長@流山隊が、観客のみなさんに話をしていると、おきまりの乱入者が!
「おい! お前ら、なんだか楽しそうに集まってるじゃねえか!」
と、現れたのは、横倉甚五郎@流山隊演じる坂本龍馬の偽物「逆供流馬」。
DSC03429cswDSC03430csw「怪我をしないうちに帰りな」
という、土方の忠告を無視し、刀の鍔に手をかけたが、
その瞬間、土方は鉄扇で、流馬の刀の柄を叩き、左手で流馬を殴り倒した。

もんどり打って倒れる流馬。
「この野郎!やりやがったな」
起き上がって、再び刀を抜こうとする流馬。
土方は、流馬が抜こうとする刀の柄を押さえ、ねじり、突き倒した。
再び、もんどり打って地面に転がる流馬。
「ふざけやがって!」
起き上がりざまに刀を抜く流馬。
「どうしても、命を粗末にしたいなら、相手をしてやる」
土方は、ゆっくりと刀を抜いた。

流馬と土方の闘いが始まった。

<続く>
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arteiji at 19:35|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ★行事:流山(下総東葛) | ☆殺陣・行軍

2016年07月18日

第30回新松戸まつり−13年連続の参加5

Image_8525035csw7月16日(土)と17日(日)の二日間、「第30回新松戸まつり」に参加しました。
2004年以降、毎年の参加を続けてきているのは、慶応4年4月12日に土方歳三らが宿陣した「小金宿」に隣接する地区でのお祭りであることが一つの理由です。
昨年までは、「氷処!新選組」を出店し、「沖田総ダ」や「永コーラ新八」などのかき氷メニューを提供していたのですが、今年から出店はおこないません。
本当は10年という節目で出店をやめるつもりでしたが、ファンの方々の応援と、主催者側の格別のご配慮を賜り、昨年まで12年連続の出店を継続しました。
しかし、二日間朝〜夜10時まで、炎天下での舞台出演と出店ならびに搬出入、事前準備や事後処理などを考えると、いつまでも継続することは、隊士たちの負担や、自分自身の体力、そして、次のレベルでの活動を目指すためにも、どこかで「卒業」という判断が必要でした。
今回、干支が一巡りした12年連続出店を節目に、「卒業」しました。
ただし、舞台出演は従来通りの継続をしました。
二日にわたる「殺陣演武」の様子は、後日、記事にして紹介したいと思います。

新松戸まつりの会場で、昨年まで「新選組流山隊出張屯所」があった場所には、当然ながらほかの出店がありました。
ほかの隊士たちも感じていたようですが、いざ、無くなってみると、寂しい気持ちになりますね。
会場へやってきたファンの方から、「今年はかき氷が食べられないんですね」と言われ、なんとも言えない切ない気持ちになりました。
苦しいけれど、みんなで力を合わせて、築き上げてきた12年間の実績は、
炎天下での、ものすごく大変な、超ヘビーなイベントとして、我々の心の中に残る伝説になっていくのだと思います。
今まで、来訪いただいた多くの方々ならびに主催者の皆様、そして協力してくれた隊士や関係者のみんなに、あらためて感謝申し上げます。
ありがとうございました。
<当日のドキュメントなどは、後日掲載しますので、ご期待ください>
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arteiji at 09:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ★行事:流山(下総東葛) | ☆殺陣・行軍

