3月に入って、一気に雨の日が増えてきた。ひと雨ごとに春が近づく日本の3月。昨日から今日にかけて、まさにそんなことを感じさせられる。
一方、ブラジルでの3月の雨は、長〜い夏が終わって秋が近づく知らせ。そんな季節の移ろいを詩情豊かに描いた不朽の名曲が、アントニオ・カルロス・ジョビンが作詞作曲した「Aguas de Marco」だ。
先日、雨模様の景色を眺めながら、ジョビンがこの曲を発表してから今年で40周年を迎えることに気づき、ツイッターとフェイスブックにチラッと書いたらビックリするほどの反響があった。
そこで、このブログでは久々のマトモな音楽コラム、テーマはもちろん「Aguas de Marco」。
最初に、曲の邦題について。直訳すると「3月の水」(の複数形)で、このタイトルも浸透している。英語ヴァージョンのタイトルも「Waters of March」だが、"雨(chuva)" が歌詞のキーワードになっているので、ここでは「3月の雨」としておく。
「Aguas de Marco」のオリジナル・ヴァージョンは1972年、通常のレコードではなく "Disco de Bolso(ヂスコ・ヂ・ボルソ=ポケットのレコード)" という体裁で発売された。

★Disco de Bolso - O Tom de Antonio Carlos Jobim e o Tal de Joao Bosco
なかなかにビミョーな、と言うか実にブラジルらしい発想のカヴァー写真だが、10インチ盤と同じサイズの薄い冊子状で、中にEPサイズのシングル盤が入っている。おそらくレコード店ではなく、街角のバンカ(新聞や雑誌のスタンド)で売られたものだろう。
シングル盤のA面が、ジョビンの「Aguas de Marco」。B面が、ジョアン・ボスコの処女録音となる「Agnus Sei」(ジョアン・ボスコ、アルヂール・ブランキ作)。
「Aguas de Marco」のオリジナル録音は、一般的に認知されているこの曲のテンポよりもかなり速い。ジョビンはピアノを弾かずギターを演奏。ほとんど間奏もなく、ずっと歌い続けてフェイドアウトする。まさに大自然の営みを思わせる、終わりの来ない永久運動のような楽曲といった趣で、歌詞(言葉)のリズムと音節には日本の俳諧に相通じる要素もあると思う。
ところでこの冊子の見開きページ、歌詞と譜面の横に、19世紀末から20世紀初頭にかけて活動したブラジルの詩人、オラヴォ・ビラッキ(Olavo Bilac)の作品「O Cacador de Esmeraldas」の一節が引用されている。
"Foi em marco, ao findar das chuvas, quase a entrada Do outono...."
(3月だった。雨が上がって、ほとんど秋の入口・・・)
という一節で始まり、そして引用部分の最後は、
"Dai, creio, vem as minhas Aguas de Marco."
(そこから、私は信じる。私の Aguas de Marco がやってくることを)
「Aguas de Marco」のタイトル、そして歌詞全体の世界観が、オラヴォ・ビラッキの詩からインスパイアされたものであることが分かる。
さて、この曲をすぐに、そして最初にカヴァーしたのが、エリス・レジーナだ。

★Elis(邦題:エリス1972)
オリジナル録音よりもユッタリしたテンポで歌い始め、徐々にテンポが速くなっていくが、"走ってる" といった印象は与えない。歌いこなすまでに相当な時間を要する難曲を、エリスは完全に自分のモノにして、この曲を "歌もの" として成立させた。このアルバムで初めてパートナーシップを組んだ、セーザル・カマルゴ・マリアーノのピアノとアレンジも聴きごたえがある。
ちなみにこのアルバムでエリスは、初めてジョアン・ボスコ&アルヂール・ブランキの作品を録音した。曲は「Bala com Bala(飴と銃弾)」。"Disco de Bolso" の素晴らしき副産物と言えるかもしれない。
そして、ジョアン・ジルベルト。

★Joao Gilberto(邦題:三月の水)
1972年から73年にかけて録音したアルバムで "Disco de Bolso" から1年たっていない。ジョビンのオリジナル・ヴァージョンからヒントを受けて、約5分半の長きに渡って呪文を繰り返すように歌い続ける圧巻のパフォーマンス。この曲の根底にある、永久運動めいた凄みが伝わってくる。
次に、ジョビンのリーダー作での初録音ヴァージョン(1973年)。

