2009年06月08日

没後20年 ナラ・レオンの思い出

nara.jpg昨日(6月7日)は、ナラ・レオン(1942〜1989)の没後20回目の命日だった。

初めてブラジルに行った1985年4月、来日公演を控えたナラ・レオンのマンション(コパカバーナと地続きのレーミ海岸沿い)を訪れた。

リヴィングの窓ごしに涼しげな海風がそよぎ、フカフカのソファに座って冷えたビールを飲む真横でホベルト・メネスカルとマウリシオ・カヒーリョ(共にナラと一緒に来日)がギターを弾いているという、まさに絵に書いたような、今となっては宝箱の奥にしまっておきたい、夢のようなひとときを過ごさせてもらった。

ふと、ナラが言った。「日本のコンサートでお客さんと一緒に歌いたい曲があります」。

その曲はボサノヴァのスタンダード・ナンバーではなく、1975年のアルバム『Meu Primeiro Amor(私の初恋)』(今月17日に紙ジャケ/SHM-CDで再発)で録音した「Andorinha Preta(黒いツバメ)」。

「さあ、練習しましょう」と言われて渡された手書きの歌詞カードを見ながら、メネスカルとマウリシオが弾くギターに乗って、ナラのガイドで "歌の練習" が始まった。当時の僕はこの曲を聴いたことがなく、ポルトガル語も全く話せなかったので悪戦苦闘、同席した友人たち(日本人と日系ブラジル人)よりもずっと覚えが悪かったが、これも振り返れば "お宝もの" の体験で、24年を経た今もくっきりと記憶に残っている。

そんな思い出はさておき、没後20年を機に "ボサノヴァのミューズ" だけではないナラ・レオンの多彩なレパートリー、波乱に満ちた47年の生涯を一人でも多くの人に知ってもらうべく、J-WAVE「NOEVIR SAUDE! SAUDADE...」で命日の7日から3週連続のシリーズ「ナラ・レオン物語」を放送中。14日は70年代の、21日は80年代のナラ・レオンをクローズアップします。

artenia at 21:12│Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!音楽:ブラジル 

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