2016年06月29日

第42回総司忌に参加。5

160619-3bsw今年も沖田総司の慰霊行事に参加してきました。
4月第二日曜に流山で開催する「勇忌」、5月の日野市での「歳三忌」とともに、大手俊幸氏が主宰する「新選組友の会」による慰霊行事です。
6月19日10時過ぎ、毎年のように山門前で集合し、まずは本堂で手を合わせましたが、今年は沖田家ご子孫の千恵子さん親子が、本堂で手を合わせた方々一人々々にお礼を述べられていたのが印象的でした。
毎年恒例の行事ですが、今年は6月19日、昨年よりも墓参者の数が少なかったように思われました。
沖田総司の墓碑は、老朽化が激しく、それがまた痛々しいので、若くして散った沖田総司への哀悼の想いを余計に煽っているようです。
昼食後は、タクシーで講演会場へ移動。
早めに会場へ着いたので、ロビーでしばし菊地明氏、伊藤哲也氏らと懇談することができました。
講演の講師は伊東成郎氏、いつもながらの楽しい話術で、古い雑誌等から見つけられた逸話などを紹介され、あっという間に時間が過ぎました。
その後、研究家や関係者の紹介があり、私もスピーチをさせていただきました。
そして、終了後は渋谷へ移動しての懇親会。
講演会などでは情報交換などがあまりできないので、この時間は貴重です。今回も思わぬ情報を聞くことができましたが、人数が思いのほか多かったので、あまり席を移動することはできず、お話しできずに終わった方もいて少々残念でした。
それにしても、毎年のように多くの方が参加されて、このような慰霊行事が継続されてきたことは、主催者のご苦労はもとより、それを支えるファンの想いがあってこそ。
そして私も、この活動を続ける限りは、沖田総司ら先人のおかげと感謝し、今後も慰霊行事には必ず参加をしていきたいと考えています。
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arteiji at 08:00|PermalinkComments(1)TrackBack(0) △史跡:江戸(東京23区) | ☆行事:江戸(東京23区)

2016年06月17日

新選組江戸屯所跡〜南町奉行所跡へ5

IMG_0561bsw今回の江戸巡察会は、江戸城と丸の内(大名小路)でしたが、史跡数が主なものだけでも50ヶ所以上あり、さらに時系列での屋敷主の変遷を考えれば300名もの大名などが登場するという、ボリュームのある地区でした。
50名以上を率いて、約8kmを4時間で歩き、専門家から初心者までに楽しんで頂ける解説を行うというのは、大変なことでした。

約3時間半、史跡めぐりも終盤を迎え、ようやく一安心して、馬場先門跡から大名小路へ戻りました。
「定火消御役屋敷跡」、因幡鳥取藩池田家「松平相模守上屋敷跡」、織田信長の子孫である天童藩「織田兵部少輔上屋敷跡」や、林大学頭や佐藤一斎を輩出した美濃岩村藩「松平能登守上屋敷跡」などを次々に紹介。

そして、現在の三菱東京UFJ銀行本店へ(写真)。
現代でも今から16年前(2000年)には、「三菱UFJ銀行」という名称は存在していませんでしたが、
同様に、この場所は幕末16年間で約10名が入れ替わった「若年寄役宅跡」です。
嘉永4年の「鳥居丹後守」をはじめ、慶応3年6月からは「秋月右京亮」にこの役宅が割り当てられました。
しかし、秋月右京亮は若年寄への再任を拒否し、遂にこの役宅には入居しませんでした。
なので、ここは「秋月右京亮の空屋敷」とされていました。
そこへ、慶応4年1月20日にこの屋敷を与えられて入居したのが、「大久保大和守」でした。
拙著『新選組流山顛末記』に記述したように、新選組の近藤勇は、同年2月25日に「大久保剛」と改名、この若年寄宅を与えられ、諸太夫成して「大和守」へと呼称が変わりました。伝承で「近藤勇が若年寄格に昇格した」とされる記述を「あり得ない」と批判する研究家もいるようですが、歴代の若年寄が入居した役宅に、近藤勇が入居すれば、一般に「若年寄格」とされても不思議ではないでしょう。

続いて、現在の「国際フォーラム」を通過していきますが、北側が土佐藩山内家「松平土佐守上屋敷跡」、南側が徳島藩蜂須賀家「松平阿波守」です。
最後の見学場所は、有楽町駅中央口の「南町奉行所跡」。
幕末直前には、66代奉行の「遠山左衛門之尉」、最後の95代「佐久間幡五郎(信義)」まで17名が任命されています。
解説を終えると、ちょうど16時。まさにピッタリでの終了で、きっとご満足頂けたことは、みなさんの表情で十分感じることができました。
懇親会でも楽しい交流をさせていただき、新たな出会いや情報交換など、私にとっても収穫の多い一日となりました。
「勝海舟の会」の瀬古会長、ご著書を頂戴しました時代作家のIさん、そのほか多くの皆様にあらためて御礼申し上げます。
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arteiji at 14:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) △史跡:江戸(東京23区) | ☆行事:江戸(東京23区)

