6月27日にユニバーサルインターナショナルから再発される、カエターノ・ヴェローゾ生誕70年記念・紙ジャケ/SHM-CDコレクション(全タイトルのラインナップはHMVのサイト)。

リリース・イヴェント "CAETANOITE (カエターノイチ)"6月28日(木)に渋谷LOOP annexで開催。
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さて、再発タイトルのガイド第4弾。

Caetano_Veloso_-_Frente

★ホワイト・アルバム+4(UICY-94809)原題「Caetano Veloso」1969

68年12月27日の未明、カエターノは自宅を訪れた警察官に連行され、そのままジルベルト・ジルと共に2カ月間、勾留された。釈放後もサルヴァドールで自宅謹慎処分となり、一切の公的な活動を禁止された。そのため、カエターノとジルは自主亡命の形で国外に出ることを決意。69年7月末にロンドンへと旅立った。

69年の5月頃、カエターノはサルヴァドールのスタジオで、ジルベルト・ジルのギターだけの伴奏でヴォーカルを録音。そのテープをアレンジャーのホジェーリオ・ドゥプラがサンパウロのスタジオに運んで後日、主人公が不在の状態でバンドとオーケストラの演奏をオーヴァーダビング。そして亡命後の8月に発売されたのがこのアルバムで、ビートルズの通称『ホワイト・アルバム』(68年)にのジャケット・デザインにちなんで "カエターノのホワイト・アルバム" と呼ばれている。

獄中で幼い妹のイレーニに会いたいと願う想いを歌にした「イレーニ(Irene)」、初めて英語で作詞した「エンプティ・ボート(The Empty Boat)」「ロスト・イン・ザ・パラダイス(Lost in the Paradise)」など、多くの歌詞が逆境に置かれたカエターノの心情を伝えている。しかしその歌声は、以前に比べて格段の表現力を身につけた。

バイーアのサンバ・ヂ・ホーダの伝承歌をアダプトした「マリニェイロ・ソー(Marinheiro So)」(歌詞の一節 "Eu nao sou dadui=俺はここの者じゃない" を「イレーニ」にも引用)、逮捕前に作曲しシングル盤で先行発売されてヒットしたバイーアのカーニヴァル・アンセム「アトラス・ド・トリオ・エレトリコ(Atras do Trio Eletrico)」、コンクリート・ポエム(具象詩)に根ざした曲もあり、想像を絶する逆境に置かれていても姿勢は前向きだ。

オーヴァーダビングされた演奏の中では、当時17歳だったラニー・ゴーディン(エレキ・ギター)の才気ほとばしる演奏に注目。

さてボーナストラック。レア・トラックを含む4曲!

※ボーナストラック

トルノ・ア・ヘペチール(Torno a Repetir)

バイーアのサンバ・ヂ・ホーダの伝承歌「アトラス・ド・トリオ・エレトリコ」のシングル盤のカップリング曲で、これまでオリジナル・アルバムには収録されていなかった。途中でサンバ・ヂ・ホーダの達人、エヂッチ・オリヴェイラ(『アラサー・アズール』に参加)の名前をあげて賛美する。

「シネマ・オリンピア(Cinema Olympia)」
「イノ・ド・エスポルチ・クルビ・バイーア(Hino do Esporte Clube Bahia)」


2曲とも69年に録音した未発表の音源で、2008年発売のボックス・セット『Quarenta Anos Caetanos 67-74』収録のレア&未発表曲集CDを通じて初めて日の目を見た。もちろん日本盤には初収録。

「シネマ・オリンピア」はガル・コスタのために作った曲のデモ音源で、クレジットは不明だがギターはジルだろう。もう1曲は地元の人気サッカー・チーム、エスポルチ・クルビ・バイーアのアンセム。この2曲のライヴ・ヴァージョンが、69年7月にサルヴァドールで行なったカエターノとジルのお別れコンサートのライヴ盤『バーハ69(Barra 69)』に収録されている。

「シャルリス、アンジョ45(Charles,Anjo 45)」

同い年の友人ジョルジ・ベンの作品で、ジョルジ(ギター、ヴォーカル)との初共演。録音は逮捕前だろう。亡命後の69年11月にシングル盤で発売された。

次回はロンドン亡命時代の作品『イン・ロンドン』(71年)です。