2018年10月09日

奈良巡察-2 東大寺3

IMG_3732csw8月24日の午後は、法隆寺と平城宮を訪れたのち、東大寺に参詣しました。

16:00 東大寺に到着。ここは中学時代の修学旅行で訪れて以来。当時の記憶もあいまいで、柱の穴をくぐり抜けたことは覚えているものの、ほかは現地を歩いていても、あまり覚えていない。
IMG_0661cswただ、観光客の多い事に辟易しながら、その中でも外国人が実に多いと感じた。当時はここで外国人を見た時に、あっ、外国人だと、遠くから見ていた事を思いだした。
IMG_0653cswそして、境内にはたくさんの鹿が放し飼いになっていたが、昔はこんなにいなかった様な気がする。
餌で釣りながら、写真を撮っているのは、日本人よりもアジア系外国人。
たくさんの人とたくさんの鹿で、本堂へ歩いて行くのも遮られる。
どうしても、今朝から巡ってきた神聖な境内と比較してしまう。
南大門、金剛力士像、大仏様と、その大きさには圧倒されるが、これが日本の目指す観光産業なんだなぁと感じた。
IMG_3724csw大仏様の後ろ側に回ると、例の柱があった。
取り囲む人は意外と少なかったので、私も・・・
無事にくぐり抜ける事が出来た。
17:00 東大寺を後にして、京都に向かう。
明日の収録の打合せの時間が20時と決まっているので、その前にホテルにチェックインをしなくてはならない。
高速道路を一路、京都に向かった。<続く>
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arteiji at 14:30|PermalinkComments(0) △史跡:京都・畿内 

2018年10月08日

奈良巡察-1 法隆寺と平城宮4

IMG_0651bsw8月24日の午後は、法隆寺を訪れました。

12:50 斑鳩に到着。6年振りの法隆寺。前回は新選組史跡の訪問のついでに立ち寄ったので、あまりゆっくり出来なかったが、今回は約1時間半を掛けて、西伽藍から夢殿、宝物殿などをしっかり見学できた。
五重塔、金堂などはもちろん宝物殿の所蔵品まで、国宝や重文が数多く、見応えがあった。
台風の影響で雲が流れるように移動していくが、風はあまり激しくなく、酷暑の高気温に対して、もう少し吹いて欲しいくらいだった。
世界遺産の史跡にしては、交通の便があまり良くないためか、観光客も少なめで、ゆったりと落ち着いて境内を巡る事ができて、神聖な雰囲気を堪能した。
IMG_3663csw14:20 法隆寺を後にして、土産を購入し、お決まりのソフトクリームを食べてから出発。のんびりとした情景の斑鳩の里を、法起寺の三重塔などを見ながら進む。
15:20 平城宮に到着。今回は時間が無いため、車窓から眺め、周囲を流誠号で走行し、その広大さを実感した。
まだ整備事業には何年も掛かるようで、そのうちあらためて訪問したいと思う。<続く>
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arteiji at 15:27|PermalinkComments(0) △史跡:京都・畿内 

2018年09月18日

飛鳥巡察-3 飛鳥寺4

IMG_0634bsw8月24日、談山神社への参詣後に、飛鳥寺を訪れました。

10:40 飛鳥に到着。ここは6年振り。前回は新選組の史跡を巡るのが主目的で、時間的制約から参詣できなかったので、今回が初めて。
「乙巳の変」の相談は多武峰で、蘇我入鹿の暗殺現場はこの飛鳥寺への道中にある飛鳥板蓋宮で、そして蘇我入鹿の首塚がこの飛鳥寺の至近にある。
その距離感を感じながら、飛鳥寺に着いた。

IMG_3617bsw飛鳥寺は、蘇我馬子の発願で推古天皇4年(596)に創建された。
日本最初の寺院とされている。これには諸説有るが、本格的寺院としては最古と思われる。
創建当時は、塔を中心に東西と北側に金堂が建ち、その外側に回廊を巡らせている大寺院だったという。
古くは法興寺といい、現在は安居院というのが正式名称。