2016年06月16日

丸の内巡察:史跡案内の難しい大名小路などを歩く。5

IMG_0560sw江戸城を巡った後、今回の後半は「丸の内」を巡りました。
切絵図では「大名小路」と表されています。
写真のような丸の内のオフィス街のビル総てが、元は大名屋敷や公儀(官庁)などでした。
現在も、「三井○○」「三菱○○」などが立ち並び、同じ三井や三菱でもどのような違いがあるのかが、一般の方にはわかりにくいですね。
同様に、当時の「松平○○守」をはじめ大名屋敷の呼称は、現代の我々にはわかりにくいものがあります。
切絵図に記載された名称が、幼名から「諸太夫成」して「○○守」になっても、実は同一人物だったり、逆に、「酒井雅楽頭」と同一の記載でも、祖父から曾孫まで5名が継承していたりと、毎年のように入れ替わったりするものですから、余計に混乱します。
今回は、これらを整理しての史跡案内をしましたので、久世大和守は、関宿藩主久世広周で、最初に老中だったときの屋敷は東京駅前のあそこ、二度目に老中となった際の屋敷は西丸下のここ、というふうに、ポイントを押さえて紹介しました。
とはいえ、あまりに複雑で、35ヶ所で延べ300人以上にも上るため、地図と時系列一覧表があっても、理解は困難です。
総勢50名もの大人数で歩き、ビルばかりの現状を見ても景観的には面白くないので、大名小路の解説はかなりの部分を省略しました。

ルートとしては、まずは14代大老などを輩出した姫路藩「酒井雅楽頭上屋敷跡」へ。邸内にあった「将門塚」に参詣。新徴組を預かった庄内藩「酒井左衛門尉上屋敷跡」。櫻田門外の変で逃亡した浪士の話などを織り交ぜながら熊本藩「細川越中守上屋敷跡」、「伝奏屋敷跡」「評定所跡」や「大手町歩兵屯所跡」など、大名小路の北側では10ヶ所を紹介。
なんとなく興味のある部分を知っていただければという感じで、詳細ではなく概要で紹介しました。

阿部伊勢守正弘をはじめ老中の役宅となった現在の「新丸の内ビル」からは、行幸通りへ出て、再び出発点である和田倉門交差点に戻ったのが、出発からちょうど3時間。
会津藩「松平肥後守上屋敷跡」をはじめ、「内桜田」あるいは「西丸下」とも呼ばれた役宅群へ。
途中で、対岸の「林大学頭居屋敷跡」や江戸城西丸などの解説も行いました。
ゴール地点までは、もう一息。ここまで来れば、予定時間での到着も見えてきて、ようやく一安心。
「馬場先門跡」前で、しばしトイレ休憩し、再び、大名小路へと戻ります。<続く>
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2016年06月15日

江戸城巡察:登城ルートを辿り北桔橋から外郭を大手壕へ。5

IMG_0558csw江戸城と丸の内を巡る江戸巡察会。
今回集合場所としたのは、和田倉門交差点脇の守衛所跡。
明治期に東京駅から坂下門へと続く「行幸通り」が開かれたため、新たに架けられた橋の袂に造られた守衛所は、当然明治期の史跡。
橋の南北に1対があり、三角屋根の下で9名ほどが座れるので、梅雨時の史跡めぐりの集合場所として、万一の雨天時を考慮して決定。
北側の守衛所跡前には、東京メトロの大手町駅出口D2がありますが、千代田線ホームからはかなり歩きます。なので、今回は千代田線の代々木方面行き最後尾に乗車し、二重橋駅から歩いてすぐの3番出口から地上へ出て、目の前に南側の守衛所がありました。
流山おおたかの森駅からTXで北千住へ13分、北千住から二重橋へ17分という速さで、江戸城前まで到着。
参加者の多さに驚きましたが、ご挨拶をさせていただき、いよいよ出発です。