★Matita Pere(マチタ・ペレー) / Tom Jobim
"Disco de Bolso" に比べるとグッとテンポ・ダウン。初めて間奏が登場し最後はカットアウトで、起承転結した楽曲の体を成した。オリジナル録音とは対照的に、ひとつひとつの言葉を噛みしめるように歌っている。ただ演奏全体が引きずるような重々しさに支配されていて、軽やかさに欠ける印象は否めない。オーケストラのアレンジと指揮はクラウス・オガーマン。
しかしこの翌年、ジョビンはエリスとのデュエットで、ジョアンのヴァージョンと並ぶ「Aguas de Marco」のマスターピースを録音した。

★Elis & Tom(エリス&トム)
説明不要、美辞麗句も不要。映像をどうぞ。
これ以降も、ジョビンはライヴ盤を含め何度も録音してきた。中でも貴重なのが、これ。

★Antonio Carlos Jobim em Minas ao vivo piano e voz
1981年、ミナスジェライス州ベロ・オリゾンチで行なった "piano e voz(ピアノと声)" による全編弾き語りソロ・コンサートのライヴ盤(発売は2004年)。
「Aguas de Marco」だけでなく全曲、心に深く染みる素晴らしい内容だ。
もう1ヴァージョン、貴重な共演を。

★Melhores Momentos de CHICO & CAETANO
1986年からTV GLOBOで放送された、シコ・ブアルキとカエターノ・ヴェローゾがホストをつとめる公開録画の音楽番組のライヴ盤で、ジョビンが率いるバンダ・ノヴァにシコとカエターノが加わって「Aguas de Marco」を歌う。番組の映像を見ると、シコの目線がやたらと下に向いていて、アンチョコ(歌詞カード)を見ながら歌ってるのがバレバレ。そこがまた面白い。
永遠の名曲「Aguas de Marco」には、他にも興味深いエピソードがある。
続編は下記のリンクから。
続:Aguas de Marco(3月の雨)誕生40周年(2012/3/9)
続々:Aguas de Marco(3月の雨)誕生40周年(2012/3/21)
一方、ブラジルでの3月の雨は、長〜い夏が終わって秋が近づく知らせ。そんな季節の移ろいを詩情豊かに描いた不朽の名曲が、アントニオ・カルロス・ジョビンが作詞作曲した「Aguas de Marco」だ。
先日、雨模様の景色を眺めながら、ジョビンがこの曲を発表してから今年で40周年を迎えることに気づき、ツイッターとフェイスブックにチラッと書いたらビックリするほどの反響があった。
そこで、このブログでは久々のマトモな音楽コラム、テーマはもちろん「Aguas de Marco」。
最初に、曲の邦題について。直訳すると「3月の水」(の複数形)で、このタイトルも浸透している。英語ヴァージョンのタイトルも「Waters of March」だが、"雨(chuva)" が歌詞のキーワードになっているので、ここでは「3月の雨」としておく。
「Aguas de Marco」のオリジナル・ヴァージョンは1972年、通常のレコードではなく "Disco de Bolso(ヂスコ・ヂ・ボルソ=ポケットのレコード)" という体裁で発売された。

★Disco de Bolso - O Tom de Antonio Carlos Jobim e o Tal de Joao Bosco
なかなかにビミョーな、と言うか実にブラジルらしい発想のカヴァー写真だが、10インチ盤と同じサイズの薄い冊子状で、中にEPサイズのシングル盤が入っている。おそらくレコード店ではなく、街角のバンカ(新聞や雑誌のスタンド)で売られたものだろう。
シングル盤のA面が、ジョビンの「Aguas de Marco」。B面が、ジョアン・ボスコの処女録音となる「Agnus Sei」(ジョアン・ボスコ、アルヂール・ブランキ作)。
「Aguas de Marco」のオリジナル録音は、一般的に認知されているこの曲のテンポよりもかなり速い。ジョビンはピアノを弾かずギターを演奏。ほとんど間奏もなく、ずっと歌い続けてフェイドアウトする。まさに大自然の営みを思わせる、終わりの来ない永久運動のような楽曲といった趣で、歌詞(言葉)のリズムと音節には日本の俳諧に相通じる要素もあると思う。
ところでこの冊子の見開きページ、歌詞と譜面の横に、19世紀末から20世紀初頭にかけて活動したブラジルの詩人、オラヴォ・ビラッキ(Olavo Bilac)の作品「O Cacador de Esmeraldas」の一節が引用されている。
"Foi em marco, ao findar das chuvas, quase a entrada Do outono...."
(3月だった。雨が上がって、ほとんど秋の入口・・・)
という一節で始まり、そして引用部分の最後は、
"Dai, creio, vem as minhas Aguas de Marco."
(そこから、私は信じる。私の Aguas de Marco がやってくることを)
「Aguas de Marco」のタイトル、そして歌詞全体の世界観が、オラヴォ・ビラッキの詩からインスパイアされたものであることが分かる。
さて、この曲をすぐに、そして最初にカヴァーしたのが、エリス・レジーナだ。