IMG_3599csw通称「飛鳥大仏」の釈迦如来坐像も、日本で造られた最古の仏像とされる。※伝来の仏像では信州善光寺の本尊が最古ともいう。
ほかに観光客がほとんどいなかったので、お話しを伺うことが出来て、撮影もぜひどうぞと薦めていただいたので、大仏様のお写真も数枚納めた。
今まで各地で多くの寺社仏閣を巡っているが、日本最古といわれる時代の流れを感じながら、その時々の時代を考えた。
繁栄を極めた飛鳥時代ののち、荒廃していた室町時代は人々からも忘れ去られていたのだろう。再建された江戸時代後期、そして幕末の人々にとって、この寺の知名度はどのくらいだったのだろうか。そして、現代において。
法隆寺や東大寺を知らない人はいないだろうが、飛鳥寺を訪れたことがある人は少ないと思う。
そんなことを考えながら、飛鳥寺を後にして、斑鳩へと向かった。<続く>
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arteiji at 08:00|PermalinkComments(0) △史跡:京都・畿内 

2018年09月17日

飛鳥巡察-2 談山神社5

IMG_3561csw8月24日に初めて参詣した談山神社は、まさに聖域を感じる空間でした。
以下は前回記事の続きです。

境内の重要文化財を巡った後、これもまた重文の拝殿へ。左右に建つ西宝庫と東宝庫も重文だ。
楼門(重文)を潜ると本殿(重文)が見える。
まずは拝殿の中へ。
IMG_3547csw誰もいない空間は、まるで自分が招かれた主賓のような錯覚を生じさせる。
本殿に手を合わせて、拝殿の展示物を観覧する。
『多武峰縁起絵巻』の模写作品は、大化の改新に繋がる「乙巳の変」などを描いたもので、蘇我入鹿暗殺の場面は有名。
明治維新150年記念ということで、天忠組(天誅組)の関係の展示も興味深かった。
IMG_0614bsw
IMG_0603bsw
この談山神社は、元は妙楽寺という寺院で、明治の廃仏毀釈により、神社となっている。そのため、建造物が神仏習合のまま残っている。
10:25 夏空の青と木々の緑が鮮やかで、もっとゆっくりしたいところでしたが、この後の予定もあり、談山神社を後にした。

10:40 流誠号で山を下り、蘇我馬子が埋葬されていたとされる「石舞台古墳」を見た後、飛鳥寺を参詣した。<続く>
 
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arteiji at 12:11|PermalinkComments(0) △史跡:京都・畿内 

2018年09月11日

飛鳥巡察-1多武峰5

IMG_4466csw
8月24日は、吉野の金峯山寺〜吉野神宮に参詣した後、以前から一度行ってみたかった談山神社に詣
でました。以下、巡察を報告します。
IMG_3597csw 8:45 金峯山寺を後にして、登ってきた山道を戻り、ひと山越えるといった感じで何も無い山道を過ぎ、再び山中の峠道を登る。ここも台風の後で道路上に木々が散らばっている。
 
 9:25 談山神社に到着。ここもほかに観光客は誰もいない。聖域といった雰囲気に包まれていた。
 
蹴鞠の庭から山麓の「十三重塔」(写真1)を望む。日本で唯一残る十三重塔を見てみたいと思っていた。
左に見える「総社拝殿」(写真2)は、日本最古の「総社」とされる。正面の「権殿」(写真3)も、右に見える「神廊拝殿」(写真4)も素晴らしい。これらを含め、境内には15棟もの重要文化財が建ち並ぶ。 
 ここは「多武峰」(とうのみね)という地域で、「乙巳の変」の縁の地。いわゆる「大化の改新」の際に、中大兄皇子と中臣鎌足が密議をした場所であったことから「談山」と呼ばれるようになったという。
IMG_4461cswIMG_4459bsw
 しばし境内を散策した後、拝殿の中に入れるとのことで、拝観をさせていただいた。<続く>
 
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arteiji at 09:57|PermalinkComments(0) △史跡:京都・畿内 