まずは、「和田倉橋」へ。明治天皇が入城の際にも渡橋され、戦後復興とはいえ、当時の木橋の雰囲気を残し、ています。そして、「和田倉門」は、小さな高麗門をくぐり、枡形の左側に渡櫓がありましたが、いずれも失われており、枡形と石垣が当時を伝えるのみ。噴水公園を抜け日比谷通りを一旦南下し横断歩道を渡ると、「内桜田巽櫓」「桔梗門」「富士見櫓」が一直線に揃って見え、いずれも大正11年の関東大震災後に修復されたものとはいえ、当時を偲べる江戸城屈指のビューポイント。
そして、当時の登城ルートを再現するため、昭和42年に復元された「三之丸大手門」をくぐり、「大手三之門跡」から「中之門跡」、「中雀門跡」へと進む途中にも、「同心番所」「大番所」をはじめ、失われた櫓や多聞など、解説すべき場所が満載です。
本丸では、「果樹園」について紹介した後、「富士見櫓」(T14復元)を見学。今は御殿はなく大芝生広場となっていますが、「本丸表」の「大広間跡」から「白書院上段の間跡」、「松の廊下」の正確な位置について少しだけ紹介し、「黒書院上段の間跡」から「竹の廊下跡」を通り、「中奥」の「将軍御休息所跡」へ。
「大奥」の「御殿向跡」で集合写真を撮影した後は、「天守台」へ上り、「北桔橋門」から「外郭」に出ました。
本丸から外郭に出る唯一の出入り口なので、写真のように桔橋と高い石垣が築かれています。
ここまで本丸でのルートをざっと記しましたが、これを辿ることができる方は、江戸城通でしょう。
上記の史跡名称を並べても、解らないといった方がほとんどではないでしょうか。
そのために今回はみなさんをご案内していますが、かくいう私も数年前までは、江戸城に入ったことがなかったのですから(笑)。
日本人として、一度は訪れてみるべき場所です。

その後は、「平川濠」沿いに「竹橋門跡」へと歩き、ベンチで足休め。さらに「平川門」から「一橋邸」を眺めながら「大手濠」沿いに進み、今回の前半部である江戸城散策を終え、「酒井雅楽頭屋敷跡」へと入りました。<続く>
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arteiji at 07:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0) △史跡:江戸(東京23区) | ☆行事:江戸(東京23区)

2016年06月14日

江戸城と丸の内、40ヶ所以上を解説して巡る。5

IMG_0555csw6月12日は、江戸城と丸の内の史跡を案内させていただきました。
江戸城内については、今回は本丸や辰巳方面と内桜田を巡り、幕末のみならず江戸時代全般に関してご紹介。丸の内(大名小路)は、嘉永〜幕末までの変遷を対象に、解説を行いました。
前回と前々回の記事でもご紹介しましたが、たくさんある「切絵図」はもちろん、その他の資料も駆使しながら、時系列での変遷表を作成。現代と当時を重ねた独自の敷地地図も作成し、これらをもとに巡りました。
事前に公表した行程表では、22ヶ所の史跡を記載しましたが、実際には40ヶ所を超えました。(江戸城内など細かい史跡を除く)。
どの程度の解説を行い、理解していただき、そして、何より楽しんでいただけるか。
知識度には個人差があり、あまりマニアックな話もできませんが、安価なガイドブックレベルの解説や誰でも知っているような内容では、ガイドを依頼された意味がありません。
時節柄、暑さ対策に加えて、当初の天気予報は雨。
いつものことですが、事前にシナリオを作成しても意味が無いので、頭に入っている以外は詳細資料を持参し、細かい部分は、当日に参加者の皆様の反応を拝見しながら、時間配分や解説内容を考えていきます。

こうして迎えた当日。いつもながら、「天照大和守」効果で?雨は降らず、時折射す薄日と程よい風により、梅雨時にもかかわらず、比較的歩きやすい一日となりました。
しかし、集合場所には予想を超える50名以上の参加者が集まっており、多くの方々を率いて、延べ8kmを4時間で巡るのは、解説内容はもちろん、歩く速度や休憩の取り方にまで、非常に神経を使いました。
終わって見れば、予定時刻ピッタリに解散することができ、冷や汗ではなく、心地よい汗を流すことができました。
そして、参加者の皆様からは過分なお褒めのお言葉を頂戴し、懇親会では大変おいしい飲み物を堪能することができました。