★Elis(邦題:エリス1972)
オリジナル録音よりもユッタリしたテンポで歌い始め、徐々にテンポが速くなっていくが、"走ってる" といった印象は与えない。歌いこなすまでに相当な時間を要する難曲を、エリスは完全に自分のモノにして、この曲を "歌もの" として成立させた。このアルバムで初めてパートナーシップを組んだ、セーザル・カマルゴ・マリアーノのピアノとアレンジも聴きごたえがある。
ちなみにこのアルバムでエリスは、初めてジョアン・ボスコ&アルヂール・ブランキの作品を録音した。曲は「Bala com Bala(飴と銃弾)」。"Disco de Bolso" の素晴らしき副産物と言えるかもしれない。
そして、ジョアン・ジルベルト。

★Joao Gilberto(邦題:三月の水)
1972年から73年にかけて録音したアルバムで "Disco de Bolso" から1年たっていない。ジョビンのオリジナル・ヴァージョンからヒントを受けて、約5分半の長きに渡って呪文を繰り返すように歌い続ける圧巻のパフォーマンス。この曲の根底にある、永久運動めいた凄みが伝わってくる。
次に、ジョビンのリーダー作での初録音ヴァージョン(1973年)。

★Matita Pere(マチタ・ペレー) / Tom Jobim
"Disco de Bolso" に比べるとグッとテンポ・ダウン。初めて間奏が登場し最後はカットアウトで、起承転結した楽曲の体を成した。オリジナル録音とは対照的に、ひとつひとつの言葉を噛みしめるように歌っている。ただ演奏全体が引きずるような重々しさに支配されていて、軽やかさに欠ける印象は否めない。オーケストラのアレンジと指揮はクラウス・オガーマン。
しかしこの翌年、ジョビンはエリスとのデュエットで、ジョアンのヴァージョンと並ぶ「Aguas de Marco」のマスターピースを録音した。

★Elis & Tom(エリス&トム)
説明不要、美辞麗句も不要。映像をどうぞ。
これ以降も、ジョビンはライヴ盤を含め何度も録音してきた。中でも貴重なのが、これ。

★Antonio Carlos Jobim em Minas ao vivo piano e voz
1981年、ミナスジェライス州ベロ・オリゾンチで行なった "piano e voz(ピアノと声)" による全編弾き語りソロ・コンサートのライヴ盤(発売は2004年)。
「Aguas de Marco」だけでなく全曲、心に深く染みる素晴らしい内容だ。
もう1ヴァージョン、貴重な共演を。

★Melhores Momentos de CHICO & CAETANO
1986年からTV GLOBOで放送された、シコ・ブアルキとカエターノ・ヴェローゾがホストをつとめる公開録画の音楽番組のライヴ盤で、ジョビンが率いるバンダ・ノヴァにシコとカエターノが加わって「Aguas de Marco」を歌う。番組の映像を見ると、シコの目線がやたらと下に向いていて、アンチョコ(歌詞カード)を見ながら歌ってるのがバレバレ。そこがまた面白い。
永遠の名曲「Aguas de Marco」には、他にも興味深いエピソードがある。
続編は下記のリンクから。
続:Aguas de Marco(3月の雨)誕生40周年(2012/3/9)
続々:Aguas de Marco(3月の雨)誕生40周年(2012/3/21)
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