2018年09月02日

吉野巡察-2 吉野神宮5

IMG_3511bsw 8月24日朝、吉野の金峯山寺に詣でた後は、山を少し下って吉野神宮を訪問しました。以下、紹介します。
 8:25 台風の影響はすでに和らぎ、雲は速く流れているものの風は穏やか。時折晴れ間が広がり、気温も上がり始めたようだ。
 参詣のため本殿に向かうと、時間が早かったこともあり、禰宜さんが私服で作業をされていた。「どこから来られたのですか?」と問われたので、「千葉の流山からです」と答えた。
IMG_3512csw この後、談山神社へ行き、飛鳥〜斑鳩・法隆寺〜平城京跡〜奈良・東大寺を巡り、夕方には京都のホテルにチェックインして、20時半には二条城近くで番組収録の打合せがある。過密な日程のため時間も無く、禰宜さんも作業中だったので、長話はせずに神前に詣でて本殿を後にした。
IMG_4454csw 吉野神宮は、明治25年の創建だが、後醍醐天皇を祀る神宮。吉野山の吉水神社から像が遷座されている。境内は2万7千坪ということで、とにかく広い。流誠号を駐車場に停めたため、拝殿近くから入ってしまったので、摂社にも詣でてから神門を潜り大鳥居へと足を進めたとき、禰宜さんが着替えて追いかけて来られて、ありがたいことに人数分の落雁を頂戴した。後から、時間が無いとはいえ、御札を授かってくれば良かったと少し後悔した。次に吉野を訪れる機会には、天忠組(天誅組)関連の史跡巡察とともに、必ず御礼参りをしたいと思う。
 最近は人気の観光スポットへ行くと、多くの観光客がいて、マナーの悪い行動に辟易とすることも増えたが、ここでもまた朝早かったため、観光客は皆無。禰宜さんの親切なおもてなしとともに聖域でパワーをたくさん頂戴して、今回の巡察は、実に気持ちの良いスタートを切ることが出来た。
8:50 吉野神宮を後にして、談山神社へ向かった。
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arteiji at 19:10|PermalinkComments(0) △史跡:京都・畿内 | 幕末全般

2018年09月01日

吉野巡察-1 金峯山寺5

180824-0738ycsw 今夏は、遠方に行く予定は無かったのですが、ある番組の収録を京都でおこなうことになり、2泊3日の予定で出掛けてきましたので、少しずつ紹介していきます。
 今年は台風の当たり年のようで、この週2つ目となる台風20号が8/23の夜21時頃に徳島県に上陸、そんな状況で、この夜23時半に流山を流誠号で出発。
 帰省からのUターンが終わり、台風が迫っている中で、行楽に出掛ける車は少なく、あっという間に都内を抜けて御殿場へ。しかし、台風の影響で東名高速道路が通行止め、新東名高速を進むも、まもなく暴風雨となりました。フロントがラスには雨が激しく吹き付けたが、これを想定して事前に撥水処理を施しておいたので、ワイパーを使用せずに雨は流れていく。
 IMG_3488csw浜松SAでの休憩時には雨は止んだが、その後再び雨。岡を過ぎてようやく雨が止むも、ハンドルをしっかり握っていないと車が振られるような強風は続く。 伊勢湾岸自動車道も名港トリトンが通行止めのため、名古屋へ迂回。
 朝7時、無事に吉野に到着、濁流で溢れんばかりの吉野川を桜橋で渡河し、台風の爪痕が残る山道を登っていく。黒門を潜り、鳥居を過ぎると金峯山寺。黒門と鳥居の組み合わせが、神仏習合の入山修行の場を現代に伝える。東大寺大仏殿に次ぐ木造巨大建築の蔵王堂、見る者を圧倒する金剛力士像を配した山門はいずれも国宝。
IMG_3479csw ここを訪れたのは6年振り。前回同様に早朝のため、ほかに観光客が皆無で、聖域を体感した。
 吉野山は桜の名所で、豊臣秀吉も花見に訪れた。古くは源義経が静御前との最後の時を過ごした場所といわれ、後醍醐天皇が南朝を置いた場所。
 今回は行けなかったが、幕末には天忠組(天誅組)がこの近くで終焉を迎え、吉村寅太郎の墓もある。いつか墓参をしたいと思います。
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arteiji at 23:58|PermalinkComments(0) △史跡:京都・畿内 | 幕末全般