大名小路の史跡案内は、東京都23区内でも、もっとも難しいエリアです。
今回の巡察会が契機となって、今まで蓄積してきた資料を基に、おそらくどこにもないレベルの地図と史跡の解説・一覧表を完成できました。
ご紹介できた内容は、全体の60%ほどでしたが、一部の方には詳細資料をお渡ししての事前予習会を実施するという、新たな試みも行いました。
これで今後は、「江戸城と丸の内(大名小路)」に関しても、今まで以上に自信を持って、解説案内をおこなえますが、ガイド本などの出版予定はいまのところ未定です(笑)。
当日の様子は、あらためてご紹介しますが、まずは、天照大神と、主催者ならびに参加者の皆様、そして事前調査などを共に行った新選組流山隊の隊士たちに、感謝申し上げます。
写真は、奇跡的にも、ほとんど観光客が写らなかった「江戸城本丸中奥・御休息所付近から望む天守台」です。
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arteiji at 17:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0) △史跡:江戸(東京23区) | ☆行事:江戸(東京23区)

2016年06月02日

ありそうで無い、切絵図で歩ける幕末史跡の本。

IMG_5606bsw「切絵図で歩く江戸」というようなタイトルの書籍を、書店などで見かけます。
昨今、歴史ブームが再燃し、テレビの歴史バラエティ番組でも、「江戸時代は実はこうだった」というような、史実を解説することが増えているようです。
しかし、その内容は、果たしてどうでしょうか?
江戸時代と一口に言っても、265年間もあり、その初めと終わりでは、大きく異なります。現代から265年前といったら、まさに徳川八代将軍吉宗が亡くなった頃ですね。
「切絵図で歩く江戸」と言っても、どの時代の切絵図を参照するのかで、同じ場所でも変化があります。
例えば、切絵図の版元の一つである「尾張屋」の切絵図でも、丸の内周辺(「内櫻田之圖」「大名小路繪圖」)は、現在確認されているだけでも、36種類があります。
同じ場所が、版によって8種類もの表記があり、これらをいつから変更となったのかを整理した地図を作成するのは容易なことではありません。
そのため、老中などの就任・退任日がすぐに分かるように、写真のような役職一覧表を事前に作成しています。

そして、切絵図の表記では、○○藩上屋敷といった表記はされていません。
「酒井雅楽頭」と表記されていても、嘉永6年以前の14代忠宝から慶応3年以降の17代忠惇まで、4名の変遷があります。
老中や若年寄は、就任すると役宅に転居しましたが、例えば、切絵図に記載されている「安藤対馬守」だけでは、よく分かりませんよね。
「磐城平藩5代藩主で安藤家10代当主の安藤対馬守信睦は、安政5年8月から115代若年寄を勤め、安政7年1月15日に131代老中に昇進、同年10月28日に信行と改名し、文久2年1月15日に坂下門外で襲撃され、3月26日に信正と改名、4月11日に罷免された。」という解説が必要です。

これらを網羅した地図と一覧表を作成するのは、かなりの労力が必要なので、今まで着手された方はいないのかもしれません。しかし、これらを理解した上で、あらためて現地を確認する、このような活動から、意外な史実が見えてくることもあるのです。
現地での史跡案内で紹介するのは困難ですが、6月5日の解説会(前回記事参照)では、それぞれの史跡の詳細を解説いたします。
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2016年06月01日

知っているようで知らない、江戸城と丸の内の史跡を解説。5

IMG_5553csw6月5日は、江戸城と丸の内付近の幕末史跡を解説します。
現在では、政治の中枢といえば霞ヶ関ですが、江戸時代はまさに江戸城と丸の内が、その中心でした。
そのため、この付近は時代と共に変遷を重ねているのですが、これらを網羅して正確に紹介している書籍や地図はほとんどありません。
一般的に「幕末」とは、ペリーの来航から明治政府樹立までの16年間とされますが、現代の東京においても16年間での変遷は、めざましいものがあります。
例えば、大きな変動でも、2003年の六本木ヒルズ開業、2007年のミッドタウン開業、2012年のスカイツリー開業、2015年の国立競技場解体、さらに2002年のUFJ銀行誕生による銀行改称、2010年の松坂屋と大丸の合併などデパートの改称、大江戸線やつくばエクスプレス、副都心線などの開業による新駅設置、ほかにも数え切れないほど、わずか16年での地図の修正が必要になります。
実は、幕末でも、わずか16年の間に大きな変遷がありました。
丸の内周辺は大名屋敷がたくさんありますが、そのなかでも、老中屋敷や若年寄の役宅などは、就任・退任のたびに主人が替わることになります。
そのため、丸の内周辺の切絵図は、何度も改訂版が発行されました。
総てが現存していないため、欠落部分を補い、この変遷を補填していくことで、時代の変遷を網羅した地図が出来上がります。
現在の丸ビルや新丸ビルなどが、幕末には誰の屋敷だったのか?
すぐに答えられる方は、なかなかいらっしゃらないでしょう。

そこで、これらを地図と一覧表で紹介しながら、解説を行います。
少人数での学習会ですので、完全予約制です。
6月5日(日)14:00-17:00 流山福祉会館にて。参加費無料(資料代1000円)。
参加希望の方は、前日までにご連絡ください。
連絡先→ 新選組流山隊へ。 または、新選組倶楽部公式サイト http://shinsengumi.jp を参照ください。
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2016年05月31日

旧幕府脱走陸軍の集結地5

IMG_0267csw慶応4年4月11日、いわゆる「江戸無血開城」の日に、土方歳三らは、現在の江戸川を越えて市川宿に入りました。
そして4月12日、国府台の総寧寺には旧幕府を脱走した陸軍歩兵隊などが集結し、日光へ向けて進軍を開始しました。
現在の里見公園一帯は、幕末には総寧寺の境内でしたが、古くは国府台城として、室町時代後期と戦国時代に、足利軍は里見軍とともにここで北条氏と戦い、敗戦したため、以降は北条氏の支配となりました。
現在、里見公園内には、「里見諸士群亡塚、里見諸将群霊墓、里見広次公廟」が建っていますが、文政12年建立の銘が刻まれています。
その理由は・・・、6月5日の公開例会で紹介しますが、江戸後期の年表を見ればきっと推察できるでしょう。

IMG_0269wcswそして、総寧寺は、「江戸名所図会」などにも描かれた名所でした。ここからは、江戸城も見えたそうです。江戸時代は高い建物が無く、眼も良かったでしょうから、天守閣が無くても、きっと見えたことでしょう。

幕末に結集した旧幕府軍の兵士達、土方歳三らも、里見の群霊墓に手を合わせ、江戸の町を遙かに眺めたのではないでしょうか。
ちなみに、沖田総司の遠戚にあたる人物が、里見と縁があります。
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arteiji at 19:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ▲史跡:流山(下総東葛) 

2016年05月27日

市川でのBG総会3

IMG_0289bsw5月20日は、国府台へ行ってきました。
午前中は、千葉商科大学にて開催された「千葉県ボランティアガイド連絡協議会」の総会に出席。
流山市からは、「新選組流山隊」と、「流山史跡ガイドの会」、「流山史跡探訪の会」の3団体すべてが参加し、千葉県内の方々と親交を深めました。
午後は、「市川ガイドの会」の案内で近隣史跡を巡りました。以前、同会の皆様が流山に来訪していただいた際は、私が新選組史跡などをご案内させていただいたこともあり、旧知の方々も多く、楽しく散策させていただきました。
なかでも、里見公園では、ちょうどバラが満開を迎えており、心がリフレッシュされました。
ここは、里見合戦の舞台ですが、幕末には「総寧寺」の境内であり、江戸を脱走した歩兵隊などが集結した場所です。
大鳥圭介や土方歳三などが、訪れた場所なので、私も時々、ファンの方々をご案内させていただいています。続きは次回紀事にて。
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arteiji at 20:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ▲史跡:流山(下総東葛) 