2018年08月30日

小千葉道場と龍馬の剣術修行4

IMG_7684bsw お盆の最中の8/15は、ある要件のため都心に出掛け、その後に散策をしました。少し歩いただけで汗が流れ出るような暑さでした。
 写真は、「小千葉道場」と呼ばれた桶町の千葉定吉道場跡です。
 千葉周作の弟の定吉は、自身も道場を創設し、嘉永6年(1853)12月改正の絵図では新材木町にあった道場ですが、翌年正月改正の絵図では桶町一丁目に記載され、移転していたようです。
 土佐の坂本龍馬は、嘉永6年3月〜翌年6月まで剣術修行のための出府をして、安政3年(1856)9月にも再出府、1年間の予定を延長して2年間滞在しました。その結果、安政5年1月には「北辰一刀流長刀兵法目録」を授与されました。
 龍馬が剣術の達人で「北辰一刀流免許皆伝者」という表記をよく見かけますが、実際には長刀の目録だったことが判明しています。
 2015年の10月以降は、「龍馬が北辰一刀流の免許皆伝者」といわれてきたことが事実だったという説が広がっていますが、これは、龍馬を英雄視したい気持ちからの勇み足の報道が原因と思います。
 新たに発見された資料からは、−「北辰一刀流兵法皆伝」「北辰一刀流兵法箇条目録」「北辰一刀流長刀兵法皆伝」が明治43年後期に北海道で開催された「坂本龍馬遺品展」に出品されたようだが、大正2年の釧路大火で焼失した−とする内容が読み取れます。
 しかし、通常は10年近くは掛かる皆伝までの修行を、2年半ほどの修行で為し得ることはほぼ不可能で、他に例を見ません。安政5年1月に長刀兵法目録を授与した龍馬は同年9月には帰国しており、いつすべての皆伝を受けたのか?という疑問があります。そしてこの目録を出したとされる千葉周作は、安政2年に死去しています。もっともこれは連名を誤解したともとれますが。
 それぞれの皆伝は現存しないので詳細を検証することは出来ませんが、龍馬が免許皆伝だったと示す書簡などの当時史料も皆無です。おそらくは、明治期に龍馬の事蹟を意図的に過大評価したりした中での、贋作なのではないかと推測されます。
 ちなみに清河八郎の場合は、通常は3年かかるという「北辰一刀流兵法箇条目録」を入門からわずか1年で修得しましたが、「北辰一刀流兵法免許」(現存)を修得するのには9年を要しています。
 幕末で人気があるのは、新選組、坂本龍馬、続いて西郷隆盛といったところでしょうが、後世の過大評価と史実を見極めていくことが、本当の歴史を知るために必要なことでしょう。
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arteiji at 12:15|PermalinkComments(0) △史跡:江戸(東京23区) | 幕末全般

2018年08月29日

西郷・勝会談の再現?5

IMG_0198csw2 今年は明治維新150年、そして大河ドラマの効果もあり、西郷隆盛にスポットライトが当たっていますね。そして西郷といえば、幕末では「薩長盟約」(薩長連合)と「江戸無血開城会談」が有名です。
 前者は、西郷が仲が悪かった長州の桂小五郎と、坂本龍馬の仲介で軍事同盟を結んだとされ、後者は、敵対していた徳川家臣の勝海舟と二人きりの会談で、江戸を戦禍から救った無血開城が実現したとされています。もっともこれは一般に知られている通説ですが。
 少し前になりますが−7月下旬、有楽町国際フォーラム内にて、ある会合がありました。ここは松下一族にも縁のある土佐藩邸跡ですが、すぐ隣りには新選組の江戸屯所跡があり、私にとっても出版記念祝賀会を催していただいた場所です。
 実はある番組の企画があり、出演をしていただくために勝海舟玄孫の高山みな子さんと、西郷隆盛本家直系五代目の西郷隆太郎さんにお越し頂きました。これは江戸無血開城会談の再現のような場? 私は坂本龍馬のように仲介に入っている? そんな感覚を受けながら、新選組流山隊2名と番組スタッフ2名とともに、約3時間の貴重なひとときを過ごしました。そして、西郷さん、私、高山さんと、順次収録をおこなうことになりました。続報はあらためて。ブログ村 幕末維新  ←応援クリックお願いします→ ブログランキング


arteiji at 21:20|PermalinkComments(0) ☆行事:江戸(東京23区) | △史跡:江戸(東京23区)