2016年05月08日

第41回歳三忌に参加5

image5月7日は、第41回歳三忌に参加して参りました。
早めに日野に赴き、まずは「井上源三郎資料館」に訪問。
井上正雄さんご家族にご挨拶し、館内を解説していただきました。
いつもながらアットホームな雰囲気がいいですね。
また、帰り際に、女性ファンの方に写真を撮影していただきました。ありがとうございました。

その後、石田寺で焼香後は、懇意にしているファンご夫婦と共に昼食。楽しい時間を過ごさせていただきました。

午後は、高幡不動尊信徒会館での講演会。講師の相川司氏のお話は、今回初めて拝聴しましたが、御著書でも伺えるように組織論に興味を惹かれました。
講演終了後は、新選組研究家諸氏の紹介があり、私も少しだけお話をさせていただきました。
また、今回は、沖田光の御子孫である沖田千恵子さんが初めて参加され、私も講演前にご挨拶かたがた亡き沖田整司氏の想い出話などをしばしお話させていただきました。

終了後は、佐藤彦五郎新選組資料館で佐藤忠さんほかにご挨拶し、早めに日野を後にし、近藤勇の墓参へ。
ここで予想外のラッキーな出来事がありました。
これについては、また後ほど・・・

最近、ブログ更新が滞っておりますが、研究調査や史跡踏査は精力的におこなっています。
ご心配をいただいた方々、恐縮しております。ありがとうございます。 
 


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arteiji at 18:42|PermalinkComments(3)TrackBack(0) ☆行事:関東 

2016年04月16日

新選組の講演会、開演前。

本日は、流山で新選組の講演です。
こののぼり旗の向こうが講演会場なので、文字が逆に見えています。
シンガーソングライターとしてライブを行うのと同じで、始まる前のバックヤードが好きです。
13時からと、15時からの二回講演。
あと若干名の当日参加が可能です。
ご希望の方は、前回記事をご覧ください。
さて、準備に戻ります。


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2016年04月13日

新選組記念展を開催中!5

IMG_5288流山では、新選組の記念展を開催中です!

「第13回流山新選組まつり」の一環としての記念展は、昨年、博物館で開催した際のパネルに、新たに4枚を追加。目玉として、昨秋の新発見史料を初公開しています。

隊長は、毎日常駐していますので、ぜひ、ご来館ください。

 
また、16日(土)は、展示解説&ミニ講演をおこないます。
この時間帯は、事前予約者のみの観覧となりますので、ご注意下さい。
4/13現在では、いずれの回も、まだ数名の申込みが可能です。
ご希望の方は、お早めにご連絡ください。

▲「新選組と流山展−近藤勇と土方歳三の離別までの90日間」

会場=杜のアトリエ黎明(平和台駅徒歩7分)

会期=4月19日(火)まで。9:00-17:00 月曜休館。16日午後は事前予約者のみ、入替制。

入館無料

 

▲展示解説&ミニ講演

同会場にて、4月16日(土)

第1回 13:00-14:30

第2回 15:00-16:30

参加費500円 事前予約制・先着20


詳しくは、「新選組倶楽部公式サイト」 http://shinsengumi.jp もご覧ください。 

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arteiji at 22:53|PermalinkComments(2)TrackBack(0) ★行事:流山(下総東葛) | ◆研究:流山・下総

2016年04月09日

流山巡察会、参加受付中。

いよいよ、第13回流山新選組まつり・勇忌が開催となります。 image
また、4月8日から、記念展「新選組と流山展 近藤勇と土方歳三の離別までの90日間」を開催中、私は、本日も会場にて待機しております。
明日の午前中は、流山巡察会を実施、関連史跡を巡り、初公開史料の解説などを行います。
まだ、参加予約を受け付けていますので、ご希望の方は、電話かメールでご連絡ください。
詳しくは、公式サイト http://shinsengmi.jp
もしくは、前回記事をご覧ください


arteiji at 12:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0) ★行事:流山(下総東葛) | ☆殺陣・行軍