2018年08月28日

20周年に向けての活動が始まっています4

IMG_4641csw 今年の夏は、例年以上の暑さとなり、気温35度を超える猛暑日が続きましたね。私は毎年、初春から幕末関連行事の運営や参加が続き、炎天下での殺陣演武をおこなう「新松戸まつり」への出演を終えると、行事や過密日程も一段落するといったパターンが恒例です。
 今年は「戊辰戦争150年記念・新選組流山隊15周年記念」という特別な年であり、本業でも新たな事業に着手しているため、ブログの更新も滞りがちですが、それぞれの実活動は目先にとらわれず、ほぼ順調に進んでいます。
 7/7で新選組流山隊は15周年となり、新松戸まつりを終えて夏の行事も無事に終えました。20周年に向けての活動を応援してくれるかのような雲が、その直後の活動で現れました。研究も交流も、新選組とはもちろん幕末史という枠を超えて、広がっている感じがします。広い視野での活動から、本当の歴史も見えてきます。本業や個人的な活動も含めて、活動が広がっている分、過密スケジュールは当分続きそうですが、暑さには閉口しながらもどこに行っても不思議と雨が止むという「天照大和守」のパワーは健在です(^o^)
 幕末史関連の様々な活動についての報告やお礼も、若干遅れてはおりますが、ブログでも一部分は紹介していきたいと思います。そして、新たな情報や裏話などの詳細は、新選組流山隊の月例会で紹介します。9月度例会は9月16日(日)です。隊士(会員)以外の方でもご興味のある方は、コメント欄(非公開)または、公式サイト「新選組倶楽部」(新選組.jp)(shinsengumi.jp)のへご連絡ください。
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arteiji at 11:32|PermalinkComments(0) ☆行事:江戸(東京23区) 

2018年07月19日

海舟・西郷の行事の報告その35

IMG_4644dsw27月16日は連日の猛暑日となりましたが、前回と前々回記事で紹介したように、午前は吾妻橋で、午後は赤坂での、いずれも勝海舟の行事で、西郷隆盛直系四代目と五代目のお話しを拝聴しました。
それにしても西郷隆盛五代目は体格もご立派で、隣に立つと私などは実に貧弱に見えてしまいます(-_-;)
実際に西郷隆盛も約180cmだったと言われますが、近藤勇(約160cm)や、つぶし髷ひとつ大きかったという土方歳三(約165cm)が並んだらこんな感じだったのでしょう。
江戸時代の男性平均身長だった勝海舟(約156cm)の場合はもっと小さかったので、無血開城の両雄はまさに凸凹コンビでした。
歳三が高身長だったとしたい方が多いようですが、気持ちはわかります(^^;)

午後の行事の閉会後は、懇親会にも参加し、私も少しだけお話しを・・・というか3度も登場させていただき、今後の史料提供や史跡案内などのお約束をさせられ?ました(笑)
実は、この会の前会長さんとは創設準備段階でお目に掛かり、4年半の間に何度も参加や史跡案内役の機会を頂戴していたので、多くの会員の皆様と懇意にさせていただいております。
しかし、勝海舟と新選組の関係を誤解されている一般の方々も多い状況を憚って、あえて入会はしていませんでした。
毎回のことながら温かいおもてなしに感謝をしていますので、お約束通りに今まで以上の協力をしていく所存です。
さて、これで夏の行事はとりあえず一段落。
次は、8月5日(日)の新選組流山隊8月度例会。
暑いので剣術指南会は軽めにして、内容の充実した学習会を行います。
もっとも前回も、沖田総司の詳細家系図だけでもかなり濃い内容でしたが・・・(笑)
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arteiji at 11:30|PermalinkComments(0) ☆行事:江戸(東京23区) 

2018年07月18日

西郷隆盛直系ご子孫の講演を拝聴5

DSC00356csw16日の海の日は、勝海舟のイベントに参加しました。
前回記事で紹介したように、午前中は「勝海舟顕彰会」による「勝海舟フォーラム」に参加、昼食後に赤坂サカス内の会場に移動して、「勝海舟の会」による「海の日イベント」に参加しました。
午後のイベントでは、最初にMZ@流山隊による薩摩琵琶の解説と「城山」の演奏です。
彼女は「勝海舟の会」の会員であると同時に新選組流山隊の隊士でもあります。
薩摩琵琶については、いずれ新選組流山隊の企画でも、紹介する機会を作りたいと考えています。
続いて、西郷隆盛本家五代目の西郷隆太郎さんの講演。急きょ四代目ご夫妻も参加され、午前に引き続き、貴重なお話しを拝聴できました。
隆太郎さんは、今年初めにプライベートで会食した際に、私なりに感じるものがありました。今春に流山にお越しいただいた際にはあまり時間もなかったので残念でしたが、もっと踏み込んだ話をする機会を作れたら・・・と思っています。
閉会後の懇親会にも参加をさせていただいたのですが、これはまた次回記事にて。
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2018年07月17日

勝海舟フォーラムに参加5

IMG_7641csw2猛暑が続く中、墨田区吾妻橋と港区赤坂で行われたイベントに参加しました。
浅草から吾妻橋を渡って、勝海舟像の下で、本日の主役・勝海舟の玄孫の高山みな子さんと3ヶ月ぶりにお会いしご挨拶。
九州から前日戻ったばかりの山崎烝@流山隊と合流しました。
駅から数分歩いただけで、汗ばむほどの暑さ。
前日は炎天下での殺陣演武をおこない、私も満身創痍ですが、隊士にはゆっくりと休んでいただくため、本日は3名での参加です。
本日のゲストである西郷隆盛本家四代目当主の西郷吉太郎ご夫妻にご挨拶、五代目の西郷隆太郎さんご夫妻も、先日流山でお会いして以来3ヶ月ぶりでした。
勝海舟顕彰会の広沢会長とご子孫ら関係者が銅像に献花をおこない、私も献花をさせていただきました。
DSC00325pcsw続いてホールに入り、高山さんの講演、西郷吉太郎さんとのパネルディスカッションを拝聴しましたが、いつもながら小気味よいテンポの高山さんのリードと、ご子孫ならでは貴重なエピソードなど、有意義な時間となりました。
新選組行事では無いので、約500名の聴衆の中に、新選組関係者や研究者はほとんど見かけませんでしたが、佐藤彦五郎新選組資料館館長の佐藤福子さんが参加されていて、昼食を共にしました。
そして佐藤さんを午後の部にお誘いして、4名で赤坂へ移動。
続きは次回記事にて・・・
ちなみに、墨田区は勝海舟の生誕の地。私も実は墨田区に生誕の地があります。
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arteiji at 15:04|PermalinkComments(0) ☆行事:江戸(東京23区) 

2018年07月15日

気温37℃−炎天下での殺陣演武−新松戸まつりの速報5

IMG_3133csw今年も「新松戸まつり」に参加、殺陣演武をおこないました。
流山で近藤勇と土方歳三が永遠の離別をしてから一週間後、土方歳三は島田魁らとともに小金宿を訪れました。そんな縁の地のすぐそばである新松戸での行事に、新選組流山隊は15年連続での参加となりました。
羽織がなければ新選組と判らないこともあって、例年暑い中でも、和装の羽織袴に陣羽織まで着用しての殺陣演武をおこなっていますが、今年は特に猛暑で気温も37℃だったとのこと。この苛酷な状況の中では、出演前からすでに汗だくでしたが、全員熱中症になることも無く無事に終えることが出来ました。
4月の行事での出演者3名を欠いての演武は、新人隊士たちの予想外(失礼!)の活躍もあって、新たなシナリオも交えて、この先も楽しみだなという感触を得ることが出来ました。
詳細は、また折々の記事として、とりあえず明日も都内での行事に参加するため、今夜は火照った身体を休めます。
毎回のことながら、暑い中での関係者の皆様との交流ならびに応援いただいたファンの皆様、そして出演やお手伝い、さらには参加出来なくとも応援メールなどをいただいた新選組流山隊の隊士の皆様、すべての方々のおかげで、楽しい一日となりました。心より感謝申し上げます。ありがとうございました。ブログ村 幕末維新  ←応援クリックお願いします→ ブログランキング

arteiji at 22:50|PermalinkComments(0) ☆殺陣・行軍 | ★行事:流山(下総東葛)

2018年07月12日

第32回新松戸まつりに参加します。5

170716-251bsw今年も毎年恒例の「新松戸まつり」が開催されます。
新選組流山隊も15年連続での参加を行い、15日に殺陣演武を行います。
炎天下の屋外で隊士装束での演武は非常に大変ですが、今年は新たなキャラ誕生?も含めて、少し内容が変わったシナリオとなります。
当日は、飲食を中心にテントブースも多く出店されます。
新選組流山隊も今までは「氷処!新選組」などの出店をしていましたが、負担も大きいので、一昨年より、殺陣演武のみとしています。
会場は、新松戸駅より徒歩10分程度ですが、当日は大変多くの方々が集まりますので、歩くのにかなり時間を要します。観覧をされる方は、徒歩20分ほどの余裕を見て、お早めに会場へお越し下さい。
7月15日(日)12:30-13:00頃に出演。会場:新松戸中央公園 ※下記地図を参照
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arteiji at 19:00|PermalinkComments(0) ☆殺陣・行軍 | ★行事:流山(下総東葛)